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第36話 リバイアストン市立図書館 【情報収集】



「待ってください! 今作っている塹壕線や防空壕で防衛するつもりだったのではないのですか?」


 エチカが叫んだ。


「あれは単なる時間稼ぎだ」


 それに対し、コクトーがあっさりと言い放つ。


「そんな……」

「考えてもみたまえ。防空壕に隠れていれば、確かに赤竜たちの攻撃は防げる。だがそれで何になる?」

「え?」

「いつまで地下に隠れていられるというのだ。外に竜たちが陣取ったら出ることができなくなる。戦えるのは戦車一台だけで、空の敵は苦手だ。備蓄した物資はいずれ尽き、住民も飢える。そもそも籠城とは、援軍の当てがあるときにする策だ。今のニューシャルマニアで、どこの都市が赤竜と戦うための援軍をよこしてくれるというのだ」


 コクトーの言は全くの正論だ。

 守っているだけではジリ貧なのは真実。

 結局ドラゴンたちの軍団がやってきたら、90式戦車一台だけでは勝機はないのだ。


「我々が勝利する方法は一つだけだ。赤竜公が攻撃を躊躇し、必勝を期して軍団を集めている間に、最強の戦力をぶつけて敵の首魁を討つ」


 筋は通っている。

 こちらの最強戦力は疑いようもなく俺たち90式戦車チームだ。

 ヘラドーンを屠れるのは俺たちだけ。


 そして、もしヘラドーンが軍団と共にルキフグッサを進発し、リバイアストン攻略に取り掛かったら、ヘラドーンだけを叩くことは限りなく難しくなる。


 平時なら、油断していて指導者が独りになる機会もあるかもしれないが、軍団を統率している時はかならず軍団の中央にいて、多くの護衛に守られているだろうからな……


「でも、90式だけで敵の本拠地に乗り込んで、ヘラドーンと戦えだなんて。そんなの、死にに行くようなもんじゃない!」


 ラティーナも必死に抗議の声を上げる。

 確かに彼女の言もわかる。


「私たちはともかく、モトムは……モトムはリバイアストンのために死ななきゃいけない理由はない!」


 ラティーナは異世界人の俺を気遣ってそう言ってくれた。

 俺だって、ラティーナやエチカを自殺攻撃に巻き込みたくない。


「死ぬと決まったわけではないと思うが……フジワラ卿、どうなんだね。厳しいかね?」


 ラティーナの悲痛な抗議を耳にしても、コクトーは特に動じた様子はなく、普段通りの様子で俺に感触を聞いてきた。

 まるで商売の行く末を聞きくかのような態度だな。


「潜入して暗殺ですか。……正直厳しいですね」

「どのあたりが難しい?」


 聞かれたので答えるために、俺はメルタンスから指し棒をもらって、地図の一点を指す。


「ダンタリオ山脈からルキフグッサに続く山道、北東の尾根を通りますよね。ステップ地帯の先の山脈だし、乾燥している。植生もまばらだ。おそらく空からは丸見えでしょう。竜たちに偵察されたらすぐに見つかってしまう」


 俺が説明すると、コクトーは顎に手を当てて言った。


「ふむ。クレルマンもジバルも同じことを言っていたな」


 クレルマン将軍とジバル・コクトー准将。

 リバイアストン軍のナンバーワンとツーのお墨付きかよ。

 じゃあかなり厳しいじゃないか。


「やっぱり死にに行くようなもんじゃない!」


 再びラティーナが叫んだ。

 彼女にしては激している。

 コクトーがあんまりにも平然とした調子なので、苛立っているのだろう。


「いにしえの英雄はなぜ竜に勝てるのかね」

「……え?」


 そんな抗議はどこ吹く風といった調子で、コクトーは急に良く分からない謎かけをしてきた。


「英雄ドールゼフォンの話を知っているだろう。不死身の身体を持つドールゼフォンは、太陽鋼の神剣を持ち、玄神霊の指輪で身を隠し、単身、迷宮に忍び込んで、金竜公を討ったのだ」


 ドールゼフォンというのは、ニューシャルマニアの英雄譚だ。

 大昔の竜殺しの英雄。

 

 神剣に指輪、そして金竜ゴールドドラゴンを倒した不死身の英雄。


 俺はドールゼフォンの話をちゃんと聞いたことがなかったけど、そんな内容だったのか。


 なんだかワグナーの歌劇、ニーベルングの指環のジークフリートみたいな話だな……。

 

 色んなアイテムの名前が出てきて、覚えにくいな。

 太陽鋼の神剣に、玄神霊の指輪か。


「そんなお伽話のことを例に出されても……」

「ラティーナ、ドールゼフォンの話はお伽話ではなく、本当にあったことなんです」

「え? そうなの?」

「でも私たちは彼とは違う。私たちには玄神霊の指輪はありません」

「その指輪、どういうものなの?」


 ちょっと気になったので、俺は口をはさんでエチカに質問した。


 竜を倒すために役に立ったアイテムということなら、俺たちの戦いのヒントになるかもしれない。


「玄神霊の指輪は、世界と一体化するための宝具です。その秘めた力を使うと、ドラゴンからは一切存在が感知できなくなります。たとえドラゴンの空間識覚であっても――」


 凄い効果だな。

 ディコーン族と同じ、空間識覚による探知能力は、この世界のドラゴン族の強さの一環だ。

 装備しているとそれを完全無効化できる指輪か。

 まさにドラゴン暗殺にはうってつけのアイテムだな。


「フジワラ卿は、持っていないのかね、玄神霊の指輪」


 唐突にコクトーが聞いてきた。

 急に何を言うんだ、このおっさん。


「いえ……そういう英雄さんって、女神様に選ばれていたりするんじゃないですか?」


 あれ?

 俺も急に意味わからんこと言っている人になっているかも。


 確かジークフリートは指輪を戦女神のブリュンヒルトにもらったんじゃなかったかな? と思い出したから言った言葉だが。


 ん?

 泉で水浴びして不死身になるんだったかな……?


 でも女神は確かいたよな……

 どっちだっけ?


「その通りだな。ドールゼフォンはシャルマニアの戦女神、セーネルタに玄神霊の指輪を授与された。生まれながらに授かっていたとも言われているな」


 おお……

 なぜか偶然、話が一致した。


 なるほど、ドールゼフォンも女神が絡むんだな。

 ジークフリートも戦女神ワルキューレに愛されていたらしいしな。


 こういう神話って、異世界でも結構共通点あるんだな……


「あいにく、私は女神様の知り合いはいませんし、不思議な宝具も持っていませんので」

「そうなのか? 君の戦車は十分に不思議だと思うが……例の、クラフトというので作れたりしないのか?」


 あっ、なるほど……

 そういうのもあり得るか……


 でも、現代兵器で姿を消すってなんだろう?

……ステルスとか、ギリースーツかな?


 戦車に取り付けるとすると、カモフラージュネットか。

 といっても、ルキフグッサの山道だけネットで紛れてもな……

 市街に入ったら新しい迷彩に変えるとしても……迷彩じゃ完全に見えないようにはできないし……何枚も用意はできないしなあ……途中で塗装を変える?

 うーん。

 拠点が無いとやりづらいな。


 それに、この世界のドラゴンは空間識覚を持っているからな。

 目に見えないだけじゃ見つかってしまうか……


 俺が首をひねっていると、ラティーナとエチカが心配そうに俺を見つめているのに気づいた。


 コクトーが腕組みをして、咳ばらいを一つした後に口を開いた。


「まあ、この件はすぐに決めてほしいということではない。私も君たちに死んで来てくれ、などとは言えん。それでも、リバイアストンが生き残るにはこれしか方法がないのも事実だ」


 その点は否定できない。

 いくら防戦の準備を進めたところで、赤竜や火竜の軍団相手では勝算は薄いだろう。


「少し時間をかけて考えてくれないか。もしかしたら、敵地潜入のためや……赤竜公打倒のために、何か画期的な方法が見つかるかもしれない。私も当然考えてみる」


 うーん。


 太陽鋼の神剣(ドラゴンキラー)玄神霊の指輪(ステルス)の代わりになるものを探せってことか……


 そんなもの都合よく見つかるかな?


 コクトーの依頼は強制ではない、ということで、ラティーナとエチカも憤慨は収まったようだ。


 とはいえ、実際は俺たちがヘラドーンと戦わなければいけないことは、ほぼ決定事項だし、その場合はなるべく一対一で戦える状況でないといけない。


 今の所、敵地単独潜入はそのために一番有効な策ではあるんだよな……


 あ……


 俺はふと、ヘラドーンとの戦いに関して、コクトーに聞いておきたかった情報があるのを思い出した。


「コクトー評議員、そういえば以前、赤竜公と<サントツ>が戦ったと言ってましたよね」

「ああ」

「それって三号突撃砲のことですか……ええと、ドイツ語だと、シュトゥルムゲシュッツ・ドライかな」


 俺が慣れないドイツ語の発音を真似すると、コクトーの表情が劇的に変わった。


「……懐かしい響きだ。九十年振りに聞いたよ。まさにそれだ」


「三号突撃砲、三突は赤竜公に挑んで破れたのですか? どうやって戦って、どんな風に負けたか知っていますか?」


 俺がそう聞くと、コクトーは眉を顰めた。


「すまない。私は見ていないんだ。ただ、友人のゲネリッヒが……ルキフグッサに住んでいたドワーフで故人だが、彼が見ていた。それで、私たちは<新竜戦争>のいきさつをまとめた共著を作ったのだが……」


 おお。

 ヘラドーンと三突が戦ったところを見ていた人がいるんだな。

 じゃあその共著ってやつに、もしかしたら


「じゃあ、その本に、ヘラドーンと三突の戦いの顛末が書いてあるんですか? その本、どこにあります?」

「それが、全く売れなかったので絶版になってしまった」


 コクトーはとても悔しそうに握りこぶしを上げながら言った。

 いや、売れ行きについては、あまり興味ないのだが……


「では、評議員の家に残っていますか?」

「いや、悔しかったので、手元には置いておきたくないと思ってな。確か……うーむ、どこにやったかな……」


 そう言うと、コクトーは長机の周りをぐるぐる回り出した。

 まあ、九十年ぐらい前のことだからな。

 思い出すのにも時間がかかるか。


 あれ? このおっさん、ヘラドーン戦の様子を知らないってことは、共著相手の書いた部分を見てないってことなのか……何だかなあ……


「あっ、そうだ。市立図書館に寄贈したはずだ。すまないが、そこで探してくれるか?」


 むむむ……

 なんかお使いクエストみたいになってきたな……


 しかし市立図書館か。

 過去の情報を探すにはうってつけの場所ではある。


 他にも、竜族の習性とか、新大陸の歴史とか色々知りたいことはあったしな……この際、色々調べてみるか。







 リバイアストンの市立図書館は、市庁舎に併設されていて、あの市の中央にある、<虹の水塔>の敷地内にあった。


 周囲に滝の形で水をまき散らしている<虹の水塔>。

 この塔、元は貴族の邸宅だったというが、住居というより一つの巨大なビルみたいな建物だ。


 その一角の広大な図書館ブロックで、俺たちはコクトーの著書を探した。


 ところが、司書さんに聞いても、まったく知らなくて、自分たちで書庫を探してくれと言われた。


 書庫もめちゃくちゃ広い。

 普通の市立図書館の数倍はある。

 

 おまけに検索システムなんてないので、全部手作業で見ていく必要がある。

 

「見つかりませんね……」

「一日で探せる量じゃないよ……」

「せめて本の装丁でも分かればいいんだけどなあ」


 結局、閉館時間までねばっても見つからず、俺たちはその日の捜索を断念した。

 

「また改めて探しにくるか……」

「うん、そうだね。エミリーヒルに帰る前に、街で他の用事も済ませて行こうよ」


 その後、バザーで子供たちの服を買っていくことにした。

 俺は男の子たちの服、ラティーナとエチカは女の子たちの服を調達することにした。

 別に別れる必要はないのだけど、下着なんかもあるし……効率もあるからな。

 男子は女子の半分以下しかいないので、俺は待ち合わせ時間まで大分間が空いた。


 俺は待ち合わせ場所に決めたバザーの前の噴水広場で、しばらくラティーナとエチカを待つことにした。



 ドサリ、という音が少し手前で聞こえた。


 バザーの反対側の路地に、人型の襤褸ボロ切れが一つ転がっている。


 さっきまでなかったはずだ。


 俺は咄嗟に走ってその襤褸切れの所まで行く。


 すぐ近くまで行って、それが何かわかった。

 

 どうやら行き倒れの子供だ。

 妙に長いマントのような服で身を包んでいたので、布の塊のように見えた。


「おい、大丈夫か?」

「み、みずほしい」


 頬がこけているな。

 随分飲まず食わずだったのかな?

 孤児の浮浪者か何かかな……


 リバイアストン城内で孤児は珍しいんだけどな。


「水、ね」


 俺は雑嚢の中から水筒を取り出して、キャップに水を汲み、その子供にあげる。

 よく見ると、真っ赤な髪をした端正な顔立ちの少年だ。

 

 薄く開けた目の中にある瞳も同じ、血のような赤色。


 水を飲み終えて一息ついたその瞳は、俺の手元にある、カバーに入った水筒を見た。


「迷彩柄の水筒……まるで《《自衛隊》》みたいですね」


 かすれた声変わりしていない声で、その子が言った言葉を俺は聞き逃さなかった。


 この世界に来て初めて聞いた、俺の地球での所属を表す言葉――――







 



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