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シン華物語Ⅱ(最強魔王は誰?)  作者: ゆず華


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第28話 長雨【後編】

農地の視察から『シン華の家』へと戻ってきた一行。

一華とシンは、さっそくリビングのパソコンに向かい合っていた。


画面には、人間界の農業サイトからかき集めた『ビニールハウス建設』に関する膨大な情報が映し出されている。


基礎構造の強度計算、適切なパイプの太さ、支柱の間隔、突風や強風を受け流すためのアーチ形状、そして効率的な換気・巻き上げ機構の仕組み――。 魔王族としての卓越した知性と処理能力を持つシンは、目の前に流れる人間界の知恵の数々を、猛烈なスピードで脳内へとインプットしていく。


「構造のイメージは、しっかり湧いた?」


手元でメモを取っていた一華が、ペンを止めて顔を上げ、じっとシンの横顔を見つめた。

シンはパソコンから視線を外し、深くうなずいて見せる。


「あぁ、完璧だ。人間界の技術は実に合理的だな。天井付近までスムーズに巻き上げられるサイド換気構造にし、作業用の出入口ドアも前後に追加する。さらに、今後の異常気象に備えて、簡易的な灌水技術も後づけできるように配管経路を設計しておけば、気温や湿度が安定しているときは常時巻き上げておく必要もなくなる。」


「なるほどね。つまり、雨を避けるシェルターと、いつでも水やりができる灌水システムがセットになっているわけね。」


「そういうことだ。さぁ、いつ決行するかだが……。」


その言葉に、一華は保管倉庫でブルブルと震えていた、あの小さな野菜たちの哀れな姿を鮮明に思い出していた。水分を含みすぎた重い泥に足を取られ、冷たい雨に打たれてボロボロになっていたキャベツや人参たち。


「野菜たちのあのボロボロの状況を思い出してよ。一刻の猶予もないよ。待てば待つほど、あの子たちの生命力が削られていっちゃう。」


「だな。日光浴がすぐに無理だとしても、まずはあの水浸しの土壌から引き離し、乾燥した安全な環境に戻してやらねば、根腐れを起こして干からびるだけだ。」


「午後からは領地への配送や他の業務でバタバタしちゃうし……よし、今から配送担当者たちを引き連れて、ちゃちゃっとあっちに行って終わらせてこようよ!」


一華の決断にシンは迷いなく同意し、留守番のアーリンに簡単な伝言を残すと、『SINQstore(サンクストア)』のバックヤードへとテレポートした。



◇◆◇



倉庫の薄暗い空間には、ヴォルトンをはじめとする屈強な配送担当者たちが待機していた。 シンが簡潔に今回の作戦を説明すると、彼らは頼もしい笑みを浮かべ、それぞれの筋肉を鳴らして頷いた。重機すら不要の精鋭たちを引き連れ、一行は再び南の地域へと一斉にテレポートの光に包まれた。


数秒後、目の前に広がったのは、相変わらずどんよりとした曇天の下に広がるぬかるんだ畑だった。

一華たちが離れていたわずかな時間の間に、またしても冷たい雨粒がパラパラと降り出していたようだったが、不思議なことに、一華がその地に足を踏み入れた瞬間、まるで天候の機嫌を取るかのように雨がぴたりと止んだ。雲の切れ間から強い陽光が差し込み、青空の中に巨大な虹の架け橋が美しい弧を描いて現れる。


シンは一歩前へ歩み出ると、両目を閉じ、その場に凄まじい魔力を一気に解放した。

空間が微かに震えた。

シンの頭脳にインプットされたビニールハウスの設計図が、肉眼でも視認できるほどの鮮烈な光の線として空間に描き出され、瞬く間に幾何学的な立体構造へと具現化していく。


次の瞬間、シンがスッと片手を振り下ろした。


轟音とともに、荒れ果てたキャベツ用と人参用の畑の地中深くへ、鋼鉄の如き硬度と柔軟性を併せ持つ魔力のパイプが、まるで杭のように次々と突き刺さっていく。パイプ同士を連結すると完璧なアーチを描かれ、瞬く間に巨大な骨組みが組み上がった。さらに、その骨組みの上から全体を包み込むように、強靭かつ高透過な特殊透明膜が張り巡らされ、巻き上げ機構を備えた近代的な大型パイプハウスが、荒れた畑を圧倒的な存在感で覆い尽くした。


突如として出現した近未来的な建造物に、配送担当者たちは静かにその構造を観察し、頭に叩き込んでいる。しかし、その場に立ち会っていた南の領主と農民たちは、あまりの超常現象に腰を抜かしそうになりながら、ただただ呆然と口を開けてその場にへたり込んでいた。


「な、なんという……これが、魔王族の技術と魔力なのか……。」


領主が震える声を漏らすが、シンは周囲の驚愕など気にも留めず、領主を通じて農民たちに冷徹かつ的確な指示を出させた。


「ぼんやりしている暇はない。逃げ出した野菜たちを倉庫から連れ戻せ。」


指示を受けた農民たちが慌てて走り出した、その数分後。

保管倉庫の方から、パタパタ、ペタペタと、妙にリズミカルで奇妙な足音の大群が響いてきた。


「お、おい……嘘だろ? 見てくれ!」


農民の一人が、引きつった顔で震える指先を倉庫の入り口へと向ける。 そこにいたのは――驚くべき光景だった。

一列に行儀よく並んだキャベツや人参たちが、ぷるぷると小さな尻を振りながら、トコトコと誇らしげな足取りでこちらに向かって歩いてくるではないか。しかも、列の先頭を歩く少し大きめのキャベツは、まるで自分がこの部隊の指揮官であるかのように、フンっと威張ったように鼻息(のような水蒸気)を荒くし、一華たちの横を堂々と通り過ぎていく。


「お、俺の育てたキャベツが……! 俺の言うことは一度も聞かなかったくせに、なんであんなにドヤ顔で歩いてやがるんだ……っ!」


別の農民が頭を抱えて絶叫する。

周囲の農民たちも、「おい、あいつ俺の人参を持ち逃げしたやつだぞ!」「いや自分の足で歩いてるんだから泥棒じゃなくて家出だろ!」と、己の育てた野菜たちのシュールすぎる帰還劇に目を白黒させ、混乱の渦に飲み込まれていた。


しかし、当の野菜たちは周囲の喧騒を一切無視している。 新しく出現したピカピカのビニールハウスの中へと自ら進んでトコトコと入り込み、まるで自分の特等席のベッドに潜り込むように、ぽんっと地面に根(足)を下ろして、ふぅっと満足げに落ち着いたのだった。


まるで絵本や御伽話のワンシーンをそのまま切り取ったような光景に、傍らで一部始終を見ていた龍輝は、「きゃはは! お野菜さん、あるいてるー!」と両手をパチパチと叩きながら、無邪気に満面の笑みを浮かべて大喜びしている。

その一方で、レイモンドはあまりの恐怖とシュールさのギャップに耐えきれず、レオナルドの背中に完全に隠れ、口をポカンと開けたまま魂が抜けたように固まっていた。


すべての野菜が元の位置に戻り、安全なハウスの中ですっかり落ち着いたことを確認したあと、シンは農民たちを呼び寄せ、今後の換気管理のコツや、雨不足や乾燥にも対応できる灌水技術の使い方を、実演を交えながら丁寧にレクチャーした。


仕事が無事に、かつ完璧に完了したことを確認し、シンたちは満足感に浸りながら、『SINQstore(サンクストア)』へのテレポートの光に包まれていく。


配送担当者たちには引き続き周辺の巡回と定期報告を指示し、一華たちはホッとした足取りで『シン華の家』へと帰還していった。



◇◆◇



『シン華の家』のリビングに戻り、戦いを終えた戦士のようにソファに深く腰掛けたシンは、大きく息を吐き出しながら、天井を見上げて呟いた。


「――やはり、『天気を制す者、世界を制す』だな。」


魔界という、いつ何時何が起こるか分からない予測不可能な世界で暮らす限り、天候不順や気候変動の脅威は常に人々の生活に牙を剥く。その度に奔走し、予測不能な自然環境に振り回され、対応せざるを得ない自身の現状に、シンはどこか自嘲気味な苦笑いを浮かべる。しかし、その瞳の奥には、確かな手応えと、次なる一手を見据える強い光が宿っていた。


野菜たちの家出騒動はひとまずの解決を見たが、シンの頭の中ではすでに、魔界全体を見据えた次なる農業革命の構想が静かに回り始めているのだった。


「ねぇ、シン。次はどんな面白いこと、企んでるの?」


ソファの隣で淹れたての珈琲を差し出しながら、一華がクスリと笑って問いかけた。シンはカップを受け取り、その向こう側に微笑みを浮かべる。


「あぁ、やはり、天気を制しなければ人間界と変わらぬ。いや、逆に人間界の知恵に助けられている。俺たち魔界人は人間たちより劣っていることになる。天気を制してこそ魔界人だろ!」


「ふふっ、相変わらず、負けず嫌いだね、シンは!」

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