第23話 ニンテンブルグ鉄工所 【素材調達】
鉄やその他の建築資材が欲しいと思った俺は、エミリーヒルの建築を引き受けてくれているおやっさんに会いにいくことにした。
おやっさんと呼んでいるが、名前はシャルピュイユという。
洒落た響きだが、現代日本人にはちょっと発音しにくい。
「なんだあ? 鉄が欲しいだあ!?」
丘の上の作業場で声をかけると、木材を抱えたまま振り返ったおやっさんが、いつもの怒鳴り声で返してきた。
いつも通り威勢がいい。
「そう。リバイアストンで製鉄やってる人、知らないかな」
「それならニンテンブルグだな。製鉄と鍛冶ギルドの長を百年以上やってる」
百年以上ときたか。
じゃあ人類じゃないのかな。
「ああ、ドワーフだ。元はルキフグッサにいたらしいけどな」
「ルキフグッサって何?」
「ああ? 知らんのか……今は赤竜公が首都にしている街だ」
おお……。
何か重い話をついでに聞いたな。
生まれ故郷をヘラドーンの襲撃で追い出されたみたいな感じかな?
そしてドワーフか。
鍛冶屋として有名な種族……で合ってるのかな?
確かヘラドーンは山脈に住んでいるってどっかで聞いた気がするから、鉱山がある高地の都市なのかな?
「待ってろ。紹介状を書いてやるよ」
おやっさんは木材を放り出し、館の執務机のある棟へずかずかと歩いていった。
俺もそれに合わせてついて行く。
今は二棟目が半分出来上がっていて、ここは大部屋の多い棟。
そのうち子供たち用の教室にしようと思っている場所だ。
「だけど、あれだな……あいつの性格だと何か交換条件を要求してくるかもしれんな……まあ、お前さんなら大丈夫か」
タダじゃ動かんということか。
「おやっさんと仲いいのか?」
「まあまあな」
それなら趣味はわかりそうだな。
よし、交換用の物資を用意していこう。
おやっさんは材木で喜んだから……製鉄業者なら、《《アレ》》かな?
翌日、俺はおやっさんからもらった紹介状を持って、エチカと二人でリバイアストンの鉄工所区画へ向かった。
煉瓦造りの大きな建物が何棟も並び、煙突からは絶えず煙と蒸気が噴き上がっている場所だった。
熱気と油の匂いが街路にまで漂ってきて、産業の鼓動を感じる。
「すごいところですね……」
エチカは目を丸くしながら、あちこちの設備を興味深そうに見ていた。
紹介状を鉄工所の前にいた職人に渡すと、しばらく待たされ、奥へ案内された。
高炉らしき六階建てほどの巨大な塔。
その脇に併設された建物の扉をくぐると、熱気が一気に押し寄せてくる。
蒸気ハンマーの轟音が響き、何人もの職人が、大きな棒の先端に付いた、赤熱した鉄塊を掛け声と共にハンマーの下に突き出している。
溶けた鉄を鍛鉄するための設備らしい。
その手前に、髭面の同じ顔をした二人の職人が並んで腰掛けていた。
煤で黒くなった服、同じ形の帽子、同じ背丈。
いかにもドワーフという風格で、ただ座っているだけなのに妙な威厳がある。
俺は二人の前まで歩き、声をかけた。
「こんにちは」
二人は同時に顔を上げ、こちらをじろりと見た。
四つのぎょろ目ににらまれ、俺はたじろいだ。
「カミーユの奴が手紙で知らせてきたのはお前さんか」
右側にいた方の髭面が答えた。
カミーユ?
もしかして大工のおやっさんか?!
あのおっさん……名前カミーユって言うんだ……
失礼かもしれないが、滅茶苦茶似合わない気がする……
「えっともしかしてニンテンブルグさん?」
「「ああ」」
二人はまったく同じタイミングで頷いた。
「製鉄ギルド長の方はどちらで……?」
「「俺たち二人でやってる」」
なるほど、ニンテンブルグは兄弟なのか。
息のあった兄弟ってやつだな。
見分けがつかないのは困るけど。
「兄のマルク」
「弟のルイドルフだ」
名乗るタイミングは順番だったので助かる。
「モトム・フジワラです」
俺は握手を二人と順番に交わす。
右が兄マルクで、左が弟ルイドルフだな。
よし、ちゃんと覚えた。
……場所入れ替えられると絶対わからないが。
「エチカ・フジワラです」
エチカが胸に手を当てて丁寧に礼をした。
う、うん?
俺と同じ姓……エチカの姓ってラディンスキーっていうんじゃないの?
俺が少し焦ってエチカを見ると、彼女はにっこりと柔らかく微笑んだ
「同じエミリーヒルの氏族ですから」
家族ってこと……かな?
「鉄が欲しいだって?」
「金払うんなら別にいいが、今作ってるやつは出荷先が数カ月先まで決まってるぞ」
二人は腕を組み、こちらを値踏みするように見ている。
なるほど。
確かに、鉄はどこでも必要とされているだろうしなあ……
でも、ちゃんと考えてきた作戦がある。
「もし、鉄の生産量を増加させる方法があるんだったらどうですか?」
俺が言うと、兄弟は同時に眉をよじり上げた。
やはり興味を示したな。
「……お前さん、異界人って話だったな」
兄のマルクが椅子から少し身を乗り出す。
「何か、ノウハウを持ってるってことか。異界の科学は進んでいるって話だからな」
弟のルイドルフは顎髭を撫でながら興味深そうに語る。
「ああ。だけど、俺の見立てが当たっているかどうか、設備を確認したい。ちょっと高炉を見せてもらえますか」
「「いいだろう」」
それから、ニンテンブルグ兄弟に高炉の設備を見せてもらった。
「炉口、送風管、羽口、スラグ掃き出しパレット……」
煉瓦造りの塔内にある高炉は、丁寧な造りで見事だった。
一通り見せてもらった。
さて……改良案だが。
俺は専門家ではないが、製鉄技術については、戦車装甲関連で興味があったので、技術士試験を受けるついでに少し勉強したことがある。
見た感じ、風量が不安定なので、送風機を改良した方がいいと思い、いくつかアドバイスをした。
「高炉に送る風の量を一定にした方がいいですね。今の送風機だと、蒸気圧の変動で風が弱くなったり強くなったりするでしょう?」
あとは風量の吹き込み口の角度とか、鉱石やコークスの積み方、ベッセマー式転炉の説明とか。
まあ、専門的な話だが、兄弟はさすがにすぐ理解してくれて、終始うんうん頷きながら聞いてくれるので、なかなか気持ちよかった。
「確かにその改良ならすぐにできそうだな!」
兄弟は驚愕しつつ喜んでいた。
普通に役に立てたみたいで、嬉しい。
「それで、鋼鉄を増やして何を作りたいんだ?」
兄が握りこぶしを作って意気込むと、弟が腕を組みながら尋ねてきた。
「サンプルを作ってきました。見てください」
俺たちは元の工場に戻る。
俺は作業机の上に、背負ってきた布袋から、有刺鉄線の試作品を取り出した。
工場のランプの光を受けて、棘が鈍く光る。
「なんだこれは? ワイヤーの先に尖ったワイヤー?」
兄の方が、慎重に鉄線を指先でつまんで持ち上げる。
「気を付けてくださいよ。怪我するから」
「侮るな。ちゃんとわかっとるわい」
弟は鼻で笑いながら覗き込む。
「これは何に使うつもりなんだ?」
「ぐるぐる巻いて、村とか畑を囲うんです。すると」
「こんなものがあったら、馬も獣も通れんぞ!」
俺が言う前に兄のマルクが叫んだ。
「なるほど、モルガナ族や魔獣除けか」
弟も目を見開いて頷き、それに兄がさらに歓喜の声を追加する。
「おまけに最初に大量に作っておけば、時間がかからず、すぐに設置できる!」
さすが技術者。
すぐに本質を理解してくれる。
「面白いな。これを作りたいってわけか」
「しかしなあ。さっきの高炉改善案だけじゃ、この鋼線は沢山作れんぞ」
「鋼線押し出し設備の速度も上げないと」
兄弟は視線を動かしたり手振りしたりして、実際に鋼線を作成する工程を思い浮かべているようだ。
「そこでもう一つ考えがあるんです。エチカ、もう一つの方も出してくれ」
「はい、モトム様」
エチカが丁寧に包んでいた布を開き、もう一つの土産を取り出した。
作業机の上に、金属棒と、円形の厚みのあるリングが置かれる。
「これは……」
「このリングは、もしや軸受けか!」
二人は同時に息を呑んだ。
おやっさんから金物をもらって素材にし、戦車クラフトで作ったシャフトと……そして両端につけた二個のボールベアリングだ。
「何と滑らかな動き……」
ベアリングに突き刺さったシャフトを、兄が指で回すと、ほとんど抵抗なくシャフトは回転した。
「摩擦がほとんどないのか……信じられん」
弟が唾を呑みながら目を細めて観察している。
素材はもともとは大工用の金物だから、粗い鋳鉄ではあるが、それでも工業立国日本の技術の粋を集めたボールベアリングだ。
産業革命黎明期の技術水準のニューシャルマニアの技術者たちにとっては、神器の如き一品だろう。
「鋼があれば、もっと大きな軸受けも作れますよ」
俺が言うと、二人共目の色を変えた。
「これはどれくらい保つんだ?」
「密閉して油を差せば、数十年は交換なしでも保ちますね」
「驚いた……産業が根本から変わるぞ」
「こいつは革命かもしれんな……」
兄弟は興奮したように顔を見合わせた。
実は軸受けっていうのは、工場制機械工業を支える上で、一番重要な部品なのだ。
蒸気機関だけじゃなく、水車や風車、馬車に荷車、工場の回転機械全般……
それらの機械の精度や効率は、優秀な軸受けがあると格段に上昇するからな。
「いいだろう。お前さんの鋼線、有刺鉄線だったか。作ってやろう」
兄の方が俺に向いて鼻息あらく頷いた。
「ありがとうございます……ついでに、柵用の支柱も作って欲しいんだけど」
「それは設備がどれだけ効率化できるかだな」
兄と弟が両方とも、作業に入るような仕草をしたので、俺は慌てて呼び止める。
まだ用事は残っているんだ。
「すみません、他にも聞いておきたいことがあるんですが」
「なんだ?」
「あなたたちは、百年以上生きてるって本当ですか?」
「……ああ。今で百五十歳ぐらいになるか」
そんなに?
随分長生きな種族なんだな……。
「九十年前に来た戦車って知ってますか?」
「ルキフグッサから避難した時に見たな。確かシャーマンと言っていたが」
弟が天井を見上げながら言った言葉に、俺は正直驚愕した。
いや、戦車が来たのは知っていたんだけど……。
こんな具体的な名前が出てくるとは思わなかった。
「アメリカの……M4シャーマンのことですか? こう、丸っこくてアヒルみたいな形で……緑色とか灰色の」
「そう、それだな。地味な緑色だ。十台以上は、いたかな」
「乗っていたのは、どんな人たちだったか分かりますか? その……話をしたりとかは?」
「いやあ、俺たちも避難中だったからな……確かに惜しいことをした。あいつらの戦車、もっと見れたらなあ」
弟が感慨深げ、という風に頭の上を見ながらしゃべっていると、兄貴の方が指をさして言った。
「あいつら、赤竜公と戦ったんだろう」
「確かそのはずだ。その後話聞かなくなったし、ルキフグッサもあの有様だから、負けたんじゃないか?」
弟の推測に、兄は重い表情になりながらも、うんうんと頷いている。
シャーマンが十台もいて、勝てなかったのか。
ヘラドーンってのは結構な化け物なんだな……。
まあ、赤竜は航空戦力みたいなもんだからかな……?
「シャーマンだけだったんですか? 来た戦車って」
「確かもう何種類かいたらしいぞ。コクトーが言っていた」
「コクトー? アダン・コクトー評議員?」
「なんだ知り合いか? 戦車のことならあいつに聞いた方が詳しいんじゃないか?」
「あの人、何歳なんですか?」
「たしかアダンのやつは、うちらと同い年ぐらいじゃないか?」
「いや、あいつはもっと前からいるだろう。リバイアストンの創始者の一人じゃなかったか」
弟と兄は、顔を見合わせながら、記憶を探るように指を動かして話し合っていた。
俺はエチカに視線を向け、口を開こうとしたところで――
「モトム様、リバイアストンの創立は、二百年前だと聞いています」
察してくれたのか、エチカが静かに補足してくれた。
コクトー評議員は一体何歳なんだ?
ニンテンブルグ兄弟に向き直って、疑問を尋ねる。
「コクトー評議員はなんでそんな長生きなんですか?」
「ああ、あいつはハーフエルフだからな。エルフ側の寿命に近いんじゃろ」
俺とエチカは驚いて、再度顔を見合わせた。
そして、お互いに調子を合わせて頷く。
「モトム様、コクトー評議員が九十年前のことに詳しいのでしたら」
「ああ、ヘラドーン対策について、一度評議員と話し合った方がいいな」
九十年前の戦車乗りたちがどう戦って――そしてどうして破れたのか。
それを知ることは、俺たちの未来を守ることにも繋がるはずだ。




