第40話 小さな冒険【中編】
宮殿中の大人たちが血眼になって自分を探し回っていることなど、当の本人である龍輝は微塵も知らなかった。
龍輝はテレポートを発動させ、魔界の東の端に広がる険しい境界地――東の龍たちの生息地のすぐ手前へと降り立っていた。
地上にふわりと降り立った龍輝とペガサス・サンは、周囲の気配を鋭く窺いながら、龍たちの生息地である広大で険しい大地へと足を進めていく。
そんな二人を境界地に生息する小動物たちが草むらから、また木の枝の影からと様子を伺っていた。
「ヒヒーン……(龍輝、こんなところに一人で来て大丈夫にゃんか……まだ結界張ってないにゃ!)」
ペガサス・サンから頭の中に直接送られてきた、焦りと心配の混じったような声に、龍輝は「あ!」と思い出したような声が漏れる。そして、即座に自身とサンをすっぽりと包み込むような、頑丈で温かみのある透明な結界を周囲に展開する。
「ヒヒーン……(にゃに、するにゃんか?)」
「りゅうさん、玉をください。」
龍輝は小さな両手を大空に向かってまっすぐ広げ、澄んだ、しかしよく通る鈴のような声を響かせた。
数分後、遠くの空気がびりびりと激しく震え、風を切り裂くような地響きのような轟音とともに、巨大な龍が大空を縫うようにして龍輝の方へと猛烈な勢いで近づいてきた。
その数は一匹ではない。見知っている白龍と黒龍に加え、さらに真紅の鱗を持つ赤龍、深い海のような青龍、そして眩い黄金龍までが次々と、龍輝の目の前の広大な大地へと重々しく降り立った。
ズシン、と足元の大地が大きく揺れる。
様子を伺っていた小動物たちは一目散に逃げていった。
――《龍神様、お呼び立てとは、何用ですか!》
白龍の威厳に満ちた太い声が、龍輝の頭の中に直接響いてきた。
――《玉をください。》
四匹の龍たちは、それぞれが手に持つ色の異なる宝玉を、龍輝へ差し出すように掲げた。しかし、昨日、『白龍の宝玉』は粉々に砕け散ったため、白龍の手元にはまだ新たな宝玉が握られていなかった。
――《私は一昨日、龍神様にこの宝玉を差し上げたため、まだ形になっていないのです……。》
白龍が申し訳なさそうに静かに告げると、龍輝は残念そうに視線を落とした。
――《そっかー……。》
残念がる龍輝の姿を見て、黄金の鱗を持つ黄金龍が、重厚で慈愛に満ちた声で口を開いた。
――《しかし、龍神様がご所望と言うのであれば、私たちの持つ宝玉を差し出さねばなりません。どうぞ、お納めください。》
――《さっきからみんなぼくのことを龍神様って呼ぶけど……ぼく、そうなの?》
龍輝が小首をかしげて尋ねると、黒龍がふっと鼻を鳴らした。
――《ご本人がご存じないとは……私たちはそれぞれこの魔界で崇められていますが、そのすべての龍の頂点に立ち、統べるのが龍神様あなたですよ。》
――《ですので、この宝玉をお持ちくださって構いません。》
龍輝がふわりと両手から浮遊の魔力を解放すると、白龍を除く四匹の龍の手から、それぞれの色鮮やかな宝玉がゆっくりと宙へと浮き上がった。さらに、龍輝は自身の小さな手元へとスルスルと引き寄せるように魔力を繊細にコントロールした。
しかし、元々が龍の巨大な手で掴めるほどの大きさがある宝玉だ。一つならまだしも、四つともなれば両手でしっかりと抱え込むように持たなければ、こぼれ落ちてしまいそうだった。
パパがいれば、きっと袋なり大きな布なりをその場でサッと具現化してくれるのだろうが、あいにく今は一人での冒険だ。龍輝は小さな体で、落ちないように必死に宝玉を抱きかかえる。
「ありがとう!」
龍輝が無邪気にとびきりの笑顔でお礼を告げると、五匹の龍たちは静かに身を翻し、それぞれの棲みかへと帰っていった。大空に舞い上がる龍たちの背中を見送りながら、ペガサス・サンが小さく鼻を鳴らす。
「ヒヒーン……(これで用事は済んだんにゃから帰るにゃんか?)」
「ううん、きのう行ったところにもう一度行く!」
龍輝は両手に四つの宝玉をしっかりと抱えたまま、昨日黒龍と出会った北の境界地へと、再びテレポートを発動させた。
◇◆◇
北の冷たく澄んだ空気が漂う境界地に、再び光の粒子とともに降り立った龍輝とペガサス・サン。
龍輝は宝玉を落とさないよう慎重に両手で抱えたまま、今度はその小さな両手から、柔らかく温かな再生の魔力を解き放った。昨日、この場所で粉々に砕け散った『白龍の宝玉』の微細な光の破片が、まるで時間を巻き戻すかのように空中で逆再生し、元のまん丸い完璧な宝玉へと形を戻していく。
元の神秘的な姿を取り戻した『白龍の宝玉』は、ひときわ眩いばかりの神々しい輝きを周囲の雪景色に放っていた。龍輝はそれを魔力で優しく引き寄せ、先ほど手に入れた四つの宝玉の上にふわりと乗せた。五つの宝玉が揃い、美しい光の共鳴が周囲を包み込む。
「これで全部終わったよ。おうちへ帰るよ、サンちゃん!」
龍輝がパッと満面の笑みを浮かべると、龍輝とサンは眩い光に包まれ、再び『シン華の間』へ向けてテレポートしていった。
◇◆◇
テレポートの光が収まると、龍輝とサンは再び『シン華の間』の床へと舞い戻っていた。
龍輝がふわりと着地するのと同時に、サンは元の黒猫の姿へと戻った。しかし、ここでさっそく小さなトラブルが発生した。龍輝の小さな体では、五つもの宝玉を抱えたままでは、重い接続ゲートのドアを内側から引くことができない。サンも猫の足ではドアノブをうまく操作できず、二人は立ち往生してしまった。
龍輝は部屋の中をぐるりと見渡したが、宝玉を包むような布や入れ物すら見当たらない。仕方なく、床の上に宝玉が転がって傷つかないよう静かに置くと、飾り戸棚の扉に両手をかけ、全身の力を込めて引きにかかった。きぃと小さな音がして、隙間から『シン華の家』のゲートの部屋がちらりと見える。
龍輝はその隙間から小さな体を器用に滑り込ませ、無事にゲートの部屋へと足を踏み入れた。サンもその後に続いてひょいと通り抜ける。
龍輝は再び小さな手をかざして魔力を解放し、五個の宝玉をふわりと宙に浮かばせた。自分についてくるようにそれらを漂わせ、自身へと引き寄せる。そしてもう一度、『シン華の家』側から渾身の力を込めてドアにしがみつき、力いっぱい引っ張った。
「カチャッ」
しっかりとした金属音が響き、ゲートの扉が完全に閉まった。龍輝は五色の宝玉を自分のまわりにふわりと従わせたまま、何食わぬ顔でリビングへと戻ってきた。
「龍ちゃん……! いったいどこに行ってたの!?」
一華は龍輝の顔を見るなり、心配でたまらないといった様子でパッと駆け寄ってきた。
すぐさまスマートフォンを取り出し、電話をかけ始める。
「にゃにゃ……(今回は猫缶にゃいにゃ……。)」
サンはボソリと呟くと、そのままトボトボと自分のベッドへ引き返し、空腹を忘れるように丸くなって眠る体制に入ってしまった。
「シン、帰ってきたよ。うん、サンちゃんも一緒。」
その頃――。
シンは、龍輝の気配を感じ取り、宮殿内へと戻って来ていた。
すぐにハオとアズサへ連絡を入れ、シンも『シン華の家』へと慌てて戻ってきた。
一華は、シンが高校生の時のように眉間にシワを寄せ、怒鳴りだすのではないかとハラハラと心配そうに二人の様子を見つめている。
龍輝に歩み寄り、その小さな目の高さに合わせてしゃがみ込んだシンは、胸の内で込み上げる鋭い怒りと、それを遥かに上回る焦燥感をぐっと押し殺した。龍輝のまっすぐな瞳を見据えながら、冷静に、しかし低く静かな声で尋ねる。
「龍輝、お前は一体どこに行っていたんだ?」
シンの真剣な表情を目の当たりにしても、龍輝は少しも怖がる様子を見せない。それどころか、達成感に満ちた満面の笑みを浮かべて元気よく答えた。
「ママが欲しがってたから、龍さんに玉もらってきた!」
得意げに胸を張り、龍輝は五個の宝玉を一華の目の前にふわりと浮かべてみせた。
「ちょ、ちょっと待って……確かにそうだったけど、どうして数が増えているの? しかも五色もなんて……嘘でしょう?」
「五匹の龍さんがくれたよ! でも、白い龍さんはまだできてないって言ってたから、昨日のところまで行って再生させてきたの!」
「サンと龍輝、二人きりで行ったのか?」
「うん! 『龍さん、玉をください』って言ったら、みんなきてくれたよ!」
龍輝には、自分たちの軽率な行動が、どれほど大人たちを青ざめさせ、心配させたのかが微塵も分かっていない。ただ、母の喜ぶ顔が見たかったという純粋な善意しかなかったのだ。
「龍輝、お前はパパたちに『じぃじのところ、行ってくる』と言って出て行ったはずだな。」
龍輝はこくんと大きく頷く。
「だが、じぃじの部屋までは行っていないな。」
「うん」
「言っていることが違うのではないか?」
龍輝は小首をかしげ、きょとんと不思議そうに瞬きをした。
「???……じぃじのいるところ……。」
その無邪気な返事を聞いて、シンはハッと何かに行き当たったように目を見開いた。
「……まさか。『じぃじのところ』とは、じぃじのいる場所――つまりじぃじがいる『魔界に行く』と言ったつもりだったのか?」
龍輝はパッと顔をほころばせ、再び「うん!」と力強く頷いてみせた。
「って、それじゃあ、私たちが宮殿内のじぃじの部屋に行くと勘違いしたのも無理はないけど……龍ちゃん、それはみんなもの凄く心配するんだよー!」
「??? ……しんぱいって、なに?」
龍輝はさらに首をかしげ、きょとんとした顔で一華を見上げた。
「龍ちゃんがじぃじの所にいつまで経っても来ないから、宮殿の中で迷子になったのかと思って、みんなで探し回ったんだよ。それでもいなくて、外の庭まで探して……もしかしたら、悪い奴らに連れ去られちゃったんじゃないかって、気が気じゃなかったんだからね……!」
一華の切実な声に、龍輝は少しだけ視線を落とした。
「……ごめんなさい。」
「まぁ、いい。俺たちの方も、ちゃんと行き先や意図を細かく確認しなかったからな。」
シンはため息交じりに立ち上がると、龍輝の肩に軽く手を置いた。
「とりあえず、一度じぃじたちにちゃんと顔を出しに行って、無事を報告するぞ。」
そう言うと、シンはリビングのチェストの上に、宝玉を飾るためのミニ座布団を魔力で具現化させた。一華がその上に五個の宝玉を丁寧に、大切にそうっと並べていく。
そしてシンは龍輝の小さな手をしっかりと引き、執務室にいるはずのハオとアズサの元へと向かった。




