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石蕗学園物語  作者: 透華
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資料運び 3

 脳内で勝手にクソ女に責任を押しつけていると、先ほどまで私達の会話くらいしか音がなく静かだった廊下にバタバタという足音が響き渡った。前方からは(まだ距離はあるので、辛うじてだが)風紀委員の腕章をした人間が数人見えてきている。

 背後やクソ女が台所の黒い悪魔(なぎちゃん曰わく)よろしく飛びだして来た階段からは、上下どちらから聞こえているのか判別出来ない程デカい音が聞こえるあたり結構な人数が居るんだろう。とりあえず、口には出さないが、言わせて欲しい。廊下は走るな風紀委員共。


「どうやら、風紀委員の方々がいらしたようですね。これで私達も此処から動けますよ」


「あぁ。やっとこの時が来たんだねー。僕、腕が痺れてきちゃったよー。早く荷物おーきーたーいー」


「大丈夫か。萌黄もえぎ? ゆ、雪城ゆきしろ先輩も大丈夫っすか? 重くないっすか?」


「私は大丈夫ですよ。心配してくれて、ありがとうございます。龍崎りゅうざき君こそ2人分に近い量を持っているようですが、腕は痛くないですか?」


「お、俺も大丈夫です。力だけは無駄にあるんで」


 龍崎は少し照れたような笑みを浮かべた。ふむ。実に少年らしい素直な笑顔だな。たちばなも何だか嬉しそうな顔をしているが、龍崎が私に慣れてきたことを喜んでいるのかも知れないな。私も凪ちゃんに、いざという時に役に立ってくれる先輩が増えたら嬉しいし。


「あっ。浅葱あさぎに資料を持たせっぱなしにしていたね。ちゃんと僕が持つよ。ごめんね。重かっただろう?」


「えっ、あっ。全然大丈夫っすから、気にしないでください」


そうせんぱーい。浅葱だけじゃなくて、僕もちょっとは手伝ってるんですけどー?」


「ごめん。ごめん。そのようだね。萌黄もありがとう。助かったよ」


「どういたしまして!」


 上機嫌になって返事をする橘に龍崎と水瀬は微笑ましいとでも言いたげな表情を浮かべている。この3人の関係性なら来年の生徒会も安泰だろうなと思いつつクソ女が逃げないように笑みを浮かべた。

 私自身はあまり意識していないのだが、苛ついている時の私の笑みは人に威圧感を与えるらしい。なんとなく、複雑ではあるが使える武器は多いにこしたことはないだろう。どうやらクソ女にも効果は抜群のようだし。

 なんせクソ女は逃げようと足を一歩引き体も僅かにのけぞった変な体勢のまま顔をひきつらせて固まっているのだから。その反応に若干腹が立つもののいい気味だとも感じるあたり私はあまり性格がよくないのかも知れないな。


「申し訳ありません! 大変遅くなりました!」


「いいえ。お気になさらず。風紀委員も色々とお忙しいでしょうし」


「全くです。こういう違反者が居ると仕事が増えて増えて……我々も対策を練らねばならないと試行錯誤してはいるのですが」


 困ったような物言いと反して声は弾み顔は笑みを隠しきれていない。なんというか流石風紀委員――というより、柚木ゆずき先輩の部下だな。面倒な違反者を追いつめるのが楽しくてたまらないのだろう。

 彼だけでなく固まったクソ女とは逆に集まった風紀委員達は非常に生き生きとした雰囲気を醸し出している。これだから、風紀委員はサディストの集まりとか言われるのだが本人達は気にしていないんだろうな。


桃園姫花ももぞの ひめかはこれから我々風紀委員が責任をもって生徒指導室に連れていきますので、皆様はお行き下さい」


「それでは、よろしく頼みますよ。……さて、風紀委員がこう言ってくれているし僕達はそろそろ戻ろうか?」


「そうだねー。誰かさんのせいで、予定より大分遅くなっちゃったし!」


「せ、先輩達、怒ってないっすかね?」


「恐らく大丈夫だと思いますよ。心配はされてるでしょうが……事情を話せば分かって下さるはずです」


 事情を話せば凪ちゃんは暫く私から離れなくなるかも知れないな。前に巻き込まれてから、たった一週間でまたトラブルに巻き込まれてるし。まぁ。凪ちゃんにくっつかれるのは嫌じゃないからいいけど。寧ろウェルカムだ。


「ちょっ、ちょっとぉ! 待ちなさいよぉ! 一体ぃ何考えてるのよぉ! 3人ともぉ、姫をぉ、見捨てる気なのぉ!?」


 風紀委員に取り囲まれた状態で叫ぶクソ女をついつい冷めた目で見つめると一瞬気圧されたようだが、私を視界から外して、水瀬達を凝視しだした。心なしか3人を睨んでいる気がする。全くもって見苦しい女だ。顔も醜く歪んで見える。

 コイツは未だに水瀬達が自分を助けると思っているんだろうか? なぜ、自分が“女主人公”という役割にあるだけで、そこまで盲信出来るのか私には理解出来ない。人の心ほど信用出来ないものは世の中にないのにな。


「……はぁ。いいかい? 見捨てるも何も僕達の間には同学年という繋がりしかないよ。萌黄達にいたっては、その繋がりすらない。なにより、君は僕の従姉妹を侮辱し僕達の周りの人に多大な迷惑をかけ続けた。そんな人を助けるほど僕は聖人君子にはなれないよ」


「颯先輩の言う通り! そもそも、何で僕達が何の関係もないアンタを助けなきゃいけないの? ていうか、見捨てるとか人聞き悪いこと大声で言うのやめてよねー。僕達とアンタに何かしらの繋がりがあるとか勘違いされたら迷惑だから。電波な上に被害妄想まであるとか本当に勘弁して欲しいよ」


「お、俺も萌黄達と一緒だ。人に迷惑をかけても平気な顔をしてたり、水瀬先輩の悪口を言ったりしてるアンタは助けたいと思えない」


 おお。攻略キャラ――しかも、3人からの明確な拒絶なんて初めてじゃないか? というか、若竹わかたけ先生以外の攻略キャラとこんなに(一方的とはいえ)会話をしたことすら、はじめてなんじゃなかろうか。

 初会話がコレってのもなんか微妙だよな。少なくとも乙女ゲームの初会話で即自分の行動に対する苦言とそれによる拒絶ってのはなかなかないだろうでクソ女らしいと言えば至極クソ女らしいと言えるが。

 しかし、ゲームと同じく気弱な性格をしている龍崎にまで、明確に「助けたいと思わない」と言われたんだから、いくらクソ女でも少しは現在の自分が周りにどう認識されているか理解するだろう。コレで理解出来なかったら、逆に尊敬する。

 拒絶されたせいで、もしかしたら、この3人以外に、しわ寄せが行くかも知れないが、拒絶する機会が無かっただけで、後の面々はちゃんと拒絶出来る人間ばかりだし各々で対処してくれるはずだ。

 今までの様子を見るに若竹先生は無理だろうが。でも、若竹先生もいざとなったら覚悟を決めてくれるだろう。それがクソ女と一緒に駄目になる覚悟か、クソ女を突き放す覚悟かは分からないが。教育者という立場にいる人間であることを考えると後者を選んでもらいたいけど。

 なんにせよ、予想外なことを3人が率先してやってくれたおかげで、何時かしたいと思っていたある実験が出来るようになった。3人には心から感謝しないといけないな。私が動かなくても実験の条件を整えてくれたのだから。

 実験に関しては、あまり効果は期待出来ないし、状況が悪化する可能性も高い。だが、もし悪化しても、クソ女が勝手に監視役から逃げるなんてバカなマネをしてくれたおかげで、クソ女への監視は更にキツくなるだろうから私達への影響はさしてないだろうし。

 茫然自失といった感じで女性の風紀委員達に腕を掴まれ連行されていくクソ女には自業自得という言葉がとてもよく似合うと思う。そんなクソ女と生き生きした風紀委員達を眺めながら、私は周りにバレないようにクスリと笑みを浮かべた。

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