第25話 川遊び【後編】
芳ばしい鮎の塩焼きから始まり、肉巻きおにぎりまで、社員たちとともに舌鼓を打った贅沢なランチタイムが終わり、社員たちの満足そうな笑い声が川原に響いていた。お腹もすっかり満たされ、子どもたちはぽんぽんと自分のお腹を叩き、心地よい満腹感に浸っている。
やがて、午後の時間帯が始まった頃、シンが大きく手を叩き、周囲の注意を引きつける。
「よし、そろそろ腹ごなしを兼ねて、次の勝負といくか。」
その声に、名残惜しそうに談笑していた社員たちが一斉に立ち上がった。いよいよ、本日の大イベントであるスイカ割り大会の幕開けだ。
一行が川原の広めな平地へと移動すると、シンが足元に置いてあった大型のクーラーボックスへと歩み寄った。
蓋を持ち上げ取り出したのは、ずっしりと重そうな丸ごとのスイカだった。一華が手際よく広げたレジャーシートの中央に、転がらないよう安定させて置いた。
「これより、スイカ割りを行う!」
シンの凛とした開催宣言に続き、ルールが説明された。
参加資格は年齢の低い順に一回限りの挑戦。目隠しをした状態でその場で数回回り、周囲の仲間たちの声援と誘導を頼りに方向を定め、一回だけ木刀を振り下ろすというシンプルなものだ。
もっとも、今回の参加者には小さな子どもたちも含まれている。龍輝とレイモンドには、大人用の頑丈な木刀ではあまりに重すぎるため、子供用の軽い木刀も用意されていた。これならば、スイカに可愛い浅い傷がつく程度だが、大人同様に参加したことにはなる。
「まずは龍輝の番からだ。」
一華が柔らかい手ぬぐいを折りたたみ、龍輝のパッチリとした目を優しく覆い隠す。
すると、一華はすっとスイカの向こう側へ回り込んだ。
なお、シンは目隠しをしようとも周囲が視えてしまうため、当然のように参加見送りとなった。龍輝もいまだ覚醒していない魔力のため、参加させることにした。
数回その場でクルクルと回転させられる龍輝。
「こっちだよー、龍ちゃん、がんばれー!」と声をかけ、手をパンパンと叩いて誘導する。
一華の声と温かい拍手に導かれるように、周囲は「よろよろと転ぶのではないか」とハラハラしながら見守っていた。しかし――。
龍輝はフラつくどころか、一切の迷いがない、非常にしっかりとした足取りでまっすぐスイカへと近づいていった。そして、目隠しをしているにもかかわらず、スイカの最も重心のある真ん中の位置を正確に捉え、子供用の木刀を迷いなく振り下ろした。
ゴンッ!!
乾いた、しかし重みのある良い音が川原に響き渡る。
「へっ……? 龍ちゃん、見えてないよね? もしかして、視てる……?」
一華は自分の目を疑い、思わずその場にしゃがみ込んで龍輝の顔を覗き込んだ。当の龍輝は、母の驚きが全く理解できないといった様子で、小首を傾げながらキョトンとまばたきをしている。
シンは事態を飲み込むと、面白そうに不敵な笑みを浮かべた。彼はもう一度龍輝にしっかりと目隠しをさせ、その小さな目の前で自分の指を三本、スッと立てて見せた。
「龍輝、今パパの指は何本見える?」
「さん!」
澱みない即答だった。
「じゃあ、これは?」
今度は、シンは指を六本に増やして目の前に突き出す。
「ろく!」
「ぶははは。おい、龍輝、普通に視えているじゃないか!」
シンの豪快な笑い声につられ、周囲の社員たちからもドッと笑い声が漏れる。
「な、なんと……もうすでに、透視の魔力を完全に覚醒させているというのか……!」
少し離れた場所で観戦していたハオが、我が目を疑うように驚嘆の声を上げる中、一華はその規格外の体質に改めて驚かされていた。
龍輝は母である一華の血をも強く引いているらしく、シンのようなハードな鍛錬によらずとも、必要に応じて自然と魔力を覚醒させてしまう底知れない体質のようだった。
「この中で、すでに透視の魔力を覚醒させている者は手を挙げろ!」
シンがスイカ割りの公平性を保つために苦笑まじりに確認したが、さすがに魔王族以外にそんな規格外の能力を持つ者はおらず、一同は顔を見合わせて苦笑するしかなかった。
「よし、気を取り直して、次はレイモンドだ。」
レイモンドの番が来ると、アーリンがスイカの反対側へと回り込み、優しく手を叩きながら声をかけた。
「レイモンド、こっちよー。」
数回回されたレイモンドは、少しフラフラとバランスを崩しながらも、大好きなママの声に必死に耳を澄ませて近づこうとする。幼いレイモンドにとって『視えない』という状態は恐怖を伴うものだったはずだが、それに打ち勝ちながら一歩一歩慎重に足を運ぶ姿は、見ている者の胸を打つほど健気で可愛らしかった。
「レイモンド、そこだ! 思いっきり叩け!」
レオナルドが我が子の背中を押すように力強く声を飛ばす。
その声に勇気を得たレイモンドは、小さな両手で木刀を握りしめ、全体重を乗せて思い切り振り下ろした――が、残念ながら軌道がわずかにズレてしまい、スイカには当たらずレジャーシートを思い切り「バシッ!」と叩いてしまった。
「あぁー、惜しかったね! でも、すごく上手に歩けたよ!」
アーリンが駆け寄ってレイモンドの頭を優しくなでると、レイモンドは少し照れくさそうに笑った。
その後、マリーやリアムと順に挑戦するが、絶妙な位置に置かれたスイカになかなか当てることはできない。
ついに屈強な体躯を誇る配送担当者たちの番が回ってきた。
日頃の筋トレの成果を見せつけると意気込む男たちだったが、周囲の息の合った嘘の誘導に次々と翻弄され、あさっての方向へと木刀を盛大に振りおろす。
川原が爆笑の渦に包まれたのを見かねて、シンが「これでは、せっかくのスイカが温まってしまうぞ。」と苦笑を漏らしたあたりで、ようやく容赦ない嘘がピタリと止んだ。
そして、真面目な顔で順番を静かに待っていた配送担当のトマスが、みんなの期待を一身に背負ってゆっくりと木刀を振り下ろした。
バンッ!!
心地よい破裂音とともに、スイカが鮮やかに真っ二つに割れた。
「おぉーっ!」
歓声と拍手が川原一帯に響き渡る。ようやく待ちに待ったスイカにありつけるとあって、一同の期待感は最高潮に達した。
割られたスイカは、ジャンによって素早く手際よく、食べやすい大きさに次々と切り分けられていく。龍輝とレイモンド用にと喉を詰まらせないよう一口サイズの大きさに切り分けてくれた。
「龍ちゃん、種は食べちゃダメだからねー。」
一華は小さな種を丁寧に指で取り除きながら、真っ赤に熟した一口サイズのスイカを龍輝の口に運んで注意を促す。
「種を食べるとね、お腹からスイカの芽が生えてきちゃうんだよ……。」
「ほ、ほんと……なのか……?」
その様子をすぐ隣で聞いていたシンが、なぜか真面目すぎる顔でピタリと固まっていた。
「……もしかして、シン、食べてたことある?」
「……」
そのわずかな無言の沈黙が、すべてを雄弁に物語っていた。
一華は呆れたような、しかし愛しいものを見る目で、そっとシンの耳元に顔を近づける。
「あれは子供の頃のただの迷信だよ! 食べちゃってもそのまま体外に出るから大丈夫。でも、腸に詰まっちゃうと危ないでしょ?」
シンは深く納得したように、無言で大きく頷いた。知られざる王太子の可愛らしい一面に、一華は思わず吹き出しそうになるのをこらえた。
龍輝は、甘くてみずみずしい果汁をボタボタとこぼしながらも、両手でスイカをしっかりと持って美味しそうに頬張っている。
一華は自分の取り分けたスイカに、小瓶から少しだけ塩をパラパラと振って一口かじった。
「んんーっ、塩気が加わると、甘さが引き立ってさらに美味しい!」
二人で丸ごと一個のスイカを贅沢に味わうことなど日常ではなかなかないからこそ、こうしてみんなで青空の下で食べるスイカの味は格別だった。
一華はシンの手元にあるスイカにも、そっと優しい手つきで塩を振りかけてやった。
「どう?」
「あぁ……塩気がアクセントになって、スイカ本来の甘みがより一層強調されて実に美味いな!」
「でしょ!」
それを横目でじっと見ていた龍輝が、「かけて!」と塩の容器を両手で強請ってきた。
「龍ちゃんにはまだちょっと早い大人の味なの。まずはスイカそのままのジューシーな美味しさを堪能しなさい!」
「ぶー!」
龍輝は不満そうにほっぺたを膨らませて抗議の声を上げたが、一口食べればそのあまりの美味しさに不満などどこかへ吹き飛び、すぐにまた夢中で食べ進めた。
一華の食べ方を真面目に観察していた周囲の社員たちや他のメンバーも、次々とスイカに塩を試していく。
「わぁ、これ、甘さが引き立ってすごく美味しいですね!」
「アーリン、ちょっと待って、それは塩かけすぎ! ダメダメ!」
一華が慌ててアーリンの手から塩の容器をサッと取り上げる。
「あーぁ」
隣でレイモンドが、母の失敗の代わりにまるで自分のことのように残念そうな顔をした。
やがて、真夏の太陽の下で瑞々しいスイカを綺麗に平らげたあと、まだまだ遊び足りない者たちは再び思い思いに川遊びへと戻っていく。岩の上からの爽快な飛び込みに挑戦する者や、家族へのお土産にと目を凝らして素手で鮎を捕まえようとする者までさまざまで、川原はいつまでも尽きない笑い声に包まれていた。
一日中たっぷりと遊び尽くし、夕暮れ時の肌寒い風が吹き始める前に、全員で撤収作業に入ることになった。
名残は尽きないものの、みんなで声を掛け合いながら手際よく後片付けを済ませ、再び一斉のテレポートで『SINQstore』の前庭へと戻ってきた。
一華たちも自宅である『シン華の家』へ帰宅すると、龍輝とレイモンドは今日の川遊びの楽しさと心地よい疲労感がどっと押し寄せたのか、まるで糸が切れたようにパタリと小さな目を閉じ、深い眠りに落ちていた。
龍輝はその場でぐっすり眠らせ、レイモンドはレオナルドが優しくたくましい腕で大切そうに抱き上げ、アーリンと一緒に自宅へと帰っていった。子どもたちの寝顔を見れば、今日という日がどれほど充実した素晴らしい一日だったのかがよくわかる。
静かになったリビングでは、一人だけ暇を持て余していた愛猫のサンが、スッと龍輝に近づいてその小さな温もりの隣にピタリと寄り添い、安心したように一緒に目を細めて丸くなっていた。
シンは、保護したばかりの小さな子猫にと、子猫用のウェットフードや栄養たっぷりのミルクを買いに車を走らせ、一華はかつてドラゴンのゴンちゃんが愛用していた大きめのケージと専用のベッドを取り出し、丁寧に汚れを拭き取って綺麗に整える。
夜間に冷え込まないよう、タオルをしっかりと巻き付けた湯たんぽをそっと配置し、子猫にとってこの上なく快適で安全な空間を作り上げ、今日一日で散らかった荷物の片付けをテキパキと進めていくのだった。




