第31話 地竜伯ギャンガラド 【決闘】
敵のボス、ギャンガラドは遠目で見ても化け物だが、それが動いて歩いてくる姿は怪獣映画にしか見えない。
地面が鳴動して空気が震え、歩を進めるたびに視界が揺れる。
(生物ではなくて、災害の具現かもしれん……)
噂が本当なら、この巨体のくせにトップスピードは結構なもので、直線だと90式戦車と同程度の速度が出る。
そして防御力はあらゆる砲弾を弾くと言うから、HEAT弾ではひょっとしたら厳しいかもしれない。
俺たちが勝つための条件は二つだ。
一つ。ギャンガラドを正面から突っ込ませること。
魔法障壁は斜めの角度で当てると、弾道を逸らす効果が高くなってしまうからだ。
防御や回避に全力を尽くされると、APFSDSすら逸らされてしまうかもしれない。
そしてもう一つ。
先ほどの機動戦で失った砲弾補給の時間を稼ぐこと。
この難題をどう解決するか。
俺は、たった一つだけの冴えた作戦を考えた。
時間稼ぎのレスバトルだ。
俺は戦車の上に立ち、メガホンのスイッチを入れた。
「あーあー、敵将ギャンガラドに告ぐ。お前たちのボスの甥、グラオギルスをやったのは俺だ」
最大音量にした俺の間の抜けた声が、90式のフロントに設置したスピーカーからリバイアストン城門前に響きわたる。
しばし沈黙があった。
今のセリフだが、ギャンガラドを怒らせるための条件、満たしていると思う。
まず、竜族は自分の名前を、下等と思っている種族に呼び捨てにされることを最大級の侮辱と感じる。
これはコクトーから聞いたし、エチカにも確認した情報だ。
さらにグラオギルスの殺害犯であることを告白。
やつらがわざわざカンテラート森林を通り、ホバルク村に行ったのは、迂回の意味よりも、実はシルミウスとグラオギルスの捜索が目的だったのではないか。
リバイアストンへ急行する道すがら、三人で考えて出した結論だ。
さっきの機動戦でもわかる通り、竜族というのは実は戦略があるようでいて、あまりない。
これは竜族が愚かということではないのだ。
竜族は単体があまりにも強力すぎるために、戦略を磨く必要が無かったのだ。
だから多分、この挑発にもあっさり引っかかると思う。
『……貴様らが……グラオギルス殿を。しかもゴミ屑どもが尊称もつけずに、ヘラドーン公の甥御殿の名前を発するとは』
うわあ。
これがギャンガラドの肉声か。
初めてドラゴンの言葉を聞いたが、まるで大地自体が怒っているかのような響きだ。
五百メートル先にいるヤツの体躯、目測で全幅十五メートル、全高十二メートル。
大型建設機械級の巨大怪獣が、溶岩のような憎悪を一点に絞って俺へ向けてくる。
俺は内心たじろいだが、深呼吸をして気を取り直し、再度声を発する。
「……甥御さんとやら、大したことなかったぜ?」
そこでしばらく、時間稼ぎをするために間を空ける。
俺が会話で時間を稼いでいる間、エチカとラティーナは車外に出て、先の地竜軍団戦で枯渇した砲弾を補給している。
砲塔後部内の砲弾二十発は撃ち尽くしてしまった。
さっき喋っている間に、視界の端に、彼女らの頭がちらちらと見えたので、内心冷や汗が出ていたが、ギャンガラドは俺だけを睨んでいて、気づいていないようだ。
「ついでにいえば、シルミウスも楽勝だった。……あんたもこの90式戦車の前じゃ、すぐくたばるかもな――そこらに転がっている、お仲間と同じように」
ギャンガラドの部下も同時にディスっておく。
尊大な人間というのは、遥かに格下だと思っている相手から《《言葉》》で名誉を傷つけられたら、言葉で返さなければいけないように錯覚してしまう。
これは人間の心理的、社会的特徴だそうだ。
攻撃された形式と同じ形式で反撃できないと、<負け>と感じてしまうかららしい。
その一般論が竜族に通じるか分からなかったが、どうやらちゃんと通じているようだ。
『増長しおって……愚か者め。私と我が眷属を同列に見るとは。人間と言うのは本当に愚かな種族だ。私にシャーマンの弾は通じん』
なるほど。
あいつは戦車の弾を受けたことがあるという話だったな。
見た目通り、身体の硬さに自信を持っているタイプというわけだ。
しかし、シャーマン戦車と言えば、76ミリ砲だ。
やつは90式の120ミリ滑腔砲を知らない。
「鱗の硬さがご自慢のようだが、試してみるかい? 意外とあんたの体、柔らかいかもしれない」
『…………痴れ者が……!』
「やっつけてやるよ、ギャンガラド」
俺はシュートサインを作って、軽くギャンガラドを撃つ真似をした。
それが決め手になったみたいだ。
ギャンガラドの目、充血して赤くなっている。
やつの黄銅色の体も、赤味が増してきているような気がする。
挑発は――もうこんなところでいいかな。
ギャンガラドは、前足を踏み込んだ後、馬が発進の構えを取るときのように、蹄で足元の土を掻き出した。
殺意十分だな。
奴さんが頭に血が上りやすい性格で助かった。
確実に真っすぐに向かってくるだろう。
俺は横目でラティーナとエチカが予備弾薬庫の扉を閉め、砲塔に戻ったのを確認すると、一目散に操縦席に逃げ込む。
「エチカ、砲弾は補給できたか?」
『はい。APFSDSを五発。これでいけると思います』
戦車を動かす準備をしながら、エチカに聞いた。
「ところであいつの体はそんなに硬いの?」
『地竜は竜族でも防御とタフネスに優れていますが……』
言葉の末尾を濁した意味は分かる。
基本的に、地上に存在する物質で、90式の放つAPFSDSを<硬さ>で防げるというものは、存在しない。
この異世界の物理法則、地球とある程度共通している以上、ここでも同じだろう。
装弾筒付翼安定徹甲弾《APFSDS》の破壊の原理は、受圧面積の狭さによる単一点貫徹と、ユゴニオ弾性限界の突破による組織流動化だ。
こう言うと難しいが、結論から言えば、中距離でAPFSDSを食らったら鋼鉄だろうが、カーボンナノチューブであろうが、どんな材質であってもバターみたいに貫通されてしまう。
さらにわかりやすく言うなら、たとえ戦艦大和の装甲の厚みがあったとしても、APFSDSの貫通を防ぐことはできない。
本来は厚みを増すよりも、別の材質を重ねて、エネルギーを散逸させるしかないのだが、生物としてのバランスを保った肉厚の範疇の装甲しか持てないというのなら、まず防御は不可能だ。
俺がエチカに感触を聞いた直後に、ギャンガラドは、憤怒の形相で、猛烈に突進してきた。
すごい迫力だ。
まるで大地全体が噴火し始めたかのような。
まだ彼我の距離は四百メートル近くあるが、俺はすぐに機動の準備を始める。
90式の砲塔はやつに向けたまま、車体は超信地旋回させて、真横に向ける。
これなら、いざという時、すぐに逃げられる。
あいつは急な方向転換は難しいだろう。
通るのは、リバイアストン南門から、エミリーヒルの東側へ続いていた交易路。
南門攻撃の際に、ギャンガラドや、やつの部下がさんざんに踏みかためていた。
その上ならほぼ整地と同じだ。
90式は最高速度近くで走れる。
やつのトップスピードも90式並みに速いが、すぐにその速度には到達できないし、砲弾を撃ち込まれながらでは、減速せざるを得ないだろう。
『初弾、発砲します!』
エチカの放ったAPFSDSが空を切り裂いている間に、俺はアクセルを踏んだ。
『命中! ……止まりません!?』
『モトム、全速力で走って! このままだと追突されちゃうかも!』
「わかった!」
操縦手ハッチから出てサイドを確認している暇はない。
ラティーナが慌てているということは、ギャンガラドはまっすぐ走っているのではなく、真横に逃げている俺たちを、蛇行しながら追尾してきているのだ。
思った以上に、走りながらの方向転換ができるのか?
あの巨体と体重では、膝関節が限界だと思ったのだけど。
『わっ、来た!』
『次弾、発砲します』
ラティーナの悲鳴と、エチカの宣言に発砲音。
エチカの射撃は全て命中しているはずなのに、ギャンガラドは止まっていない。
アクセルを調節している俺も焦りで冷や汗が走る。
まさか、APFSDSが効いていない――そんなことがあるのか?
思わずアクセルペダルの踏み込みを深くしてしまいそうになるが、理性で制御する。
草原は不整地扱い。
あまり速度を出しすぎると、履帯へのダメージが限界を超えるか、もしくは空転して余計に速度が出ない。
『あっ、大丈夫躱せるかも…………――ッ!?』
ラティーナが驚いたように息を呑みこんだ時、妙な浮遊感を感じた。
戦車自体が不思議な慣性を受けている。
何か、後方に引っ張られているような…………
『磁力ブレス!』
エチカが叫んだ。
これがそうなのか。
90式に着弾したわけでは無い様だし、完全に前進速度を殺せているわけではないが、減速させる効果が出ている。
右横から強烈な衝撃を感じた。
後部に巨大な質量、恐らくはギャンガラドの突進が掠り、車体が大きくぶれる。
身体に強い振動を感じる中、平衡感覚と長年の経験で、右キャタピラが浮遊しているのを察知した。
『うっ』
キューポラから顔を出していたラティーナの呻き声が聞こえた。
血の気が引く。
まさか?!
「くっ……」
俺はハンドルを切り、車体を安定させる。
片輪走行で浮いていた右キャタピラが、着地した時の衝撃が車体全体を揺らす。
接地圧を噛み締めながらアクセルを踏み込み、不整地最高速へ再び到達。
三度目の砲声。
砲塔を回転させ、エチカが砲撃を続けている。
もう三発目。
命中はしているはずだ。
あの巨体だ。
エチカの射撃能力と、90式の性能なら、確実に身体の中央を捉えているはず。
まだ死なないのか?
なんていうタフさだ。
そして、四度目の砲声が草原に轟く。
『四発目命中――、まだ止まらない⁉』
『エチカ、たぶんあれは……』
ラティーナの声が聞こえた。
少しか細い声だが、しゃべれるほどには無事だったか。
ひとまず俺は胸を撫でおろす。
そして言葉の意味。
そういうことか――おそらくもう。
『モトム、もう大丈夫。ギャンガラドは私たちを追い切れていない』
ラティーナの声。
今度ははっきりと発音している。
大きな怪我はなかったようだ。
『そのまま、大きく円を描くように旋回して、元の街道に戻って』
「了解!」
俺にも状況が理解できてきた。
ぐるっと大きな円を描いて、元の街道、ギャンガラドが進んだ道の側まで戻る。
操縦席のモニターに四十メートル長の巨体の斜め横向きの姿が映った。
モニターの視界には、ちょうどリバイアストンの南側にあるエミリーヒルの全景が映っている。
――その視界の右端、左にそれていく街道のカーブから少し外れた草原で、ギャンガラドは進撃を止めていた。
――その巨体は、立ったまま死んでいたのだ。
APFSDSを四発撃ち込まれ、脳や臓器を破壊されて即死しても、惰性で百メートル近く走り続け、ようやく――立ったまま静止したのだ。
とんでもないやつだ。
戦車を徐行速度にして、キュラキュラとキャタピラを鳴らしながら、ゆっくりと――ギャンガラドの背後に近づいていく。
数秒後、傲慢な胴体が、バランスを失ってようやく、横倒しに倒れた。
轟音が大地を揺り動かし、草と土がまき散らされ、煤塵が吹き上がる。
やがて全ての振動が収まった時に、
『目標、沈黙!』
エチカの興奮を含んだ声がインターコムから聞こえてきた。
『作戦成功だね!』
そして車長のラティーナの宣告が草原に響きわたる。
俺は90式を停車させ、操縦席ハッチから顔を出す。
五十メートルほど先に、黄銅色の半透明な鱗と棘が無数突き出た山がある。
まるで宝石鉱床のようだ。
……近くで見ると、本当にとんでもない大きさだな。
「……後片付けが大変そうだ」
――地竜伯ギャンガラド、討伐完了。
――MISSON COMPLETE.




