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第22話 エミリーヒル6 【防衛計画検討】



 朝、90式の整備をしていたら、丘の下から歓声が聞こえてきた。


「魔獣だ! 魔獣が出たぞ!」


 声を聞いて、工具を置いて咄嗟に駆け出す。

 近くの切り株に立てかけていた、89式小銃を手に取って、俺はすぐ丘の下に向かった。


 走って駆け下りていくと、前方丘の下、堀の整備をしていた男の子たちが逃げ惑っているのが見える。


 その先、丘の西側の草原から、草や土をまき散らしながら走ってくる灰色の影。


 子供たちの悲鳴が草原に響く。


 堀へ避難しようとしている少年たちの方角へ、針の塊が、草の海を泳ぐように、ずずずと動いて迫ってきている。

 

 まるで巨大な灰色のウニが、地面を這ってきているような光景。


 俺がようやく堀の手前、木の柵にたどり着いた時には、スコップを突き出して応戦しようとしているハンスが見えた。


「ハンス、危ない! 堀に逃げ込め!」


 俺が叫ぶと、ハンスは反応して堀へ引き返した。

 直進していた巨大ウニは、ハンスの方へ向きを変えた。

 そこへ横合いから放たれた矢が、一本、ウニの表面に突き刺さる。


「グミュモモォー!」


 耳をつんざく奇怪な音が草原を震わせる。

 何の音かと思ったら、そのウニの鳴き声だった。


「村長、あれはボアニードラだよ!」


 脇から馬に乗って駆け付けたステファニーが叫ぶ。

 夕陽色の三つ編みお下げが視界を揺れる。


「ひあっ、外しちゃった……」


 これはフェンリエッタの声だ。


 巨大ウニの左側方、少し手前に矢が突き刺さる。

 馬上のフェンリエッタが、巨大ウニの後ろを駆けていく。

 

 この巨大ウニ、ステファニーが言うには名前は<ボアニードラ>だが、一体全体、正体は何なのか?


 今は草むらに隠れて全体が見えないが、草の薄いところで数秒全体が露わになり、四つ足が起き上がったシルエットが見えた。

 そして地面を駆けている途中に一瞬見えた顔の形から、イノシシ型の大型魔獣であることがわかった。


 草原の草の丈が高かったので、四つ足が見えなかったのか……。


 普通のイノシシより二回りは大きい。

 サイヒグマ並みの大きさだ。

 おまけに魔獣と言うからには、正面には魔法障壁がある。

 こんなものに体当たりされたら……当たり処が悪ければ死ぬかも。


「マルコ! そっちに行ってるぞ!」


 ハンスが掘に飛び込み、ボアニードラは彼を見失った。

 そこで、ボアニードラは標的をハンスの南側にいたマルコに変え、堀から五十メートル手前で方向転換した。


 一瞬、魔獣の憎悪に狂った赤い目が、頭部の針の隙間から見える。


 針の塊は、マルコが最初にいた位置にあった逆茂木に激突して勢いを殺したが、逆茂木をばらばらに粉砕すると、そのままマルコを強襲しようと追いすがってくる。


 俺は柵の上から、小銃の三点バーストで撃ったが、外れた。


(クソッ……)


 以前戦ったピコグリフォンと違って、遭遇戦だからな……相手が自由に動き回るので、照準が付けづらい。

 それに流れ弾を気にしないといけないので、こちらの射撃の自由も制限されている。


「マルコ、堀に飛び込め!」


 俺の叫びに反応して、マルコは地面を蹴った。

 魔獣の体がマルコの居たところを掠めたが、堀に飛び込んだことで、無事に逃げ切れたように見えた。


 ボアニードラはそのまま堀を飛び越えて、対岸の柵に激突した。

 巨体がよろめき、棘が木片をまき散らす。


 その隙を逃さず、ステファニーが馬上から弓を射る。

 棘の隙間を縫うように矢が当たり、奇妙な鳴き声が草原に響く。


 次いで、唸りをあげて空を切り裂いた閃光が、ボアニードラの棘を何本か刈り取った。


「ひゃっ、また外しちゃった」


 どうやらこれは、フェンリエッタの矢のようだ。


 彼女の矢は地面に突き刺さり、当たった個所は一瞬小さな爆発をまき散らした。

 跡には小さなクレーターが出来ている。

 外したと言ったが、とんでもない威力だ。


 しかし、命中率の方は、どうにも絶不調のようだな。


 ただ、ボアニードラの方は、棘を削られたことを理解したことに驚愕したようで、動きが萎縮した。

 また、柵の一部を壊したものの、ちょうど巨体と横に突き出ている棘が柵の壊れていない部分に引っかかって動けなくなっているようだ。


 その隙をチャンスととらえた俺は、すかさず、引き金を引いた。

 今度は邪魔になるものが無いので、フルオート連射だ。


 パパパパパ、という軽い音が響く。

 八発ぐらいは当てたと思う。


 ボアニードラの巨体から、赤い飛沫が噴き出て、草原に散る。


「グモ……」


 多分この音が断末魔だったのだろう。

 柵の隙間にはまって、もがいていたボアニードラの動きが完全に止まった。


 俺はボアニードラの近くまで行き、頭部の位置を確認すると、念のため、三発追撃を入れた。


 

 息をついた後、額の汗をぬぐいながら、周囲を確認する。


「怪我した者はいないか?!」


 堀に隠れていた少年たちが全員顔を出してくる。


「大丈夫です、怪我していませーん」

「こっちも、無事です!」


 どうやら、負傷した子はいなかったようだ。

 ようやく俺は胸を撫でおろした。


「全員無事でよかった……」


「みんな大丈夫?!」

「モトム様!」


 遅れて、ラティーナやエチカが駆けつけてくる。


 どういう状況だったか振り返ってみれば、単純だった。

 男の子たちが、堀を掘る作業をしている時に、草原の彼方から魔獣がやってきて、人間の匂いを嗅ぎつけ、襲ってきた。


 モナド平原には、カンテラート大森林から溢れてきた魔獣が何匹か徘徊しているのだ。


 ここにきて、エミリーヒルの防衛体制の不備が露呈してしまった。


 護衛の弓騎兵コンビ、ステファニーとフェンリエッタは巡回中に魔獣の接近を感知し、すぐに駆けつけてくれたのだが……


 なかなか弓矢では大型魔獣の接近を妨げることは難しいし、男の子たちの避難も間に合っていたとは言い難い。


 これがもし、騎馬民族や、ドラゴンだったらと思うと、ぞっとする。


 襲撃にあった子供たちの中には、ショックを受けている子もいるだろうし、みんな怖かっただろう。

 丘の上に移動させて落ち着かせることにした。

 ラティーナが引率してくれて、館の中で何か食べさせてくれるそうだ。


 俺は、丘の下に残って、針イノシシの死体を検分を続けることにした。


「村長……」


 下馬したフェンリエッタが、俺の近くにやってきた。

 その隣に立っていたステファニーが、フェンリエッタの肩に手を乗せて、苦い顔をしていた。


「村長、フェンリエッタ、目が……」

「え?!」


 ステファニーの言葉に、心臓がはねた。

 まさか、負傷したのか?!


 目を負傷?

 もし本当なら大ごとだ……


「どうも最近視力が落ちたみたいで……」


 ……。

 ……びっくりした。


 目をしばたかせながら言ったフェンリエッタの言葉に、俺は脱力したが、同時に、ほっと胸を撫でおろした。

 

 怪我ではなく視力の問題か。

 なるほど、それで何度も弓射を外していたのか。


「村長、フェンリが前、弓当ててたのは本当だよ」


 ステフがフォローを入れる。

 俺は確かにフェンリエッタの弓を実際見ていないので、フェンリエッタの腕自体疑われるんじゃないかと思ったんだろう。


「前からあんまり遠くは見えなかったんですけど、それでも普通に見えてました。成長するにつれてだんだん弱くなって……」


 つまり、生来の近視ではないってことか……?

 最近近眼が進行したってことかな。

 こんな何も無いところで生活しているのに不思議ではあるけど。

 何にしろ、視力が弱いのは弓騎兵としては問題だな……。

 改善策は……


「何か対策が必要かもしれないな。眼鏡……がいいかな」


 俺がそう言うと、フェンリはきょとんとした顔をしていた。

 眼鏡知ってるのかな?


「視力を上げる道具だよ。今度、一緒にリバイアストンの市場に行ってみよう。フェンリエッタに合う眼鏡が売っているかもしれない」


 そう言うと、ステフもフェンリも嬉しそうに笑っていた。


 ステフとフェンリが巡回に戻った後、俺は現場に残り、エミリーヒルの生き字引、総参謀長のエチカと一緒に、検証を続けることにした。


「ボアニードラの突進には、木の柵では耐えられなかったなあ」

「堀も浅いですし……乗り越えられてしまったようですね。深すぎると、人が隠れるのには都合が悪いですし……飛び込んだとき怪我する恐れがありますね」

「たぶん本来はこういう順番じゃないんだろうな」

「といいますと?」

「柵が外側に無いと、堀を作っている途中に無防備になってしまう」

「なるほど……でも柵もそんなに早くは作れないですよね」

「そこは確かに問題なんだよなあ……」


 兼ねてから計画していたことはある。


 魔獣だろうが、騎馬民族だろうが、侵入防止対策には、塹壕と鉄条網に変えた方がいいと思っていた。


 まず鉄条網で受け止めて、塹壕に隠れて射撃、という戦法。


 今、エミリーヒルを囲うための柵は、まだ西側の一部しか完成していない。


 しかも井戸や濾過装置を置いた場所は、柵の外側になっている。

 ここは明確に弱点なんだよな。

 

 東側に畑を作ったが、ここも囲えていない。


 柵では作成スピードが遅くて、侵入対策が間に合わないかもしれないな。


 というわけで、思いついた第一の解決策は、<有刺鉄線>の作成だ。


 有刺鉄線の作り方はかなりシンプルだ。


1 太いワイヤをって本線を作る

2 細いワイヤを短く切る

3 本線に巻き付けて棘にする


 基本的にこれを繰り返すだけだ。


 ワイヤなら、戦車クラフトでもウィンチに使っているものを応用して作ることはできるし、鉄工所があれば、ニューシャルマニアの科学力でも生産は可能だ。


 そして、ぐるぐる輪っか状にした有刺鉄線を地面に置いてそれをずっと伸ばしていくだけで、獣除けになる。


「なるほど、そういうのがあるなら、鉄条網で一旦全周を囲ったあとに、ゆっくり本格的な柵……鉄柵式鉄条網ですか? それと塹壕でしたっけ? 本命の防衛設備を整備していくんですね」

「そういうこと」


 ちょっと軍事オタクみたいな発言になってしまっていたけど、ちゃんと聞いてくれるエチカが優しい……!


 そして、ドラゴン対策には、防空壕と掩体壕だ。

 防空壕が一つあって、十分な地下スペースを作れば、ドラゴンがブレスを吐こうが岩石落としをしてこようが、まったく通用しない避難場所にできる。


 しかし……

 

 鉄条網を作るには大量の鉄が必要なんだよな……。


 それに大規模な塹壕や防空壕を作るには、手作業では効率が悪い……。

 この問題をどうやって解決するか。


 作業の効率化については、思いついたことはあった。


 ちょうど今朝、90式の整備をしていた時だ。

 整備主任レベルが上がって何ができるのか探していたら、戦車クラフトで作れる範囲が上がっていた。


 戦車クラフトで、90式の予備部品は作れる。

 今は作れないものも多いが、レベルが上がってくると、全ての部品が作れるようになるようだ。


 今の俺のレベルは25。

 そこで丁度作れるようになった品目に、90式の装備を活かした90式工作車パーツがあった。


 元々の90式工作車には、クレーンが付いていたし、ブルトーザーのシャベルもついていた。


 車両まるごと作るのは不可能だが、クレーンやシャベルがあれば、原始的な重機が作れるかもしれない。


 しかし、それを作成するには、どうしても大量の金属が必要になる……。

 これはどうやってもエミリーヒルでは用意できない。


 ただ、確か叙勲式にリバイアストンに行ったとき、煙突があって、高炉みたいなものも見えたんだよな。

 この文明レベルにしては大規模な製鉄所がありそうだった。


 あそこから鉄を分けてもらえないだろうか……

 誰か、リバイアストンの職人ギルドに詳しそうな人……


 丘の上の館を作ってもらっている、大工のおやっさんに聞いてみるか。






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