第12話 カンテラート大森林1 【キャンプ】
約束の一週間になったので、俺たち戦車メンバーは風竜討伐のために、エミリーヒルを出発することにした。
留守にしている間の丘の主戦力は、ステファニーとフェンリエッタの弓騎兵コンビだけだ。
ステファニーの弓の腕は、百発百中なんだが、さすがに子供。
正直彼女たちだけでは心もとないので、報酬前借りでデミスタンに護衛を頼むことにした。
デミスタンは、
「子供だけで留守番は不安だよなあ」
と言いながら、すぐに八人ほどの冒険者の部隊を手配してくれた。
ただし、その八人の手当については、「出世払いでいいぜ」と念押しされた。
この調子だと、ドラゴンを討伐できなかったら俺は借金が返せなくて、奴隷堕ちするかもしれない。
エミリーヒルの拠点設営は、大工のおやっさんや、井戸掘り職人たちにまかせることにした。
「いつ帰ってくるんだ? 三日後? ああ、いいぜ。任せとけ。お前さんたちが来る頃には、ちょうど母屋が完成してるよ」
これはおやっさんの言。
「うちらもちょうど、井戸の候補に目星が付いたんで、掘削始めます」
これは井戸掘り職人さんたち。
風竜が住んでいる、カンテラート大森林までは、またモナド平原を突っ切る。
ホバルク村と同程度の距離だ。
約三十キロメートルの草原地帯。
朝早くから、90式のエンジンが唸った。
今回は荷台を牽引していないので、全速力が出せる。
草原の地面を蹴り飛ばすように進む戦車。
ラティーナもエチカも、ハッチから顔を出して風に髪をなびかせている。
「速い速い! 気持ちいいね!」
「ラティーナは呑気ですね。車長ってリーダーなんですから、もうちょっと落ち着きをもったほうが」
常時時速五十キロメートルは出ていた。
この速度なら、馬賊も俺たちを捕捉するのは難しいだろう。
朝方出発し、昼前には地平線上に濃い緑の帯が見えてきた。
俺たちは相談して、森に入る前にいったん野営することにした。
事前に集めた情報だと、カンテラート大森林の中にも街道がある。
それは風竜シルミウスが住むという砦と、その先のメディナ大迷宮という先史文明のダンジョンに通じている。
街道の入り口には簡易的な関所と宿場があるが、俺たちがそこに到達すると、そこには人だかりができていた。
みんな各々、槍やハルバードみたいな長物を持った人たちや、長いローブに身を包んでジャラジャラした杖を持った人たち。
目立つ白い色のやけに造作のきれいな鎧を来た人など。
年末の有明付近みたいな服装だ。
「なんだ? あれって冒険者って人たちじゃないのか?」
「どう見てもそうですね。おかしいですね……魔獣狩猟はシルミウスのせいでできないと言っていましたが。……サブマスターは何か隠しているのかもしれません」
「そうだな」
「なになに、どういうこと?」
ラティーナが首を捻っている。
「ラティーナ、デミスタンは本当のことを言っていないのかもしれません」
「本当のことって何なの?」
「たぶんだが……シルミウスとヘラドーンは繋がっているんじゃないかな?」
「えっ? つまりどういうこと?」
ラティーナはこういう政治的な話が苦手なんだな。
逆にこの面はエチカがかなり鋭い。
「シルミウスがヘラドーンの命で砦を占拠したというなら、ヘラドーンはリバイアストン攻略の布石をしているんでしょう。だから、デミスタン、その上の評議員は、私たちとヘラドーンを積極的に対立させようとしている、ということだと思います」
九十年前の人類と竜族の戦争――この土地では<新竜戦争>と呼ばれている。
その時以来、人類と竜族の和平は表向きには成立していない。
そして最近、リバイアストン管轄のホバルク村がヘラドーンの甥に襲われた。
これはヘラドーンが本格的にリバイアストンを狙っている証拠だろう。
コクトー評議員は、俺たちを兎ならぬ竜を狩り立てる猟犬として使おうという腹積りなんだと思う。
「えっ?! 何それ! 私たち騙されてるの? プンプンチカってこと?!」
「……? プンプンチカって……何だ?」
俺が首を傾げていると、エチカがぷんすこと頬を膨らませて怒っていた。
「モトム様、ラティーナが酷いです!」
説明聞くと、プンプンチカっていうのは、<狡猾なディコーン族>を表すエルフの隠語らしい。
「えっへへ、ごめん……つい」
ラティーナは笑って謝ったが、エチカはへそを曲げてぷい、と横を向いた。
ばつが悪そうにしながら、ラティーナは話を続ける。
「……えっと、つまり、本当はシルミウスのせいで狩猟ができないってわけじゃないけど、そう言った方が私たちがすぐに退治にしにいくだろうってこと?」
「そういうこと。そんで、なんで退治させたいかというと、本当の理由はヘラドーンと俺たちを戦わせたいから、ってことのようだな」
俺はヘラドーンの甥であるグラオギルスを殺してしまったが、まだその犯人が俺であることはバレていないはずだ。
もし俺たちがリバイアストンを捨てて逃げてしまったら、ヘラドーンの怒りがリバイアストンだけに直撃する。
さんざん援助してエミリーヒルに定住させようとしたり、風竜倒したら莫大な賞金が出るぞと煽ったのは、逃走防止用だろうな。
その上で、
「シルミウスがヘラドーンの指示で動いているんなら、私たちがシルミウスを退治しちゃったら、当然ヘラドーンは怒るだろうってことだね! あったまいいー!」
確かにそうなんだけど、騙されて良いように使われているのは俺たちだぞ……
うーん、このままデミスタンやコクトーの掌中で踊るしかないのか?
まあ、エミリーヒルの経営を考えたら、それしかないんだろうけど。
悩みは尽きないが、ともかく目前の野営の準備。
90式からタープを貼って、マットを敷いて。
火起こしして、それから食事の準備。
90式の装備で、少し確認したいこともあった。
戦闘糧食が数日分、車載されているのだが、これも自動補給の対象なのかどうかだ。
だから、この際俺は三人分の糧食を放出してみることにした。
「食事は戦車の中から出すよ」
「それって、異界の食べ物ってこと?!」
「モトム様の、お郷の味ですか」
ラティーナもエチカも興味津々だ。
缶詰のⅠ型とレトルトパウチのⅡ型両方あるけど。
さしあたり栄養バランスの良いⅡ型の方にしようか。
カレー粉ないと思ってたけど、よく考えたらこのレトルトの中にあった。
でもルーじゃなくて<かつおカレー煮>ってやつだから、ちゃんとしたカレーを作りたいなら自作が必要か。
せっかくだから俺はその<かつおカレー>を、ラティーナには<チキントマト煮>、エチカには<とり野菜煮>を渡し、みんなで分け合って食べることにした。
非常用リュックの中に入っていたガスバーナーで湯を沸かす。
パウチをそのままお湯の中に投入して、砲塔後部バスケットに積んできた椅子と簡易机に並べる。
「美味しい!? くう……私の料理より美味しいかも」
そう感嘆を述べるとラティーナはばくばくと食べだした。
本当、元気っ娘だな。
エチカは先割れスプーンを見つめながら、神妙な顔をしている。
「本当に美味しいですね……モトム様はいつもこんな美味しいものを食べているのですか?」
「そうか? ちょっと味付けが濃いかなと思ったんだけど、大丈夫だったか?」
「いえ……むしろクセになりそうです……まるでこれ以外食べられなくなるような魅力があります」
なるほど。
もしかしたら、これまでは塩分不足だったのかもしれないな。
ラティーナのエルフ風スープ、うまかったが薄味だった。
この世界の文明レベルなら、調味料は貴重だろうからな。
戦車の中ってのはとにかく汗をかく。
想像以上に身体が塩分を消費しちまってるのかも。




