第29話 第一次リバイアストン会戦1 【籠城戦】
ジバル准将からリバイアストン急行の依頼を受けた直後、俺はステフとフェンリの安否が気になって探しに行こうとしたが、ちょうど連隊陣地の奥から二人が歩いてくるのを見つけた。
「ステファニー、フェンリエッタ! 怪我はないか?」
「うん、大丈夫だよ。ちょっぴり疲れたけどねっ」
「私たち、頑張りましたよー!」
二人とも顔が煤だらけで黒く、声音も疲れているようだ。
だが、その表情はやり切った者の顔だった。
本当に無事でよかった――そう思った矢先、フェンリが手に持った縄に引きずられている《《もの》》を見て俺は目を疑う。
「ふ、フェンリ……それは?」
「あ、これは捕虜です! 見てください、たくさん捕まえたんですよ!」
縄でぐるぐる巻きにされた赤髪の男たちが五人。
フェンリはそれを、まるで野球部が練習用に使うタイヤのように後ろに引きずっていた。
……何で引きずってきたんだ?
「そういえば私も、なんか偉そうなやつを仕留めたんだけど……」
「え、どいつ?」
「街の東に置いてきちゃった」
ステフが自分の戦果を確認してくれと言うので、みんなでマステマーシュ市の東側まで90式で行くことにした。
彼女たちが主戦場にしていたのは市外の東の外れだから、当然、敵の死体は大部分そこにある。
この後はすぐにリバイアストンまで急行しなければいけないので、重い装甲荷台は、西門の前に置いていくことにする。
ステフにフェンリ、それに准将とお付きの将校二人をタンク・デサントさせて、都市の東側まで約五分ほど走行する。
「こっちこっち」
ステフが戦車から降りて、指さした廃墟の陰には、装飾品を大量に身につけた遊牧民の男の遺体があった。
また、周囲には縄で縛られたモルガナ族が十数人、壁際に寄せられている。
さらに地に伏した遺体が七、八体転がっていた。
これ、全部ステフとフェンリの二人でやったのかな?
すごい戦果だ……。
ジバル准将が遺体を検分し、低い声で呟いた。
「こいつは……モルガナの首長、ガルダンだ」
「かなり偉いやつだったんだ」
しれっと言ってるんだが、ステフのスナイプ能力は本当に桁外れだ。
モルガナ族のボスを単独で、あっさり仕留めるとは……。
俺たちがみんなでステフに賞賛の眼差しを向けていると、ステフは照れ臭そうに後ろ頭を掻いた。
「フェンリも相変わらずおかしかったよ。素手でモルガナ族を何人も絞めてたし」
「じゃあ、ここに縛られているのはフェンリが?」
「はい! いっぱい捕虜取れました!」
果物狩りの成果を報告するみたいな満面の笑みで答えるフェンリ。
俺はちょっと困って苦笑した。
すごいんだけど、白兵戦なんて危ないことしないで欲しいな……。
准将がハーンの隣にひざまずき、そこに横たわっている少年を調べている。
「こっちの子供は生きてるな。落馬して気を失っているだけのようだ。この身なりからして……王族かもしれんな」
「この人の……子供かな」
ステフがハーンの遺体と子供を見比べながら、ちょっと何とも言えないといった表情を作る。
「たぶん、そうだろうな……気を負う必要はない。戦場のならいだ」
准将はその少年を抱きかかえながら、ステフに優しく声をかけた。
戦いの後の検分が終わる。
俺は二人に対して賞賛の言葉しか出ない。
「二人ともすごい……ありがとう、よくやってくれた」
俺がそう感謝の言葉を述べると、二人共上目遣いで俺の顔を見上げた後、ヘルメット無しの頭のてっぺんを俺の顔に向けてきた。
なるほど。
何をして欲しいかは分かっている。
俺は両手をゆっくりと二人の頭の上に運ぶ。
「二人とも、本当に凄いな! エミリーヒルの自慢だよ!」
改めて賞賛の言葉を投げかけながら、夕陽色の髪と、銀色の髪をクシャクシャ撫でてやった。
くすぐったそうにしながら、二人は盛大に、嬉しそうに笑った。
「両人とも本当に素晴らしい兵士だ。我が軍に欲しいぐらいだ」
ジバル准将も堂々とした態度で二人を称賛する。
「ありがとうございます」
俺は素直に准将の言葉を頂戴した。
自分の子供を褒められたような気分だ。
さて、俺たちはこれから90式でリバイアストンの支援に急行しなければならない。
「じゃあ行こうか」
俺がそう言った瞬間、ラティーナとエチカが棒立ちになったまま、じとーっとした目を向けてきた。
「ど、どしたの?」
「モトム、私たちにはあんなことしてくれたことないよね……」
ラティーナが目を細めて無表情で俺を見る。
「え? え?」
「私もエミリーヒルの自慢だって言われたいですね……」
エチカも同じ目を俺に向けてきた。
一体何なの……?
*
リバイアストン市南門。
市の実質的ナンバー2であるコクトー評議員は、軍からの急報を受け、すぐに南門の城壁上に立った。
そこから地平線の先を見れば、砂煙を上げながら迫る数十匹の地竜の群れが見えた。
地竜の軍勢――
コクトーは歯噛みした。
彼らの目的は明白だ。
リバイアストン市の攻略――
――いや、それだけではない。
おそらくは……これまでの報復と……市民の虐殺。
コクトーは望遠鏡を兵士から借りて地竜軍の全容を把握しようとする。
陣形の中央に、ひときわ大きな巨体を発見した。
一目でわかった。
彼が九十年前に見た異様と同じだったから。
……あれは地竜伯だ。
その少し前、左右に分かれて大型の地竜が二十三頭。
凶暴な二足歩行のディノサラスが八頭。
三本角の四足歩行、トロワサラスが八頭。
首長のブルートサラスが二頭。
そして、後方に投石型と呼ばれるアノクサラス五頭。
小型の地竜も四十頭はいて、大型の地竜の前に展開して疾走している。
圧倒的な戦力、特に巨体が軍勢として襲ってくる光景に、城壁上の兵士たちは皆、言葉を失う。
一人の小太りの男が取り巻きの兵士を左右に従えて、城壁の上に上がってきた。
「ど、どういうことだ」
慌てて言葉を発したその男は、リバイアストン市の市長クロセラス・ラガーシュ。
城壁の向こう、砂塵の中にいる地竜たちを見て、彼は狼狽し、汗を滝のように流した。
市長の言葉は誰かに向けられたものではなかったが、コクトーは淡々と答えた。
「考えられることは一つだけだ。地竜伯はマステマーシュを迂回したのだ」
地竜軍はやがて、リバイアストンの城門から二百メートルほど手前で停止した。
その一団の中から、ディノサラスの最大個体が一頭、先行して城門付近へ走ってくる。
おそらくは使者だろうとコクトーは察した。
市長は脅えて使い物にならないから、自分が対応しないといけない。
コクトーは前へ進み、声を張った。
「ご口上を賜りたい!」
『ここにヘラドーン公の甥御を弑した者がいるはずだ。その者は前に出よ』
奇怪な、耳障りな大音量での返答。
兵士たちはその声に身震いした。
なるほどな、と内心コクトーは頷いた。
やはり、地竜たちはヘラドーンの甥、グラオギルスを殺した報復に来たのだ。
マステマーシュに行かず、ホバルク村に行ったのは作戦ではなく、グラオギルスの死体を探しに行ったのだろう。
そうコクトーは予想したが、その予想をしたところで状況が変わるわけではない。
「犯人を引き渡したら、リバイアストンの安全は保障していただけますか?」
市長がいきなり、コクトーが制止する間もなく、地竜たちの使者に対して悲鳴のような申し出を上げた。しかし――
『……否。それと今回の戦いは関係ない。お前たち人間は滅びろ。それがヘラドーン公のご意向だ』
地竜の使者は冷徹に言い放った。
それを聞いて、青くなっていた市長の顔が、さらに血の気が失せて黒ずんでいく。
市長は腰が抜けたらしく、城壁の上にへたり込んでしまった。
「……なるほどな。やはり貴公らは最初から狂っていたんだな」
誰に聞かせるでもなく、コクトーは呟いた。
『甥御殺害の犯人は?』
地竜の使者の冷厳たる詰問が、城門前に響く。
「……そんな者はここにはいない」
コクトーは少し語気を荒げて言い放った。
来るなら来い、とでも言ってやりたかったが。
『……』
使者の無言の瞳が、少し濁り、血の色のように赤く光ったように見えた。
使者は踵を返すと、地面を揺らしながら、地竜の軍勢の中へ戻っていった。
「……戦争だな」
「ハッ!」
コクトーが周囲の将校にゆっくりと呼びかけると、それを合図に号令が飛び交い、兵士たちが持ち場に付く。
「さて、どの程度持ちこたえられるか……」
城壁の上に残ったコクトーは誰に聞かせるでもなく呟く。
市の将軍、クレルマンの号令で、リバイアストンの兵士たちは城門防衛を開始した。
堡塁に設置されたカノン砲の発射準備が行われ、城壁上のマスケット歩兵が配置につく。
そこに、いきなり直径二メートルの岩石が降り注ぐ。
アンキロサウルス型の地竜、アノクサラス五頭による遠方投石攻撃だ。
命中率は低いので、城壁に有効打は中々当たらないが、落ちてくる岩塊の衝撃は凄まじく、兵士たちは身をすくめるしかない。
カノン砲の射程からも外れているから、反撃できないのだ。
「エミリーヒルへの援軍要請は?」
コクトーは苦い顔で隣にいた将校に尋ねた。
「しましたが、フジワラ卿は、おそらくまだマステマーシュに」
マステマーシュで陽動の軍を掃討した後、藤原たち90式が戻ってくるまで、何時間かかるだろうか。
それまで、リバイアストンは持ちこたえることができるだろうか?
「評議員、ここは危険だ……市庁舎に戻った方が」
クレルマン将軍がコクトーの隣に来て、避難を促す。
「どうせどこにいても、門が破られれば同じことだ。それより、なんとかなるか?」
コクトーは将軍に所感を聞いた。
将軍の答えは、無言。
それを見て、コクトーは戦況を察する。
「厳しいのか……」
その時、アノクサラスによる投石攻撃の一発が、堡塁上にあった砲兵陣地に直撃した。
カノン砲は上空からの攻撃には無防備だ。
砲が損壊して発射不能になり、四肢を岩塊に潰された兵の叫び声やうめき声が戦場に響いた。
――砲をある程度削ったら、大型が出てきて城壁に取り付くつもりなのだろう。
そのコクトーの予測は半ば当たっていた。
城門に近い、左右の堡塁の砲が損傷を受けた直後だ。
大型地竜が陣地を構えた、その中央に鎮座していた、一際大きい怪物が動き出した。
二本の鋼鉄のランサーの如き鋭利な角。
そして鼻先から突き出た、鋸状の小さな歯が付いた太い角。
獅子のような鬣型の鱗が顔の後ろを飾っていて、全身が赤銅色に輝いている四十メートル長の巨体。
コクトーの頬を冷や汗が伝う。
その異様を忘れようはずもない。
地竜伯ギャンガラドだ。
ギャンガラドが歩を進めるごとに、大地が怒ったかのように揺れる。
マスケットを持った城壁上の兵士たちの顔も蒼白になり、皆一様に、呆けたように口を開く。
そのギャンガラドが、前足の蹄で、地面の具合を確かめるように土を掘り起こす。
コクトーも将帥たちの表情も、明らかに憔悴に変わる。
――これは、おそらくは――突撃の準備だ。
ギャンガラドは巨体で突撃し、二重城門の外門――バービキャンの入口を破壊するつもりなのだろう。
そう思った矢先だった。
生きているカノン砲の射程ギリギリまで出てきたギャンガラドが、大きく口を開いて息を吸い込んだかと思うと、奇妙な大音量が空気を伝わってきた。
その波動は、生き残っていた砲兵陣地を直撃する。
空気を歪ませるその流れが直撃した個所にいた砲兵たちが、カノン砲と共に宙を舞った。
「磁力ブレスか……」
コクトーは震える声で呟いた。




