第28話 廃都市マステマーシュ3【廃都遊撃】
エチカから、遊牧騎馬民族モルガナの一団がマステマーシュ北の大河を渡河しているという情報を聞いた俺たちは、急遽対策を練ることにした。
「エチカ、モルガナ族は馬も一緒に移動しているのか?」
『どうもそのようです。一箇所に何人も固まって生体反応が見えます。かなり大型の船で渡河しているようですね。渡河した数は、おおよそですが五百です』
北側の川は、リヴェー川の支流だが、それでも大陸の川だ。
川幅は利根川の十倍はあるように見えた。
騎馬民族が馬ごと、あれほどの大河を渡るとは。
しかも五百という大人数だ。
『それから……難民はもう東門付近には居ませんが、まだ騎馬の足なら、すぐ追いつける位置にいると思います』
『モトム、どうしよう……』
ラティーナが判断を迷っている。
モルガナ族は、難民の集団を追いかけて虐殺を行うか、それとも挟撃を重視して難民を無視するか。
これは純粋な軍事判断とは異なる。
モルガナ族の民族的特性や、戦後の政治判断も絡んでいることだ。
だから、車長のラティーナは俺に判断を仰いだのだ。
「エチカ、教えてくれ。モルガナ族の渡河部隊は、統制が取れているか? それと、騎乗して再武装しているか?」
『はい、統制は非常に取れています。それと、推測ですが、突撃用の重装を再装備しているように感じます』
モルガナ族は難民を追撃するか否か?
俺は頭をひねった。
今、明らかに敵は劣勢を感じているはずだ。
モルガナ族の行動原理はただ一つ――生存だ。
そう考えた時、挟撃に回った部隊が取る行動は……攻撃に集中して、難民は無視。
そうするはずだ。
難民を略奪するために追いかけているような暇は彼らには無い。
とにかく全力で連隊陣地を後ろから叩いて、奇襲を完成させようとするはずだ。
連隊陣地後背への攻撃を阻止するには、途中で遅滞戦術を行う戦力がすぐに必要だ――
「よし、ライフル兵二人で、モルガナ兵の襲撃を阻止しよう。ステフ、フェンリ。お願いできるか?」
「村長、任せといて! 散兵戦術、ツーマンセルでしょ? 教えてもらったやり方で五百人なんか余裕だよっ!」
ステフが意気揚々と言う。
二人で五百人を相手にするのは余裕だと。
あながち大言壮語とも言えない。
M2ブローニングの部品を使ったライフル銃、それにステフとフェンリの狙撃能力があれば。
しかし、言い放った直後に胸が重くなった。
少女二人を五百名の騎馬隊阻止に向かわせる――
軍事的には正しい。だが、人としてはどうなんだ。
能力があるとしても、それは道義に悖るのではないか。
何より二人が心配だ。絶対安全とは言えない。
射程千メートルのライフル銃。
騎馬のギャロップは市街地の狭い道で隊列を組んだなら、せいぜい時速二十キロメートル。
そこを百発百中の狙撃手が物陰に潜んで待ち伏せする。
その状態で戦史を顧みれば、どんな結果になるか、頭ではわかっているはずなんだが……
「村長ったら、私たちのことまだ信じ切れてないでしょ」
「村長に直々に教えてもらったんです。私たちはやれますよ!」
「ステフ、フェンリ……」
まっすぐに俺を見て、笑顔でやらせろと言う少女たち。
俺はひょっとしたら気が狂ったことをしようとしているのかもしれないが、彼女たちを信じたくなってしまった……。
「指揮官を倒せたら、あとは隠れていていいぞ」
ラティーナとエチカの防弾服とヘルメットを借りて、それを付けてもらいながら、ステフとフェンリは何度も頷いている。
準備が終わると、二人は戦車の下に降り、右手の教会廃墟の前に行く。
ステフが声を張り上げた。
「フェンリ、お願い!」
「了!」
掛け声とともに、フェンリは教会の壁際で腰を落として両手を組んだ。
何をするんだ? と思った束の間、その手の上にステフが足を乗せ、フェンリが勢いよく持ち上げると、勢いをつけてステフが飛び上がる。
ステフはそのままパルクールみたいに壁を這って登り、教会の三階建てほどの高さの壁の上に軽業師のようにジャンプして着地すると、フック付きロープの先を固定して、下に垂らす。
フェンリがそのロープを使って、壁を一気に駆け上がって、ステフの隣に飛び移る。
この間、要した時間はわずかに四秒だった。
二人はそのままぴょんと東側の次の建物の壁に飛び移って、駆けて行き、あっという間に小さくなっていった。
…………。
わざわざ壁の上を歩く必要はあるのか? と思ったが、まあ、高所の方が狙撃がしやすい、という判断だろうか……
路地には瓦礫が散乱していて、確かに歩きにくいし……壁の上を走った方が速い……のか?
しかし、なんであんなアクションゲームみたいな動きができるのか?
身軽な少女だから――と一瞬思ったが、そんなはずはない。
ステフはライフル銃に、サブウェポンの腰弓、鉈のようなナイフを装備し、さらに背中には数百発の弾丸が入った雑嚢を担ぎ、それにヘルメットにボディーアーマーを着ているのだ。身軽なわけがない。
さらにフェンリの方はそれに加えて、二人分のサバイバル用品や食料が入った雑嚢を余分に持っている。
……なんか、すごすぎて言葉が出ないわ。
この世界の少女はみんな人外なのかもしれない。
「モトム、あの二人なら大丈夫だと思うよ」
ラティーナも苦笑いしてそう言うと、振り向いて砲塔の上から、車長ハッチに入る準備をしている。
「背後はあの子たちに任せて、私たちは大型地竜をやっつけようか」
「了解だ。その前に、お隣さん……カンテラートの連隊に連絡しておこうか」
「そだね!」
俺は操縦室からマイクを持ってきて、車外拡声器に繋げた。
このスピーカー、別の作戦のために整備したものなんだが、ここで役に立つとは。
『あー、カンテラート連隊のみなさん、聞いてください』
かなりの音量の声に、近場にいた連隊兵士の皆さんが一斉にこちらを向く。
『現在、モルガナ族の一部、約五百騎がリヴェー川を北から渡河し、東門側に回り込もうとしています』
俺がマイクでそう言うと、連隊の兵士たちが明らかに動揺してどよめきだった。
『心配ご無用。我々の優秀な狙撃兵が足止めに向かっています。ですが少数なので援軍が欲しい。部隊の一部を挟撃阻止に差し向けるよう、司令官に伝えてください』
俺がそう言うと、下士官らしき人物が何度も首を振ってうなずき、すぐに隣の兵士に伝令の合図をしてくれた。
これでステフとフェンリが孤立する心配はないだろう。
「よし、俺たちも自分たちの仕事をしよう!」
*
ディーゼルエンジンを始動させ、戦車を前進させる。
戦車に立てかけていた即席の土嚢木箱陣地が崩れる。
目前の瓦礫を踏み越えて、先ほど120ミリ砲で倒したトリケラトプス型の死体の上を、90式のキャタピラが踏み越えて、城壁の外の世界へ侵攻する。
その先には目を疑う光景が広がっていた。
(うわ……)
まるっきりジュラシック・パークだった。
赤茶けた荒野を、ティラノサウルスとトリケラトプスが入れ替わり立ち代わり走ってきている。
遥か遠くにはブラキオサウルスのような首長竜まで見える。
この地竜たち、よく見るとまるっきり恐竜と同じというわけではない。
むしろ恐竜よりもかなりごつごつしていて、肌は岩石のようだし、棘や角がいっぱいついていて強そうだ。
地竜たちを囲むように、左右両翼に、千騎ずつ程の騎馬隊が綺麗な隊列を組んでいるのが見える。
モルガナ族弓騎兵隊だ。
彼らは、一斉に弓をつがえると、俺たち90式戦車にめがけて矢を放ってきた。
数十分前に経験した、蝗害のような矢の雨がたちまち空を埋め尽くす。
『これはさすがに中に入るね』
あの蛮勇のラティーナが自らキューポラの中に入ってきた。
『あんなに一気に向かってきたら、障壁の許容量超えちゃうから』
「なんにしろ、中に入ってくれて安心したよ」
『モトムは心配性だね……でも嬉しい』
戦車の中に入ってしまえば、矢の雨なんかは怖くない。
実際、矢が当たる音すらほとんど聞こえなかった。
時折、爆裂矢と思われる小さな炸裂音が響くだけだ。
モルガナ族の攻撃を無視して、俺たちは敵中を邁進した。
いきなり目の前にトリケラトプスの角だらけの顔が見えるが、俺は急ハンドルを切ってそれを避ける。
体当たりさえかわしてしまえば、強大で怒涛の速度で迫りくる地竜たちも、エチカの操る120ミリ砲の前では敵ではない。
砲塔が旋回して、真横にいたティラノサウルス型の横腹にHEAT弾が命中する。
先端科学が生んだ殺意の塊を至近距離から当てられては、ひとたまりもないだろう。
戦果判定を瞬時に終え、砲塔が次の獲物を探す。
つるべ撃ちだ。
90式の自動装填に要する時間は約四秒。
おおよそ五、六秒の間隔で、エチカは次の標的を見出し、砲弾を発射し、巨大な死体を量産する。
俺がスラローム走行で五体の大型地竜を順々に避けた直後、斜め後ろに向いた砲塔から放たれるエチカの砲弾は、背後に置き去りにされた敵の命を着実に刈り取っていく。
機動性に富んでいた大型地竜が、全て物言わぬオブジェに変わったところで、エチカが静かに告げる。
『捕らえました。六百メートル先、敵投石型です。二体います』
「そのまま行進間射撃で大丈夫?」
『はい、問題ありません。発射…………命中……次」
……速い……。
恐るべき流れ作業だ。
淡々としているのが、味方ながら頼もしくも――なんか怖い。
『状況、終了かな?』
ラティーナがそう言ったのは、抵抗している敵がもういなくなったからだ。
周囲に包囲陣形を作っていたモルガナ族は、矢が通じないことを悟って、後方へ退避してしまったようだ。
一番遠くに控えていたブラキオサウルス型だけが、しばらくこちらを見ていたが、90式の砲塔が自分に向けられると、少したじろいだように見えた。
やがて彼は、ゆっくりと巨体を反転させて、そのまま西側、元来た道へ歩き出した。
「戦意を喪失したようだな……」
『ええ。あえて撃つ必要はないですよね』
「そうだな……」
この惨劇が報告されれば、もう侵攻しようという考えを捨ててくれるかもしれない……そう期待したいが……。
『モトム……だけど……おかしいね』
ラティーナの声がインターコムに入る。
言わんとしていることを理解し、俺も不安な気分になった。
「ああ、敵が少なすぎる」
大型地竜が四十騎以上、小型も合わせて百騎以上という触れ込みだった。
倒した大型地竜の数はちゃんと数えている。
城壁内で四体、城壁外で六体だ。
そして今逃げていったブラキオサウルスで、計十一体しかいない。
小型も二十匹ぐらいしかいなかった。
それに、聞いていた一番の難敵。
地竜伯ギャンガラドらしき個体は、どこにも見当たらなかった。
あのブラキオサウルスがギャンガラドかと一瞬思ったが、微妙にサイズが小さい。あれは四十メートルには達していないだろう。
つまり今までマステマーシュを攻めていたのは、敵の本隊ではない。
では、地竜伯ギャンガラドと地竜軍の本隊は何処に行った?
まだ、この後攻めてくるのだろうか。
それとも――?
嫌な予感がする……
不安を抱えながらも、俺たちはマステマーシュ城内に戻ることにした。
カンテラート連隊の陣地前に停車し、下車すると、連隊の司令官と思われる将校が前に出てきた。
見知っている顔だった。
大森林の駐屯地にいた、ジバル・コクトー准将。
コクトー評議員の息子だ。
「ジバル准将、こちらにいらしていたのですね」
俺たちは准将の前まで行き、彼と握手をする。
「ああ。私が部隊を率いてきた。……すさまじい戦いぶりだったな。マステマーシュがもったのは、君たちのおかげだ」
准将はそう俺たちの働きを称賛したが、その表情は深刻だった。
当然、俺たちは察した。
まだ状況は終わっていない、ということだ。
「戦勝パーティーと行きたいところだが、問題がある」
そう准将は言うと、しばらく間を置いた。
まるで自分の心を落ち着けているような顔だ。
俺たちは固唾を呑んで、准将の次の言葉を待った。
「知っての通り、君たちが倒したのは地竜軍の主力ではない。地竜伯の本隊は、マステマーシュを迂回して東進し、大森林を越えた。つい先ほど、その先にあるホバルク村が奪還されたとの報が入った」
この報告には、俺たち全員がハンマーで頭を打たれたような衝撃を受けた。
ホバルクに地竜伯がいる。
そこから先、リバイアストンまでは、遮るものが何もない。
俺がこの世界に来た時に、十二人の孤児たちと旅したモナド平原が広がっているだけだ。
「君たちの想像の通りだ。地竜伯はそのまま北進して、リバイアストンを直接狙っている」
リバイアストンからマステマーシュまで西に三十キロメートル。
リバイアストンからホバルク村までは南に三十キロメートル。
准将への伝令は、どんなルートを通ったのだろうか。
仮に、直進してマステマーシュに来ていたとしても――。
「准将、ということは……」
「ああ。地竜伯は既にリバイアストンに着いている」
みんなの顔に冷や汗が走る。
「フジワラ卿、それにラティーナ殿、エチカ殿。再びの依頼で悪いが、至急リバイアストンに急行してくれるか」
俺たちは黙って、ゆっくりと頷いた。




