第21話 エミリーヒル5 【防衛計画立案】
叙勲式が終わって、エミリーヒルに帰ってきた夜。
俺はラティーナとエチカに、市長やコクトー評議員から言われたことを相談した。
九十年前に戦車部隊がニューシャルマニアにやってきたが、ヘラドーンに敗北したこと。
ヘラドーンがリバイアストン侵略の準備をしていること。
ホバルク村やカンテラート大森林の砦は、その前段階として攻略されたこと。
そして、<ドラゴン・カース>について聞いたこと。
「そっか、そういうことだったんだね」
ラティーナがそう言ったきり、二人共黙ってしまった。
特にエチカが神妙な顔をしている。
俺たちは焚火の前で、しばらくお互いの表情を確認し合った。
他の子どもたちは、疲れてもう寝てしまっている。
三つの月明りの下、夜の丘の上、火にくべられた薪が、ぱちぱちと弾ける音だけが響いた。
俺はすることが無いので、思考を巡らせていた。
(ヘラドーンが攻めてくるというのなら、対応策を考えないといけないな)
「子供たちにも武器をあげないといけないか……」
特に男の子たちだな。
ホバルク村にいた子たちは、狩猟用の弓を持っていたけど、テント村から新しく来た孤児は何も持っていない。
「そう、だね……」
俺の独り言にラティーナが反応したが、言いよどんでいるような口調。
この世界には、現代日本みたいな武装への忌避感はないはずだけど……。
それでも、小さい子供を戦わせるっていうのは複雑な気分だよな……。
しかし、そうはいっても、ニューシャルマニアは魔獣が溢れ、蛮族の襲来があり、ドラゴンの侵略に脅える弱肉強食の大地だ。
自衛のための手段は、早いうちから身につけさせないと……。
後は防御面や退避の手段だよな。
それには色々考えていたことがある。
今、柵と堀を作ってもらっているが、完成まで時間がかかるし、正直心許ない。
また、ドラゴンに対してはほとんど役に立たない。
それは分かり切っている。
「あの、モトム様」
ふいに、エチカが決心をしたかのように顔を上げて俺を呼んだ。
「どうしたの?」
「モトム様に、ディコーン族のことを話しておきたくて」
「ディコーン族のこと?」
「どうして、ディコーン族がニューシャルマニアで差別を受けているのか、気にされていますよね」
確かにそのことは気になっていた。
しかし、なぜエチカは急に自分の種族であるディコーンのことについて、話そうと思ったのか。
俺がコクトー評議員から、<竜帝の名前を発すると死ぬ>という呪いのことを聞いたこと。それを話したからだ。
エルフとディコーンはその呪いの範囲に入っていない。
エルフは竜帝の支配下になかったし、ディコーンは元々新大陸の種族で、竜帝とは関係が無いという話だったが。
「それだけではないんです。……ディコーン族は、<北方魔王>を輩出した種族だから……。北方魔王の領域では、ディコーン族は一等民になっています」
「それはつまり……」
俺が彼女の真意を確かめようと、紫水晶みたいな瞳を見つめると、彼女の眉が一層歪み、悲しそうな顔になった。
「はい…………ニューシャルマニアでは、ディコーン族は<魔族>と呼ばれています」
――なるほど。
――だからか。
リバイアストンでディコーンの奴隷が多い理由。
エチカに市民権が与えられた時の、政治的な配慮。
全て納得がいった。
<北方魔王>というのがどんなものかは、他の子供たちから聞いていた。
ゲームに出てくる魔王のように魔族と魔獣を率いて人間と敵対しているが、その支配領域は、意外にも国家として洗練されているらしい。
国家として成立している以上、ニューシャルマニアの諸都市から見れば、明確な敵対国家。
その支配民族であるディコーン族は、敵性民族として疑われ、差別の対象になってしまう。
ディコーン族は新大陸の先住民らしいので、至る所に住んでいる。
人類も亜人種も共存しているニューシャルマニアで、ディコーンだけが差別されていたのは、そういう背景があったからってことだな。
彼女にとっては、打ち明けるのが辛いことだったろうに。
どうせ俺はいつか、誰かの口からこの事情を知ってしまう。
それより前に、自分の口から伝えたかったんだろう。
意を決して話してくれたことを、嬉しく思う。
「エチカ、話してくれてありがとう。これからはその点、気を使ってみるよ」
俺がそれだけ言うと、エチカは目を丸くした。
「それだけですか……?」
「うん?」
俺はあえて、何気ない風を装った。
もちろん、エチカが気にしていることが何かは、わかっている。
それが彼女の自己卑下の理由になっていることも。
差別されている人種だから――いつか、俺が彼女のことを同じように扱うんじゃないか。
そうでなくても、厄介者や足手まといだと思われるのではないか。
そういう風に考えて脅えていたのだろう。
ずっと怖かったんだろう、と思う。
だけど、それは俺にとってはどうでもいいことだ。
実際、異世界の人種差別なんて、日本人で自衛官の俺には関係ないしな。
エチカが俺に、自分のことを、自分から話してくれた。
その事実だけが大切なんだ。
「エチカはもう俺の家族だよ。とても頭が良くて気が利いて、この世界に不慣れな俺や、エミリーヒルのみんなを導いてくれる。それに、90式の大切な乗員仲間だ」
「こんな目立つ……不格好な角が生えてますよ?」
「エチカの角、すっごい格好いいと思う……それに色々と……可愛いくて……魅力的な女の子だよ」
俺が恥ずかしながら、心の中にしまっていた気持ちを言うと、エチカはうつむいてしまった。
「……ありがとう、ございます」
か細く、震えた小さな声が返ってくる。
泣いてしまうかな、と思った瞬間、やっぱり大粒の涙が彼女の頬を伝って流れ落ちる。
俺が頬を掻きながら、申し訳なく思っている中、ラティーナが以前と同じく、背中をさすって、よしよししている。
数秒そうやって過ごした後、ラティーナがエチカの背中に当てた側ではない方の手を上げて、叫んだ。
「ねえ、モトム! 私は私は?」
まるで飼い主に頭を撫でてほしいとはしゃぐ大型犬のように、自分への評価をせがむラティーナ。
見ていて微笑ましくなり、しんみりした空気も朗らかになる。
ちょっと思案する。
ラティーナのプロポーションや容姿は抜群だ。
俺にとってはこれ以上ないと言っていいぐらい。
だけど、容姿を褒められ慣れているだろうエルフに、そのことを褒めてもあんまり喜ばれないよな?
「ラティーナは……目と耳が凄くいいよね。あ、耳がぐるぐる回るのすごく可愛いと思う」
「ふひっ……そ、そうですか……アリガトウゴザイマス……」
おかしな顔をして、ラティーナもうつむいてしまった。
顔が赤い?
焚火の火に照らされて赤いだけかもしれないけど。
「あの、モトム様!」
ふいに、エチカが顔を上げて、決意したように俺を呼んだ。
「ん?」
「私、より一層モトム様にお仕えします!」
「え……」
俺が動揺していると、ラティーナも諸手を上げて、
「私も! いつも隣で支えるよ! おじいちゃんになっても面倒みてあげるよ!」
苦笑してしまう。
ラティーナは俺の介護までしてくれるつもりらしい。
「そ、そうか……ありがとう」
二人の気持ちは嬉しいが、なんかちょっと……感情がより重くなった気がするな……
でも、戦車チームとしての結束は固まったのかな?
夜が更けてきた。
俺たちは、ただ黙って、みんなで焚火の火をじっと見つめていた。
そのうち俺は元の思索に戻っていた。
(戦車メンバーの交流は深まったけど、エミリーヒルの防衛についても何か対策を考えないとなあ……)
ヘラドーンが侵略してくるってことは、今度は赤竜の大軍が来るかもしれない。軍というからには、数匹ってことはないだろう。
風竜も配下にいるってことは、空からの攻撃が激しいのだろうか。
90式は、この時代では防御も攻撃も敵無しではあるが、空からの攻撃にだけは無力だ。
一番恐ろしいのは、一斉に岩なんか持って上から投げつけてくるパターン。
ちょっとぞっとする想像なのだが、最初に倒した赤竜グラオギルスは見た目、重量十トン以上はあった。
十トンの巨体が悠々と空を飛ぶ――。
ドラゴンの飛行は魔法によるものなので、その重量でも何か持ったまま飛行できるそうだ。自分以外に、どれくらいの重量の荷物を持てるのだろうか。
もし五百キログラム以上の岩を、二十メートル以上の高さから落としてきたら。
90式の上部装甲板は圧延鋼板三十ミリ。
岩が直撃したら粉砕はされないかもしれないが、余裕で曲がってしまう。
場所によっては破断もありうる。
また、万が一回避できるとしても、90式だけ無事でも意味がない。
地上で身を隠す場所がない子供たちは成す術がない。
馬や馬車で逃げても追いつかれてしまうだろうし。
このままでは、エミリーヒルもホバルク村の二の舞になってしまう。
かと言って木の建物じゃいくら増やしたところで、防御力なんてあって無きが如しだし……
実際、ホバルク村は木枠の中に、土や石を詰めた結構強固な防壁を採用していた。
確かあれは中世ロシアの防壁で、<ゴルドニャ>っていう方式だ。
火攻めにもそれなりに強いはずだが、ドラゴンにはあっさり破壊されていたし、空飛んでくる上にブレスっていう飛び道具があるのなら、たとえリバイアストンのような稜堡式城塞を築いたとしても無意味だ。
結局、この世界、この時代の標準装備では心許ないよな……
(現代ではどうしてたっけ……)
航空攻撃……からの防御っていうと……対空ミサイルみたいなカウンター兵器は当然無理だけど、……民間人が身を守るなら……防空壕か?
戦車を隠す、掩蔽壕も必要かも……
何にしろ、工事をするには資材が足りないな……
鉄や石材……コンクリートも必要だ。
全部足りない。
今も居館の増築をしてくれている、大工のおやっさんに相談してみるか?
そんなことを考えていた夜の、次の日のことだった――――




