第20話 リバイアストン市街区3 【叙勲式】
【後書き】
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式典前に、小太りの髭を生やした男が、数人の兵士に囲まれて俺のところに来た。
「君がフジワラ君かね。私を知っているか?」
表情と語気から、相手が俺を不快に思っていることは察することができた。
俺は危険信号を感じたので、自衛官時代に培った卑屈さを発揮することにした。
「新参者ですので、失礼ではありますが、存じ上げておりません。お見受けしたところ、この都市を支える責任あるお立場の方かと」
「……ふん、異界人にしては、多少は礼儀をわきまえている、というのは本当のようだな」
できるだけ姿勢を低くして、上役に胡麻するときの態度に徹したら、相手の心証、少しは良くなったようだ。
「市長のクロセラス・ラガーシュだ」
「市長閣下でしたか……ラガーシュ……閣下」
聞き知っている姓を言われて、言い淀んでしまう。
「言いたいことはわかる。デミスタンは私の甥だ」
「そうでしたか」
ちょっと引っかかった。
良く知ってるラガーシュ、冒険者ギルドのサブマスター・デミスタンは明らかにコクトー評議員の派閥だ。
同じラガーシュでも、この市長は登場時、俺を嫌悪していた。ということは――
「あまりコクトーに肩入れせん方がいいぞ。どうせ赤竜公に勝てるわけがないんだ――以前の戦車も通じなかっただろう」
忌々しそうにそう言う市長。
やはりそうだったか。
コクトー派閥とこの市長さんには対立構造があるんだな。
それにしても、最後に言った言葉は――
「以前も、通じなかった……?」
「なんだ、知らんのか?」
「以前、戦車が来たということは聞きましたが……」
「九十年前の、<新竜大戦>の時だ……貴族なら子供でも知っとる歴史だぞ? 戦車の部隊がやってきて、我々ニューシャルマニアと一緒に戦ったが、赤竜公に一蹴された」
何と。
そんな歴史があったとは……。
しかも戦車部隊ときたか。
もしこの世界と俺のいた地球の時間の流れが一緒なら、九十年前というと、ちょうど第二次世界大戦の時だ。
どんな戦車が来たのか知らないが、当時の戦車では、あのドラゴンたちと戦うのは厳しかったのかな?
「だから君も、おだてあげられて調子に乗らん方がいい……もっとも、君のあげた戦果が、外交材料に使えそう、というのは否定できんところだが」
「市長さんは、ヘラドーンとの和平をお考えで?」
「ばか、その名前を私の前で口にするんじゃあない!」
市長は俺にかぶりついてきて、俺の口の前に手を当ててきた。
(んん? なんでこんなに慌てるんだろう?)
そういえば……デミスタンもコクトーも、ヘラドーンの名前を直接呼ばず、<赤竜公>と言っていた気がする。
ラティーナやエチカは普通に呼び捨てにしていたんだけどな……。
「失礼しました……」
「いいか、二度と私の前で赤竜公の名前を声に出すんじゃあないぞ!」
「承知しました!」
「……まったく、異界人はそんなことも知らんのか」
接近していた体を一歩空けて、もう一度仕切り直し。
「ふん……リバイアストンの全軍をもってしても、赤竜公と戦うことなどできん。ニュー・イースの援軍があったとしてもだ」
ニュー・イースっていうのは、リバイアストンから東、新大陸の東海岸沿いにあるニューシャルマニア地方の首都、だと聞いた。
人口五十万の大都市だというから、結構な数の軍隊が動員できるはずだが。
それでも……
「九十年前に思い知ったのだ」
そう言って、市長は指先を俺に突き付けた。
居心地が悪い。
というか、ヘラドーンと戦いたいのは俺じゃなくて、コクトー評議員なんだけどな……たぶん。
だいたいもう話は終わりかな?
要は「調子に乗るな」、ということだと思う。
「左様で。とにかく、私は民間人で……傭兵のようなものですから……軍の決定に従いますよ。リバイアストンでは、軍は評議会の決定に従う。そう考えておりますが」
「その通りだ。方針は我々が決める。わきまえておればよろしい」
それだけ言い残すと、市長は踵をかえして、控室から去っていった。
やれやれ。
どうやら、あの市長はけっこうな権威主義者のようだな。
まあこっちが普通の政治家の標準で、硬軟使い分けているコクトー評議員の方が異常なのかもしれないが。
しかし、市長の態度は偉そうではあったが、どこか中途半端に感じた。
まるで「怒りたいけど怒れない」みたいな、腹の探り合いをしているような……?
和平派だから俺が目障りなんだけど、大きな戦果をあげたから、怒るに怒れなくなったってところかな?
*
式典の日になった。
式典会場は宿泊先とはまた別の、これもまた豪壮な元貴族の邸宅、その大広間。
つつがなく進む式目。
エチカもラティーナも体こちこちで面白かった。
子供たちの仮衣装の正装も様になっていて、俺は親目線になって感動してしまう。
……まだ半月程度しか一緒に過ごしていないけど。
俺は付け焼刃で礼儀作法を覚えただけだけど、まあ式典は大半歩いたりお辞儀したりするだけだったので、そこまで辛くはなかった。
勲章をくれたのはリバイアストンの将軍で、クレルマンという人。
軍のトップということで、自衛官の俺としては緊張したが、あまり目立たない印象の人だった。
賞金の権利証をくれた市長は変わらず仏頂面をしていた。
そして式後の晩餐会、その後の舞踏会と進む。
この辺は十九世紀西洋貴族の習慣に似ているな……良く知らないけど。
晩餐会の司会が、開始挨拶をした後。
コクトー派の人が数人やってきて、対面し挨拶する。
そして、コクトー評議員が満を持してこちらへ来る。
祝辞と長い挨拶と儀礼を交わしたのち、コクトーはくだけた様子で俺に話してきた。
「ラガーシュ市長に何か言われたようだな」
「ええ、市長は反戦派なんですね」
「彼は夢想家だな。今更、竜族との講和が可能だなどと」
「無理そうなんですか?」
「ホバルクもカンテラートも攻撃された。これらは前触れだ。赤竜公は既に侵略軍の編成を行っている。大規模侵攻が間もなく始まるだろう。彼はニューシャルマニアの全土を殺戮したくてたまらないようだな。最初の主要な標的は、当然このリバイアストンだ――最前線だからな」
コクトー評議員、さらっと言ったが、とんでもない情報だぞ。
なるほど……グラオギルスもシルミウスもやはりリバイアストン攻略の布石だったのか。
一つ一つ拠点を落として部下に占拠させて連絡線を遮断し、本軍を一気にリバイアストンに進軍させるつもりだったんだな……。
「君の言いたいことはわかるよ。明日にも竜族が攻めてくるかもしれないのに、こんな悠長な祝賀パーティーなどと。呑気な連中だと思っているんだろう」
俺が考えを巡らせながら、会場をぐるっと見回していると、コクトーが表情を険しくして言った。
「いえ……そんなことは」
別にそこまでは思っていなかった。
というか、リバイアストンは割と追い込まれているんだな。
そこに初めて気が付いた。
しかし、赤竜公、ヘラドーンはどうして人間領を侵略したがるのだろうか?
あんまり、竜にとって人間の都市って価値がありそうにも思えないのだが……
考えてみれば、俺はこの世界の竜族の生態や文化についてよく知らないな。
「赤竜公……そういえば、どうしてヘラドーンの名前をみんな、口に出さないんですか?」
「なるほど……君は異界人だからな。ドラゴン・カースを聞いたことは?」
「いえ……」
カースっていうと、<呪い>か。
「竜公の上には竜王がいて、その上に竜帝がいる。かつて、旧大陸は竜帝の支配下に置かれていた。その時に、竜帝は人類全体に呪いをかけた。<自分の名前を発したら死ぬ>という呪いだが」
名前を呼んだら死ぬ呪い?
そんな馬鹿な……と思ったが、コクトー評議員の表情は真剣そのものだ。
異世界だから、そんな呪いも存在するのか?
それにしても、全人類に適用される呪いとは……まるでホラー小説並みだな……。
「なるほど……」
「だから、人間はみな、竜族の名前を口に出さない。皆、敬称で呼ぶ。もし呪いが本当で、発した瞬間に死んだらたまらないからな――この大陸で、竜族の名を軽々しく呼べるのはエルフとディコーンぐらいだよ」
「……? どうしてエルフとディコーンは大丈夫なんですか?」
「旧大陸の歴史では、エルフは竜族の支配を受けていなかった。ディコーンは……少し別の事情だな。ディコーン族は元々、新大陸発祥の民族だからな……」
なかなか壮大な伝承譚があるんだなあ……。
ディコーンが新大陸の民族だってのは初めて聞いた。
俺は呆けた顔をして聞き入ってしまった。
でもちょっと疑問に思ったことはある。
「しかし呼ぶと死ぬというのは……今の話だと、それは竜帝の名前のことで、配下は違うのでは?」
「その通りだが、呪いの範囲がどこまでか検証した人間などいないのだ。もし万が一、竜公の名前まで範囲が広がっていたらどうする? 過去には竜公から竜帝に昇格した者もいるのだ」
確かに。
発した瞬間に死ぬ、っていう呪いの効果を検証したがる研究者はいないな。
なかなか巧妙な支配制度だ。
例え呪いが嘘だったとしても、誰も確かめようとしないわけだ。
その結果、呪いは<本物と同じ効力>を持ち続ける。
完全に竜族と敵対した人類にも、その呪いが竜族への恐怖という軛として残り続けているのか……。
市長も融和派になるわけだ。
「それに……基本的に、竜族は人間に名前を呼ばれるのを極度に嫌う。名前に誇りを持っているらしいな。だから、敬称で呼ぶのは外交上の理由でもある」
なるほどなあ。
戦争している相手でも、外交上は儀礼があるのはこちらの世界でも変わらないんだな。
「ところで、クレルマン将軍や、他の将校たちに挨拶はしたかね?」
「……いいえ、まだ」
俺が決まりが悪くそう答えると、コクトー評議員は盛大にため息をついた。
俺はばつが悪くなった。
「せめて、軍のトップとは誼を通じた方がよいだろう。これから連携することも多々あるだろう?」
「そうでしたね……」
確かに、留守にしている時、子供たちの面倒みてもらったりするかも。
「君はそういう所が抜けているな。政治を煙たがるのは勝手だが、エミリーヒルはどうするんだね。君はあそこの首長なんだろう?」
コクトーさんは、エミリーヒルって名付けたことも知っているのか。
有力者への挨拶、別に必要ないと思っていたわけじゃない。
単に忙しくて忘れていたのと、俺は長年、旧式装備の整備ばかりやってきて、政治なんて縁がなかったから……。
エミリーヒルに来てまだ十二日、誰が有力者なのかすら把握できていない。
「私以外の政治家たちにも、自分から挨拶しに行くべきだった。自分の執政下の土地で、よそ者がいきなり隣に越してきて、自分の土地だと言い張ったらどう思うかね? たとえそこが無価値の未開発地だったとしても、だ」
確かに……
いい気はしない。
というか嫌だわ。
人によっては激怒して争いになるかも。
「エチカ、ラティーナ、こっちへ来なさい。フジワラをサポートしてやれ。ラガーシュ男爵!」
コクトー夫人の相手をしていたエチカとラティーナ、それに別の場所で歓談していたデミスタンが呼ばれて、こっちへやってくる。
「お呼びですか、侯爵」
気障ったらしく、デミスタンがお辞儀する。
「フジワラ卿に、誰が誰か教えてやってくれるか」
「ええ? ……俺がですかあ?」
デミスタンは露骨に面倒臭そうな顔をしたが、コクトーににらまれてすぐに姿勢を正した。
なるほど。
この二人、こういう関係なのか。
教師と教え子みたいな。
今のコクトー評議員と俺も同じ関係になってるかもな……。
そっから、ほぼ晩餐会の間中、市の有力者と挨拶し通しだった。
市長派の人間や、各職工ギルドの長、将軍や軍の幹部、数多の市の政治家や近隣自治体の政治家。
うへえ、だが、確かに必要なことかもしれない。




