第9話 AI広告の効果
数日後。
『シン華の家』ではプレーンタイプの米粉プリンを使い、宣伝広告用トッピングの試作に取り掛かっていた。
最初に試したのは、定番のメープルシロップ。続いてパンケーキ用のチョコレートソース、キャラメルソース、きなこと黒みつと、次から次へとスマートフォンのレンズを向けてシャッターを切っていく。一華はさらにかき氷シロップまで持ち出し、鮮やかな色合いを重ねた。
「映えるねぇ!」
スマートフォンの画面を見ながら、一華は感嘆の声を上げる。文字や柄が印刷されたお洒落なプリンカップに盛られた白いプリンの上で、かき氷シロップの鮮やかな原色が「ザ・夏」の雰囲気を醸し出している。
「夏っぽいガラス玉やミニチュアのヤシの木とかあったら、それっぽく撮れたかなぁ?」
「それより、これ美味いのか?」
シンは、かき氷シロップがトッピングされたプリンを指さして怪訝そうな顔をした。甘さが際立つ組み合わせに、口内が糖分過多になる抵抗感を覚えたらしい。
「でも、手に取りたくなりますよ。」
アーリンが可愛い見た目を素直に肯定する。
「プリンを買えば、家に眠りがちなかき氷シロップを使い切れるって思わせればいいの。メロンクリームソーダやかき氷を作るのは面倒でも、プリンなら好きな量をかけるだけだからね。」
「なるほどな! 逆転の発想か。かき氷シロップを使い切るために米粉プリンを買わせるという売り上げアップの戦略か!」
「まっ、そういうこと!」
トッピングの撮影が一通り終わると、一華は実際にスプーンで一口すくい、美味しそうに頬張った。
「ふふ、やっぱ、美味しいー!」
一華はもう一掬いすると、シンの口元へ運んだ。シンは一瞬、躊躇したが頬張る。
「おー、イチゴの甘酸っぱさがマッチしていて美味いな!」
「でしょー! でも、トッピング量は少し控えめにしないとシロップの甘みにやられちゃうね。」
一華はレオナルドとアーリンにも味見として手渡すと、それぞれがその美味しさに頷く。
その賑やかな様子に惹かれたのか、おもちゃコーナーから龍輝がトコトコと歩いて近づいてきた。シンがおもちゃで遊ぶ時は魔力を使うなとルールを設定したためか、おもちゃコーナーから自力で歩いてきたようだ。
「あっあっ!」
龍輝がプリンを指さし、自分も食べたいと要求する。
「龍ちゃんにはまだ早いよ。」
「ぶー」
不満げに頬を膨らませる龍輝。
「怒らないの。龍ちゃんが一歳になるまで我慢してね。」
「ぶっ」
まだ不満のようだったが理解した龍輝は、再びおもちゃコーナーへと踵を返していった。
「ははは、一華の言ったこと、理解したようだな。」
「お腹が空いてたわけじゃないのね……。龍ちゃん用にイチゴのシロップも手作りしなくちゃね……。」
龍輝の食欲に一華のレシピの引き出しが増えていくことになる。
一華は撮影用に用意したプリン片手にパソコンへと向かった。撮影したスマホ画像をパソコンに取り込み確認している。一華の広告作成が心配になってついてきたシンが、隣の自席に座り覗き込んだ。
「実際に商品を撮影しての広告作成は初めてだろ? デザインはできるのか?」
「私にできるわけないでしょ。沙羅ちゃんじゃないんだから。」
「じゃぁ、どうするんだ? まさか沙羅に連絡を入れるのか?」
「それは無理でしょ。こういう時こそAIで広告用素材を作ってもらうの。」
シンの顔に警戒の色が浮かぶ。
「……AIって……社外秘の情報が含まれるのではないか? しかもAIの学習に利用される……。」
「画像とか商品名ってこと?」
「あぁ、一華が撮影した元の画像を勝手に利用されるのではないかと思ってな?」
「大丈夫。学習機能はオフにしておくから。勝手に学習されることはないけど、あとで修正を掛けたい時は最初から同じことを繰り返さないといけないし、同じ画像は作成されないけどね。」
「そうなのか……なら、大丈夫なのか……。」
シンはまだ半信半疑の様子だ。
「AIは使う側の人間次第だから……、シンみたいに信用してない方が問題には発展しないよね。『無知ほど怖いものは無い』ってことを理解してる。」
「……無知……たしかに、無知だが……。」
シンは無知と言われたことにショックを受け、肩を落とした。
「『無知』って単語にするとショックだけど、『知らない』ことは確かで、AIがどのように学習して発達していくのかって私たちにはわからないでしょ。欲しい答えを返してくれるか分からないし、それが本当のことかもわからない。『AIは噓つきだ』ってことを思った上で『利用』してあげるの、私たちは。」
「AIに翻弄されることなく、自分の脳の代わりに利用するのか!」
「そう。『使用』ではなく『利用』ね!」
一華は手際よく画像をAIにアップロードし、次々と広告用素材を生成していく。それらを一枚のチラシにまとめ上げ、シンが魔界文字へと書き換え、城下町全戸へ配る準備を整えた。
作成したチラシをシン、レオナルド、アーリンの三人が城下町全戸へと送りつけたあとは、プリン工場を稼働させ、明日の出荷分のプリンを自動製造させていった。
◇◆◇
翌朝、開店前の『SINQstore』。
シンとレオナルドは新商品の陳列のために店を訪れていた。すでに店番のリアムとマリーが商品の補充にあたっている。
「「おはようございます!」」
「新発売の『米粉プリン』だ。」
マリーが新しく作成されたバーコードリストを受け取り、入庫処理を済ませてチルド棚へ並べていく。プレーンタイプ、メープル味、みりん味の三種類に加え、きなこや黒蜜、各種ソースのPOPも目立つように配置された。
開店時間が迫ってきたため、シンたちは一旦、『シン華の家』へと戻ってきた。
レオナルドはジャンと一緒に小型トラックSINQ号で倉庫型スーパーへと買い出しに出掛けて行った。
開店と同時に、チラシの効果もあってか、客が次々と米粉プリンに手を伸ばしていく。一人で三種類をすべて買い求める客も少なくない。監視カメラの映像を自席から確認していたシンは、その売れ行きに目を細めた。
「一人で全種類買っているな。」
シンがおもちゃコーナーで龍輝たちと遊んでいる一華とアーリンへと投げかけた。
「まずは味見ってことだね。」
「そうなると、すぐに売り切れてしまい、離乳食を求める母親たちに回らなくなりますね。」
アーリンの懸念を聞き、一華も思案顔になる。
「そうだよね……。明日出荷分からはプレーンを多く製造した方が良さそうだね。」
さらにシンは、配送担当者たちが自腹を切って新商品を買っていく姿にも気づいた。
「あ……」
シンの呟きに一華が反応する。
「どうしたの?」
「配送担当者たちも一個ずつ買っている……。」
各領主へのチラシ配布は行っていない。
配送担当者から見れば売り込みたいのだろうが、ヴォルトンが主体となって開催するプリンフェアに新商品はまだ組込まれていない。
「新商品を売り込むために試食も必要だけど……全員となるとかなり減るよね。」
「店員への試食を先に用意するべきだったな。」
「でも、時間帯が合わないんだよね。私たちが試食するのって日中で、ヴォルトンたちはまだ配送先から戻って来てないでしょ?」
「まぁ、そうそう試食する新商品を開発することはないだろうから、今後のことは考慮する必要はないだろ。」
シンは全店員へ試食分を提供することは先送りすることにした。
「それより、先ほどアーリンが言っていた、小さい子供を持つ母親たちのことだが……。」
「はい」
「ベビーカーに乗せても、開店早々に来店するのは難しいのか?」
「朝九時ですからね。旦那様を送り出してから、嫌がる子供をなだめながら出掛ける準備をしますので、時間が過ぎることもあります。龍輝様のように話せば理解してくれるわけではありませんし。」
「レイモンドは出勤時に嫌がることはあるのか?」
「いえ、毎日のように一緒に出勤してきましたので、むしろ、おもちゃで遊べると喜んでいます。」
「城下町では子供を預ける先が無いからな。」
「そうなの? 保育園や幼稚園が無いの?」
「あぁ、母親がつきっきりだな。それぞれ使える魔力が異なり、また使えるようになる時期も違う。龍輝のような子供がいたら管理できない。勝手に出て行ったり、テレポートされかねない。」
「人間界のように一律管理できないんだ。個性を尊重するレベルでもなさそうだね。」
城下町には子どもを預ける保育園や幼稚園のような施設はない。それぞれの家庭で母親がつきっきりで育児をこなす、いわば「ワンオペ」が当たり前の世界だった。
「いつ来店しても買えるようにしないと不公平だな。納品する時間帯を午前・午後とか、数回に分けてみるか。」
「そうだね。」
「それにしても魔界の母親っていうのはワンオペなんだね。」
一華が改めて魔界の子育て事情を口にする。アーリンが答える。
「そうですね。父親は仕事に出ていきますので。二人目以降だと上の子供が大きくなれば手伝ってくれますが、成人すれば同じように仕事に出掛けて行くこともあります。」
アーリンはさらに続ける。
「母親の魔力が強ければ、ワンオペであっても、魔力で遊ばせながら家事はできますから。私の母もそうでしたが特に不満を聞いたことはありません。」
「母は強しだね。」
「はい。魔力の覚醒もまずは母親が教えます。日常に役立つ魔力が覚醒できればお世話も楽になりますからね。仕事に直結するような魔力は父親が教えてくれました。」
「一家相伝ってやつだね。」
「魔力が低い親たちは、魔力の強い方へ頼んで覚醒できるよう教えてもらうこともあるようですよ。仕事に使える魔力が覚醒できれば仕事の場が広がりますから。」
「それが、シンが以前言っていた、集めて教えていく学校みたいなところだね。」
「学校……ですか?」
「学校っていうのは、年齢が同じ子供たちを集めて先生がついて、字や計算など人間界で生活するために必要なことを学ぶための施設のこと。勉強ができれば将来就くことができる職業の選択肢が広がっていくの。」
「ヴォルトンがいい見本だな。親から受け継いだ魔力を、他の者たちにも教え込み、見込みのある者を部下として採用する。」
「効率的だね。広く募集したうえに人選して事業を広げるなんて。私たちも広く募集して人選する?」
「俺たちはしない。というかやめておいた方がいいし、できないな。」
「???」
一華は首を傾げる。
「俺たちの肩書が邪魔をする。魔王族お抱えの事業に就くということは下心が見えてくるからな。先ほどの配送担当者が行っていた自腹を切ってまで試食するのは問題ないが、それが日常的になってみろ。店員が我先に買い占めるようなことになったら……自分たちは優遇されているなどと立場を悪用する者を雇用することはできない。」
「悪用しない人を募集しようにも他の魔界人と関わりが無いから見極められないよね。」
一華は魔界人に知り合いがいないことを思い返す。
その時、レオナルドとジャンを乗せた小型トラックSINQ号が戻ってきた。シンとアーリンが車庫へと向かい、パッケージやラベルの文字を魔界文字へと書き換えると、『SINQstore』へと転送させキッチンへと戻ってきた。
大袋のパンなどをみんなで小分けしたあと、続けて『SINQstore』へと転送させたあと、明日出荷分の『プリン』作りに取り掛かる。シンはみりんシロップ作りに取り掛かったあと、プリン工場を稼働させた。
すっかり、プリン作りはシンの仕事となっていた。




