第十一話
《大禍》が消滅した後、オリヴィエは風の精霊に周囲を偵察させる。
そして《大禍》の存在が完全に消えたことを確認すると、《大禍》を消滅させた魔族の少女の方を見る。
聖術師には見えない。
戦いに怯える子供である。
「あなた……、ひょっとして……例の聖術師候補?」
先日、トールから聞いた聖術師の適性を見出された魔族の少女について思い出す。
先ほどの攻撃は単純に力をぶつけただけで、術式というほどに洗練されたものではなかった。子供が拳を振り回したようなもので、技というほどのものではない。精霊術をはじめとして、あらゆる術は式として組み上げることで世界に影響を及ぼすが、例外的に強すぎる力は式として組み上げずとも「超常の力」として発現することはある。
「羨ましいほどの才能ですわね」
思わず小さく呟く。
聖術の基礎となる力――、才能と呼ぶべきものが一欠けらもなかったオリヴィエからすれば、エルマが今みせた力は、喉から手が出るほど欲しかったものだ。
風の精霊を操り、オリヴィエはエルマのいる二階の窓辺まで飛んでいく。
「大丈夫ですか? 怪我とかありません?」
気だるげに、オリヴィエは問いかける。
「ひぃ、ひぅぐぅ、いやだ、いやだよぉ……」
「~~~っ」
泣いている子供に何か言う言葉も思いつかず、かといって放置するのも気まずい。
オリヴィエは頭を掻いて、とりあえずハンカチを渡す。
(惜しい才能だとは思いますけど、やりたくないことを無理にやらせるのも違いますからね)
才能とは別に、向き不向きというものがある。
生来、争いごとが苦手な者というのはいるのだ。そして文明社会において、それは恥じるべきことではない――と、オリヴィエは思う。
そう考えていると、バタバタと階下からエルマの両親たちが上がってくる音がする。
オリヴィエはどのように事情を説明するべきか考えることにした。
* * * * * * * * * * * * * * * * *
「で、《大禍》の発生源は不明なんですの?」
「――そうよ」
オリヴィエの問いかけに、事情聴取と現場検証にやってきた聖術師アンジュリーゼは仏頂面で答える。入浴後のゆったりした時間に、緊急の出動命令を受けて、準備を整え現場到着したらすでに《大禍》は消滅していたとなれば、プライドの高い彼女が不機嫌になるのも仕方のないことである。
「《大禍》が封印された記憶はないし、念のために残留していた汚染痕跡も調べてみたけど、《クランハフェンの惨禍》で呼び出された非活性の可能性もないわ。となると、偶然にも自然発生したという可能性しか残りませんけど……」
「天球院からの予知にも引っかからない自然発生、しかも聖術師候補の近くで、何かしらの人為的な要因が絡んでいると考えても不思議ではありませんわね」
「エルマ――彼女の両親を含めて、離散したコミュニティも改めて洗っているところよ。事前調査では問題なしとのことだったけど、前の件もあるから軍警も動員しての再調査ね。それこそあのハーヴェスティが使った魔術の類型が使用されている可能性もあるわけだし……、まあそうなると、今度は使われた理由とかタイミングの整合性が取れなくなるわけだけど……」
腕を組むアンジュリーゼを前に、オリヴィエは欠伸をする。
聖術師の咎めるような赤い瞳に対して、精霊術師の眠そうな薄灰色の瞳。
時刻は深夜。
用事もなければぐっすり眠っている時間帯である。
「まあいいです。後日、呼び出しがあるかもしれませんけど」
「用事があるなら、そっちから出向いてもらえません?」
「~~~っ!!」
聖術師の権威が通じない相手に、アンジュリーゼは思わず怒鳴りそうになるが、自制心を発揮して堪える。
そんな相手を気にした様子もなく、オリヴィエは《大禍》を発見した風の精霊に報酬を渡す。半透明の人型を取る風の精霊シルフに、調合した香水を振りかける。優しい香りに包まれた精霊は、嬉しさに踊りながら姿を消す。
「……対価を渡す古式精霊術は効率が悪いんじゃない?」
「強制的に縛り上げる現代式は疲れますし、精霊たちが自発的に協力してくれませんから、普段は自由に動いてもらっています」
隣接する別世界、精霊界と呼ばれる世界の住人達。
彼らから力を借りる精霊術式は、聖術と同じく古来より世界を支えてきた術式の一つである。それゆえ長い時間をかけて、洗練され、改良されてきている。
その中でも最新の現代式は、自動化と効率化に特化している。
戦闘時、オリヴィエが使用する呪符などもその流れを汲んで制作されたものだ。
それよりも昔、精霊たちを崇め、あるいは隣人として力を借りるという古式は、効率性や再現性は低いものの、精霊たちが自発的に術者を助けてくれるという利点もある。逆に、精霊から見て気に食わない相手の言うことは聞かないという欠点もある。
「精霊に好かれるのは才能ね」
アンジュリーゼの言葉に、オリヴィエは苦笑する。
話している相手は精霊と相性が悪いことを思い出したからだ。それでも、最下級の精霊を使役した精霊術式程度は使えるので、聖術の才能がないオリヴィエからすれば、伸びしろがないとは思えない。苦手な精霊術を鍛えるよりも、得意な聖術を極めた方が有益ではある。
「そういう意味では、あの子――エルマだったかしら? 才能はありますわね。ですけど、《大禍》と戦える子には思えませんわ。研究職ならわかりませんけど、聖術師として戦わせるのは……」
「オリヴィエ、貴女は聖術師じゃないわ」
「……そうでしたわね。聖術師の家に口出しする権利はありませんわ。ですけど、あの子はまだ聖術師じゃない。無理矢理、聖術師にするというのなら……」
眠気が飛ぶような含みに、アンジュリーゼは首をかしげる。
「無理矢理? 何を言っているの、聖術師になりたくない者などいるはずないじゃない」
太陽が天に昇るかのように、一欠けらの疑問も思っていない聖術師の言葉に対して、精霊術師は過去の事例を述べる。
「いるでしょ、聖術師の適性を得ながら、一般の道を選んだ人たちは……、それは多くは無いですけど……」
「ああ、たしかに聖術師の家には所属してはいませんけど。それは条件が折り合わなかっただけでしょ。確かに最近は報酬の出し渋りのせいで、選ばない者もいますけど。世界を守護するという名誉と栄光を選ばぬ者はいないわ。まして無理矢理なんて」
「……妙な同調圧力や誘導尋問をしないなら、わたくしからいうことはありません」
アンジュリーゼは「当然でしょう」と請け合う。
オリヴィエはそれ以上何も言わず、ただ香水の残滓から風の精霊にお願い事をした。
この会話からさほど時間が経たず、風の精霊に導かれて、エルマがオリヴィエの館を訪ねて来るのである。




