第32話 大戦果の余韻 【戦後処理】
主を失い、残りの地竜たちは戦意を完全に喪失したようだ。
ギャンガラドを倒してしばらくすると、一頭、また一頭とこちらに背を向けて南西の方角――カンテラート大森林の方角へと去っていった。
マステマーシュは塞がっているから、迂回して彼らの本来の居住地に帰るつもりなのだろう。
こうしてリバイアストン南門前の会戦は、俺たち90式戦車チームの完全勝利に終わった。
戦車から降りてギャンガラドの死体を眺めながら今後のことを考えていると、城門の瓦礫をまたいで複数人が近づいてきた。
その中からコクトー評議員が抜け出てきて、俺の隣に立つ。
「壮絶だったな……凄まじい戦果だ」
「ありがとうございます……コクトー評議員、そのー、地竜伯の死体……どうしましょうか?」
ギャンガラドの死骸はひときわ巨大で異様だが、周囲の草原には他の地竜の死骸が山ほど転がっている。
放置しておいたら腐敗して大変なことになると思う。
コクトーは一度だけ深く息を吐き、巨大な死骸を見据えながら静かに言った。
「処理はこちらでやる。竜体は大部分が魔素粒子に還元できる。角や鱗などの硬い素材は武具や、建材、魔導器にも使える」
「ええと、大丈夫ですかね? 冒涜になったり禁忌に触れたりとか……」
俺が現代人だからかもしれないが、知的生命体の体を素材に使うってことにちょっと抵抗を感じた。
家畜とは違ってドラゴンは言語を操るからな……
まあもう完全に敵だから気にする必要はないのかもしれないけど。
俺の躊躇を見て、コクトーは小さく苦笑した。
「……ヘラドーンは激怒するだろう。だが、避けられん。もう戦争は始まってしまった。覚悟を決めねばならないな」
その言葉に、俺は無言で頷いた。
「評議員、あのー」
ラティーナが照れ笑いのような顔をしながら、おずおずと聞いてきた。
「素材、私たちで剥ぎ剥ぎ、できるかなー?」
ラティーナは評議員相手でもタメ口なんだな……
まあ彼女らしいっちゃ、らしいけど。
「フム。君たちが倒した竜だから、本来なら素材の所有権は君たちにある。と言いたいところなんだが。数が数だからね。一回市で引き取らせてくれないか? その分の代金は払おう。冒険者ギルドで整理したら、その後競売になるだろうから……君たちに優先的に買取権を設定しよう」
ラティーナはどうも竜の素材が欲しいみだけど、何に使うつもりなんだろう。
戦車には使えなさそうだけど……。
防刃ベストの材料とかにはできるかな?
俺たちには戦車兵装備があるから、いらないかもしれないけど、子供たちには必要になるかもしれないな。
とそこまで考えていると、何か気になってきた。
今、評議員が言ってたこと――所有権は君たちにある――
――このセリフ、何か違和感がある……。
以前、リバイアストンのバザーの武器屋でグラオシリーズを見た時に感じたのと同じ違和感だ。
……何か大切なことを見落としているみたいな……
防具の素材として竜から鱗や角をはぎ取る……
そして、この地域では、討伐者が素材の所有権を持つのが一般的?
ということは…………
……何だ?
うーん、喉元まで出かかってるんだけど……すごく気になるな、もやもやする……
「そうだ賞金! いくらぐらいになるかなー⁈」
「ラティーナったら……」
現金なラティーナを見てエチカが苦笑している。
「うむ……相当な額になると思うよ。この有様だからね……」
街道付近に転がっている大小の地竜の死骸を眺める。
自分たちでやったこととはいえ、壮絶な光景だなあ。
「市も防御施設の修復や、補償金の支払いがあるが……まあ、それでも」
確かに、堡塁や前衛塔は完全に破壊され、城壁はところどころ崩れている。
結構な犠牲者が出たんだろうな……。
俺たちの見知っている兵士もいたかもしれないな……。
「ところでフジワラ君。さらにエチカ、ラティーナ。君たちは本物の英雄になったな。それも、史上最大級の、な。……これから大変だな。」
コクトーはうんうんと頷きながら、感慨深げな顔で俺たちの顔を見渡した。
「それはそれとして、ひとまず、個人として礼を言わせて欲しい。リバイアストンを救ってくれて、本当にありがとう」
そう言って、コクトー評議員は深甚に頭を下げた。
俺は驚いた。
それは、人間としての素の言葉に聞こえたからだ。
「ひ、評議員……お顔をお上げください……」
エチカはその様子を見て、俺と同じことを感じたらしく、恐縮してあたふたしていた。
気づけば、いつの間にか、評議員の後ろには軍人たちが整列していた。
一個大隊、五百人以上はいる。
叙勲式で勲章をくれたクレルマン将軍以下、主だった将校たちもいる。
彼らは一斉に、手をこめかみに当てて、敬礼の姿勢を取った。
俺たちも表情を真剣に変えて、返礼の姿勢を取る。
しばらくすると、クレルマン将軍は二度ほど頷いた後、犠牲者に黙祷を捧げると言った。
俺たちはそれに習い、城門の方に向いて、しばしの時間、黙祷を捧げた。
多大な犠牲が出たが、リバイアストンとエミリーヒルは守り切ることが出来た。
これが第一次リバイアストン会戦の顛末だ。
*
……さて、その後の話だ。
ギャンガラド戦をはじめ、俺たちはマステマーシュ防衛から、リバイアストンの防衛戦まで、実に多くの地竜を倒した。
大型だけでも二十八頭だったからなあ……。
当然、リバイアストン市から送られる討伐賞金はそれら全頭分の合算になる。
注目の賞金総額はなんと――
――手数料を引いた後で、金貨三万六千枚!
日本円にして、三十六億円である。
もはや超一流メジャーリーガーの年俸並みだ。
日本にいたら確定申告が大変だ……そんなこと考えている場合ではないのかもしれないが。
多分、最高税率で所得税が取られるが、後でエチカに調べてもらって分かったが、リバイアストンの最高税率は一割程度だった。
つまり俺たちの手元に入ってくるのは金貨三万二千四百枚。
そんな金額なら、税金なんか、もうほとんど気にならない誤差だ。
ちょっと法外すぎて、目がくらんでくる。
これでも、都市一つを救ったと思えば安いものだと、賞金額を知らせてくれたデミスタンが言っているが。
ちなみに、ギャンガラドが壊した前衛塔や、投石で破壊された堡塁、それに城壁や周辺の建物の修理費は、概算で総額金貨二万枚程度だそうだ。なるほど……。
とはいえ、こんな大金、どう使えばいいのかわかんないな。
しかし、賞金受け取りにはどうしても一つ、越えなければいけない試練があった……
――そう、叙勲式である。
またあの長ったらしい式典があるのか……と俺たち三人は、大いにぐだったが、今回の受賞式典は前回とは大分違うと、デミスタンが言った。
「もうお前らはリバイアストンの大英雄だよ。救われたマステマーシュの難民もリバイアストンに到着してるから、感謝の量が膨大になる。花吹雪の中をパレードすることになるぜ。六万人の女性全員がフジワラに黄色い声援を送るだろうな」
「むっ、それは重要な情報だな……」
とふざけて言ったら、ラティーナとエチカが凍り付いたような目線で睨んできた……。
*
リバイアストン南門の勝利から一週間。
戦勝パレードも受賞式典もつつがなく終わった。
街中は花と旗で埋まり、戦車でパレードした俺たちはいくつもの花輪と花束と花吹雪を送られた。
兵士たちが街道に並んで筒を捧げ、大人も子供も市民全員が俺たちの名前をコールした。
あれほどの歓声を浴びたのは人生で初めてだ。
ちょっとどういう態度で受けたらいいのかわからなかったので、相当間抜けな顔をして、市民をがっかりさせたかもな。
式典では、随分しおらしくなったラガーシュ市長から賞金の権利書をもらった。
市長は融和派だったが、竜族が共存の意思を持たないことを悟り、全面戦争を覚悟したようだ。
「リバイアストンが救われたのは君たちのおかげだ。本当にありがとう」
と以前の態度はどこへやら、実に感情の籠った感謝のお言葉をいただいた。
賞金のほかには、副賞として、佐官の地位と騎士爵の称号をいただいた。
俺はフジワラ少佐、そして名実ともにフジワラ卿と呼ばれることになった。
同じくラティーナとエチカは尉官、少尉である。
「なんだか実感わかないね」
というのはラティーナの弁。
「まだリバイアストンに来てから二か月ぐらいですもんね……」
とエチカは遠くを思いやるように言った。
無理もない。
確かにこの二か月は異常なほど慌ただしかった。
マステマーシュ防衛戦からの連戦は、今から考えると異常な速度で、今思い出すと実感があまり湧かない。
あんなにたくさんの実戦、俺の同僚の自衛隊員の中でも経験した人はいないだろう。
まあ、日本は平和だったし交戦国はなかったから当たり前だが。
式典後、俺たちは軍令部の最高級士官ルームをあてがわれて、そこでしばし呆けていた。
連戦と式典の疲労がたまっていたのかもれない。
少し休んだ方がいいと、他の協力者たちに気を使ってもらい、三人だけにしてもらった。
今、エミリーヒルの他の子どもたちは、リオドールやクラリッサ、それにメルタンスたちが、市外観光に連れて行ってくれている。
「ラティーナもエチカも少尉だもんな」
士官ルームの長椅子に寝転びながら、別の長椅子に寝転んでいる二人に話しかける。
「軍人になっちゃったねえ。少尉って偉いのお?」
「かなり偉いですよ、ラティーナ少尉殿」
「うむ、エチカ君。苦しゅうない」
「それは王様ですよね」
俺は思いついたことがあり、筋肉痛で痛む腰を上げて、立ち上がると、二人の長椅子の前に行った。
「二人共、ちょっと座ってもらっていいかな?」
「うん?」
「どうしました」
二人に隣同士で一つの長椅子の上に座ってもらった。
俺は両手を広げて、二人の頭の上にゆっくりと手をのせる。
ラティーナの、太陽のような黄金の髪。
エチカの、宝石細工のような紫陽花色の髪。
あまりに美しすぎて、俺なんかが手を触れていいものかどうか、躊躇してしまうが。
「おお……」
「あ……」
二人は同時に身体をびくつかせた。
俺は驚いて、少し手を浮かしてしまう。
「ごめん、ダメだったかな?」
「ち、違うよ! 嬉しくてちょっと、びっくりしちゃっただけ。どんどんやって!」
「私、ちゃんと髪を洗いましたから! 何時間でもどうぞ!」
さすが何時間もやらないけど。
汗で髪がしけってしまうし。
でもお言葉に甘えて。
俺は二人の頭にもう一度手を乗せると、それを盛大にくしゃしてやった。
「二人共、一緒に戦ってくれて本当にありがとう。二人じゃなかったら作戦は成功しなかった。君たちは、俺の一番大切で最高のクルー仲間だ」
「ん……」
エチカが微笑みながら、俺の手に頭を当てる。
「今は、それでいいかな……」
ラティーナも浸るように目を瞑り、そっと呟いた。
ラティーナの長い耳と、エチカの角が時折手に触れて、不思議な心地よさを感じた。
異世界少女の戦車乗員仲間も悪くない、なんて言うと偉そうか。
最高だ! っていうのも何か違う気がするな……
二人のことを何て呼べばいいのか今はまだ分からないが、俺には過ぎた仲間である、ということははっきりと分かる――――
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございました。
今回で、一章前半パート終了となります。
そのまま、間を置かず、後半パートを連載させていただきます。
後半パートではいよいよ、第一章のボス、ヘラドーンとの対決が始まります。
藤原たちがどのような手段で強敵に挑むのか、ご想像いただきながら、お楽しみいただけましたら、何よりの幸いです。
時折、本業の関係で公開時間が後倒しになってしまいます。
大変申し訳ありませんが、21:00頃、22:00頃のどちらかには連載できるように努力いたします。
面白い! 早く先を書いて! と思っていただけましたら、フォローや★で応援していただくと、何よりの励みになります。
今後とも本作をよろしくお願いいたします。




