来る“女主人公” ある熱血?教師の困惑
俺のクラスに四月下旬という中途半端な時期に転校生が来ると聞いた時は少し驚いた。うちの学園には基本的に転校生は居ないからだ。ただ、外部生ということで、俺は結構期待している。外部生は内部生と比べると努力家で真面目だからだ。
まぁ。内部生から学園の教師になった俺が言うのもなんだけどな。転校生がウチのクラスに来る理由は、俺が生徒指導部に所属しているからだ。最初は「三組にすればいいんじゃないか」という話が出ていたが、それでは守山先生に負担がかかりすぎるという理由で無しになった。
だから、俺が三組の担任になると言ったのにと思ったのは秘密だ。そう、俺は三組の担任になりたかった。三組は扱いにくい生徒が3人いると言われているが、俺からしてみれば皆、他の外部生と同じく真面目で努力家の生徒ばかりだ。
まず、柊蒼依。彼はカメラに対して情熱を注ぐ写真部部長だ。少し写真に対して情熱的すぎる部分はあるが、性格は明るく場を盛り上げることも得意だし協調性もちゃんとある。まぁ。中立組織である部長会に所属しながら特別委員会の人間と交流がありすぎるという問題はあるらしいが、そんなに目くじらをたてるほどのことではないだろう。
次に水瀬凪。生徒会書記を務める女生徒だ。性格や言動は少しキツくあまり協調性があるとは言えないが複雑な生い立ちのため俺は仕方ないと思う。それでも、優しいところもちゃんとあり、ひたむきに努力する姿勢やその優秀さもあいまってファンクラブのみならず色んな人間に慕われている。
最後に努力家の代名詞とも言える雪城瑠璃だ。奨学生でもある彼女は一年間筆記試験で一位を取り続け生徒会入りを果たした。俺もそんな制度があるとは知っていたが、まさか奇跡のような偉業を見られるとは思っていなかったので感動したものだ。性格は過激な一面はあるが礼儀正しく大人しい。三人とも中学が同じだったらしく柊や水瀬が暴走したりキツいことを言った時は雪城が止めたりフォローしているらしい。
そうそう三組には、水瀬の従兄弟であり生徒会副会長の内部生である水瀬颯も在籍している。彼は次期生徒会長と目され人望も厚く性格も爽やかで穏和だが、とりあえず問題児を一カ所に集め尚且つ抑止力も入れようということで三組に入れられたという経緯がある。
そんなわけで、俺は外部生というモノは優秀で努力家で真面目で礼儀正しい人間の集まりだと思っていたわけだが、転校生である桃園姫花は悪い意味でその認識を変えてくれた。
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「一樹せんせえ。私ぃ。担任が一樹せんせえでよかったですぅ。この学園にはぁ、友達もぉ親戚もぉ知り合いもぉだぁれもいなかったからぁ。一樹せんせえみたいなぁ素敵なせんせえでぇ、安心しましたぁ」
「そ、そうか」
甘ったるい声で聞き慣れない口調で喋る桃園は可愛い生徒のはずなのに、俺には異質なモノに見えた。会った途端に名前を呼び俺の腕に自らの腕を絡め体を密着させる仕草は少女というより女のソレだ。
亜麻色の柔らかそうな肩までの髪に赤いカチューシャ、桃色の瞳は大きく愛らしい顔立ちではある。しかし、教師として比べるのはどうかと思うが女の方の水瀬や特別委員会に所属している女生徒の方が整った容姿をしているように感じてしまう。 桃園は結局教室についても離してくれず、些か乱暴だったが、無理やり俺自ら引きはがした。その時は口を尖らせて不満そうな顔をしていたが、やはり可愛いとは思えない。
その後の自己紹介でも桃園はやらかしてくれた。俺の方ばかり見ていた挙げ句、桃園は「私ぃ。桃園姫花っていいますぅ。可愛いからぁ。姫って呼ばれてましたぁ。中学も花の名前が付く学校だったのでぇ。何だか運命感じちゃいましたぁ! 一樹先生ぇ。あっ、ついでにぃ同じクラスの皆さんもぉ。これから、よろしくおねがいしますぅ!」と発言したのだ。正直に言って頭を抱えたくなった。俺の中での外部生の真面目なイメージがガラガラと音を立てて崩れ落ちていく気がした。
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「桃園姫花は、なかなか灰汁の強い生徒のようだな」
「あぁ。想像以上だった。雪城達にも話を聞いたら外部生から見ても異質な生徒らしいな」
「ふむ。私もどこからか情報が漏れている可能性や要注意人物だと警告されたものだ」
「警告って誰からだ?」
「ファンクラブの会長と副会長の水瀬からだ。ファンクラブの会長は噂を聞き、副会長の水瀬はお前の話と昼休みに雪城宛てに来たメールを聞き警告をしたらしい」
「なるほどなぁ。というか、雪城宛てのメールって何だ?」
「あの子は書記の水瀬のファンクラブの会長をしているだろう? そのファンクラブの会員がわざわざメールをくれたそうだ」
「そういえば、そうだったな」
俺は今、学生時代からの友人であり同僚の烏羽要と飲みに来ていた。情報が漏れないように会員用の個室を使用している。桃園は昼休み頃には「少し可愛いけれど、非常識な子」という噂が出回ったらしい転校一日目でこんな噂が広まるとは思ってもみなかった。
烏羽は生徒会顧問という役職を持っているため男の水瀬から今日の話を聞いたらしい。それについて水瀬を咎める気は全くない。寧ろ報告してくれて助かったぐらいだ。
「大勢の人間に警戒されているようだが、お前はどう思ったのだね」
「あー。実は俺の印象も噂と同じだが、それ以上に危険な感じもしたがな」
「それは、桃園に対してかね? それとも雪城に対してか?」
「それも、水瀬から聞いたのかよ」
「そうだ。「雪城さんが、かなり桃園さんを警戒しているようです」とわざわざ教えてくれたのだよ」
烏羽の言葉に桃園の話をした時の雪城の様子を思い出す。あれは正に彼女の異名である「魔女」と呼ぶに相応しい顔のようだった。彼女は俺だけじゃなく男の水瀬や柊に対しても警告をしたのだ。「二度はない」と、女の水瀬には絶対に分からないようにしていたあたり確信犯だと言えるだろう。
雪城は基本的には礼儀正しい努力家だが女の水瀬が関わると一気に過激になるらしい。良くも悪くも友人思いだと言える。女の水瀬も水瀬で雪城を溺愛しているようで、一年の頃から雪城にベッタリなのだ。同じ中学だった柊曰く「あの2人は昔からああだった」らしい。
「雪城は何かすると思うか?」
烏羽は一年の時、雪城と女の水瀬の担任だった上、生徒会の副顧問だったことから2人については俺の何倍も詳しい。だから意見を聞いてみたかった。何か問題を起こすなら生徒指導部としては、注意しなければならないしな。
「桃園が水瀬に何もしなければ、動かないだろう。だから、お前は桃園を見張っておけばいい。気に入られているのであろう? そのホストのような姿を存分に活用したまえ」
「生徒に好かれるのは教師として嬉しいが、だれも、ホストなんて目指してねぇよ! 俺が暑がりなだけだって、お前は知ってるだろうが!」
俺は明るい茶髪に若竹色の目に甘い顔立ちの上、常に第一ボタンを開けているせいでホストだのチャラいだの言われるが、髪は地毛だし顔だって変えようがないし暑がりだって治せない。そもそも、比較対象として黒髪黒目に銀縁眼鏡と冷たくも見える顔立ちに常にキッチリ第一ボタンを閉め如何にも真面目といった感じの烏羽がいるのが問題なのだ。
「雪城に動かれたくなければ頑張りたまえ。二度はないと警告してくれたのだろう?」
「あぁ。お前も頑張ってくれよ。頼むから」
「ふむ。考えておくことにしよう」
烏羽の意地悪い笑みに溜め息を吐きながら俺は明日からどうやって桃園に接しようかと揺れる赤ワインを眺めた。