第33話 リバイアストン南門前 【整備依頼】
叙勲式から三日が過ぎた。
戦勝パレードの熱狂も薄れつつある。
そろそろ次の準備のために動き出すべき時だ。
俺たちは賞金三万二千四百枚という、とんでもない大金を手にしたが、最初の使い道は、もう決めていた。
まずは 土木工事 だ。
いつかは分からないが、必ずヘラドーンがやって来る。
今度は本格的な侵攻になるだろう。
果たして間に合うかは分からないが、備えはしなければならない。
だから俺たちは、休む間もなく動き始めた。
今日、ちょうどニンテンブルグ鉄工所に頼んでいた鉄鋼インゴットの追加分が届いた。
「これで、戦車用のドーザーブレードが作れるな」
インゴットをいつも通りバスケットに入れて、半透明ウインドウで加工指定。
大量の地竜を倒したので、今の俺の整備員レベルはなんと【38】まで上がっているが、新しく作れるようになったものはまだ調べていない。
まずはこの90式工作車用のドーザーブレードが先決。
素材が重すぎるせいか、加工に結構時間がかかったが、出来上がったブレードをバスケットの中から出そうとして、危うくぎっくり腰になりそうになる。
インゴットの時はバラだったが、まとまったらとんでもない重量だ。
これは重すぎて一人では持ち運びできない部品だった……
最近いっぱい増えた大工の助手さんたちを読んできて、手伝ってもらい、ブレードを90式戦車のフロントに装着することにした。
90式のフロントには最初からドーザー上下用の油圧機構が付いているのが助かる。
冬はこれで除雪やったりするんだよな。
そんなこんなで、ブレード装着済みの90式を見て、ラティーナが目を輝かせた。
「おおー! なんか強そうになったね!」
「これはスコップみたいですね……武器ではないのでは?」
エチカは相変わらず、冷静に分析している。
「スコップは武器でしょ?」
ラティーナとエチカも喜んでいるなあ。
よかったよかった。
「じゃあ、二人共頼むよ」
「え~? これで土を運ぶの? 面白そう!」
「これはすごく便利ですね……」
操縦するだけなら俺だけでも十分なんだが、正直戦車は土木機械代わりにするには、視界が狭くて安全面に不安が残る。
だから車長のラティーナには視認による安全確認、エチカには生体感知をやってもらうのだ。
試しに草原の表土を削ってみる。
ブレードが地面に引っかかり、土が草ごと波のように盛り上がって、そのまま進むと小山になった。
「うん、行けそうだな」
「なにげにすごいことしてるね……」
「手でやるより、かなり速いですよね……」
ラティーナもエチカも、空いた口が塞がらない類の感情なのか、胡乱な目をしていた。
まあこれも産業革命みたいなもんだからな……
とにかく、これで塹壕堀りのスピードが飛躍的に上がる。
これまではスコップを使って全部手作業で掘ってもらっていたが、これからは、まず90式で表土を削って塹壕のラインを作り、掘りやすくする。
これだけでも大分苦労が減る。
90式で下地を作ったら、次に男の子たちに本格的に掘削をしてもらうってわけだ。
掘って出た土砂は一部は胸壁に使い、残った土はドーザーで運び、一か所にまとめて山にした後、90式に牽引させた荷台に入れて、川岸にまでもっていって堤防の材料にする。
鉄鋼インゴットの残りでは、木造車体と鉄骨のハイブリッド素材クレーン車を作った。
今の所、戦車で牽引するだけ、クレーンも手回し滑車式の原始的な方式だが、荷車やもっこよりは圧倒的に効率がいい。
これで荷揚げ作業が圧倒的に楽になった。
できたら、蒸気機関を搭載したいところだが、これは鉄工所と相談中。
蒸気機関を別に作らないといけないし、燃料の問題もあるからな。
ドーザーとクレーンで飛躍的に土木作業は進み、一週間で塹壕線と鉄条網はエミリーヒル西側をほぼ覆うことができた。北と南も築いて、全周お覆いたいが、その前に防空壕を着手しようと思った。
ドラゴンが来たら絶対に必要になる設備だ。
防空壕は丘の東側――河川側に作ることにした。
エミリーヒルもリバイアストンも、敵は主に西か南から来ることが多いので、住民を避難させる壕は東側に作るのが合理的だ。
防空壕については、ラティーナやエチカも始め、エミリーヒルの皆に情報を共有している。
まず、洞窟を堀って木枠で補強する。
コンクリートは試作中なのでまだ量産はできないが、ひとまず地下壕があるだけでもかなり安心だ。
「あとは換気口と射撃口を作ればひとまず使えるな。将来的には、丘の上の本館まで地下通路を繋げて、シェルター形式にしたいな……」
「ほえー……」
ラティーナは目を点にして面白い顔をしていた。
「伝説にあるドワーフの地下神殿みたいですねー」
エチカは博識を披露。
そうか、ドワーフってやっぱりそういう物作るんだ。
原始的な防空壕の掘削までで、一週間。
エミリーヒル防衛案の骨子はだいたい固まってきたな。
*
そんな風に俺が考えていた次の日、コクトー評議員から呼び出しがあった。
コクトー評議員は市長派を抑えて、完全に市の実権を握ったようで、以前に増して仕事が忙しくなっていると言っていたが、俺に何の用だろうか。
呼び出し場所は、ギャンガラドが追突した南門の前衛塔前だった。
エミリーヒルから近くて都合いいのだけど……こんなところで何を?
「見てくれ」
「盛大に壊れてますねえ」
俺たちは無表情で目の前の瓦礫を眺めた。
ちょっと防衛設備としての役には立ちそうにない。
修復するより、撤去して新しく建て直したほうがいいんじゃないかと思った。
「まかせたよ」
「何を⁈」
どうやら防衛設備を何とかしてほしいという話らしいが。
さすがに城門再建の知識なんて俺には無い。
「城門はシャルピュイユに依頼してある」
大工のおやっさんか。
「君には、あの新式の防衛設備を作ってほしい。エミリーヒルからこの城門の堀まで伸ばしてくれ」
鉄条網と塹壕のことだな。
「城門ができるまでの場繋ぎですか。しかし……」
「ただというわけじゃない。代金はもちろん払う。それに、防衛網が完成した暁には、エミリーヒルをリバイアストンの行政区の一部とする案を議会に提出する予定だ」
「それって……」
「ああ、君たちはリバイアストン市の市民になる。君も、君が保護している孤児たちもだ」
俺は少し黙って考えた。
うーん、それが本当に俺たちにとって良いことなのか。
実を言うと、ギャンガラド討伐の褒賞として、子供たちの名誉市民権はもうもらっているんだよな……
ただまあ……テント村の孤児たちにとっては、リバイアストンが故郷みたいなものだから、正式な市民権があった方がいいのかな……。
しかし、実際に工事をやりたいとしても、資材と人手がたりないんだよな。
「材料調達はニンテンブルグに言えばいい。優先的に動くように手配してもらっている。さて、人手だが」
そう言うと、コクトーは俺の顔を見てちょっと口の端を歪ませた。
だんだんこの人のことがわかってきたんだよな。
これは悪いことを考えている時の顔だ。
「マステマーシュからの難民を受け入れて人が増えたよね。戦災孤児もいっぱいいる。彼らの働き口が必要だ」
またか。
この人、また孤児を送り付けて俺を縛り付けるつもりなのか?
「なに、エミリーヒルで全部受け入れろと言うわけではない。丘から都市までの五キロの街道があるが、その東のリヴェー川沿いは空き地だ。川に近いから農耕に適している。あそこを遊ばせておくのもな。新しい村にしようかと思っている」
な、なるほど。
テント村に集住させても、またテント村の治安が悪化するだけだろうしな。
しかし、難民の人たちがお隣さんになるのか……
「新規移住者とのトラブルは絶えないものだが、もし隣村の村長が新しい雇い主だったらどうかね? 素直に言うことを聞く可能性が上がるとは思わんかね」
この人、本当によく考えているなあ。
悪辣というか狡猾というか……
正直、政治的発想では一生かないそうにないわ。
「なんなら、新しい事業を起こしてはどうかね。最近、本国では株式会社という制度が生まれているそうだ。何でも、株式という形で資本を集めて、事業を興し、人を雇って働かせる方式だそうだが」
なるほど。
土木工事専門の会社か。
難民たちを教育して下請けをさせると。
……。
何か政府と癒着して公共事業を一手に引き受けてるみたいな構図に見えて嫌だな……。
まあしかし、エミリーヒルの子供たちにも、手に職になるか。
ハンスとかは戦闘やりたがるかもしれないけど、実際ドラゴン相手にライフルじゃあ歯が立たないだろうし危険だし。
あいつは頭がいいし判断も速いから、若社長やらせてみるってのも面白いかも。
「他にもやってほしいことがあるんだ」
俺がそんな将来構想をしていると、コクトーがまた話しかけてきた。
「なんでしょう?」
「防空壕というのを知っているかね?」
タイムリーな話題だったので驚いた。
三日前に着手したばかりなんだけど。
「評議員、どうしてそんなものを知ってるんですか?」
誰かの口から漏れるということは無いと思うから、元々知っていたのかな?
「以前戦車隊が来たという話はしたね?」
「はい」
「私は彼らと交流を持った。赤竜公に挑んだサントツの部隊が八台、地竜伯に敗れたシャーマンの部隊が十台だ」
驚愕の情報だ。
コクトーは戦車隊の乗員と交流していたのか。
それに《《赤竜公に挑んだサントツ》》と言った。
サントツと言えば、旧ドイツ陸軍の、三号突撃砲のことか?
「ええと、そんなにいたのに、ヘラドーンや赤竜たちにはかなわなかったのですか?」
「新竜戦争では、我々も連携を欠いていた。それに彼らの必要とする、石油というものをどうやっても用意できなかったのだ」
石油が必要?
燃料は無限補給じゃないのか?
「むしろ不思議だ。君はどこから石油を調達しているのかね? それに……あの強力な砲弾も、これまでもかなり撃っているはずだが……」
俺はコクトーの質問に返す言葉が思いつかなかった。
頭がぐるぐる回ってきた。
色んな情報が多すぎる。
「君はあの時の戦車兵たちとは大分ちがう。あの時は結局最後まで彼らの言葉を完全には解読できなかったし、彼らもこちらの言語を覚えるのにてこずった。なにしろ時間がなかった。だから、防空壕の作り方も結局聞くことができなかった」
《《言葉を解読できなかった》》?
どういうことだ?
「しかし……私にはシャルマニア語が理解できます」
「それが一番不思議なところだよ、フジワラ君」
以前の戦車隊乗員は、シャルマニア語を理解できなかった?
そして燃料も、おそらくは弾薬も……無限補給ではなかった。
つまり、以前、九十年前に来た戦車隊には……今俺たちが当たり前のように恩恵を受けている、90式戦車についている転移特典がなかった?
ただの戦車隊としてこの地に召喚され、ただの戦車乗員としてヘラドーンと戦い、そして破れた――ということなのか?
俺は背筋が冷たくなるのを感じた。
手が震えだすのをもう一方の手で止める。
コクトーが眉を顰めながら、怪訝な表情で俺の様子を見ている。
「リバイアストンに君が初めて来て、シャルマニア語を話した時、私にはまるで君が竜たちを倒すために不思議な力を伴って現れた……何かの使徒のように見えた」
コクトー評議員の声がうつろにしか聞こえない。
九十年前と今では何が違う?
科学技術は雲泥の差だ、ということは分かり切っている。
だけどそれだけでは、90式も無敵ではなかっただろう。
90式が縦横無尽に暴れられて、乗員確保にも苦労しなくて、整備も容易くて修理も補給も気にしなくてよいのは<チート>があるからだ。
《《九十年前の異世界転移の物語》》には、<チート>や<スキル>という発想がなかった……
科学技術だけじゃない。
物語自体が、九十年前より《《進化した》》というのか?
俺たちに与えられたチートは、単なる都合の良い力なんかじゃなくて……まるで、この世界が、赤竜公に対抗するために用意した次なる一手だといわんばかりに……
現代の日本にいてそれを聞いたなら、アニメの見過ぎ、ウェブ小説の読みすぎと笑い話で済ませることができた。
でも、今の俺はそれを一笑に付すことができなかった……。
なぜなら——
俺自身が、今まさにその<不思議な力>の恩恵を、毎日享受しているからだ。
「どうしたんだね? なにか急に調子が悪くなったように見えるが……」
コクトーが心配そうに俺の顔を覗き込んできた。
「い、いえ……大丈夫です…………ええと……評議員、その……ヘラドーン、来ますかね?」
話題を変えたくて、俺はしどろもどろに、二人の共通の、気になっている課題を振ることにした。
「来る。必ず。しかし、すぐにではない」
「というと?」
「つい先日、赤竜公は、必勝の目算で地上戦力の地竜軍団を送った――それなのに完膚なきまでに敗れて、将たる地竜伯まで討ち取られてしまった。このような大損失、赤竜公はどう考えるだろうか……」
コクトーはゆっくりと瓦礫の前を歩き回りながら語りだした。
なんだか大学の教授みたいだな……。
「空でも陸でも、少数精鋭では勝てなかった。ならば、どうする? ――もはや全力をぶつけるしかない――今度は一族を結集して、持てる最大戦力を出してくる。そのためには、兵を集める時間がいる」
一族……。
相当数のレッドドラゴンがいるということなのか……。
「その時のために備えなくてはいけない。リバイアストンの市民の命を守るためにも、君の持つ防空壕の知識が必要なのだ……頼んだよ、フジワラ君。我々の共通の未来のために」
俺はコクトーの演説に頷いたが、内心は衝撃で揺れていて、気が気でなかった。
新しく知らされた、あまりに多くの事実が、俺の平静な思考を奪っていた。
だから俺は大切なことを聞き忘れてしまった。
三号突撃砲部隊はどうやってヘラドーンに挑み、どんな風に敗れたのか――
また後で時間を作って聞いておかないとな……




