↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シン華物語Ⅱ(最強魔王は誰?)  作者: ゆず華


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
47/51

第47話 魔界の教育革命【前編】

「ふぅ……」


小学一年生の教科書選定という怒涛の作業を終えたシンは、深く、静かに息を吐き出した。


手元にあるのは、これから創設しようとしている魔界初の学校――その計画説明資料だ。

三年後に控えた記念すべき第一期生の選抜試験。本来であれば魔界各地の領主たちを宮殿へと集め、大々的な発表会を開催すべき案件である。


しかしシンは、義父であり魔王であるハオが定期的に主宰する定例会の場を借りることにした。


豪奢な絨毯が敷き詰められた重厚な会議室。そこには魔界の各領地を治める領主たちが勢揃いしている。

司会を務める側近の声が響き、定例会の議題は滞りなく消化されていった。


「――以上をもちまして、本日の通常議題をすべて終了いたします。続いて、シン様からの議題に移ります。」


いよいよ、本日の真の目的である最後の議題――『本当の本番』へと移る時間だ。


シンが軽く目配せをすると、その意を汲んだ側近のレオナルドが静かに立ち上がった。無駄のない洗練された動作で、出席者全員の手元へ刷り立ての分厚い資料を一部ずつ配っていく。


(また、シン様の思いつきか……?)

(一体、何を始める気だ?)


ひそひそとした私語と、資料をめくるカサカサという音だけが静まり返った室内に響く。

シンはゆっくりと室内を見渡し、全員に行き渡ったのを確認した。そして、確固たる意志を秘めた重厚な声で切り出した。


「皆、多忙な中、残ってくれたことに感謝する。早速だが本題に入る。――我が息子、龍輝の成長に合わせ、この魔界において初となる学校『シン華学園』を開校することにした。」


「……が、がっこう……?」

「しんかがくえん……?」


聞き慣れない未知の単語に、領主たちの間に一気に困惑と疑問が広がる。


それもそのはずだ。これまで魔界における『学び』といえば、貴族なら指導者を雇い、庶民なら独学か、あるいは特定の師匠に弟子入りする徒弟制度くらいしか存在しなかったのだから。


シンは彼らの動揺など織り込み済みとばかりに、静かに頷いてみせた。


「そうだ。文字の読み書きや算術、礼儀作法、魔界史といった座学から、属性ごとの魔力暴走を抑える精神統制、肉体の鍛錬や潜在魔力の覚醒に至るまで。同世代の子どもたちを一堂に集め、一斉に教育する施設だ。対象は魔界全土の子どもたちだが、一度に全員を受け入れる収容能力はない。そのため、四年後の四月一日時点で六歳になる者を対象とし、三年後の十月に選抜試験を実施する。」



「……っ、ちょっと待ってください! シン様!」


その言葉を遮るように、勢いよく手が上がった。東部領地を治める領主だ。その表情には隠しきれない焦燥が滲んでいる。


周囲の領主たちも、汗ばんだ指先で手元の資料を固く握りしめ、不安そうに視線を交わし合っていた。


「学校という仕組みの趣旨は理解できました! ですが……今まで家庭や、特定の師匠に就いて学んでいたものを、一体誰が教えるというのですか!? そんな一斉教育などという試みをされては、これまで師として弟子を取り、生計を立ててきた者たちの職が根こそぎ奪われてしまいます!」


その懸念は、伝統的な魔界の社会構造からすれば至極当然のものであった。

しかし、シンはすでにその問題に対する明確な答えを用意していた。


「教員は専門分野ごとに、魔界全土から広く公募する。家柄や血統は問わない。貴族だけでなく平民であっても、教育の才能と高い志があれば等しく採用するつもりだ。それに……」


シンは一度言葉を区切り、より一層説得力を帯びた口調で続けた。


「定員は一学年わずか六十名、最大八十名までの受け入れを想定している。それを毎年行い、九年間の全人教育を経て卒業となる。」


「は、八十名……?」


先ほど声を上げた領主は目を丸くし、弾かれたように頭の中で計算を始めた。


「なるほど……一学年八十名程度であれば、魔界全土という規模で見れば、既存の徒弟制や雇用に対してそこまで悪影響はありませんね……。」


「その通りだ。今まで貧困や環境のせいで、家庭でしか教育を受けられなかった者や、それすら叶わなかった者の中にも、必ず原石は眠っている。そうした潜在能力の高い者たちが適切な環境で学べば、相応の高度な知識と教養を得られる。そして――この学校の最大の開校目的は、魔王族に仕える者を『一から』正しく育てることにある。」


シンの瞳に、父親らしい温もりと、魔界の未来を担う厳格な指導者としての鋭い光が同時に宿った。


「我が息子・龍輝の友人となり、彼が成人した際には側近として支え、魔界を牽引するに相応しい人物を私自身の手で見定める。ただし、勘違いしないでほしいが、ただ勉強ができるだけの秀才は要らん。人間性が極めて重要だ。同時に、その『親の人間性』も重視する。家庭環境の歪みによって子どもの健全な成長が阻害されては困るし、歪んだ負の思考は他の生徒へ毒のように連鎖するからな。学術、鍛錬、そして人徳……それらを兼ね備える未研磨の原石を、私は求めているのだ。」


「なるほど……。ですがシン様、一つ差し出がましい質問をさせていただいても?」


静寂を破り、重々しい口調で口を開いたのは、魔王都から遠く離れた西部地方を治める領主だった。


「『親の人間性を重視する』とおっしゃいました。……ですがそれは見方を変えれば、現魔王体制に懐疑的な領主や、魔王都と距離を置く跡継ぎの子どもを排除するための『思想選別』を行おうとしているのではありませんか? もしそうであれば、地方の不満を煽り、かえって魔界の対立を深めることになりかねません。」


張り詰める空気。一歩間違えれば暴動の引き金になりかねない、鋭く踏み込んだ『痛い問い』だ。周囲の領主たちにも緊張が走る。


シンは一瞬だけ息を詰めたが、次の瞬間には「待っていました」と言わんばかりの静かな笑みを浮かべていた。


「勘違いしないでほしい。私が言っているのは『体制への忠誠』ではなく『全人教育を共に行える健全な思想かどうか』だ。私たちが排除するのはただ一つ――能力至上主義に囚われて他者を軽んじる選民思想や、子どもに負の憎悪を植え付けるような思考だ。そうした歪んだ思想は、龍輝が健やかに育ち、将来互いを高め合える真の仲間を得ようとする教育の最大の妨げとなる。龍輝や他の生徒たちの心と成長を毒する親に、我が校の門はくぐらせん。」


一瞬の沈黙の後、問いを投げかけた領主は深く頭を下げた。シンのブレない軸と本質を見抜く眼力に、誰もが息を呑むしかなかった。


「そんな完璧な原石のような子どもがいるのなら、それこそ我々領主が喉から手が出るほど引き取りたいくらいですが……。」


領主の間から漏れた溜息混じりの呟きに、シンはふっと口元を緩めた。


「安心するといい。無事学校を卒業した者の進路は、宮殿で働くことだけに限らん。学びを終えて己の領地へ戻り、地域のために尽力する者は、地方から魔界全体を支える揺るぎない柱となるだろう。また、残念ながら選抜試験に漏れた者たちに対しても、受験の過程で同じように基礎教育を施していけば、領地全体の基礎学力が自ずと底上げされる。魔力を正しく制御させれば、将来的に各領地でより高度な生産技術や術式を教え込むことも可能になるはずだ。」


「では……我々から見れば、代わりに優秀な人材を国の機関で育てていただける、ということでしょうか……?」


「……さて、言っておくが『シン華学園』は国の機関ではない。私が経営する『SINQstore(サンクストア)』の経営母体が管理運営する私立学校で、我が息子をはじめとする魔王族の子どもが通い、帝王教育の一部を担う学校という位置づけだ。だからこそ其方たちには、地元から優秀な者を学校へ送り出す準備を進めてもらいたい。ただし、学校の継続的な維持には、優秀な教師をはじめ多くの職員や設備投資が必要となる。故に、生徒には規定の授業料を支払ってもらう。制服や靴、鞄など、指定の備品も購入してもらうことになる。」


その言葉に、会議室の後方に座っていた貧困地域の多い南部を治める領主が、不安を隠せない様子で手を挙げた。


「あの……それは、平民の家庭でも支払えるような金額なのでしょうか?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。