第3話 見えない力
数日後も、テレビの各情報番組は深夜の地震の検証に多くの時間を割いていた。幸いにも、海外の報道カメラや人工衛星の死角だったため、決定的な証拠映像が世界へ流出せずに済んだのは不幸中の幸いだった。
スマートフォンに残された不鮮明な画像についても、ネット上では『巧妙なAIによるフェイク動画だろう』という結論で片づけられていた。実際に、龍輝が家族を避難させた際、人々はパジャマのまま突如としてテレポートさせられており、誰もスマートフォンを手にする余裕などなかったのだから、発災直後の生々しい画像など残るはずもなかった。
人間界では、災害時に必ずと言っていいほどフェイク動画や画像、さらに嘘のメッセージが飛び交う。だが、今回ばかりは同様の現象が現実に目の前で発生していたため、それを信じ込む人間と、『そんなことあるわけがない』と信用しない者とに二分された。たまたま決定的な瞬間が撮影されなかったことが、世論をきれいに二分させる結果となったのだ。
しかし海外では、『大規模災害でありながら被害が奇跡的にゼロだった』という事実そのものに、各国が強い関心を寄せていた。
特に、南の島周辺を自国の領域と主張してくる南国は、情報収集と称して偵察機や艦艇をこの国の領空・領海すれすれまで接近させていた。
その都度、この国の戦闘機が緊急発進して警告を発していたが、南国は『どうせ最後の一線は越えてこない』と高をくくり、嫌がらせをやめようとはしなかった。
◇◆◇
ピロン、ピロン♪
テレビからニュース速報の電子音が鳴り響いた。画面に目をやると、緊張感を煽るテロップが表示された。
《《《 西国でミサイルが爆発 》》》
龍輝もその音に敏感に反応し、テレビ画面の方を向くと、「キャッキャ、キャッキャ」と両手を叩いて無邪気に喜びの声をあげた。
「えっ、なにこれ……?」
一華とシンが思わず顔を見合わせる。テレビ画面では地震に関する情報が流れているだけで、笑うような箇所もなければ、ミサイルに関する詳細な映像もまだ流れていない。
「……字が読めるのか?」
「いや、まさか……あ、でも、シンと同等の魔力が覚醒しているなら、この国の文字くらい難なく読めてもおかしくないよね……。」
「まだ言葉も話せないのにか?」
「それより、ミサイルが爆発してあんなに喜ぶって、どういうこと……?」
シンは深く考え込む。
西国という国は、度々ミサイル実験を行ってきた。もし間違って地表や都市部に落下すれば、この国が一瞬にして戦場と化すのは火を見るより明らかだった。
(龍輝は、それを事前に察知して……爆発させたというのか?)
だが、シンには龍輝の魔力を事前に感知することなどできない。
(いつの間に、そんな物騒な魔力を解放していたのか……。見ているようで、ふとした瞬間に龍輝はとてつもない離れ業をやってのけてしまう。本人が言葉を話せるようにならなければ、事前に止めることは不可能だ。こうなれば、その使い所をわかっていると信じるしかないのだろうか……。)
「……ン、ねぇ、シン。聞いてる?」
「ん? あぁ、少し考え事をしていた。なんだ?」
「だから、ミサイルが爆発して喜ぶってどういうことかなって。しかも、まだ映像すら流れてないのに。」
「俺にもわからないというのが本音だが……龍輝は、もしかするとこの国を守っているのではないか?」
「守っている……?」
「地震の被害を無くし、西国からのミサイル攻撃も未然に防いだ……。」
一華は我が子に目を向けた。
「この小さな子が、そんな壮大なことを考えているっていうの?」
「わからない。だが、俺たちの子育てが、この国、いや魔界全体の運命をも左右しかねない……。」
一華は息を呑み、シンの顔を見つめた。
◇◆◇
深夜。静まり返った総理官邸の一室で、この国の総理大臣は冷や汗をかきながらベッドに身体を起こしていた。
眠りに落ちていたはずの脳内に、低く、威圧的で、冷徹な男の声が直接響いた直後だったからだ。
――《我々が、南国からこの国を守ってやろうか》
「……夢にしては、あまりにも鮮明すぎたな。」
総理大臣は頭を振って一度は眠ろうとしたが、脳裏に焼き付いた不気味な残響がどうしても消えない。
あまりにも生々しい声に、不安を抱えたまま、彼は再び深い眠りに落ちていった。
◇◆◇
翌日以降、この国の領海や領空に勝手に接近していた南国の偵察機や艦艇は、自国へ引き返した途端、次々と理由不明の大爆発を起こして軍は壊滅していった。
生き残った乗組員たちのなかには、機体の管理責任を問われて処分される者や軍を解雇される者が続出し、さらには恐怖のあまり自ら職を辞する者まで現れ、現場は大混乱に陥った。
いくら南国であっても、使い物にならない偵察機や艦艇が続出すれば防衛予算も底をつき、次第にこの国への挑発行為は下火になっていった。
◇◆◇
再び静まり返った深夜。
総理大臣の脳内に、あの冷徹な声が再び響いた。
――《どうだ、収まっただろう》
総理大臣は飛び起きるように目を覚ました。目に見える形での交戦報告はないものの、事態が沈静化したのは事実だった。
「……いったい、どうやって収めた?」
脳内の声が淡々と、しかし絶対的な威圧感を持って答える。
――《この国に近づいた機体と艦体を含め、すべて物理的に破壊した。南国だけではなく、西国のミサイルも同様だ》
「……あなたは、一体、何者なんだ?」
――《我々の正体を知れば、この国など一瞬で消し飛ぶと思え》
「……わ、わかりました。」
有無を言わせぬ恐怖に震え上がった総理大臣に対し、天の声は静かに、しかし冷徹に要求を突き付けた。
――《見返りをもらおうか》
「な、なにが希望だ?」
金品要求や領土の割譲を覚悟した総理大臣だったが、返ってきた言葉は彼の予想を完全に裏切るものだった。
――《この国の食料品、家電、購入可能な商品全般を、すべて卸値で売ってくれ》
「へっ……? 無心ではなく、代金を支払い買うというのか?」
国家予算をいくら投じても南国の脅威を排除できなかったというのに、金品を要求されるどころか『正当な対価を払ってこの国の製品を買いたい』と言われるなど、信じがたい提案だった。
――《あぁ、ある会社を通して購入する》
「わかった。その会社とは……」
――《こちらが指定する場所にコンテナごと置いていけ。商品を確認し次第、即日全額入金してやる。次からは空のコンテナと交換だ。もし我々の正体を暴こうとしたり、追跡しようとすれば……お前のその地位も、この国も跡形もなく消え去ると思え》
「……わ、わかった。指定の場所と、必要な商品を教えてくれ。」
――《承知した。後日教える。今日はこれまでだ》
それきり、天の声は総理大臣がいくら呼びかけても答えることはなかった。
◇◆◇
翌朝、総理大臣は防衛大臣を呼び出し、南国の現在の状況を密かに探るよう命じた。
ほどなくして、深刻なトーンで調査結果がもたらされる。
「総理……出航したはずの南国の機体や艦体だけでなく、なぜかすべて木端微塵に破壊され、使い物にならなくなっているとの情報が入りました。」
「本当だったのか……。しかし、いったいどうやって……?」
「爆発したようですが、あれだけの数の機体や艦体が同時に事故を起こすなど、世界ニュースにならない方がおかしい規模です。しかも、生き残った乗組員たちは、爆発の責任を問われて処刑される者や軍を解雇される者ありと、パニック状態にあるとか……。」
総理大臣はソファに深く沈み込み、ふるえる指先を組んだ。
「なんと恐ろしい……。」
(あの一言がハッタリなどではないと証明されたわけだ。我々は、底知れない化け物の手のひらの上で踊らされているにすぎないのかもしれん……)
総理大臣は防衛大臣以外の側近をすべて部屋から締め出し、重い扉が完全に閉まったことを確認すると、青ざめた顔で手招きした。
「……実はな、昨夜のことなんだが……。」
総理大臣は、脳内に響いた声とのやり取り、そして南国の脅威を排除したという『見返りとしてのこの国の商品の購入』について、全てを包み隠さず打ち明けた。語るうちに、あの冷徹な声が再び頭に蘇るのか、総理の額に冷や汗がにじむ。
防衛大臣は絶句し、しばらく言葉を失っていたが、やがて冷や汗を拭いながら、その恐るべき利害関係を冷静に分析し始めた。
「……つまり、正体を暴きさえしなければ、彼らは適正価格で我が国の製品を買い続けてくれる……我が国に経済的・防衛的な損害は一切ない、ということですか……」
「あぁ……。」
「ですが総理、これは外交でも貿易でもありません。一歩間違えれば、我が国そのものがいつでも『処分』されかねない、あまりに危うい……。」
「わかっている。知らないところで北国や西国の脅威から守られているとはいえ、国内の消費が潤うことと引き換えに、私たちは得体の知れないものの機嫌を取り続けなければならないのだ。」
「その声の主は、これからも我が国を守り続けてくれると言っているのですか?」
「いや、明確な約束までは……。」
防衛大臣は深く息を吐き、覚悟を決めたように視線を据えた。
「でしたら、これからも守ってもらえるよう、こちらから徹底してご機嫌をとるべきです。金品を要求せず、正当な対価を支払うと言ってくれる以上、利用できるものはすべて利用しましょう。防衛費の増額に頭を悩ませる必要がなくなるのなら、この常軌を逸した取引に乗る価値は十分にあります。」
「だが、商品の収集と配送が問題だ。誰がどうやって売り渡す……?」
「商品を詰めたコンテナを指定場所まで陸路で運び、翌日には空のコンテナと引き換えるのですね。入金も即日されるなら予備費で運営すれば財務的にも問題ありません。総理、その窓口業務、我が防衛省の裏組織で引き受けましょう!」
「お前に頼めるか?」
「物資の収集や搬送は当部隊の得意分野です。災害派遣とは違いますが……国家の存亡がかかっているのなら、動く価値は十分にあります。絶対に外部に漏れぬよう、口の堅い者だけで構成された極秘の『別班』を組織します。」
「……頼んだぞ。国を売るわけではないが、身の毛もよだつ取引だ。絶対にボロを出すなよ。」
防衛大臣は重々しくうなずくと、人選と秘密基地の選定に取り掛かるため、静かに執務室を後にした。
◇◆◇
数日後の深夜。
眠っていた総理大臣の脳内に、再びあの低い声が響いた。
――《指定場所と、必要な商品のリストだ》
総理大臣がベッドに腰かけた瞬間、天井の暗がりから一枚の用紙がヒラヒラと手元へ落ちてきた。
そこに書かれていた住所は、『合同会社SINQ』が所有する土地の一角にある大きな倉庫だった。用紙には、ずらりと膨大な商品リストが並んでいる。
「これからも、南国や西国からの脅威からこの国を守っていただけるのか……?」
用紙を握りしめながら総理大臣が問いかける。
――《そのつもりだ。お前たちが豊かに暮らし、素晴らしい商品を作り続け、俺たちがその恩恵にあずかれるのであれば……この国を守る価値はある》
「商品を一括して収集・配送するため、防衛省の別班に一任した。口の堅い者たちを選抜し、極秘裏に対応させる。」
――《……そうか、承知した》
天の声はそれだけ告げると、一方的に通信を断った。
静まり返った寝室で、総理大臣は深く息をつきながら、この国の未来が『人間の見えない力』によって完全に握られていることを、ただ静かに噛み締めるのだった。




