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オリヴィエの受難(旧題:彼女に神の祝福は無く)  作者: はーみっと
第二章

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第七話


 リグルット共和国立学校、クランハフェン第三分校

 定期診断の日は、朝から学園全体がどこか落ち着かなかった。

 石造りの校舎の廊下には、普段よりも多くの教師が立ち、各教室を慌ただしく行き来している。

 生徒たちもまた、浮足立っていた。


「なあなあ、お前、今年こそ聖の反応とか出たりしてな!」


 教室の後ろで、快活な男子生徒が友人の肩を叩きながら笑う。


「出るわけないだろ。だけど聖術師候補になれば、帰りは聖家の高級車に乗って帰れるかもな。ギルグリッド社製の高級車スレイプニルR2モデルを見たか? 一度でいいから、乗ってみてぇ、ああ、運転手でもいいから雇ってくれねぇかな~」

「聖術師になれなくても、車なんていくらでも買えるんだろ?」

「馬鹿、おまえ! 一般富裕層のNモデルとは全然違うんだって! 限定生産された――あれは選ばれた連中、いわば『富裕層の頂点』が使う車だ。ちょいとした小金持ちには、一生縁のない物なんだよ」


 やたら熱く車を語る男子生徒のオーバーなリアクションに、周囲はいつものことだと笑い合う。

 だが、その笑いにはどこか本気の羨望が混じっていた。

 聖術師。

《大禍》と戦い、世界を守る英雄。

 名誉、富、特権、そのすべてを手にできる特別な存在。

 毎年数人は聖術師としての適性が見つかると、以前教師が語ったことは事実だが、それは共和国内に存在する学校すべての学生で数人という話だ。


 笑いの外側――教室の隅で、エルマは小さく肩をすくめる。


(……私には関係ない)


 胸の奥がざわつくのを誤魔化すように、教本へ視線を落とす。

 けれど文字は頭に入らなかった。

 あの日から――。

 オリヴィエに助けられた、あの日から。

 平穏になった教室の空気の中で、逆にエルマの胸は落ち着かなくなっていた。


「次、お前たちだ!」


 廊下から教師の声が響く。

 ぞろぞろと生徒たちが立ち上がり、診断室へ向かう。

 簡易診断は一人数秒。

 名前を呼ばれ、簡易検査板に手をかざし、内的エネルギーの流れを測定するだけだ。

 事前提出された書類確認を合わせても、十秒前後で検査は終わる。


「はい次ー、異常なし」

「次ー、火属性やや増加」

「次ー、地属性への変化あり、問題なし」


 淡々と流れていく。

 そして――。


「……次、エルマ」


 びくり、と肩が跳ねた。

 恐る恐る前に出る。

 診断室の中央まで進み、足がもつれて転んだ。


(うぁ、何もないところで転ぶ?)

(ほらあの子だよ、グループに目をつけられていた……)

(周りの迷惑も考えろよな~)


 ひそひそと囁く声と突き刺さる視線に、エルマは顔を真っ赤に染めて、息が荒くなる。集団で行動する時、どうしても焦って和を乱すのが自分の悪いところだと、彼女自身も理解している。だが、治そうと努力すればするほど周囲に迷惑をかけてしまう。


「ご、ごめんなさい」

「大丈夫、焦らないで手を置いて。君たち、静かにしなさい」


 ハーフエルフの検査官だけは、学生たちとは違い笑うこともなく、エルマに簡易検査板に手を伸ばすように優しく言った。それどころか嘲笑する学生たちを咎める。


(なんだよ、偉そうに)

(あれカッコイイとか思ってんの? きもちわるー)

(はぁ、俺ら別に悪くなくね?)


 一瞬の沈黙の後、囁きの悪意は検査官に向く。

 自省することのない学生たちと自分の言葉の無力さを残念に思うが、学生たち――子供の向ける悪意など、ハーフエルフの検査官にとっては取るに足らないものだ。それよりも、目の前の生徒に平常心が戻ったかが心配だった。


「落ち着いて、いつも通りの気持ちで手を置いて、すぐに終わるから」

「……は、はい」


 エルマは小さな手を乗せた――その瞬間。

 ぱきん。

 と、何かが割れるような音がした。


「……え?」


 次の瞬間。

 ぶわっ――!

 紫と金の光が、診断室全体を呑み込んだ。


「きゃああっ!?」

「なんだ!?」

「おい普通じゃないぞ!!」


 教師が悲鳴を上げる。

 生徒たちが目を覆う。

 簡易検査板の上に、幾何学模様の光陣が幾重にも展開される。


 一重。

 二重。

 三重。

 いや――止まらない。

 四、五、六――。


「じょ、上限突破!? 馬鹿な、こんな反応……!」


 検査官は簡易検査板に反応した聖性――聖術師の核となる内的エネルギーの保有量に驚きの声を上げる。

 ばんっ!!

 爆ぜるような音がして、簡易検査板は機能を停止する。


 静寂。

 全員が固まっていた。

 その騒ぎの中心にいた魔族の少女エルマは声を震わせて、


「あ、ああ、あああ……」


 尻もちをついた。

 何かドジをやらかして、術式板を壊してしまったのだと考え、目から涙を浮かべる。

 一方、検査官は興奮した様子で、簡易検査板を操作している。


「聖属性反応あり、簡易検査板では測定不能。これは……、すぐに精密検査を! それとヘルムタール家にも連絡をしなければ、魔族の少女から聖術師としての素養が出た場合、どこが受け持つのか、エルマ君だったね? まずはこの後の授業はすべてキャンセルだ。それと保護者の方への連絡も……、ああ、それよりも前に……」


 検査官は、新たな聖術師候補の前に跪く。


「おめでとうございます。貴女には聖術師として力が、世界を救う力があります。願わくは、その力を世界の守護に役立て、新しき英雄の一人にならんことを、あらゆる種族、あらゆる国々、この世界に生きるすべての命をどうか、よろしくお願いいたします」


 それは古代から続く、聖術師への祈り。

 形骸化した儀礼と揶揄されることもあるが、《大禍》を前にした人々の純粋なる願いの言葉でもあった。どうか、世界を救ってほしい。使い古された陳腐な台詞であるが、検査官の言葉はエルマが今まで受けたどの言葉よりも重い。


「あ、あの、あああの……」


 震える声。

 即決できない。

 覚悟もない。

 答えられるはずもない。

 戸惑う魔族の少女に、検査官は改まった態度を解いて、警戒心をやわらげるように微笑む。


「驚かせて申し訳ない。これも昔から続く規則の一つでね。もちろん、聖術師になるかならないかは個人の自由だ。その場合でも、国際法及び共和国法に基づいて、聖術の術式を後世に伝える講習や訓練を受ける必要は出てくる。だが日常生活に支障が出ないように、最大限の配慮はされる。このまま学校に留まるのも自由だし、望むなら研究機関の特別職員への希望も……。いや、詳しくは保護者の方々が来てから、専門の者たちと話した方が良いかな」

「は、はい」


 エルマは検査官に言われるまま、別室に連れていかれる。

 その後、教室で騒いでいた男子生徒の予想通りに超高級車スレイプニルR2が――物々しい護衛車数台と共に――到着し、エルマはオドオドしながら乗り込むのであった。彼女が学校からいなくなった後も、校内はその話で持ちきりとなる。

 耳が早く、情報に飢えたマスメディア関係者たちは早くも学校周辺を包囲するかのように集まり始めており、教師陣は取材に対する対応や生徒たちへの注意などに残りの時間を割かねばならなかった。


 それとは別に、検査官は簡易検査板の測定値と、過去に提出されたデータを見比べて、どのように報告書を作成するか迷っていた。


「どうしたんだ? さっきの魔族の子、エルマだったっけ?」

「一年前の検査結果は、水と地の複合属性、火と風の因子が弱い内向的な性格の典型例。今回の検査で聖属性の開花は――珍しいが問題ない。だが、火と風の属性にも急激な上昇がみられるのが気にはなる」

「たしかに上がり幅はデカいが、そういうこともあるだろ」


 属性とは、個々人の基礎となる部分だ。

 そして属性は性格や才能にも大きく影響する。例えば、水の属性が強いものは知的好奇心が強く理論を重んじる傾向が強い。地の属性は我慢強さやおおらかさ、火は快活で明るく他者に対する興味が強い、風は創作性や芸術性に加えて自由に対する欲求が強い。

 悪い言い方をすれば、水は陰気で、地は頑固、火は攻撃的、風は無責任ともいえる。

 むろん属性が一から十まで決めるわけではなく、これらの属性診断も彼らが行っている中央大陸方式以外にも、金と陰陽の要素をくわえた東方式などの方式での診断も存在する。だから検査結果一つで、相手のすべてがわかるなどというのは驕りでしかない。

 しかしハーフエルフの検査官は長年の勘から違和感を覚えた。

 ただ、悪い感覚ではない。


「あの子、案外大物になるかもしれんな」


 そう言って、去年の変動に対する部分の補足を加えて、報告書への記載を終える。

 検査官の予測が当たるかどうかは、まだ誰も知らない。


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