第35話 作戦名<勇者> 【暗殺依頼】
エミリーヒルの長男、ハンスを社長として、土木工事を専門に請け負う<エミリーヒル株式会社>を立ち上げることにした。
といっても、ニューシャルマニアには会社登記制度など存在しない。
建築ギルドに顔を通し、ギルド長の承認を得れば、それで事実上の法人として扱われるという寸法だ。
幸い、丘の本館に、柵や堀の工事を担当してくれた大工の親方、カミーユ・シャルピュイユがギルドの顔役だったため、手続きは驚くほどスムーズに進んだ。
「英雄様はやることがなんでも大胆ですなあ」
建築ギルドのギルド長は疲れた老人のような風貌で、特に歓迎も嫌味もなく淡々と許可を出してくれた。
こういう人の方が意外とありがたい。
「お前さんのおかげで仕事がとんでもなく増えたからな。ギルド長も工事業者が増えて欲しいんだろ」
おやっさんは少し嫌味っぽく苦情気味に言っていた。
市が防空壕作りを開始したので、建築業者へ依頼が殺到しているのだろう。
しかしそれは発案したのは俺ではなく、コクトー評議員なのだが……
俺たちが地竜と戦ったマステーマシュから避難して来た難民たちのうち、畑仕事に従事しない人たちが俺たちの会社に工員として雇われることになった。
その人たちの指導はハンスに任せることにしたのだが、
「必ずやモトム様のご期待に応えてみせます!」
そう宣言するハンスの目つき、気合が入りすぎていて、俺はなんとなく危険な匂いを感じたので、世間ずれしていそうな副社長のユンファに、危うくなったらハンスを止めてくれるようにお願いした。
「もう危ないと思いますわあ」
「えっ⁈」
「ハンスはん、きばりすぎや……今のままやと自分と同じ仕事を難民の人たちにもさせようとしてしまいますわ」
ハンスと同じ仕事……。
ハンスは子供たちだけで堀や柵の工事をしていたときも、他の子の倍以上働いていた。
彼と同じ水準の仕事は、なかなか他の人にはできるものではない。
ハンスが被雇用者に与える仕事量を自分と同じ基準で考えていたら、かなりまずいな……
俺は怖くなったので、ハンスに聞いてみた。
「ハンス、東村のみなさんの労働時間ってどうするつもりなんだ?」
「労働時間? 太陽が出ている間は働けばよいのではないですか?」
「……えっと出勤時間は?」
「日の出ですから、六時ぐらいですかね」
「た、退勤は?」
「夜目が効く人には、夜もいて欲しいですね。早く完成させたいですから」
「きゅ、休憩時間は? ……有給休暇とか」
「?? 何ですか、それ?」
「……………」
これはヤバい。
ブラック企業どころではないな。
死ぬまで働く前提の奴隷労働をさせる企業になってしまう。
悪評がつくかどうかは分からないが……関わる人間みんな不幸になってしまうこと間違いなし。
ハンスは悪意で言っているわけではなく、ただ自分がやってきたことを基準にしているだけなのが、またきついな。
テント村の孤児として、毎日生きるか死ぬかのサバイバル生活を続けていたハンスには、労働安全衛生や福利厚生なんて発想があろうはずもない。
そんな彼に、社長職なんて丸投げしようとした俺がいけなかったんだ。
また重大な問題に気付いた。
これはハンスだけの問題じゃないんだ。
ハンスの補佐をさせようとしていた、同じテント村の男子たちも、基本的に同じ発想かもしれない。
俺は対策のために急遽、エミリーヒル株式会社の重役たちを本館の教室に集めて、雇用者の心構えセミナーを開くことにした。
「……というわけで、労働者の皆さんには適切に休養を取ってもらった方が仕事の効率は上がるんだ」
俺の一連の説明を聞いて、ハンスは眉を顰めて硬直してしまった。
まあ、飲み込めていないんだろうな。
「村長、でも休みが欲しいなんて甘えじゃないですかね?」
「へっ?」
ハンスの一つ下のカヒューが素朴な顔をして言った。
そして他の男子たちも、堰を切ったように思っていることを話しだす。
「スコップで穴掘るぐらい、一日中できるよね」
「三食もらってて寝る場所もあるなら、十二時間働けるはず」
「いやあの、そういうことじゃなくて、ちゃんと休憩しないと疲れて作業効率がね……」
俺は何とか分かってもらおうと解説するが、なかなか納得させるのが難しい。
「仮に疲れて倒れたとしても、大英雄の村長様の下で働けたのだから、死んでも悔いはないのでは?」
「うむ。村長のために死ねるのなら、本望のはず」
「大義のための礎になるんです。犠牲は無駄じゃない」
なんだ大義って……俺にはそんなもの無いぞ?
俺への忠誠心が狂信的で怖い……
なんというか、うちの男子たち、武士道極まっている感じがする。
彼らからしたら、俺は命の恩人で、何とかして恩義を返さなきゃいけない相手だと思っているのかもしれないが。
俺はみんなの意見を聞きながら、苦笑して、頭をぽりぽりと掻くしかなかった。
やれやれ、これは時間がかかりそうだ……。
俺に恩を感じてくれているのは嬉しいし、可愛く感じるのだが……そのために他の人間に苛酷にはなってほしくない。
一朝一石では考え方は変えられないだろうけど、なんとか教えていかないとな……。
仕事の合間を縫って、毎日少しずつ講義をしていくことにした。
カリキュラムは、企業の社会的意義から始まって、リーダーシップ講座、コーチング……それに労働法やハラスメント研修など。
健全な仕事をする上で俺が必要だと思う現代知識を、なんとか思い出しながら。
……基本的にうちの子たちは素直だ。
「村長が直々に教えてくれるのなら」と言って、真剣に授業を受けてくれた。
子供たちの教育をしながらも、塹壕線と鉄条網の工事は進んだ。
二週間でリバイアストンの堀まで二キロの地点まで到達する。
コクトー評議員との進捗会議の時、俺は、残りをそのまま進めて堀に繋げるよりも、少し広めに範囲を取って、西のテント村まで囲ってしまってはどうかと提案した。
「ふむ。確かに、テント村もいずれは整備して市の一部にしたいと思っていた。ドラゴン相手では城壁があっても意味は薄いし……他の軍事勢力相手でも塹壕と鉄条網の方が有効だな」
さすがにコクトーは英邁で、塹壕・鉄条網の価値を即座に理解した。
こうして、エミリーヒルにテント村まで囲んだ、<大リバイアストン防衛網構想>が現実化することになった。
打ち合わせがひと段落した時、コクトーは言った。
「ところで、もう一つ作って欲しいものがあるんだがね」
またか、と俺は思った。
前も似たような流れだったな。
本当、上長というのは次々に無理難題を吹っかけてくるものらしい。
「何が欲しいんですか?」
「君たちの戦車、もう一台作ってくれないか?」
ついに来たか。
いつかこの提案を持ちかけて来るとは思っていたが。
「戦車クラフトと言うのがあるんだろう? それで、あの戦車で使っているものと同じ部品を作れるそうじゃないか」
その情報まで得ていたのか。
まあ、クラフトはエミリーヒルの本館を作るときに、大工や木こりさんたちの前で何度もやっているから、コクトーに伝わるのは時間の問題だったか。
「コクトー評議員、確かにクラフトはありますが、何でも作れるわけじゃないんです。特に、エンジンや電子機器……戦車の心臓や頭脳のような部品は無理です。材料を揃えることができないし、それに、まだ俺の技術では……」
これは嘘じゃない。
今の所、ディーゼルエンジンの主要部品や、クラッチのような複雑な部品は俺のレベルでは作成メニューに出てこない。
電子基板なんて精密機器はなおさらだ。
仮に出てきても、近世レベルの文明のニューシャルマニアでは、必要な材料を調達できないだろう。
「何も戦車を丸ごと作ってくれと言っているわけじゃない。砲塔だけでいいんだ。それも、中身はなくていい」
「……? どういうことですか?」
「固定砲台として、君の作った防衛線の四方に置いておきたい」
「それでも、装填装置や閉鎖機、砲弾も作れませんけど……」
「撃てなくてもいい。見かけだけでいいんだ」
……!
なるほど。
そこまで言われて、ようやく俺も気付いた。
「ダミーってわけですか……!」
「そうだ。君が地竜伯をあの大砲で倒したことは、逃げて行った地竜たちが赤竜公に伝えただろう。彼らの目には、君の戦車の姿が恐怖として焼き付いている。張りぼてでも、それとそっくりなものが街の前に置いてあったら、迂闊に近づけないだろう」
「素晴らしいアイデアですね! ……しかし実は、クラフトという能力は万能ではなくて、制限があるんです。今の所、砲は四門までしか作れません」
後から分かったことなのだが、予備部品の中には数量制限があるものが結構あった。
ライフル銃の銃身にしたM2ブローニングの銃身も、十本までしか作れないという制限があるのが分かった。
あくまで予備部品という扱いなので、銃身のような根幹になるものを無限に作れると言うのはおかしい、ということなのかもしれない。
単なる装甲板とか履帯なら、製造数制限はないのだが――
「ふむ、とりあえずはそれだけ、東材南北の門に配備するか」
それでも、コクトーのアイデアは画期的だと思った。
ダミー砲塔の砲身以外の部分は、リバイアストンの技術でも作れるし、なんなら木材で色だけ本物のように似せればいい。
遠目に砲塔に見えて車体もあれば、敵は常に90式がリバイアストンを守っていると勘違いして、迂闊に攻め込んでこれなくなる。
それだけで敵の行動を大幅に制限できる。
*
塹壕の初号機が完成した頃、コクトーが再び俺を呼んだ。
今回もまた、90式戦車チームで、例のテント村冒険者ギルド別館まで来て欲しいそうだ。
そこへ呼んだということは、やることは分かっている。
マステマーシュ支援に行った時と同じ、作戦ブリーフィングだ。
案の定、冒険者ギルド別館の敷地には兵隊さんたちがいて、また停車した戦車を見てくれることになった。
そしてギルド別館二階の会議室には、また前回と同じように、コクトーの他にデミスタンとメルタンスがいた。
机の上に広げられている地図は前回と同じ――
リバイアストンの西側の都市、マステマーシュと、その先の赤竜公ヘラドーンの領土、ダンタリオ山脈。
そして、竜公都市ルキフグッサだ。
「来たか。君たちに良い情報と悪い情報があるが、どちらから聞きたい?」
コクトーが俺たちに向いてそう言った。
その常套句、こっちの世界でもあるんだな。
「……では、良い情報から」
「赤竜公の軍団は当面の間来ない。少なくとも、一カ月の間は。その間、準備することが出来るわけだ」
「どうしてわかるんですか?」
「各地に斥候を放っている。赤竜公は、息子のバルバス候を招集するつもりだが、候の領地はダンタリオ山脈の反対側だ。また、集めている兵は火竜で、山脈を越えられないから、徒歩で来る必要があり、時間を要する」
コクトーが言うと、メルタンスがダンタリオ山脈の西にある、<バルバスピーク>という名前の都市を指し示す。
ヘラドーンに息子がいるとはな。
バルバス候という名前は、統治している都市の名前から来ているのかな?
「火竜っていうのは、赤竜の眷属種族でな。身体のわりに小さな翼しかもっていないので、短時間しか空を飛べない。高山は越えられない」
デミスタンが補足を入れた。
なるほど。
火竜というのは赤竜より少し格が落ちる種族のようだな。
「それで悪い情報というのは?」
「赤竜公がルキフグッサを根城にしているのは知っているな?」
「はい。山脈上の鉱山都市ですよね」
俺は地図上のルキフグッサと書いてある表記を見た。
「ああ。赤竜公が主となってからも、時折鉱石を輸出していた。人口八万人の大都市だった……」
だった?
「これも斥候が伝えてきた情報だ。赤竜公はルキフグッサの住民を一人残らず、虐殺したらしい」
八万人を一人残らず?
俺は衝撃を受けてしまって、エチカとラティーナの顔を順番に見た。
彼女たちも同じように驚いていた。
「なんで、そんなことを?」
例え、種族が違うとはいえ、自分が治める都市の住民を全員殺すなんて。
生かして使った方が利益が得られると考えるのが普通じゃないだろうか?
「わからん……もしかしたら、あの噂は本当なのかも」
「噂?」
一体何だろうか。
俺とラティーナが首を傾げていると、エチカが胸に手を当てながら、苦しそうに声を漏らした。
「赤竜公は<北方魔王>の狂化を受けているかもしれない、ですか……」
「そうだ。<北方魔王>は、魔獣の精神を操って、凶暴にすることができる。竜族にも効くのかどうかは謎だったが……」
コクトーはそう言うと、エチカの顔を見た。
エチカは目を伏せると、
「たぶん、機会さえあれば、できると思います」
そうか、魔王はエチカと同じディコーンなんだったな……。
だから魔王が何をできるのかを知っていたのか。
情報を整理すると、ヘラドーンは魔王の術にはまって、普段より凶暴になっていて、それで自分の治める都市の住民を虐殺してしまったってことなのか……
「それで、今回俺たちが呼ばれたのは、その情報を聞かせるためではないですよね?」
「うむ。ルキフグッサの住民が犠牲になったのは傷ましいが、我々にとっては作戦の好機ともいえる」
「いったい、どんな作戦なの?」
ラティーナが心配そうな声でコクトーに尋ねる。
俺は、何となく予想がついていた。
ルキフグッサの住民がいなくなって無人だと言うなら、住民の犠牲を気にする必要がない。
つまり、攻撃が容易になるということだ。
ということは――
コクトーは一度深く頷くと、俺たちの顔を順々に見ながら発言した。
「うむ。フジワラ卿、ラティーナ少尉、エチカ少尉。三名に依頼したい。90式戦車で長駆して竜公都市ルキフグッサに潜入し、赤竜公を討伐してほしい」
やはりそれだったか……




