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シン華物語Ⅱ(最強魔王は誰?)  作者: ゆず華


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第43話 龍輝の帝王教育【後編】

親バカと思っていたシンの学校建設計画を、アズサの助け舟により一華も理解できたことで、どこか誇らしげな笑みを浮かべ、夫の頼もしい横顔を覗き込む。


「まぁ、確かにシンらしいけどね。龍ちゃんのこととなると、発想のスケールがいつも地球規模……ううん、魔界規模になっちゃうんだから……。」


苦笑しつつも、夫への絶対的な信頼を寄せる妻の言葉。シンは手元の珈琲を一口含んで喉を潤すと、姿勢を正して静かに言葉を重ねた。


「それに、現状について冷静に分析してみたのだ。今は龍輝に付きっきりで教えてはいるが、龍輝には同世代の友人がレイモンドくらいしかいない。これでは偏った価値観しか育たないリスクがある。同世代の様々な境遇にある魔界人の子供たちが何を考え、どう生きているのかを知る絶好の機会になるはずだ。それに……将来の龍輝の側近や従者として採用するに相応しい、優秀な原石たちを早期に見つけ出すという側面もある。」


一華が納得したように頷いた。


「あはは、龍ちゃんの学校と言っておきながら、実のところ優秀な人材の『青田買い』なんだね!」


シンは一切悪びれることもなく、力強く頷いた。


「そうだ。優秀な人材が自然に育つのを指をくわえて待つのではない。自らの手でゼロから育て上げるのだ!」


経営者としての顔を覗かせる夫に対し、一華はふと現実的な疑問を思いつき、首を傾げた。


「でも、学校を建てるだけじゃなくて、先生たちの給料とか、日々の運営にかかる経費はどうするの? 生徒を集めるって言っても、お金の面はかなり大変じゃない?」


現実的な一華の疑問に対し、シンは一切の迷いなく即答した。


「講師の給料や施設の維持・運営経費は、すべて我が社『合同会社SINQ』の事業利益から全額負担する。ただし、制服や靴、教科書、ノート、筆記用具といった個人が日常的に使用する消耗品類については、『SINQstore(サンクストア)』で購入してもらう形をとるつもりだ。」


(今や魔界のインフラや物流を一手に担い、莫大な利益を生み出す巨大企業となった『合同会社SINQ』は、本格的な教育事業まで動かすつもりなのか……。)


ハオは感心したように珈琲の香りを鼻腔に巡らせ、シンの経営者としての卓越した手腕と、我が子と魔界の未来に対する揺るぎない覚悟に改めて目を見張った。彼はゆっくりとカップから視線をあげると、深く重い声で問いかける。


「……そこまで具体的かつ綿密に考えていたとはな。で、いつから始めるつもりだ? 準備期間もあろう。」


ハオの問いに、シンは明確なスケジュールを提示した。


「和の国の小学校入学時期……つまり、龍輝が六歳になった翌年の四月開校を想定しています。」


「もしかして、シン……将来的に、龍ちゃんを人間界の学校に通わせることも考えてるの?」


一華の問いに、シンは肯定の頷きを返した。


「あぁ。成年を迎えるまでは魔界の学校で基礎知識と魔界人としての誇りを学ばせたあと、人間界の『和の国』の高校に入学させるプランも想定している。人間界の多様な価値観と最新の科学技術を肌で学ぶことは、将来魔界を統率する上で絶対に不可欠な経験となるはずだ。」


「なるほどな……。しかし、学校の建設場所はどうするのだ? それに教科書や指導者の確保も一筋縄ではいかんぞ。」


ハオが鋭く指摘すると、シンは準備していた構想を淀みなく明かした。


「教科書は和の国の検定教科書をベースにしつつ、魔界の歴史や魔力学を組み込んで自社で編纂します。建設場所については、『SINQstore(サンクストア)』の東側、広い道路を挟んだ広大な未開発の土地を造成して使いたいと考えています。あそこならばアクセスが容易で、警備体制も整えやすい。」


話の規模がどんどん大きくなっていくのに合わせ、一華は頭の中で広大なキャンパスのイメージを膨らませた。


「校舎があって、体育館があって、広いグラウンドだよねぇ……。ねぇ、生徒数って具体的に何人を想定してるの? 小学校だけじゃなくて、ゆくゆくは中学校まで建てるってことでしょ?」


「一クラス三十名、最大四十名まで受け入れ可能として、一学年二クラス制……小中あわせて九学年、合計十八クラス。全体で五百四十名だな。」


「ご、五百四十人!? ちょっと待って、それ全員の授業料を『合同会社SINQ』で無償にするってこと!? 先生たちの給料だって、五百四十人規模になったらバカにならないでしょ!?」


あまりのスケールの大きさに、一華は目を丸くして身を乗り出した。だが、シンはまったく動じることなく、冷めかけた珈琲カップを静かに傾ける。


「先ほど言った通り、個人購入品の利益で運営費の一部を補う。さらに、ここからが重要な仕組みなのだが――試験で選抜された成績優秀な『特進クラス』の授業料は完全無償とするが、一般的な『通常クラス』からは相応の授業料をいただく予定だ。」


「……それって、生徒を一軍と二軍みたいに明確に分けるってこと?」


「そうだ。あえて明確な差を設け、徹底的な競争意識を生ませる。そうすることで、子供たちが自発的に勉強へ身を入れるようにするのだ。『赤点さえ回避してギリギリ卒業できればいい』などという甘い考えを最初から粉砕するためだな。『合同会社SINQ』の学校を卒業した時点で、たとえ一般クラスの者であっても、魔界のどこへ出しても恥ずかしくないほど優秀な人材となるレベルを設定する。」


(う……うぐぐ、耳が痛い……! 私なんて高校時代、『赤点回避して無事に卒業できさえすればいっか〜』って本気で思ってた口なんだけどなぁ……。)


絶対零度の正論を、爽やかなイケメンスマイルで言い放つ夫に対し、一華は(さすが、冷徹な次期魔王候補……相変わらず教育に関しても容赦がなさすぎる……)と心の中で密かに冷や汗をかきながら苦笑いを浮かべた。


冷めかけたルイボスティーをひとくち口にして動揺する気持ちを落ち着かせていると、シンはさらに言葉を重ねた。


「それから指導者――つまり教師の件ですが、魔界貴族や既存の権力者からの推薦ではなく、完全な『公募制』にしようと考えています。」


「公募だと? 身元や血統を問わぬということか?」


「はい。学術、魔力、武術、身の回りのマナーなど、得意な分野ごとに魔界全土から広く募集します。平民であろうと才能と熱意があれば採用します。」


シンはハオとアズサに向けて、どこか月のように澄み切った爽やかな笑顔を向けた。


「義父上、義母上。校舎とグラウンドが完成し、天気のいい日には、皆で子供たちの『体育祭』を開催しましょう。」


「あっ、シン。小学校の時は『体育祭』じゃなくて『運動会』って言うんだよ。」


一華がすかさず隣からツッコミを入れる。


「運動会……? 呼び名が違うのか?」


「まぁ、運動会を開催するの!? 龍ちゃんが体操着を着て、一生懸命走る姿が見られるのね!?」


アズサは想像しただけで胸を躍らせたらしく、持ち上げた紅茶のカップを握る手に思わず力を込めながら、瞳を輝かせて目を細めた。


アズサの楽しそうな黄色い声に反応したのか、ハオとアズサの間に挟まれて座っていた龍輝が、「うん! はしるのダイスキ! たのしいー!」と、口のまわりにクッキーのくずをいっぱいつけた顔で、元気いっぱいに声をあげた。


「ふふ、今でも家の中をドタバタ走り回っているけど、この家じゃ狭いからねぇ……広いグラウンドで思い切り走らせてあげたいな。」


一華がそんな我が子の顔を見てくすくすと笑いながら呟く。


しばらくの間、腕を組んでじっと深く考え込んでいたハオが、テーブルに置いた珈琲カップから手を離し、重々しく口を開いた。


「よし……! 素晴らしい試みだ。儂からも資金を全面的に補助しよう! 魔王族の国家会計から、学校設立と運営の予算をしっかり出させるぞ!」


豪快に申し出たハオだったが、シンは丁寧でありながらも、極めて毅然とした態度で首を横に振った。


「義父上、お気持ちは大変感謝いたしますが、国からの直接的な設立資金や補助金はお受けできません。」


「何? なぜだ?」


「国税から直接的な補助金や助成金を学校に投じてしまうと、政治的な介入を許す原因になります。さらに、公金が投じられている以上、すべての生徒を国の事業として平等に扱わなければならなくなり、我が社が目指す『選抜試験による厳しい切磋琢磨の環境』が阻害されてしまうためです。」


「む……しかしだな、優秀な才能を持ちながらも貧しい家庭の子供は必ずおる。制服や高価な教科書代すら手が出せず、受験すら諦める者がでてくるかもしれんぞ……?」


ハオの懸念もまた、一国の主としての正当な慈悲であった。それに対し、一華がふと口を挟む。


「ねぇ、それなら人間界の和の国にある『奨学金』の仕組みを使うのはどう? 和の国でも、優秀だけどお金に困ってる学生には、国や自治体から支援が出る仕組みがあるんだよ。」


「奨学金……とな?」


ハオが首を傾げると、シンは一華の助け船に満足そうに頷いた。


「はい、まさに一華の言う通りです。学校自体はどこまでも『合同会社SINQ』が独自に設立・運営する私立学校とします。その上で、魔王族の公務として『困窮層の優秀な生徒に対する給付型奨学金制度』を創設していただく……というのはいかがでしょうか?」


「うむ……直接学校を直営(王立)にするのではなく、個人に対する給付型奨学金とするわけか。」


「はい。ただ支援して甘やかすのではなく、『自らの努力で奨学金を勝ち取り、高みへ這い上がるチャンス』を与えるのです。自ら進んで学びたいと願う者へ道を拓くことこそ、真の教育支援だと考えます。」


シンのどこまでも筋の通った経営論理と教育哲学に、ハオは深く感じ入ったように頷き、冷めきった珈琲を最後の一口まで豪快に飲み干した。


「……なるほどな! 甘やかさず、機会を与えるということか。よし、わかった! 魔王族の公認事業として『給付型奨学金制度』を正式に創設し、予算を準備しよう!」


「ありがとうございます、義父上。重ねて御礼申し上げます。」


シンの誠実で美しい一礼に、ハオは心底満足そうに大きく頷いた。


大人たちの難解で白熱した議論がようやく決着し、穏やかな雰囲気に戻ったのを敏感に察知したのか、龍輝は満足げに膨らんだ自分のお腹をぽんぽんと擦りながら、「じぃじー! 抱っこー!」と、甘えた声をあげてハオの太い膝の上へと勢いよく飛び乗っていった。


「おぉ、龍輝! よしよし、大きくなったら素晴らしい学校で思い切り学ぶのだぞ!」


ハオは目尻を下がりっぱなしにしながら孫をしっかりと抱き上げ、リビングには先ほどまでの緊張感が嘘のような、あたたかな笑顔と歓声がいつまでも響き渡っていたのだった。

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