第34話 エミリーヒル本館 【氏族会議】
コクトー評議員から、防衛設備建設を受注してから、数日。
俺はあることをした――
――エミリーヒルの孤児たちの養子縁組だ。
これには訳がある。
子供たちの名誉市民としての住民登録に、みんなでリバイアストンに行った時のことだ。
俺は役所での登録が終わり、宿に落ち着いたあと、みんなから休憩時間をもらった。
「村長もたまには一人で休んでください」と気を使ってもらったのだ。
なんてできた子たちなんだと、胸が熱くなった。
確かに、別に子供たちといることは苦ではないのだけど、たまに無性に一人になりたいこともあるのだ。
で、そのもらった自由時間、俺は何していたかと言うと、冒険者用の酒場に行って、一度やってみたかった一人飲みを満喫していたのだ。
酒場の隅の席に一人で座り、冷蔵庫もないくせに意外と冷えているビールを注文し、謎の肉料理や豆料理を肴にして、異世界の酒場のエキゾチックな雰囲気を堪能する。
そこに、隣席の屈強な冒険者さんたちの酒飲み噂話が聞こえてきた。
でかい声だから嫌でも耳に入るのだ。
「南の丘の大英雄様の話、知ってるか?」
「ああ、イェン人のドラゴンスレイヤーのことか?」
「何でも、若い娘ばかり三十人も妾にしているらしいぜ」
俺はビールを吹きそうになった。
ちなみに、今は自衛隊の戦車乗員服や礼服ではなくて、目立たないリバイアストンの現地民と同じ装束を着ている。
どこから見ても旅の駆け出し冒険者か、中産階級労働者という出立なので、俺がその当の大英雄様だとは誰も気付いていない。
「それだけじゃなく、男もいけるらしい。少年たちを同じ屋根の下、金貨の上に寝かせて、毎晩楽しんでいるとか」
何だその意味のわからない噂は!
「英雄色を好むって言うしな。古代のドールゼフォンもそうだったんだろ」
語っている冒険者たち、嫌味で言ってるわけではないようなのが余計にショックだった。
ちなみにドールゼフォンというのは、大昔にシャルマニアでドラゴンを退治したとかいう伝説の英雄らしい。
それはいいのだが、俺が何人も子供を愛妾にしているという噂がまことしやかに頒布していることが分かってしまった。
これはいかん。
地球人全体の名誉にも関わる。
そこで急遽、養子縁組である。
そうして、俺は男子六人、女子十二人を養子とすることにした。
女子十二人は下から順に年少者とテント村からきた子たちが中心だ。
この申し出を明確に拒否したのは、ステフとフェンリ、それにナスリンとユンファである。
ナスリンなんておいおい泣いてしまったので、それ以上何も言えなかった。
エチカとラティーナは、この話を全員に話した直後に目線を運んだら、その瞬間に目を見開いて睨んできたので、提案すらできなかった……
その俺の新しい養子となった子たちの中に、建設事業をやっていく上で重要な位置にある子が二人いる。
まず、男子の中で一番年長のハンス。
ハンスはシルバーブロンドの短髪と精悍な体つきを持ち、おっさんの俺から見ても中々の美貌の持ち主だ。
彫りが深くて、地球で言えば北欧系の顔立ちと言える。
性格は寡黙で冷静、一切弱音を吐かない。
現代ではいつもだらけ気味だった俺からすると、まぶしくなるぐらい真面目な少年だ。
そしてもう一人、狐耳の獣人少女ユンファ。
彼女は猫耳のナスリンの相方で、実は彼女もナスリンと同じく、見た目は子供なのに、種族的には成人年齢らしい。
彼女は養子縁組を「遠慮しときます」と、やんわりと断ってきたので、俺は理由を聞くことにした。
「ユンファはどうして養女になるのが嫌なの?」
「うちもナスリンと同じ理由ですわあ」
「……」
ナスリンと同じ理由って……
ナスリンは「養女にならないか?」って俺が提案したら、ガン泣きして、
「モトム様のお嫁になれなきゃ死んでやる~~」
と、床に寝転んでじたばたしながら泣きわめいていたのだが……
ナスリンは実は、丘の上の館ができて俺が村長室で寝るようになってからも、夜に何度か侵入を試みてきた。
村長室は仮設の壁が一階分の高さまであるだけなので、二階建て分の高さがある天井は解放式になっていて、みんなが雑魚寝している広間まで繋がっているのだ。
ナスリンはその梁を伝ってこっそり忍び込んできて、俺のベッドに潜りこんでくるという方法を覚えたのだ。
まるで猫である。
……猫の獣人ではあるんだが。
しかし、その行為が発覚してからは、俺や他の女の子たちに警戒され、大抵はラティーナの耳や、エチカの空間識覚に察知されて捕らえられる。
たまにラティーナたちがいないときは、相方のユンファが捕まえてくれるんだが、その時ユンファは決まって、ちょっと空恐ろしくなる妖艶な目つきを俺に向けてきて、
「お礼はいつか、形でいただきますえ」
と言ってきていた。
あれは本気だったのか……
ユンファは、妙な京都弁なのか大阪弁なのかわからないなまった方言を話しているように聞こえるが、どうも東の方の出身で、元々はニューシャルマニアの住人ではなかったそうだ。
このユンファ、実は事務処理が超優秀で、俺やエチカやラティーナが不在にしている時に、経営面で切り盛りしてくれているのは彼女だったりする。
それもあって、中々頭の上がらない子ではあるんだが……
ナスリンとは違った、色気のある目線でアプローチしてくるのが中々大人の男としては辛いものがある。
さて、俺は皆を養子にすると言って承諾を得た後、これまでの獲得賞金、しめて金貨三万七千四百枚の使い道を相談することにした。
最初は、土木工事で本館を建て増しと、ドラゴンが襲ってきた時の防御施設を作るために使うつもりだ。
その後は、皆の教育に使ったり、やりたいことがある子には支援すると言った。
みんな良く分からない、といった顔をしていた。
子供たちが胸に抱いた疑問を、ハンスが代表して俺に聞いてきた。
「村長、どうしてそこまで俺たちに良くしてくれるんですか?」
ハンスが何か身に詰まったような顔をして俺にそんなことを言うので、俺は不思議に思った。
「……どうしてって?」
「だって、その賞金は、村長とラティーナさんやエチカさんが命懸けで戦って手に入れたお金です。何で、俺たちのために使うなんて……」
「ハンス、それは当然なんだ。俺たちは家族なんだから。ラティーナとエチカ、それに俺が戦って得た賞金なのは確かなんだけど、留守にしている間、みんなで頑張って丘を支えてくれただろう。だから安心して出発することができた」
俺は正直な気持ちを答えた。
一人で戦ってこれたなんて思っちゃいない。
支えてくれる人がいるから戦えたんだ。
それは小さい体で不満一つ漏らさず、頑張って俺たちの帰る家を維持してくれていた子供たちだ。
「俺たちは本当の子供じゃないんですよ。テント村でいつも物乞いしてた孤児です」
「昔のことなんかどうだっていいんだ。俺は皆のことを本当の子供だと思っている。親っていうのは子供の将来のためにお金を使いたいものなんだ」
「……」
ハンスは黙って、俯いてしまった。
まだ少年の小さな肩が震えているので、ちょっとだけ俺はいたたまれない気持ちになった。
少し早いかもしれないが、以前から温めていた提案を彼にすることにした。
「それに、実はハンスにはお願いがあるんだ。今度、マステマーシュからの難民たちを支援するために、塹壕と鉄条網の延長作業をすることになってね……その仕事の監督をしてほしいんだ」
「それはモトム様のお役に立てることでしょうか?」
ハンスは咄嗟に顔を上げて、すがるように俺を見てきた。
……なんでモトム様って呼び方に変わったの?
さっきまで村長って言ってたのに……?
「そ、そんなかしこまらなくていいぞ……それでな、たぶんこういう仕事はずっと続くと思うんだ。だから、会社にして、ハンスに社長をやってもらいたいんだ」
「社長? ですか……」
「社長っていうのは、会社のトップですなあ。ハンスはんがみんなを指揮する立場になるってことですわあ」
ユンファが横から補足を入れてくれた。
「最近では株式会社ともいわはるらしいなあ」
そうだな。
名前決めないといけないかな。
「……とりあえず、名前はエミリーヒル株式会社にしておくか……」
俺がそうつぶやくと、ハンスが席を立ち、俺の前まで来ると、騎士が王に謁見するときのように片足を立てて跪いて、俺を真剣な表情で見た。
「……分かりました。おまかせください。不詳の身の上ではありますが、身命を投げうって働かせていただきます。モトム様のため、家族のため、エミリーヒル株式会社をニューシャルマニア一の組織にしてみせます」
な、なんか、重いセリフだな……
というか子供なのに……確か十四歳ぐらいだったはずだが……こんな立派な口上言えるって、元々結構良い家の子だったのかな?
跪礼も様になっているし……
にしても、ニューシャルマニア一の組織って……そんなに頑張らなくて良いんだが。
ゆるゆると生活できる程度で、別に大きくしなくても、会社潰さない程度でいいんだけど……
「それから、ユンファにはしばらく副社長として、ハンスを補助してほしいんだが……ユンファには丘の会計もお願いしたいから、誰かを将来の副社長として育ててくれないかな……?」
「そうですなあ……誰かいい子おりはるかなあ……」
「はーい、私やりたいです」
そう言って手を上げたのは、ユミエという黒髪の女の子。
彼女はテント村にいた時からハンスが世話していた妹分らしく、いつも彼の背に隠れている子だった。
「ユミエ、お前……」
「私、ハンスの助けになりたいの」
二人はそう言って、正面同士に立って、お互い見つめあった。
おお。前からこの二人、いい仲だと思っていたけど。
少年少女のカップルって、なんか初々しくて可愛いなあ。
「じゃあ、みんな、ハンスの社長就任と、ユンファの副社長、ユミエの副社長候補就任をお祝いして拍手しようか」
ラティーナがまとめお姉さんの役目を見事に果たした発言をしてくれた。
ばちばち、と二十三人分の盛大な拍手が広間に響く。
「ハンス、おめでとう!」
「ハンス兄さんかっこいい!」
「ユンファ姉さまもいつも通りかっこいいです!」
「しっぽさわらせてー」
「もふらせてー」
「ハンスとユミエ、もう付き合っちゃえよ」
うんうん、いい感じ。
エミリーヒルの子供たち、本当に仲いいな。
一体感ができている。
今の所イジメみたいなものも無くて、誰も除け者にされていない。
みんな同じ釜の飯を食った戦友みたいなものだからな。
みんなに囲まれるハンスとユミエを見ながら、俺が席に座ってうんうん、と頷いていると、こっそり抜け出してきたユンファが、俺の膝に手を置いた。
ちょっとその仕草が優雅でしおらしくて、びくっとする。
「な、何……どうしたの、ユンファ?」
「モトムはん、上手くまとまったみたいな顔してはるけど、うちは苦労してるだけで、あまり旨味が無いのと違います?」
「あ……ごめん、ユンファ。大変だったよね……やっぱり仕事減らすようにしようか?」
俺がそう言うと、ユンファは細い首をぶんぶんと振った。
「うちが欲しいのはそういうものと違います」
「じゃあ、何を……」
俺の横に椅子を持ってきて座ったユンファは、俺の耳元に顔を近づけて囁いた。
「うちはうちだけのご褒美が欲しいんですえ……」
「な……」
子供の見た目のユンファがすることでも、一瞬どきっとして心臓がはねた。
だが、何をするのかと思ったが、ユンファはすぐに顔を遠ざけると、自分のもさっとした、ふさふさ尻尾を持ち上げた。
「……これ、毛づくろいしてもらえます?」
「え、俺が?」
こくりと頷くユンファ。
え?
今ここで?
エチカもラティーナもこっちを見ていないけど、こんな、みんながいるところで……?
それって、何となく、後ろめたい気がするんだが。
「今ここでなくてもいいですわ。後で、エチカはんとラティーナはんがいないところで……二人で、こっそり……」
それだけ言うと、ユンファはひたひたと歩いていき、みんなの輪の中に戻っていった。
俺はため息をついた。
全く、この丘は、一筋縄ではいかない女の子ばかり揃っているな……




