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シン華物語Ⅱ(最強魔王は誰?)  作者: ゆず華


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第49話 猫神先生降臨!

魔界の運命を左右する定例会を終え、シンと側近のレオナルドは、どこか疲弊した面持ちで『シン華の家』の玄関をくぐった。


静まり返った廊下を抜け、リビングへと踏み込む。リビングにほのかに漂う温かいお茶の香りが、ピンと張り詰めていたシンの緊張を緩めていく。


シンはそのまま吸い寄せられるように大きなソファへ身を投げ出し、胸の奥に溜まっていた重たい空気をすべて吐き出すかのように、長く深い息を漏らした。


「ふーっ……」


「どうしたの? 上手くいかなかったの?」


ソファの隣に腰を下ろしていた妻の一華が、心底心配そうな目を向け、シンの顔を覗き込むようにして尋ねた。


アーリンがカップ二つを取りにいき温かいお茶をカップに注いだ。シンとレオナルドの前にそっと置いた。

シンは温かいお茶をひとくち口に含んだ。


「……いや、上手くいった……いったんだがな……。」


シンは苦笑いを交えて言葉を継いだ。


「義父上がな……各領地から合格者を出した暁には、その領地へ景気よく『補助金』を出すと宣言してしまわれたんだ。」


「えっ、合格した子への奨学金だけじゃなくて、領地自体にも補助金を出すの!?」


一華が驚き、大きな目をさらに見開く。


「そうだ……。義父上としては、それを資金源に各領地で『シン華学園』をお手本とした学校を次々と設立させるつもりのようだ。」


「ええっと……それって、魔界全体の財政的に大丈夫なの……?」


その疑問に対し、アーリンの隣に座ったレオナルドが、静かな、しかし確かな実感を込めた声でつぶやいた。


「会議中、財務を預かる金庫番の額には、実に鮮やかな青筋が浮かび上がっておりましたねぇ……。」


「うわぁ……。」


レオナルドの回顧に、一華とシンは顔を見合わせ、思わず肩をすぼめた。どれほど魔王城の金庫が潤っていようと、一気に全土で学校建設計画が進めば莫大な国費が飛んでいくのは火を見るより明らかだった。


「……義父上の大盤振る舞いはありがたいが、少しでも国の財政を圧迫しないよう、こちらで先手を打っておく必要があるな。」


シンが腕を組みながら思案に暮れると、一華が閃いた。


「ねえ、魔界全土に学校を建てるとなると、確かに運営費も教材費もかなりの支出になるよね。それならさ、個人で使用する教科書やノート、文房具なんかは全部『SINQstore(サンクストア)』から一括購入させることにするのはどう? その売上利益をそのまま領地への補助金として還元・補填してもらうの!」


シンの口元が、感心したようにふっと緩んだ。


「ふっ……実質的に『SINQstore(サンクストア)』の資金から捻出するようなものだな。……だが果たして、あの誇り高い義父上が一会社からの補填を素直に受け取るだろうか?」


「んー、嫌がるかな?」


「まぁ、税金として一度納め、それを国から補助金として再分配する形をとれば、プライドを傷つけずに済むだろう。気にせず受け取るはずだ。」


そこまで言って、シンは少し表情を和らげた。


「それから、朗報もある。生徒たちの通学用として、各領地の主要拠点と学園の校門前をつなぐ『常設型転移ゲート』を設置してくれることになった。」


「えっ、ほんとに!? すごい、よかったー!」


一華の顔がパッと太陽のように輝いた。


「これなら、どんなに遠い辺境地に住んでいる子でも、地域や距離を気にせず毎日安全に通学できるね!」


「あぁ。送迎者の雇用や馬車の手配も必要なくなるからな。結果として長期的にはかなりの経費削減につながる。」


二人の会話を静かに聞いていたアーリンが、ふと思い出したかのようにちょこんと首をかしげ、口を挟んだ。


「あのぅ……ところでみなさん、魔王都の住民たちのこと……忘れられていませんか?」


「……ん?」


シンが眉をひそめると、一華もハッとする。


「あっ、そうだよ! 地方に住む領民にはそれぞれの領主様がいるから学校ができるけど、魔王都の領主様と言ったらパパ……つまりシンたちだよね? もし魔王都の子たちが選抜試験に落ちちゃったら、勉強できる場所がなくなっちゃうんじゃないの?」


アーリンと一華の素朴な疑問に、シンは慌てる様子もなく深く頷いた。


「それに関してだが……定員枠は、最初から二十名多く設定してある。」


「あ、なるほど! 本来の定員数と比べて、受け入れ上限を二十名多い『最大八十名』としていたのは、そのためでしたか?」


レオナルドが納得すると、シンは静かな決意を込めて語った。


「そうだ。魔王都の子らには試験を受けさせたうえで、実力にかかわらず全員を受け入れる予定でいる。」


「でも……本当に大丈夫なの?」


一華が少し不安そうに眉をひそめた。


「判定基準ってすごく厳しいんでしょう? 明らかに学力や魔力のレベルが違う子が同じ教室にいたら、ついていけない子ども自身が惨めな思いをして可哀想なんじゃないかな……?」


「そういう困難を抱えた子もいるのだという現実を、龍輝やその友人たちにしっかりと理解させ、助け合いながら全員で一緒に卒業できるよう努力させる。それこそが、この学園の目指す教育だ。」


シンは真剣な眼差しを一華に向けた。


「それに、魔王都の雑多な街で逞しく生きてきた子らが持つ現場の知恵やハングリー精神は、机上の空論に陥りがちな龍輝たちにとっても計り知れない刺激になるはずだ。互いに学び合い、補い合う関係を築かせたい。」


「ただし……基礎的な能力の差ならいくらでも補えるが、根っからの悪意や、他者を傷つけるような人間性に深刻な問題がある場合は別だ。その時は、一華、お前の力で浄化してやってくれ!」


「なるほどね! 慈悲の心で包み込んであげるってわけだね。任せて!」


一華が力強く胸を張ると、レオナルドがふむと顎に手を当てて思考を巡らせた。


「となると、魔王都の親御さんたちは大助かりでしょうが……現在、職人街などで伝統的な『徒弟制』として子どもを受け入れている親方衆の立場はどうでしょう? 職があぶれてしまうのではないでしょうか?」


レオナルドの疑問にも、シンは淀みなく答える。


「龍輝より年上の、すでに修行に入っているような子どもを受け入れている間は問題ないだろう。もし素晴らしい指導力を持つ職人ならば、学園での勉強と職人修行を両立できるよう掛け合ってもいい。そしてゆくゆくは、学園専従の実技指導者として正式に招聘する手もある。」


「なるほど、職人たちの技術と未来も守られるわけですね。見事な手腕です。」


すべての懸念が綺麗に整理されていくリビングに、穏やかな空気が流れ始めた。


その時だった。


トコトコと、どこか気品のある愛らしい足音が響き、足元に一匹の白い毛並みが歩み寄ってきた。神々しい雰囲気をまとった極上の猫――ゴンである。


ゴンはまんまるな瞳でシンを見上げると、甘えるような声を漏らした。


「みゃみゃ……(シンちゃま。わたちもお願いちまちゅ。)」


シンは足元へ視線を落とし、不思議そうに問いかけた。


「ん? ゴン、何をお願いするんだ?」


「みゃみゃ……(先生をしたいでちゅ!)」


「……ん? ゴンが、小学生たちの先生をするということか?」


「みゃみゃ……(そうでちゅよ!)」


「ゴンちゃん、一体何を教えるつもりなの?」


一華が興味津々で身を乗り出すと、ゴンはふさふさの尻尾をピんと立て、胸を張ってみせた。


「みゃみゃ……(魔界人としての心得でちゅ! 魔界の歴史や成り立ちなんてどうでちゅか?)」


「心得ねぇ……。お前は、猫として魔界人を前に教壇に立つのか? それとも、神の目線として語るつもりか?」


シンが半信半疑で尋ねると、ゴンは少し不満そうに首をかしげた。


「みゃみゃ……(ダメでちゅか?)」


「いいんじゃない? 魔界なんだし、猫ちゃんが先生として教えたって誰も驚かないよ!」


教壇の上で授業をするゴンの姿を想像し、一華が楽しそうに賛成した。

すると、ゴンは満足そうに瞳を輝かせた。


「みゃみゃ……(では、こんなのどうでちゅか?)」


そう言うと、ゴンはトコトコとリビングの中央にある広いスペースへと移動した。

そして次の瞬間――ゴンの全身から、眩いばかりの聖なる光が溢れ出したのである。


「うわっ! なんだ!?」


「眩しいっ!」


あまりの光量に、リビングにいたシン、一華、レオナルド、アーリン全員が思わず手で目を覆い、固く目を瞑った。


光は徐々に収まり、神秘的な静寂がリビングを包み込む。


「……もう、目を開けても大丈夫そうか?」


シンたちがゆっくりと目を開けると、そこに立っていたのは――神聖な白い衣装を身に纏い、神々しいオーラを漂わせた、一人の美しい女人の姿だった。


透き通るようなプラチナブロンドの長髪が絹のようにしなやかに背に流れ、その瞳は夜空に輝く星々の如く神秘的な黄金色の光をたたえている。身に纏うドレスの裾からは神聖な空気が立ち込め、息をのむほどに完璧で浮世離れした美しさを誇っていた。


しかし。


「……っ!?」


彼女の頭上には、ぴょこんと生えたフワフワの猫耳。

そして透き通るようなドレスからは、太く立派な白猫のしっぽがゆらゆらと揺れている。


まるで、化けきれていない狸が人間に化けたかのような、なんとも絶妙でアンバランスな姿であった。


「へっ……? ゴ、ゴンちゃんが人間になった……!?」


一華が言葉を失って指をさす。


「にゃにゃ……(ゴンちゃんが猫神さまににゃったにゃ!)」


ゴンは誇らしげにポーズを決めた。


リビングの大人たちが目を丸くして呆然とする中、ケージのベッドの中では、ゴンが産んだ四匹の赤ちゃん猫たちが、母親が凄まじい変身を遂げたことなど露知らず、互いに重なり合って「スー、スー」と平和な寝息を立てて眠り続けていた。


「お、お前……人の姿にも化けられるようになったのか?」


シンが呆気にとられながら尋ねると、ゴンはぷくっと頬を膨らませて異議を唱えた。


「失礼でちゅよ。化けてまちぇん。変身したんでちゅ!」


「ククッ!」


思わず吹き出しそうになるのを必死でこらえるシンだったが、すぐに人差し指を突きつけて突っ込んだ。


「しかしゴン! 頭の上に思いっきり猫耳としっぽが出ているぞ!?」


「みゃっ!?」


ゴンは慌てて両手を頭の上に伸ばし、ペタペタと自分の耳の感触を確認した。

続いてくるりと後ろを振り返り、自分の尻尾を両手で捕まえてじっと見つめる。


あまりのショックに、透き通るような神聖で美しい鈴の音のような声で――


「完璧じゃにゃかったでちゅね……。」


完璧な女神のトーンなのに、口調だけは幼いままである。


「ゴン……お前は本当に、その姿で教壇に立とうというのか?」


「ダメでちゅか……?」


見下ろすゴンに、シンは深いため息をついた。


「……まぁ、魔界のことだ。耳やしっぽはそのままでも生徒たちは納得するかもしれん。だがな……その『赤ちゃん口調』はどうにかならんか? さすがに子どもたちも、そんな可愛い口調の先生相手では真剣に授業を聞けんぞ!」


「れ、練習しまちゅ……!」


「あぁ、そうしてくれ。……まぁいい、とりあえず元の姿に戻れ!」


「みゃっ」


ゴンが短く鳴くと、眩い光が再び一瞬だけ弾け、次の瞬間には何事もなかったかのように、元の白いゴージャスな猫の姿へと戻っていた。


その一部始終を、おもちゃコーナーでレイモンドと一緒に積み木で遊んでいた龍輝が見つめていた。


「あーぁ……」


龍輝はどこか落胆したような声を漏らすと、トコトコとゴンの傍へ歩み寄り、しゃがみ込んでその背中を優しく撫でてやった。


「もう、猫神様にならないの?」


ゴンは龍輝の手のひらにすり寄ると、優しく喉を鳴らした。


「みゃみゃ……(今度は、龍輝ちゃまの『先生』になるときでちゅ!)」


「ほんと? たのしみにしてるね!」


笑顔を取り戻した龍輝の顔を見つめたあと、シンは「ふぅ」とひとつ息を吐くと、ソファから立ち上がり、事務所スペースにある自席のパソコンへと向かった。


静まり返ったリビングに、キーボードを叩く規則的なカタカタという軽快な音が響き始める。

シンは『領主向け・学校計画説明資料』のファイルをコピーし開くと、その資料の幾つかの項目を魔王都住民向けに書き換えていく。


魔王都の住民――宮殿に深くかかわる者たち。彼らが不安を抱くことなく、大切な子どもたちを未来の学園へと送り出せるように、出来上がった『魔王都住民向け・学校開設説明資料』の印刷を完了させると、シンはそっと指先を立てた。


和の国の文字で印刷された『魔王都住民向け・学校開設説明資料』が、魔界文字へとみるみる書き換えられていく。


書き換えた資料をレオナルドに手渡し、最終確認させる。レオナルドは確認後、全戸数分の資料をコピーすると、魔力を解放し、一部ずつステープラーで留めたあと、封筒に収めていった。


シンはそっと指先を立てると、デスクの上に積み上がった厚い封筒の山が、淡い漆黒の魔力光に包まれて瞬時に消失する。次の瞬間、魔王都に立ち並ぶすべての家庭のテーブル上へと、小さな光の粒とともにしずしずと舞い降り、一斉に届けられていった。

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