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石蕗学園物語  作者: 透華
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修学旅行 2

 若竹わかたけ先生に連れてこられたのは、保健室代わりに借りている部屋だと分かった。この中には確実に蒼依あおいの攻略キャラである養護教諭の薬師寺菖蒲やくしじ あやめ先生が居る。薬師寺先生に何か用事があるという風には見えないが、一体どうしたんだろう? 私達の関係者である誰かが怪我をしたのか? だが、私達全員に関わる人間と言えば一応、烏羽からすば先生と藍川あいかわ夢宮ゆめみやになるよな。それに、あんなに取り乱すなら、保健室代わりの部屋ではなく病院に連れて行くはずだ。


「襖を開けるぞ」


「ええ。どうぞ」


 襖を開けるくらいなら、いちいち、私達に確認することでもないと思うんだが、若竹先生の表情はいつになく真剣でツッコミを入れられる雰囲気ではない。この襖の先に何があるというんだろう? そんなに覚悟しなければならない光景を私達は見せられるのか? くだらないことだったら今すぐ部屋に帰って、ゆっくりしたいんだがな。いや。部屋も寛げる場所じゃなかったか。何か憂鬱になるな。

 やっと、覚悟が決まったのか襖を開けた先には想像通り緩く巻かれた長い黒髪に菖蒲色の優しげな瞳をした薬師寺先生が座っていた。薬師寺先生は決して露出度が高い服を着ているわけではないのに女の色香を感じさせる女性で男子生徒からは絶大な人気を誇り、包容力のある性格から女性徒にも好かれている。まぁ。薬師寺先生はいい。あと、烏羽先生も想定内だが、何故、クソ女がここに居る?


「突然のことで驚いているだろうが、とりあえず、全員座りたまえ」


「「「「失礼します」」」」


「そう堅くならないで。お茶を入れるわね」


 烏羽先生はいつも通り冷静だ。薬師寺先生も多分いつも通り気がきく優しい先生のままだ。だが、布団に入り上半身だけ起こしているクソ女の様子が何かおかしい。戸惑うようにきょときょと目をさまよわせたり、落ち着かない様子で手をいじいじしている。何だコレ? 本当にここにいるのはクソ女か? 随分と普段と比べると大人しいというか、いじらしいというか。まるで別人のように見える。というか、別人にしか見えない。


「説明をするとしようか。桃園ももぞの。自己紹介をしてくれるかね?」


「は、はい。あの、私、桃園姫花ひめかです。えっと、皆さん知って、らっしゃるん、ですよね?」


「ええ。存じていますが……」


 普段のクソ女なら絶対私達に対してしないような言葉遣いと声色だ。無駄に甘ったるくなく、穏やかで女の子らしい声。まさか“桃園姫花”か? でも、何で今ここで“桃園姫花”が出てくるんだ?


「実は桃園は京都に来る間、寝ていたらしくてな。それで、起きたら、この状態になっていたんだ」


「えっと、私、石蕗つわぶき学園に見学に行った後の記憶がなくて……さっき、お母さんっ……母に電話したら「やっと姫ちゃんが帰ってきたのね」って泣かれて……たか君にも電話をして、話を、聞いたら、皆さんに、凄く迷惑をかけてたって……」


 なぎちゃんも蒼依あおい水瀬みずせも泣きそうになっている“桃園姫花”に呆然としている。まぁ。あまりにも性格が違うし、おかしくはないよな。逆に私は一周回って冷静になった感じだ。しかし、貴君って誰だ? もしかして、女たらし先輩の名前だったりするのかね。だが、意外だな。蒼依の話を聞く限りだと女たらし先輩が貴君だとしたらオーバーリアクションで感動しそうなものだけど。それに、私達――凪ちゃんや蒼依や水瀬に迷惑をかけたなんて言いそうにないよな。


「別にあんたに謝ってもらおうなんて思ってねぇよ。学園を見学に来た後の記憶がないなら俺達に何かした記憶もないんだろ?」


「…………はい」


 蒼依のやや冷たい態度に桃園姫花は手をギュッと握り締めると、すっかり俯いてしまった。それでも泣いたりしない辺り、桃園姫花は芯のしっかりした子何だろう。なんか、少しだけ哀れな気がするな。悪いのはクソ女で桃園姫花は悪くないんだし。蒼依の態度が悪い理由も分からないでもないからフォロー出来ないけど。しかし、謎なのはクソ女から桃園姫花に変わった理由だ。


ひいらぎ。気持ちは分かるが、今は、おさえたまえ。ああ。そうだ。桃園の性格が変わったキッカケは分からない。以前は学園を見学後、頭を打ち気絶し性格が変わったようだが、今回はただ眠っただけのようだからな」


「そうなんですね」


 本当は色々聞き出したいところだが桃園姫花の記憶をクソ女が引き継げるなら下手な情報を口に出すわけにはいかない。烏羽先生や若竹先生が情報を出し、それに質問をするなら、違和感を感じられることはないだろうから2人にかけるしかないかな。蒼依や水瀬、薬師寺先生でも大丈夫だろうか? でも、この場で情報を得すぎてクソ女に目を付けられるのも厄介だよな。


「そういえば、貴君って誰なんですか? 学園内のことを知っているなら、生徒ですよね?」


「ああ。蓬生ほうしょうのことらしいぞ。2人はお前達と同じく従兄弟同士だそうだ」


「えっ? あの女たらしの従姉妹だったの? 初めて知ったわ……」


「貴君って、女たらし、なん、ですか?」


「学園一の女たらしって呼ばれてるけどな。てか、そうは蓬生先輩と桃園が従兄弟だって知らなかったのか?」


「知らなかったよ。以前の桃園さんの発言から上流階級に属する身内が居るなんて考えていなかったからね。蓬生先輩の名前が貴臣たかおみと言うのは知っていたけど、別の貴のつく人間だと思っていたよ」


 水瀬の言うことはもっともだ。クソ女は全然面識のない生徒会役員が自分を助けるのが当然というようなことを言い、蓬生先輩の話は一切しなかった。そんなクソ女に身内――しかも、上流階級側の人間が学園内に居るなんて考えなかったんだろう。「クソ女に興味がある」みたいなことは言っていたらしいが、女たらし先輩は女たらしだし、外部から来た面白転校生に目を付けるのも不思議じゃないと思ったんだろうな。


「そうそう。桃園さんを病院に連れて行きはしたんだけど、数ヶ月の記憶がない以外は特に問題はなかったわ」


「ますます。ワケが分からなくなる話だよなぁ。前の人格交代時には記憶ありで今回はなしか」


「桃園さんには何か心当たりはないんですか?」


「それが、石蕗学園を見学し始めたら急に頭が痛くなったってだけで、何も分からないんです。体は健康優良児で風邪も殆どひいたことなくて、頭痛を感じることもたまにあるかないかでした。父も母も優しいですし、学校生活も充実してたし、ストレスもたまってなかったのに……」


 桃園姫花には自覚なしか。じゃあ。どうして桃園姫花は石蕗学園に行くのを恐れたんだ? ただの第六感だったのか? 分からないな。同じ転生者でありながら私は人格交代なんてしたことなかったし。ん? ちょっと待て。クソ女は本当に転生者なのか? ただ、桃園姫花に取り憑いてただけとかは、有り得ないだろうか? 俗に言う「憑依」だ。もし、そうなら私と色々状態が異なるのも納得できる。まぁ。「憑依」がどういう状態なのかは、いまいち分からないんだが。


「そういえば、どうして、僕達だけを呼んだんですか? 学園統治組織に所属している人間なら他にも藍川あいかわさんや夢宮ゆめみやさんが居ますよね?」


「あー。それはなぁ……」


「藍川は恐らく取り乱して騒ぎ立て、夢宮は現在の桃園が接するには精神的負担がかかるからだ」


「その点、あなた達なら、冷静に対処してくれそうだと判断したのよ」


 うん。納得出来る人選だ。私は凪ちゃんが関わらないと冷めてるし、凪ちゃんも基本的に他人にはドライな性格だし、蒼依は飄々としていて冷静だし、水瀬も状況を見極めることに長けたタイプだ。反面、藍川は感情的になりやすく良くも悪くも素直だし、夢宮はマイペースすぎて会話を成立させるだけでも苦労する。そりゃ。藍川と夢宮は呼べないわな。


「2人にも一応現状は伝えているんだけど。お前達には直接会わせておきたかったんだ。もちろん、この件に関して何かしてもらおうとは思ってない。ただ、桃園に一番迷惑をかけられてたお前達には実際に状況を見せるべきだって俺達が思っただけなんだ」


「俺が、の間違いではないか? まぁ。君達は気にせず修学旅行を楽しみたまえ。こんなところに呼び出して、すまなかったな。もうじき食事の時間だろう。部屋に戻るといい」


「はい。あっ、桃園さんは修学旅行中どうなるんですか?」


「此処で課題をしてもらうことになるわね。班の子達と合流しても、お互いに気まずいだけでしょうし」


「妥当な判断ですね。そんじゃ。俺らは失礼しまーす」


 蒼依に促されて部屋から出て、何とも言えない空気を醸し出しながら部屋へ向かう。現実味がなさすぎて、今まで見ていたモノが信じられないといった感じか。しかし、あの桃園姫花は多分“女主人公”である“桃園姫花”とそう変わらない女の子なんだろうな。ほんの少ししか会話をしなかったが、そんな感じがした。そう考えると、桃園姫花には悪いが、転校してきたのがクソ女でよかったのかもしれないな。

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