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シン華物語Ⅱ(最強魔王は誰?)  作者: ゆず華


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第38話 龍神【後編】

翌日の朝。

北の大地を覆う、凍てつくような冷気。その吹きすさぶ黒龍の生息地手前の境界地上空に、三つの影が降り立った。シンと龍輝はサンを伴い、魔王ハオと共に北の黒龍の生息地へと一気にテレポートしてきたのだ。

身を隠すため、三人は瞬時に隠蔽と結界の魔力を全身に纏う。


――《黒龍殿、話がしたい。》


シンが放ったテレパシーは、凍てつく大気を震わせながら遥か彼方へと響いていく。

それから数分もしないうちに、鉛色した北の空から巨大な黒い影がゆっくりと近づいてきた。だが、その巨大な足には、ドラゴンの卵は抱えられていない。


――《兄上なのか……?》


ハオが、こらえきれないといった様子で、震える声のテレパシーで問いかける。


シンが隠蔽の魔力を解くと、それに気づいたかのように、黒龍が赤く光る冷徹な目を向けながら、静かに地上へと舞い降りた。地響きとともに巻き起こる雪煙のなかで、黒龍は低く、どこか掠れた声を響かせる。


――《……ハオなのか? 随分と老けたな……。》


――《兄上……亡くなられていたのですね。なぜ、このような真似を……?》


ハオの悲痛な問いかけに、黒龍はわずかに巨体を震わせ、自らの犯した過ちを告白し始めた。


――《私は魔王として、あってはならない過ちを犯した……だが、自分の手で我が子を育てたいという執着だけは、どうしても捨てきれなかったのだ……。》


――《だからといって、西のドラゴンの卵を奪うなど……。》


――《仲間の龍から奪えばまた無用な争いが起きる……別の生息地からなら、争いを回避できると思ったのだが……。》


――《ですが、あなたから卵を奪われたドラゴンは、怒りに任せて白龍の卵を奪い去っていったのですよ。》


――《なに……白龍殿から……? では、いま、卵はどうなっているのだ?》


――《ここにいるシンと龍輝が、ドラゴンから探し出して白龍に返しましたよ。》


――《シン……? あの時の赤子が、こんなに大きくなったのか……。立派に成長したな……その子は、シンの息子か?》


黒龍の赤い目が、目の前に立つシンと龍輝に注がれる。


――《私の娘、一華との間に生まれた初孫だ! 可愛いだろ!》


ハオが誇らしげに胸を張る。


――《そうか……結婚して、子供も生まれたのか……。もし、あの時私が、末弟のもとからシンを奪わなければ、私もこんなふうにこの手で抱くことができたのだろうか……。》


黒龍の瞳で怪しく不気味に輝いていた赤い光が、後悔と懺悔の感情に揺らぐように、わずかに鈍く瞬いた。次の瞬間、その巨大な眼から大粒の涙がポロポロと零れ落ち、雪を溶かしていく。


――《……あぁ、私はずっと、一人だった。冷たい石の壁に囲まれたあの暗い牢獄の中で、誰も訪ねてこない孤独に正気をすり減らしながら……『もしもあの時、別の選択をしていれば』という後悔ばかりが頭を巡っていた。……我が子をこの手で抱くという温もりさえ知らぬまま朽ち果てた私にとって、あの卵の温もりだけが、唯一の救いのように思えたのだ……。》


その言葉には、二十年以上もの間、暗い地下牢に閉じ込められ、誰にも救われぬまま狂おしいほどの執着と後悔に囚われ続けた者の、痛切なまでの悲鳴が滲んでいた。凍てつく風の音が、その悲しみを一層引き立てるように吹き抜けていく。


ハオは、かつては尊大な兄でありながら、今はただの迷える霊魂となってしまったその姿を見つめ、静かに首を振った。


――《……いや、あの悲劇がなければ、一華は生まれてこなかった。そして、龍輝もこの世に存在しなかったはずだ。過去を変えることはできない。だが、今ならやり直せる。》


――《黒龍殿……いや、叔父上。》


シンが、真っ直ぐに黒龍を見据えて声をかけた。その声には、怒りではなく、静かな決意と哀悼の色が宿っている。


――《両親を奪われたことは、今でも許すことはできません。……ですが、その運命があったからこそ、私は一華と出会い、龍輝と愛麗という愛おしい子供たちに恵まれました。》


――《すまなかった……私が側近たちの企みに、もっと早く気づいていれば……こんなことには……。》


――《私は神の手により生まれ変わり、いまは心から幸せに暮らしています。叔父上ももう迷うのはおしまいにしてください。成仏して……今度はまっとうな魂として、もう一度生まれ変わりませんか?》


シンの真っ直ぐな言葉を受け、黒龍はしばらくの間、沈黙を守っていたが、やがて観念したように息をついた。


――《冥界へと、行かねばならぬか……。》


――《はい。その前に、ドラゴンから奪った卵を、ちゃんと返してくれますね?》


――《あぁ……わかっている。待っていなさい。》


黒龍がそう答えるや否や、龍輝が素早く両手をかざして浮遊の魔力を発動させた。すると、黒龍自身のねぐらである洞窟から、ドラゴンの『水色の水玉模様の卵』がふわりと空中に浮かび上がってきた。


龍輝は鮮やかなコントロールで、卵をスルスルと手元へと引き寄せ、大切に両手で抱え込んだ。シンが即座に魔力を解放し大きな布を具現化させると、ドラゴンの卵を丁寧に包み込み、龍輝の体へとしっかりと巻き付けて固定した。


――《なんと……その小さな体で、これほど見事な『浮遊の魔力』を操るというのか……!》


黒龍の赤い目が、驚愕に見開かれる。まだ幼い少年の身に宿る底知れない才能に、かつての魔王も圧倒されたようだった。


――《叔父上、これより貴方の魂を浄化します。》


シンが静かに告げると、黒龍はもう抗うことなく、ゆっくりと目を閉じ、その時を静かに待った。


シンは、かつて白龍から「あいつを浄化してくれ」と託された『白い宝玉』を懐から取り出した。そして、黒龍の額めがけて勢いよく投げつける。宝玉は眩い光を放って粉々に砕け散り、その光の粒子が黒龍の巨体を包み込んだ。次の瞬間、黒龍の瞳にあった異様な赤い光は消え去り、かつての穏やかな黒目へと戻っていた。


――《黒龍殿、浄化が完了いたしました。どうぞ、元の静かな場所へお戻りください。》


心地よさそうに軽く頭を傾げた黒龍は、清らかな北の空へとふわりと昇っていき、やがて光に溶けるように消えていった。二十年越しの因縁は、こうして静かに幕を閉じたのだった。


「義父上、私たちはドラゴンにこの卵を返してきます。」


「あぁ、私は魔王城に戻るとしよう……じゃあな、二人とも。」


ハオは我が城へ向けてテレポートしていった。その背中は、どこか晴れやかなものに見えた。

シンと龍輝は再びペガサスのサンに跨り、西のドラゴンの生息地へと向かう。北の大地を覆う凍てつく風を背に、二人は再びテレポートの光に包まれた。



◇◆◇



西側のドラゴン生息地上空。

先ほどまでの冷気はすっかり消え去り、その一帯は秋の陽気のような過ごしやすい空気に包まれていた。安堵のため息をつきながら、シンは水色のドラゴンに向けて再びテレパシーを送る。


――《卵を取り返してきたぞ。》


「ピキュー、ピキュー!」


待ちわびていたのか、水色のドラゴンが東の空からものすごい勢いで近づいてくる。

その眼には、我が子を取り戻せるという喜びの涙が光っていた。


シンが卵を包み込んでいた布を取り外すと、龍輝が浮遊の魔力をそっと解放し、水玉模様の卵をふわりと宙に浮かばせた。燦々と降り注ぐ太陽の光を浴びてキラキラと輝く我が子の姿に、ドラゴンは嬉しそうに目を細め、愛おしそうに喉を鳴らした。


両手でしっかりと卵を抱え込むと、ドラゴンは安堵したようにその場にふっと体を休め、地上へとゆっくり降り立った。


――《中の赤子は、無事なのか……?》


シンは、黒龍の元に持ち去られていたことで何か悪影響がないか心配になり、思わず尋ねた。


――《孵化にはまだ少し時間がかかりそうだが……心音もしっかりしている。生きている、間違いない。》


――《そうか……それなら本当に良かった。》


――《ありがとう、……本当に、本当にありがとう……!》


水色のドラゴンは愛おしそうに卵を胸に深く抱きしめ、感謝の意を示すように大きく頭を下げると、安心した足取りで自分の巣へと戻っていった。


「龍輝、よくやったな。今日の仕事はこれで終わりだ、家に帰るぞ!」


龍輝は「うん!」と力強く元気に返事をして、シンと共に人間界の『シン華の家』へとテレポートで帰還したのだった。



◇◆◇



『シン華の家』のリビングに戻ってきたシンと龍輝、そしてペガサスのサン。

元の黒猫の姿に戻ったサンは、一華のほうへ一目散に走り寄り「猫缶くれー!」としっぽで激しく床を叩いて催促し始める。

その様子に苦笑いしながら、一華が棚から取り出し缶を開けて食器に盛り付けると、サンは待ちきれないとばかりに夢中になってガツガツと平らげ始めた。


先ほどまでの緊迫した魔界の空気が、まるで遠い世界のことのように急速に遠ざかっていった。


「みゃみゃ……(除霊は、無事に完了ちまちたか?)」


サンは食べながらも、耳をピンと立ててシンのほうを振り返った。


「あぁ……相手は義父上の兄上だったよ。深く反省して謝っていた。無事に、黒龍も元の魂に戻っていったよ。」


「えっ……? 幽閉されていたはずじゃなかったの?」


一華には、前日に魔王城の地下牢で見た光景をまだ詳しく伝えていなかった。憑依した霊魂が誰のものか確証を得るまでは、無用な心配をかけたくなかったからだ。


シンは数日前に亡くなっていたこと、黒龍に憑依してまで卵を欲しがった理由、そして白龍から受け取った『白い宝玉』を用いて無事に浄化を行った顛末を、一から丁寧に説明した。


「そう……良かったんだよね……。」


「あぁ。俺も、心の底にあったわだかまりをすべてぶつけることができた。これで、あの兄弟げんかも、完全に過去のものになったんだ。」


一華はふと気になったように、首をかしげた。


「ねぇ、白龍様からお礼にもらった『白い宝玉』はどうなったの?」


「あぁ……使ったら、粉々に砕け散ったな。」


シンは少し気まずそうに、自分の頬をポリポリと掻いた。


「うっそー! もったいなーい!」


「ん? 欲しかったのか?」


「ううん……だって、白龍様が持っていたんでしょ? 何かすごいご利益とかあったんじゃないの?」


「みゃみゃ……(一華ちゃま、そんなに気にする必要はありまちぇんよ。時間はかかりまちゅが、また自然と精製されまちゅから!)」


「そうなの? じゃあ、龍が持つ宝玉を集めたりしたら、もっとすごいご利益あるかなぁ?」


「それはアニメの見すぎだろ! そんな噂が魔界に出回ったら、宝玉欲しさに躍起になった魔界の者たちが、次々と不可侵領域に侵入しだすぞ。」


「うわっ……それって、龍たちのゴハンになりに行くようなものだよね……。」


「龍は魔界人をわざわざ好んで餌食にはしないが、縄張りを荒らされれば容赦なく攻撃するだろうな。下手な欲を出すもんじゃない。」


「じゃぁ、このお話は……お口、チャックで!」


「??? お口、チャック……???」


シンは怪訝そうにふっと首を傾げ、一華の顔をじっと見つめた。魔界では馴染みのないその表現に、どういう意味なのか頭の中で必死に思考を巡らせている。


「もう! お口のチャックを閉めたら、喋れなくなるでしょ! つまり、ここだけの内緒ってこと!」


一華は顔を真っ赤にして、むすっと頬を膨らませて必死に説明した。


「ふふっ、素敵な表現ですね。一華様の言う通り、これは私たちだけの秘密にしておきましょう。」


キッチンから紅茶と珈琲の入ったトレイを持って戻ってきたアーリンが、優しく微笑む。その穏やかな笑顔につられるように、リビングには温かい笑い声がいつまでも響き渡っていたのだった。

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