第46話 学校建設基本計画
テーブルの上に広がる膨大な教科書と副教材の山を見つめながら、一華は頭を抱えた。
魔界に学校を作るという目標は素晴らしいが、これをどうやって実際の制度として落とし込んでいくのか、具体的なイメージが掴めない。
「ねぇ、シン。これから開校までにやらなきゃいけないことを、一回整理して『スケジュール表』にしてみない?」
「スケジュール表?」
「うん。開校するまでに、いつ受験を実施して、どうやって生徒を募集して、誰が採点して合否を決めるのか……。シンの頭の中にはなんとなく計画があるかもしれないけど、受験する子どもを持つ魔界の親たちや、先生になりたい人たちだって心の準備が必要でしょ?」
「ふむ……もっともだな。よし、整理するか。」
シンは顎に手を当て、即座に思考を巡らせた。
「まず、入学試験の内容だが……筆記試験だけに偏るのは良くない。当日の試験内容は『作文』『文字の読み書き』『数的思考力』『基礎的な運動能力』、そして面接時の『態度・礼儀』の四項目とする。願書には志望動機や習得済み魔力も記載させる。」
「受験の時期は?」
「入学準備の期間を考慮せねばならん。九月に願書を提出させ、十月に試験を実施、十一月に合格発表とするのはどうだ?」
「いいと思う! それから、ノートや鉛筆みたいな筆記用具は『SINQstore』で買えるようにしておけばいいよね。でも、ランドセルや教科書、制服、体操服、上履きみたいな『学校指定品』はどうするの?」
「入学申し込みを受け付けた段階で、制服や靴のサンプルを『SINQstore』の特設コーナーで試着できるようにし、その場で予約注文を受け付ける。ランドセルと教科書もセットで同時に注文させよう。」
シンと一華の素早いやり取りを、横で聞いていたレオナルドがノートパソコンのキーボードを滑らかな手つきで叩き、メモアプリへ次々と記録していく。
「シン様、合格者が出た後の手順ですが……『合格=(イコール)即入学』としてしまってよろしいでしょうか?」
「ううん」と一華が口を挟む。
「何らかの事情で引っ越したり、辞退する子どもが出るかもしれないから、合格通知書に入学申込書を同封して、提出してもらって初めて入学確定にするのが人間界では普通だよ。」
「なるほど。辞退枠の繰り上げ合格も想定しておくべきだな。合格通知書と同封方式を採用しよう。」とシンが頷く。
「それにしても、全魔界人に『学校ができます! 生徒募集します!』って、どうやって知らせるの? テレビも新聞もないでしょ?」
「まずは各領主たちを中央に集め、大規模な説明会を開く。そこから領民へ周知させる。……本来なら、対象年齢の子どもがいる家庭をあらかじめ把握し、個別に出願案内を送りつけたいのだがな。」
「それなら!」と一華が提案した。
「各領主に、毎年『該当する年齢の子どものリスト』を作成して中央に提出することを義務付けたらどうかな?」
シンの目が光った。
「素晴らしいアイデアだ、一華。それは各領地で初等教育を義務化していく上で、将来的に絶対に不可欠となる戸籍データだ。領主の義務として即座に法制化してもらうよう義父上に掛け合おう。」
「募集するのは、最初は小学一年生だけだよね?」
「もちろんだ。初年度から全学年を同時に開校・運営するのはリスクが高すぎる。毎年一年生の六十名を入学させていく。」
「うんうん。じゃあ……一番大事なこと! 給食はどうするの?」
聞き慣れない単語に、シンが再び首をかしげた。
「給食?」
「そう!高校だと食堂が多いけど、小中学校には『給食』があるの。別の場所にある『給食センター』とか学校の給食室で、全員分の栄養バランスの取れたご飯を一斉に作って、教室まで運んで、生徒たちが自分で配膳して、みんなで一緒に食べるんだよ!」
シンの頭の中で、人間界の膨大な情報が組み上がっていく。
「……であれば、わざわざ運ぶ手間を省き、敷地内に巨大な食堂を建てれば済む話ではないか? 一斉調理した料理をバイキング形式で各自のトレイに取らせ、大広間のテーブルで食べさせる。どうだ?」
一華は頭の中でその光景をシミュレーションし、苦笑いを浮かべた。
「う〜ん、クラスの三十人分を教室で配膳するなら昼休みの時間で足りるけど……全校生徒五百人以上が一堂に会してバイキングに群がったら、大混乱になって後ろの人のお昼休みが無くなっちゃうよ? 食べ終わる頃には午後の授業が始まっちゃう……。」
一華は出産入院していた時の病院の配膳方式を思い出した。
「こんなのどうかな? 病院みたいに『配膳車』で教室の前まで運ぶの!」
「配膳車?」
「うん! 入院した時の食事って、調理室で一膳ずつトレイにセットされた状態で『保温・保冷機能がついた配膳車』に載せられて、病室の近くまで運ばれてくるでしょ? 温かいものは温かいまま、冷たいものは冷たいまま食べられるの。」
シンの目が細められた。
「なるほど……一理あるな。全校生徒を移動させるより、食事を運ぶ方が効率的か。食堂を建てるスペースを配膳車の待機所に変更できるな。」
レオナルドもキーボードを叩きながら感心したように深く頷く。
「実に素晴らしいアイデアですね、一華様。お昼休みまでに各教室の廊下まで配膳車を運んでおけば、調理スタッフ様も円滑にお昼休憩に入れます。休憩時間が終わる頃に空のトレイを回収に行くか、食べ終わったら担任の教師が配膳車を回収場所へ戻すルールにすれば完璧です。」
「あ、それとね、シン! 一つ提案があるの。単に『給食』って呼ぶより、学校では『食育』っていう位置づけにしてほしいな!」
「食育?」
「うん。体育が『身体を育てる』なら、食育は『食べて心を育て、体を作る』って意味。ただお腹を満たすためじゃなくて、子供たちが自分の体に必要な栄養や、食材への感謝を食べることで学ぶ時間にしたいの。調理スタッフさんのことも『食育の先生』って呼ぶようにしてさ!」
シンは嬉しそうに口元を緩めた。
「採用だ。食育の概念は魔界に最も欠けている要素かもしれん。……食材に関しては、人間界で大量調達した高品質で安全な野菜や肉を、そのまま魔界の学校へ納品させよう。テレポートさせれば輸送コストもかからん。経費もかなり浮くはずだ。」
「よしっ! スケジュールと概要がかなり見えてきたね!」
その後も一華とシンのアイデア出しは止まらず、隣でレオナルドが猛スピードで記録を続け、アーリンがおいしいお茶を淹れて二人をサポートした。領主向けの説明会資料の骨組みを、みるみるうちに完成させていく。
(かなりの見切り発車で始まった計画だけど……準備期間はまだ三年もあるもんね!)
積み上がった膨大な教科書の山と、これから立ちはだかるであろう難題の数々に一瞬クラッとした一華だったが、隣で熱っぽく教育の未来を語る頼もしい夫の横顔と、おもちゃコーナーで仲良く遊ぶ龍輝とレイモンドの楽しそうな姿を見て、ふっと肩の力を抜いた
(どんな困難も、この人と一緒ならこれまで全部乗り越えてこられたのだから、きっと大丈夫――。)
心の中でそう呟くと、一華は専門的な教科書の選定と難解な魔界文字への編纂作業を頼れるシンと側近たちに任せ、のんびりとお茶を飲みながら笑顔で見守ることにしたのだった。
◇◆◇
その頃――夜も深まった総理官邸。
文部科学省大臣が息を切らして駆け込んできた。
「総理! 指示通り、小中学校の全教科書、副教材、テスト問題の引き渡しが完了しました! 『別班』を経由し、指定された無人倉庫への搬入を確認しております!」
「……そうか。ご苦労だった。」
窓の外の夜景を見下ろしていた総理大臣は深いため息をつき、ゆっくりと振り返った。その顔には色濃い疲労と不安が刻まれている。
「小学生から中学生までのすべての教材を手に入れて……あの宇宙人たちは、一体何を企んでいるのだ……。」
文部科学大臣はゴクリと唾を飲み込み、震える声で持論を述べた。
「総理……やはり恐ろしい仮説が頭をよぎります。彼らは、和の国の子供たちが『どのような思想』『どのような知識』で育ち、社会を形成しているのかを徹底的に分析しようとしているのではないでしょうか……!?」
「思想分析……洗脳か……!?」
「はい! 和の国の教育システムを模倣、あるいは改変し、幼少期から和の国の思想を根底から書き換えるような『超・洗脳教育プログラム』を構築しようとしているのかもしれません!」
「なんということだ……。奴らは教育による精神的支配を目論んでいるというのか……!」
総理大臣は拳を握りしめ、見えない敵の影に戦々恐々とした。
まさか――。
その宇宙人(魔界人)たちが『かえるの歌で悪魔を召喚』『どんぐりころころの歌はドタバタ幼稚園の歌』『ランドセルで魔力を覚醒』『配膳車で給食を配送』などという、あまりにも平和的で斜め上の会議が『シン華の家』で行われていることなど、知る由もなかったのであった――。
総理官邸の夜は、見当違いな緊張感と深い戦慄に包まれたまま、静かに更けていくのであった。




