第41話 小さな冒険【後編】
執務室へと赴いた龍輝とシンは、龍輝が龍たちから宝玉を譲り受けた経緯、白い宝玉は自ら魔力によって再生させたこと、そして『じぃじのところ』という言葉を巡る盛大な勘違いの理由を、一つひとつ丁寧に説明した。自分たちの不用意な行動でどれほど多くの人々を巻き込み、心配をかけたのか。その重みを受け止め、二人は深く頭を下げて謝罪した。
「ふふっ、一華の子供なんだから、似たもの親子ってことよねぇ。」
アズサはすべてを察したように柔らかく微笑み、怒るどころか温かく二人を許してくれた。その慈愛に満ちた眼差しに、シンは心底ほっとしたように小さく息をつく。
「義母上、一華は幼い頃からそれほど無鉄砲だったのですか……?」
シンの問いに、アズサはクスクスと笑い声を漏らす。
「あら、シン君はまだ、気づいていなかったのかしら?」
「あ、いえ、以前『一華は楽観的だ』と言ったところ……『無謀だ』と本人に返されたことはありますが……。』
苦笑するシンを他所に、ふっと表情を引き締めたハオが、低くありながらも威厳に満ちた声で孫へと語りかけた。
「龍輝、楽観的で前向きな姿勢は美徳だが、無鉄砲や無謀な振る舞いは、いずれ上に立つ者にとって命取りとなる大きな弱点となる。これからは、自分の行動の先にある危険や、周囲の者たちへの影響を少しは考えて行動することだ。」
ハオは、将来魔王の座に就くであろう血を引く孫に向けて、厳しくも温かい眼差しで諭した。その言葉には、ただ叱るのではなく、次代を担う者への深い期待が込められていた。
「うー……昨日からちゃんと、かんがえてたよ……。」
龍輝がぷうっとほっぺたを膨らませ、不服そうにぼそっと呟く。その子どもらしい小さな反発に、アズサが目を細めてクスクス笑う。
「あらあら、あれでも本人なりにしっかりと考え抜いた末の行動だったのねぇ……。」
アズサの言葉を聞いたシンは、天を仰いで深々と長い息を吐き出した。どっと押し寄せた疲労感に、改めて我が子の規格外さを思い知らされる。
その後、『龍輝は、これからは無断でいなくなって、パパとママに心配をかけないように』としっかりと注意を受け、シンに手を引かれて『シン華の家』へと再び戻っていった。
ハオは、去っていく龍輝の小さな背中を見送りながら、その内側に眠る未来の魔王としての『規格外』の器の大きさを、静かに見出していたのだった。
◇◆◇
ハオたちへの謝罪と報告を終え、『シン華の家』のリビングへと戻ってきたシンと龍輝。
龍輝は、すっかり寂しそうに一人でおもちゃのブロックをいじっていたレイモンドの姿を見つけると、ぱっと顔を輝かせてまっすぐ駆け寄り、すぐに一緒に遊び始めた。龍輝の無邪気で優しい気遣いのおかげで、レイモンドの顔にもようやくいつもの温かい笑顔が戻ってきた。
シンはリビングのソファに座る一華の隣に腰を下ろし、再び大きく息をついた。今日一日でどっと押し寄せた疲労を噛み締めながら、お互いの顔を見合わせて苦笑いを浮かべる。
「――ふう。本当に、俺たちの心臓はいくつあっても足りないよ……。」
「本当にね。龍ちゃんが無事でよかったけれど、もう二度とあんな心臓に悪い冒険はしないでほしいよ。」
一華は、チェストの上に綺麗に飾られた五色の宝玉を見つめた。
あんなに慌ただしく、世界を揺るがしかねなかった一連の騒動が嘘のように、いま目の前にある宝玉は、それぞれが神秘的で美しい光を静かに放っている。赤、青、黄金、白、黒。その圧倒的で神々しい輝きを眺めていると、先ほどまでのハラハラとした焦りが少しずつ和らいでいき、不思議な静けさがリビングを包み込んでいった。
(それにしても、あの龍ちゃんが、たった一人であんな大冒険をしてきちゃうなんて……本当に信じられないよ!)
一華は胸中でそう呟きながら、ふと疑問に思ったことを口にする。
「ねぇ、シン。この宝玉、やっぱり龍たちに返したほうがいいんじゃないかな? あんなに大切なものなんだし、私たちが持っているわけにはいかない気がする。」
「……そうだな。せっかく龍輝が貰ってきたものだが、いただくための正当な理由がない。『白龍の宝玉』以外の四つは、やはり本来の持ち主へ返すべきだろう。」
シンは頷き、おもちゃの山で遊ぶ龍輝に向けて少し声を張った。
「龍輝、いいか。その四つの宝玉は、あとで龍たちに返すぞ。」
シンの声を聞いた龍輝は、パッと遊びを中断してトコトコと駆け寄ってきた。
「でも、龍さんたちはぼくが『龍神』だからくれるって言ってたよ? 返しちゃったら、龍さんたちが困っちゃうかもしれないよ。」
幼いながらも真剣な目でそう主張する龍輝。
その様子をソファの陰からじっと見つめていたゴンが、パタパタと短い足を動かしてシンの足元まで近寄ると、ちょこんと小さく腰を下ろして顔を上げた。
「みゃみゃ……(『龍神』ちゃまは、大昔には『淤加美神』と呼ばれていたのでちゅ。五色の龍を統べる、すべての水の頂点の神様でちゅからね。)」
「『淤加美神』?」
「みゃみゃ……(龍は水や雨を司る神ちゃま随一の存在でちゅ。五色の龍には『神道における五行説』を割り当てられていまちゅ。)
ゴンは小さな前足をチョコンと動かしながら、得意げに説明を続ける。
「みゃみゃ……(東を守護する『青龍』には、植物・生命力の『木』の要素があり、『護身・魔除け』の意味がありまちゅ。
南を守護する『赤龍』には、炎・情熱の『火』の要素があり、『家内安全・無病息災』の意味がありまちゅ。
中央を守護する『黄金龍』には、『土』の要素があり、『五穀豊穣・商売繁盛』の意味がありまちゅ。
西を守護する『白龍』には、鉱物・実りの『金』の要素があり、『厄除け・清浄』の意味がありまちゅ。
そして北を守護する『黒龍』には、水・静寂の『水』の要素があり、『学業成就・災難収め』の意味がありまちゅよ。)」
ゴンのよどみない解説に、シンも一華も息を呑む。
「みゃみゃ……(そして、この五色の宝玉がすべて揃うことで、『万物和合、御神徳遍満』という大いなる祈りが込められまちゅ。)」
(すべての物事が対立することなく互いに調和し、大いなる神の恵みが世界の隅々にまで行き渡りますように――そういう深い祈りが、この五つの宝玉に込められているということか……!)
シンの脳裏で、これまでの出来事がすっきりと一本の線で結ばれ、腑に落ちていく。
「みゃみゃ……(それぞれの龍に割り当てた役割を、『龍神』ちゃまである龍輝ちゃまが正しくこの世界で成すには、やはり『五色の宝玉』の力が必要でちゅ。にゃんで、そのまま手元においちゃってくだちゃいな。)」
ゴンの説得力のある説明を聞き終えると、シンは深く腕を組んでうなり声を上げた。
「……であれば、この五つの宝玉を手にするに相応しい魔王族として、龍輝にはこれからもっと精神的にも成長してもらわなければいけないな。」
「ふさわしい、まおうぞく?」
龍輝はまた小首をかしげ、きょとんとした顔をする。難しい言葉の意味がまだ完全には理解できない。
「そうだ。あらゆる存在との繋がり、つまり『和』を大切にし、あらゆる恵みに感謝を持って生きること。そして何より、絶対にしてはならないのは『利己的な振る舞いや、世界の調和を乱す行為』だな。」
「龍ちゃんには、まだちょっと難しすぎないかな?」
一華が少し心配そうにフォローを入れると、シンは苦笑しながら首を横に振った。
「……ん、まだよく分からないか。まぁ、いい。今一番大切なのは、勝手にいなくなってパパやママを心配させないことだ。いいな?」
シンは龍輝のまっすぐな目を見つめながら、その柔らかい頭を優しく撫でた。
「わかったー!」
龍輝は今度はぴょんぴょん飛び跳ねながら、元気いっぱいに返事をした。そして、ピンとまっすぐ右手を挙げる。
「じゃあ、お出かけするときは、ちゃんとパパとママに『いってきます』って言う。それから――」
龍輝は小さな眉をひそめて考え込み、くりくりとした大きな目をパチクリとさせた。父の真意をはかりかねて首をかしげる息子に、シンは優しく、しかしまっすぐな瞳で諭すように言葉を継ぐ。
「一番大切なのは、勝手にいなくなって、みんなを心配させないことだ。いいな?」
「……しんぱい、させない?」
「そうだ。みんながびっくりして、悲しい気持ちになっちゃうからな。」
シンの真剣な眼差しをしっかりと受け止め、龍輝は「うーん」と唸りながら深く考え込んだ。そして、何かをひらめいたようにパッと顔を輝かせる。
「わかった! じゃあ、今度からお出かけするときは、絵を描いてお留守番させる! そしたらパパもママも、ぼくがどこに行ったかすぐわかるでしょ?」
「絵……? せっかく文字の勉強をしているんだ。おてがみにしてくれ……。」
龍輝なりの精一杯の気遣いと、子どもらしくて斜め上を行く発想に、シンは呆れたような、しかしどうしようもなく愛おしいものを見るような、複雑で温かい笑みを浮かべるしかなかった。
龍輝は自分で完璧な解決策を出したと思ったのか、すっかり満足した様子で再び満面の笑みを浮かべ、レイモンドの待つおもちゃの山へとトコトコと駆けていった。
「本当に、ちゃんとわかっているのかなぁ……。」
一華は遠ざかる息子の背中を見つめながら、深いため息と苦笑いを漏らす。
「ふっ、一華の性格をそのままそっくり受け継いだらしいぞ。」
「えっ? 一体どこが?」
「無鉄砲で、周りをハラハラさせるところだ!」
「あー……否定できないのが悔しい……。」
一華は自分の幼い頃の、数々の無鉄砲で自由奔放だった記憶をふと脳裏に蘇らせ、ぐうの音も出ないといった様子で遠い目をし、苦笑いでごまかすしかなかったのだった。
その頃、買い出しに出かけたレオナルドとアーリンを乗せた小型トラックSINQ号が帰ってきた。
シンは駐車場へと向かい、今日の仕事を再開した。




