第二十四話
長々と術式を撃ち合うのは不利だなと、オリヴィエ・エヴァンは考える。
血塗れの姿で微笑むハーヴェスティの発する悪意と戦意は衰えを知らず、殺戮を終えたのも軽い準備運動程度、疲労とは無縁に思えた。
「本当はずっと前にやらなきゃいけなかったことをやりに」
「わたくしを殺す覚悟を決めたの?」
「ええ」
オリヴィエは身を低くする。
急所を一撃――短期決戦しかない。
ハーヴェスティは隙だらけに見える。だが、オリヴィエはどのように攻撃しても防がれるイメージしか浮かばない。自分から攻撃するより、相手に仕掛けさせてからのカウンターで勝負を決めるべきか?
「でもあいにくと、わたくしはまだ貴女を殺す気が無いの」
ハーヴェスティは無防備に接近する。
「ねえ、聞かせてくださらない? わたくしを殺す理由は何? 大勢の無辜の民衆を殺したから? 《大禍》を使役するような扱い方をしたから? 単純に気に食わないから? それとも、昔の借りを返したいから?」
理由を並べるだけなら全部あてはまる。
自分の目指した生き方を貫くには、この殺戮者を生かしたままにするべきではない。
そう思うと同時に、自分が命の選定をすることに対する恐怖もある。
「このまま殺し合って、何も考えず不慮の事故で殺してしまう、あるいは殺されてしまうというのは興ざめですから、わたくしが少し大人になって譲歩しましょう」
さらに無防備にハーヴェスティはオリヴィエに迫り、オリヴィエは反射的に後ずさる。先ほどまでの何をやっても無駄というイメージは消えて、代わりに何をやっても殺せるという気がしてくる。
その気になれば、どんな術式でも、あるいは銃弾を叩きこむか、ナイフを突き刺すか、単純にそこらの石を鈍器代わりにして頭を殴るか、いっそ両手で首を絞めても――殺せる。
強者ゆえの余裕か、千載一遇の機会ともいえた。
「――っ、――――ッッ」
息ができない。
攻撃術式を受けたか?
無防備にみえて、何かしらの罠?
オリヴィエ・エヴァンは混乱しながらも、うまく呼吸ができない自分に驚く。
動け、動け、動け! 今が殺すチャンスだ。
あの女を殺せ、殺せ、殺せ! そうすることが正しい。そうすることが、世界の秩序を守る。ヘルムタール家の娘ならそうする!
うるさい、黙れ。オリヴィエ・エヴァンとして、世界を守る一個人として、多くの被害を出した怪物を殺しに来た。見過ごせば、また多くの人たちが、町が、国が、犠牲になるのだから、殺すのは正しい、正しい、正しい。
オリヴィエの薄灰色の瞳に涙が浮かぶ。
――怖い。
《大禍》に挟み撃ちにされるような絶望的な状況でも、死を覚悟するような戦場でも、魔神化した魔術師相手でも感じなかった感情。
自分の手で、自分の意思で、目の前の人間を殺すことを、殺せることを改めて感じて、オリヴィエ自身が戸惑う。
強くなった、家を追い出されてから、各地を回り、技術と知識を高め、経験を積んで、強くなったのに、無防備に歩いてくる彼女が怖い。
いいや、簡単に命を摘むことができる自分が恐ろしい。
「使命感で人を殺すには、まだまだ覚悟が足りないようですわね? ええ、ええ、それでこそでしてよ、オリヴィエ」
「貴女を放置したら、また多くの被害を出す」
「そうでしょうね」
「貴女は、生き方を変えられない」
「それも――、そうですわね」
「だから、わたしは……」
殺せ、殺せ、殺せ、術式を解き放ち、銃弾を叩き込み、ナイフで切り刻んで、目の前の邪悪な人の姿をした災厄を破壊しろ! そのために来た、そのために覚悟を決めたはずだ、お前は世界を《大禍》から守るのだと誓ったのだから、この人の姿をした《大禍》を滅ぼせ!
「いいえ、わたくしは《大禍》ではない。私はこの世界に根を下ろす悪意の形。《大禍》などというものは利用する手段でしかありません。だからわたくしを殺すのは、世界を守る守護者ではなく、人殺しを殺す処刑人でしかない」
ハーヴェスティはオリヴィエの葛藤を否定するように呟き、そのまま――すれ違う。
あるいはこの瞬間が、オリヴィエがハーヴェスティをノーリスクで殺す最後のチャンスだったのかもしれない。
しかし動けなかった。
殺すつもりで、戦うつもりできた彼女には――無防備に歩みを進める相手が殺せない。
あるいは相手の心理も読み取ったハーヴェスティの作戦勝ちだったのかもしれない。
「またお会いしましょう。貴女を殺す理由、どこかの誰かが大金を積んでくれたらいいですけど……、あるいは守護者であることを諦めて、邪魔者を容赦なく殺せる処刑人にでもなった時にでも――」
「……待ちなさい」
オリヴィエは呼び止めるが、振り返った時にはハーヴェスティの姿はどこにもなかった。
―― オリヴィエの受難 一章 完 ――
第一章完になります、評価や応援など頂けたら幸いです。
次話は世界設定や用語説明など、GWに投稿できるように少し貯めたいと思います。




