第4話 声の主
ヴォルトン一行が魔界全土のインフラ整備を終え、宮殿へと戻って来てからというもの、『シン華の家』の併設倉庫は限界を迎えていた。大量の品々をさばききれなくなったシン達は、近隣一帯の土地を買い取り、コンテナを数列並べるほどの巨大な倉庫を建設していた。
ヴォルトン一行に任されたのは、物流、営業、そしてインフラ保守という三役である。
それぞれが一つの領地を担当し、領地内に宮殿売店を模した大型スーパーを建設。
宮殿倉庫から仕入れた商品を領地担当者がテレポートで納品し、代金を受け取って注文書を持ち帰るという強固なシステムが確立されていた。
さらに、来店できない魔界人のために、手数料を受け取っての配送業務まで請け負うようになっていた。シンは、配送業務で得た手数料をそれぞれへのチップとしてそのまま受け取らせるという配慮も見せた。
その領地担当者たちを束ねるマネージャーに抜擢されたのがヴォルトンである。彼は巡回するかたわら、一華が監修する『フロールナ・プリン』フェアの企画を進めたり、時には住民からのコンセント増設依頼に対応したりと、多忙を極めながらも充実した日々を送っていた。
◇◆◇
数日後、『合同会社SINQ』の巨大倉庫へ、冷凍、冷蔵、常温のコンテナを積んだトレーラーが三台到着した。コンテナ部分を切り離し、トラクターヘッドだけが静かに去っていく。
一華は龍輝を、アーリンはレイモンドを抱きかかえると、シンはレオナルドと一緒に人目につかないよう巨大倉庫へと全員をテレポートで移動させた。
倉庫の扉をしっかりと閉め、コンテナのロックを外す。中には、発注した商品が隙間なくびっしりと積み上げられていた。シンとレオナルドは手際よくパッケージラベルを魔界文字へと書き換え、宮殿倉庫へと次々に転送していく。
その手際の良さを眺めながら、龍輝は「キャッキャ」と両手を叩いて無邪気に喜んでいた。もちろん、その声が決して外へ漏れることのないよう、周囲には厳重な結界が張られている。
宮殿倉庫では、リアム、マリー、そしてヴォルトン率いる領地担当者たちが手分けして入庫処理を行い、届いたそばから配送分の仕分けを済ませて各領地へと送り出していた。
ひと仕事終えて『シン華の家』に戻ってきた一行。一華はふと、気になっていた疑問をシンに投げかけた。
「ねえ、コンテナ配送なんて、いったいどうやって依頼したの?」
「総理大臣に頼んだ。」
「えっ……総理大臣? 知り合いなの?」
「いや、テレビでしか見たことはない。だが、龍輝が地震からこの国を救い、西国のミサイルを爆発させただろ。」
「うん」
「だから、この国を助けた見返りを求めていいか、龍輝に聞いてみたんだ。」
「……いったいいつの間に?」
「入浴中だ。」
龍輝の入浴は、いつもシンと決まっていた。
シンは龍輝が西国のミサイルを爆発させて喜んだことを思い出し、湯船の中でそっと話しかけていたのだ。
☆彡☆彡☆彡【回想】
――「龍輝は南国の軍用機や艦艇も爆発させて、この国を南国から守ることは出来るか?」
――「キャッキャ」と手を叩いて喜ぶ龍輝。
――「成功した暁には、見返りとして商品を卸値で購入させるよう求めてもいいか?」
――「キャッキャ」と再び手を叩く龍輝。
☆彡☆彡☆彡
「で、龍輝がOKしたの?」
「あぁ、別に無心するわけでもないし、効率的に商品を仕入れる方法だからな。手を叩いて喜んでいたぞ。地震発生後は南国からの偵察や挑発が相次いだ。それを収めてやると総理へとテレパシーを飛ばした。収めた結果、『見返りとして卸値で購入させろ、我々の正体を暴こうものならこの国はないと思え』と脅しておいた。」
「男同士、仲の良いことで……。」
「なんだ。嫉妬か?」
「違うよ。でも、同じ意見なんだね、龍輝も。」
「あぁ、一華が『感謝を強要することは偽善だ』と言っただろ? 偽善にしないために、南国から守る対価として卸値で購入させるんだって伝えたら、龍輝も手を叩いて喜んでたぞ。」
「対価になってないでしょ! 魔力を使って体力を消耗してるのに、お金払って商品を買うって……普通はお金を貰うものなんじゃないの???」
「無心しろと言うのか?」
「ううん、シンは対価だって言ってるけど、脅威から守った上で製品を卸値で買うのって、全然『ギブ・アンド・テイク』になってないよね。だから龍輝は面白がって手を叩いて喜んだんじゃないの?」
「……定価で買うところを、わざわざ卸値に下げたんだぞ。あれが対価にならないと言うのか……。」
シンは頭を抱えた。
「シンは本当に優しいんだから。冷徹な声で『この国が無くなると思え』なんて言い放ったんだろうけど、結局はぜんぶこの国のために動いてあげてるじゃない。」
「……俺は、なんてことをしたんだ……。」
「いいじゃない。悪いことをしてるわけじゃないし。」
「次期魔王だぞ? 脅かしてなんぼだろ!」
「充分脅かしてるよね。西国のミサイルだって南国の脅威だって爆発させて止めてるんだから。口頭で脅さなくたって総理も充分怖がってると思うよ。」
「……そ、そうか……なら、よかった……。」
◇◆◇
翌日からも、シンは容赦なく発注をかけ続けた。土日祝祭日を除き、毎日コンテナで商品が届く。
商品を変えながら大量の荷物を受け取るスケジュールが固定化され、午前中にレオナルドとジャン(またはアーリン)が買い出しに出て、戻ってくるとプリン作りに取り掛かる。午後にはコンテナの受け取りと仕分けを行うというのが、シンたちの新たなルーティーンとなった。
極秘裏に進めていたはずのコンテナ配送だったが、これだけ毎日、大量の商品を仕入れていると、国内では一部商品が突如として入手しづらくなり、SNSでは『買い占めが起きているのでは』とざわめきが立ち始めた。
各メーカーの売上は右肩上がりだが、国内消費が増えたわけではない。その大部分が魔界へと消えていたのだ。
供給が追いつかず、受注や販売の制限を行うメーカーも現れた。一華の好物を中心に発注していた『合同会社SINQ』の一行も、一部商品の欠品に頭を悩ませる事態となった。
ここで、シンはある決意を固める。
「取扱数を増やし、一部の商品に集中していた仕入れを分散させる。」
しかし、それをやれば宮殿売店の限られたスペースでは陳列しきれず、頻繁な補充が必要になる。リアムとマリーの二人だけでは、もはや手が回らないのは明白だった。
「このままではダメだ。宮殿売店の改装を行う。」
シンは言い放った。
「売店を区切っていた壁を取り払い、空間を広げる。壁一面にショーケースを並べ、陳列棚も増やす。領主からの注文は、人間界で配送単位に事前に振り分けておくこととする。」
「いくら魔力を使うって言っても、シンとレオだけじゃ大変だよ?」
「俺たちの魔力を、どう思っているんだ?」
「えー? 脳内でイメージして、地道に動かしているんじゃないの?」
「チッチッチッ」
シンは、人差し指を立てて左右に振った。
なんでも、配送ボックスごとに注文書を貼り付けておけば、魔界文字に書き換えられた商品が、自動的にそれぞれのボックスへと吸い込まれていく仕組みなのだという。
「それと、この機会に宮殿売店にも名前を付けようと思う。――『SINQstore』だ。」
「『サンク・ストア』じゃなくて『サンクストア』なの?」
「あぁ、『SINQ』は大文字、『store』は小文字で表記するが、読みはサンクスとストアを掛け合わせた。」
◇◆◇
シンは一華、龍輝、レオナルド、アーリン、レイモンドを連れ、宮殿売店へとテレポートした。
リアムとマリーには事前に営業時間の短縮を伝えており、店内に客の姿はない。
シンが魔力を解放し、ジグソーパズルのように空間を再構築していく。しかし、シンが脳裏に描いていたイメージを遥かに超え、目の前には倍以上の広大な空間が広がっていった。
かつて魔王ハオが保管倉庫として改装した際は、物理的な部屋を繋ぎ合わせて壁を作っていたにすぎない。しかし、いま目の前にある空間は、物理的な制約を軽々と超えていた。
「これ、どういうこと……?」
一華が思わず呟く。
「龍輝だ。龍輝が、俺の魔力に自分の力を重ねてきた。」
「建物そのものが広がったの?」
「いや。人間界の言葉を借りるなら『仮想空間』とでも言うべきか。この空間に入った者だけが体感できる領域だな。」
当の龍輝は、事もなげに両手を叩いて「キャッキャ」と笑っている。仮想空間といえども、実際に歩くことは可能であり、商品の陳列もショーケースの増設も自由自在だった。死角をなくすための監視カメラやバックヤード、POP作成スペースや休憩室まで完璧に用意されている。
真新しいショーケースや陳列棚は、新商品の到着を今か今かと待ち構えているかのように静まり返っていた。
そして、入口の上には新しく掲げられた『SINQstore』の看板が輝いていた。
その時、入口の扉が開き、ハオとアズサが従者を連れて入ってきた。
「何ごとだ? ……どうしたんだ、これは……。」
「義父上、義母上、どうかされましたか?」
「強大な魔力を感知して来てみれば……これは、どういうことだ?」
ハオはかつて自分が魔力を解放して改装した保管倉庫が、空間の広がりにとどまらず、立派なスーパーへと変貌を遂げていたことに驚きを隠せない。
「取扱数を増やすために改装の魔力を解放したところ、龍輝が魔力を重ね、空間を広げました。」
「な、なんと、もうそんな魔力が使えるのか、龍輝は!?」
「最強の魔界人だったりして。これからが楽しみね!」
アズサが笑顔で言い放つ。執務中に飛び出して来たらしいハオは従者に促され、アズサを連れてそそくさと執務室へと戻っていった。
一華が場の空気を和らげるように提案する。
「せっかくお店を改装したんだから、制服も新調しなくちゃね。」
一華はそういうと衣装チェンジの魔力を解放した。
リアムとマリーが着用していた制服を、ポロシャツと落ち着いた色のタータンチェックのスラックス、そしてスカートへとそれぞれチェンジさせる。胸元には『合同会社SINQ』のロゴマークが上品に刺繍されていた。
「どうかな? 私たちが通ってた高校の制服をイメージしたんだけど……、このまま人間界に出かけても違和感ないし。」
「可愛い……♡」
マリーが自身のスカートを見つめながら声を漏らす。
「マリーちゃん、すごく似合ってるよ!」
「リアム君も、決まってるね。」
一華は龍輝をシンに預け、二人の姿をそれぞれスマートフォンに収めた。
そこへ、各領主の元からヴォルトン一行が次々と戻ってきた。見違えるほど洗練された売店の内装と、魔王族である一華とシンの姿を目にした彼らは言葉を失う。
「あ、あの……これはいったい……?」
驚くヴォルトンに、シンが落ち着いたトーンで告げた。
「あぁ、たった今改装が完了したところだ。これからは取扱商品を一気に増やす。各領主からの発注書ごとに配送ボックスを用意してあるから、お前たちは出勤したら商品の陳列を手伝い、ボックスごと領主の元へ転送してくれ。入出庫処理はこちらで行うが、追加の仕入れが必要なときは売店から出庫処理を行う流れになる。」
「はっ! 承知いたしました!」
一華がヴォルトンたちを見回して尋ねる。
「ヴォルトンたちも、リアムと同じ制服に新調する?」
「あ、いえ……その……上着だけで……。」
遠慮がちなヴォルトンの言葉を待たず、一華は即座に魔力を解放し、ヴォルトンたちの服装をリアムと同じポロシャツと、落ち着いたグレーチェックのスラックスへとチェンジさせた。
「これなら、少し抵抗感が和らぐでしょ?」
「はい……これならば、我々のような年齢の者でも無理なく着こなせます。」
一華は全員の制服姿を一人ひとりスマートフォンに収めていく。シンはヴォルトンたちに、領主たちの元で発注書以外に求められている商品がないかヒアリングするよう指示を残すと、『シン華の家』へと戻っていった。
その後、一華は全員分の制服を追加で二組ずつ用意した。
◇◆◇
翌日から、シンとレオナルドが発注書通りに商品を配送ボックスへ振り分け、次々と転送していった。
SNSからは『最近、お目当ての商品が毎日買えるようになってきた!』という喜びの声がちらほらと上がり始め、シンは心底胸をなで下ろした。
人間界からの買い付けも軌道に乗る。午前中はレオナルドとジャンが買い出しに出掛け、シンはプリン作りに励む。午後になるとコンテナが到着して配送ボックスの仕分けを行う――それが、シンたちの新しいルーティーンとなっていた。




