第14話 風竜卿シルミウス 【クエスト】
「正面十一時方向! シルミウスだよ!」
俺は操縦手用ハッチから、ラティーナが指さして叫んだ方向を見る。
上空にターコイズブルーの三角形が、それなりのスピードでこちらに向かってくるのが見える。
それなりと言うのは、目で追える程度だからかな。
ドローンよりは速いが、戦闘ヘリよりは遅いといった程度。
双眼鏡で見ると、鳥とトカゲの中間のような、目と鼻と口が見えた。
そして、赤竜より一回り大きな翼を、デルタ翼のような三角形に変えて、こちらへ急行してきている。
これが風竜シルミウスか。
「対話……する気は無さそうだな」
相手の表情は怒りに満ちている。
縄張りに侵入したら問答無用に襲ってくるタイプのようだ。
俺は頭を引っ込めて、操縦手ハッチを閉める。
アクセルペダルを踏みこみ、旋回の準備。
「敵、上空……わわ!」
「ラティーナ、もういい! 中に入ってハッチを閉めろ!」
「了解」
敵も戦車上空を通り過ぎると、また旋回して、森に逃げようとしている俺たちの背後を取ろうとしている。
今いたところは、左右とも段差がある街道。
森の入り口までは距離がある。
街道を全速力で前進し、開けた場所に出ると、あらかじめ目星をつけておいた、戦車が入れそうな場所に急行する。
しかし、その時に放たれた敵のブレス――
――避け損なったようだ。
車体を突き抜けるような違和感があった。
それに装甲表面がビリビリと振動している。
『うわっ?! ピリッときた!』
『私もです……』
「これが電撃ブレスか……」
モニターの端が波打つように揺れ、ノイズが走った。
「おう、モニターがモアレした……」
すぐに画面は復帰したが、嫌な汗が背中を伝う。
(まさかコンデンサーにダメージ? いや、まだ致命的じゃない……けど、何回も食らうとまずそうだな)
車内の警告灯が一瞬だけ点滅し、すぐに消えた。
(やっぱり電撃は苦手だな……装甲は平気でも、中身は電子機器の塊だしな)
しかし、乗員にはほとんどダメージを通していない。
駆動系、問題なし。
バッテリーもエンジンも生きている。
表面温度系、化学兵器対策装備、共に問題なし。
「エチカ、射撃管制システムには異常ない?」
『はい! 一瞬警告が出ましたが、復帰しています』
よし。
全て正常だな。
『モトム! このまま避け続けられるかな!?』
「大丈夫だ、誘導頼む!」
『了解!』
ラティーナの車体指揮も様になっている。
あと街道をちょうど一キロメートルほど走れば、目的の森の入り口に到達する。
――俺たちが今こんな状況、風竜との追いかけっこに陥っている理由。
割と単純。
森の中の街道を、シルミウスの根城にしている砦まで巡航していた。
そしたら、砦まであと数百メートルというところで、あちらから襲い掛かってきたのだ。
『モトム、聞こえてる?』
「ラティーナ? 聞こえてるが、外に出ているのか?」
マイクが、空に響く甲高い竜の鳴き声を拾っている。
『こうしないと上が見えないから。敵は上空で旋回中。また背後に付いたら襲ってくる。もう一回、ブレスを吐かせて疲れさせよう。私が合図したら、車体を旋回させられる?』
「ああ、大丈夫だ。しかし――」
『私なら大丈夫! モトムを信頼してるから!』
相手の方が速度は速い。
逃げていても、結局森に入る前に一度は後背に付かれて、攻撃されてしまうだろう。
しかし、できるだけ相手を疲労させて、巣に帰って眠ってもらわないと。
俺の回避に、ラティーナは命を賭けるという。
電撃ブレスが直撃したなら、ラティーナが感電しちまう。
ミスは許されない。
彼女の勇気に答えたい。
ラティーナの合図の判断も、全面的に信頼する必要がある。
そのまま二百メートルほど疾走する。
『来たよ、五時の方角! 風竜シルミウス! 口を開いたまま直行してくる……今だ! 右に旋回!』
前方、操縦手席のモニターから確認できる限定視界の中。
ちょうど、右方に一本だけ生えている杉の木があった。
なるほど、これを避雷針代わりにして、避けて通れってことか。
冴えてるな、ラティーナ!
俺はラティーナの合図の直後に右旋回に入る。
そこで空気が振動する感じを覚えた。
そして車外から、炸裂音。
狙い通り、シルミウスの電撃ブレスは戦車を逸れて、杉の木に命中したようだ。
「ラティーナ、無事か?!」
『うん! ちゃんと電撃はそれたよ! このまま森に入ろう!』
もう森まで百メートルもない。
俺たちは、すんでのところで、戦車ごと森の中に逃げることができた。
森の中に入ってしまえば、もう狙われる心配はないようだ。
元々、ドラゴンのブレスは魔法効果みたいなもので、赤竜のブレスだって実際の炎とは少し挙動が違っていた。
シルミウスの場合は電撃ブレスだから、さらに燃焼効果が薄い。
森を焼き払って、隠れた俺たちを見つけるなんてことは不可能だ。
何にしろ、相手も無駄弾は撃ちたくないだろう。
竜の鳴き声が聞こえなくなった後も、徐行速度でしばらく走った。
その後、俺はほとんど戦車が通れなくなるぐらい森の密度が上がった位置で戦車を停車させる。
そこでしばらく戦車ごと隠れていたが、ラティーナが、
『シルミウス、帰っていくよ』
そう報告してきた。
カンテラート大森林の植生は亜熱帯林に近く、広葉樹やシダ植物が密集して茂っている。
戦車表面の迷彩もあるし、上空からでは発見できなかったのだろう。
敵は俺たちを見失った後、しばらく空中を旋回していたのだが、数分で砦に帰投していったそうだ。
やはり森の中に隠れてしまえば、風竜は脅威ではない。
(とはいっても、正面から撃ち合うのは危険だな……やっぱり、寝込みを狙うという作戦が、適切だったか)
「ラティーナ、奴はちゃんと疲れたかな?」
『うん、ブレス吐いた回数は二回だったけど、風竜はあんまりスタミナないから、あれで大丈夫だと思うよ。戻っていく時もヨタヨタしていたし』
『脅威値も、初期の【700】から【250】に下がっていましたよ』
これはエチカからの情報。
かなり脅威値が減少している。
これは期待できるな。
それだけ疲れていれば、夜はぐっすり寝てくれそうだ。
「よし、一度キャンプに戻って、夜まで休憩しよう」
次はいよいよ夜襲の時間。
<長距離狙撃作戦>の開始だ。
*
デミスタンの情報では、シルミウスは疲れたら必ず、巣にしている特定の場所で、一定時間眠る。
そこをすかさず狙撃しろ、ということだった。
しかし、デミスタンの情報は画竜点睛を欠いていた。
シルミウスが寝ているのは砦の中庭。
城壁で視界が遮られていて、正確な位置が分からない。
だが、俺たちの砲手エチカは、種族特性で空間識覚能力があり、壁越しの敵の位置もわかる。
それが今回の作戦の肝。
夜半、草木も寝静まるころ、俺たちは戦車に乗った。
さすがにライトを付けないと俺が操縦できないので、下方に光を向けて街道を走行。
昼間にシルミウスに遭遇した場所を無事越えて、途中右に走る。
やがて山道に入る。
数分、坂道を登ったところで、俺たちは目的の場所に到達した。
戦車のライトを消して、その場で停車。
エンジンを最小回転数でアイドリングさせて、いったん外に降りる。
ヘルメットのヘッドライトを付けて、周囲の地形を確認する。
崖側、眼下には大森林が黒い海のように広がり、水平線の前に砦があるはずの山が、漆黒の塊として見える。
昼間なら砦が小く識別できたかもしれないが、星明かりと三つの月だけでは、暗すぎて到底見えない。
右手には、何かの採掘場らしき場所がある。
夜で良く分からないが、見た感じ放棄されているようだ。
昼間だったらここもシルミウスの索敵範囲内だろうから、採掘できなくなったのかもな。
そうそう、エチカから昼食の時に聞いたが、ディコーン族と全く一緒ではないが、竜族も同等性能の空間索敵能力を持っているらしい。
どうやらディコーン族もドラゴンも、角部分が空間識覚のある器官だそうだ。
その代わり、ドラゴンはあまり目が良くないらしく、耳と嗅覚が優れているとか。
なんか超音波で探知する感じで、蝙蝠みたいだな。
実際羽根とかは蝙蝠に似ているか。
スターライトスコープが戦車の中に一丁あったので、ラティーナに装着してもらい、索敵を依頼する。
「うわあ……すごい、昼間みたいに見えるよ」
ラティーナは戦車砲塔の上に立ち、砦の方角を確認した。
「砦は見えるけど、シルミウスは全然動きがないね」
風速も測ってみる。
今のところ無風だ。
距離が遠いことと、多少地盤が不安定なこと以外は、ベストな状況と言えるだろう。
「よし、ここで狙撃開始しよう」
「了!」
「了解しました」
俺たちは再び戦車に乗りこむ。
車体をまっすぐに砦の方角に向けて、砲塔も向けて、射撃準備をする。
「エチカ、敵を探知できるか?」
『モトム様、ご安心を。もう捉えています。敵の脅威値表示は【0】。完全に寝ていますね』
「狙えそうか?」
『はい!……大丈夫です。当てます……当てて見せます!』
と、エチカの頼もしいお言葉。
『モトム様、もう少し前進できますか?』
「了解」
言われて徐行速度で車体を前進させる。
やがて、がりっという感触がキャタピラ先端を噛み、だんだん車体前方が傾いてきた。
どうやら崖の直前まで来たみたいだ。
『ここでストップ、で大丈夫です……では始めます』
ブレーキを踏む。
俺はエチカに聞こえないよう、こちら側の音声を切ってから唾を呑んだ。
現在、戦車の先端の転輪が崖に引っかかっているような状態。
外すと、位置的に素早く動けない。
逆襲を受けたら、上手に逃げられないかもしれない。
駆動音がして、90式の油圧式サスペンションが車体前部を持ち上げて水平にし、5.9メートルの長砲身主砲が真っすぐに砦の方角を向く。
――緊張する。
が、エチカに不安を与えたくない。
ラティーナも同じように感じているのか、先程から一言も発しない。
それから、しばし無音の時間が流れた。
今、エチカはスコープ映像ではなく、持ち前の空間識覚で敵を探知しているはずだ。
彼女の視線の先にはどんな光景が見えているんだろう?
俺が緊張しても意味はないのだが、自然、手が汗ばみハンドルが湿る。
『風が出てきました。少し待ちます』
エチカがそう言った。
息を詰めているようだ。
俺はマイクを入れた。
「エチカ、ゆっくりやってくれ。時間はある。大丈夫、君を信じてる」
『……はい』
返事は心なしか、嬉しそうに聞こえた。
それから、数秒して
『発射』
エチカが静かに囁いた後、120ミリ滑腔砲の発射音と反動が車体を揺らした。
撃った弾種は当然、翼安定徹甲弾《APFSDS》だろう。
砲から超音速で放たれたダーツ状侵徹体が、森林上空の闇を切り裂いている様を、俺は幻視する。
そして、半拍後――
――遠くから、金属的な破裂音が響いてきた。
砦の外壁に砲弾が当たった音だと思う。
『……命中』
これもまた、静かにエチカが囁く。
初弾は体の中心、心臓付近に。
そういう予定だったが。
今の感じ、狙ったところに当たったのだろうか?
『次弾、とどめを刺します。頭部付近を狙います」
エチカの声は表向き冷静に聞こえるが、戦況はどうなんだろう?
……少し声が震えている気もするが。
「命中! ……探査では、死亡を確認しました』
言う前にエチカが息を吐いたので、俺たちは彼女の成功を確信した。
同時にこれまでにない高揚が、段階を踏んで、襲ってくる。
自分がやったことではない。
でも、彼女を信じていた自分が、誇らしくなってくる。
やり遂げた。
エチカは、見事にやり遂げたんだ。
――風竜卿シルミウス、討伐完了。
――MISSION COMPLETE.
そんなアナウンスが頭の中で流れた気がした。
『エチカ、やったあ!』
「エチカ、ありがとう……作戦成功おめでとう!」
ラティーナと俺はようやく、歓喜の声を漏らした。




