修学旅行 1
京都に着くまでに精神的な疲労がかなり溜まってしまった。平然としているヤツの気がしれない。どんな道中だったか話そうとすると金持ちによる金持ちのための交通手段を用いたモノだったとしか言いようがないな。非常に心臓に悪い体験だった。そのため、外部生は、ほとんど皆、私や凪ちゃんと同じような疲れきった顔をしていた。
逆に内部生や金持ちの外部生は整然としてやがったので、コイツラにとっては驚くことなんて何もないんだなと少しイラッとした。この金持ち共めなんて、僻んでいても意味はなく、外に出るための準備をすませなくてはならない。とは言っても、持ち物は小型のショルダーバッグに全て入れてあるので、すでに用意は出来ているようなモノだ。凪ちゃんとは同室だが蒼依と水瀬とは旅館の入り口で落ち合うコトになっている。
しかし、この旅館もいかにも格式高いといった感じで、上流階級の人間や政府高官が利用していそうな雰囲気がある。部屋は純和風ではなく、ベッドなどの洋風を上手くミックスしていた。その上、それぞれの部屋にはシャワールームではなく露天風呂が付いているというのだから驚きだ。しかも、ちゃんと体が洗いやすいように洗い場とシャワーも付いている。明らかに修学旅行で泊まるような旅館ではない。少なくとも“ワタシ”が高校の修学旅行で泊まった旅館はトイレに隣接する形のシャワールームはあったが、使用不可だった。
「そろそろ行く?」
「そうだね。女の子に囲まれてたら面倒だし」
とりあえず、私と凪ちゃんは泣きたくなるくらい高級さ溢れる部屋から出ることにした。会長の別荘も凄かったけど、こんな部屋で寛げる気が全くしない。「あのドデカい陶器は何だ?」とか「どれくらいの価値があるんだろう?」とか「宿泊料は一体幾らだ?」とか考えるだけで胃が痛くなる。いっそのことビジネスホテルに泊まりたいんだが、間違いなく却下されるよな。
ああ。そうそう。クソ女は結局、修学旅行に参加することになったそうだ。若竹先生の説得(主に修学旅行に参加しなかった時のデメリット)がきいたらしい。あと、母親の泣き脅しもそれなりに効果があったとか。何だかんだで親には弱いわけか。ただ、本人は不機嫌丸出しらしく、ずっと膨れっ面を晒しているそうだ。
私達の班とクソ女の班は一切行動場所や時間が被らないようにしている。クソ女なら間違いなく風紀違反関係なく蒼依達に近づこうとするだろうし、そうなると連帯責任をとらされる班員が哀れだからだ。若竹先生が一応監督役として出来る限り近くにいるらしいが、クソ女の班にだけかまっているわけには行かないし、町中ではSPも行動しにくいからな。いかにも不審者なら、ともかくクソ女は何処からどう見ても学生だから、事情を知らない人から見たらSPが悪者になるし。
「瑠璃さんも水瀬も珍しくゆっくりだったな」
「予定範囲内だから、問題ないでしょ?」
「確かに、まだ、五分前だしね」
「車はもう来ているの?」
「ああ。来ているよ」
「じゃあ、少し早いけど移動開始する?」
「そうだね。混んでいたら困るし」
町を散策する時以外の移動は基本的に車だ。公共の乗り物であるバスや電車は何があるか分からないので、使うことを禁止されている。私達の班は「伝統工芸を体験し、また、町を散策することで京都への理解を深める」ことを目標にしているので、1日目の今日は、時間があまりないということで、予約をしておいた伝統工芸を一つだけ体験しに行くことにしている。それは、和ろうそくへの絵付けだ。
なぜ、和ろうそくの絵付けかと言うと、理由は二つあると私は考えている。一つ目の理由は、なんだかんだで実用性があるからだ。停電した時にあって困るものじゃないしな。和ろうそくは洋蝋燭に比べると光が強くて長時間もつらしいし。便利ってことだろう。私は実際に燃えているところを見たことがないので何とも言えないが芯の状態によって炎の揺らぎ方が違って、その燃え方の変わりようを好む人もいるんだそうな。
水瀬家当主――要するに凪ちゃんと水瀬の爺様は洋蝋燭よりも和ろうそく派らしい。コレが恐らく二つ目の理由だろう。別に知らなくても全く困らないし知ってもどうしようもない情報だったが、水瀬がこっそりと教えてくれたのだ。凪ちゃんに「爺様にプレゼントしてあげるように頼んでくれ」と暗に言われたんだろうが、これくらいは自分で言えと思ったので今回は手を貸す気はない。メリットないし。
一応、“ワタシ”も私も中学時代美術部に所属していたことがあるので、絵を描くことへの抵抗はなかったが、ろうそくに絵を描くとなると、紙に描くのとは、勝手が違うだろう。何だか少しだけドキドキするな。凪ちゃんと蒼依はかなり絵が上手いことは知っているけど、水瀬はどうなんだろう? 確か、美術は選択してなかったはずだけど。そんなことを考えているうちに体験場所についていた。
* * * * * *
「なあ。颯。お前さ。何、描いたんだ?」
「……これは……えっと、花、でいいの、かな?」
「あんたって、絵心なかったのね……」
まず、説明を受け作業に取りかかった。一番クオリティが高いのは凪ちゃんだが、私と蒼依もそれなりに見れるモノが出来た。私の場合、比較的簡単にかける単純構造の花に逃げただけだが。しかし、水瀬の和ろうそくに描かれた絵は多分、恐らく、きっと私と同じ単純構造の花のはずなのだが、全く花に見えない。絵心があるとか無いとかのレベルじゃない気がする。
「一応、絵画を習ったことはあるんだよ……ただ、あまりの酷さに先生の方をが自信を喪失してしまってね。「私では力不足です」と僕以外の人の絵画の講師まで辞めると言い出したものだから、家族総出で止めたんだ。流石に僕の絵心が壊滅的になかったことを理由に一人の人間の人生をねじ曲げるわけにはいかないからね。母には「美的感覚は真っ当なはずなのに、どうしてかしら」と不思議がられたよ……」
「あははは! そうなの? やだ。もうっ。面白い! 何だか意外だわ!」
「うん。凪に笑ってもらえて嬉しいよ」
水瀬は遠い目をしながら、嬉しいような悲しいような複雑な表情をしていた。そりゃ。初めて好きな子が自分に笑顔を向けてくれた理由が自分の絵心のなさに対してだったら複雑にもなるよな。とりあえず、慰めの言葉を口にしようかと思ったが何も出てこないし、蒼依の馬鹿は私達に背を向けながらも腹を抱えて笑っている。背を向けてる辺り、一応友人に気を遣ったんだろうが、逆効果な気がするな。
笑っている凪ちゃんと蒼依と傷心中の水瀬を連れて、教えて下さった方々に頭を下げて体験場所を後にする。車に乗り込んでも3人の様子は全く変わらない。しかし、ヤバいな。修学旅行を通してのレポート提出があるのに今回の体験に関しては、水瀬の絵の下手さしか頭に残っていない。人間やっぱり得手不得手があるモノなんだと思ったが、それは修学旅行の感想じゃないしな。どうしたものか?
そんなことを考えながら旅館に入ると何故か静謐なはずの旅館がやたらと騒がしい。一体何が会ったんだろうか? 良家の令息や令嬢を狙って誰かに侵入されたとかはないよな。SPが大勢居るわけだし。それに、こんなに騒いでいて教師が注意しないのは何故だ? いや、騒いでいるのは生徒だけではないな。声的に教師も混ざってる感じがする。
「何かあったのかしら?」
「さあ。分からないけど、異常事態なのは確かかな?」
「とりあえず、烏羽先生に連絡してみようか? 少しは状況が把握出来るだろうし」
「あー。だな。それが一番手っ取り早いかもな」
「雪城! 柊! 水瀬達! 4人とも来てくれ!」
水瀬がスマホを取り出して烏羽先生に連絡をとろうと画面をタッチする寸前、何故か汗だくになった若竹先生に階段の上から呼びかけられた。若竹先生がこんなに焦るなんて、本当に何があったんだ? 普段から感情の起伏は分かりやすい人だけど、焦ったりしている姿はあまり見たことが無い。何があったか全く理解出来ないし、何の想像も出来ないが、とにかく緊急事態だということだけは伝わってきた。4人で顔を見合わせてから(行儀が悪いとは思ったが)若竹先生の方へ走る。全く、修学旅行一日目で問題が起きるなんて、どうなっているんだか。




