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シン華物語Ⅱ(最強魔王は誰?)  作者: ゆず華


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第21話 雨不足【前編】

北の地域の領主たちが、青ざめた顔でハオの元へ駆け込んできたのは、ある日のことだった。


宮殿へ毎年納めるはずの貢納用小麦。その栽培地である北の広大な畑で、天候不順による深刻な雨不足が発生し、作物の成長が著しく遅れているというのだ。


魔界における小麦事情は地域によって異なる。北の地域で育てられているのは、春に植えて秋に収穫する『春小麦』。一方、東西の温暖な地域では、秋に植えて翌夏に収穫する『冬小麦』が主流だった。


今回問題となっているのは、まさに今、秋の収穫を控えているはずの春小麦だった。単なる成長の遅れであればまだしも、このまま結実せず不作に終われば、地域一帯を巻き込む大飢饉に発展しかねない。


魔界全体を見渡せば、今夏に収穫を控える冬小麦が豊作であれば、総量としての心配は少ない。しかし、打撃を受けた特定の領地単位で考えれば話は別だった。翌年まで収穫の道が断たれることで地域内の小麦価格は高騰し、飢えに苦しむ民が続出することは火を見るより明らかだった。


ハオは領主たちに対し、まずは今後の状況を逐一報告するよう命じて引き取らせると、迷うことなくスマートフォンを取り出し、義息子のシンを呼びつけた。



◇◆◇



ハオからのメッセージを受けたシンは、瞬時に接続ゲートを抜け、一人で執務室へと駆け付けた。


「雨不足ですか……。」


報告を受けたシンの眉間には、うっすらと皺が寄る。


「あぁ。北側だけの局地的なものなのか、魔界全体に波及するものなのか確認し、そして雨不足を解消する……それが無理なら、必要な分の小麦粉を調達してくれ。」


「和の国では小麦粉のほとんどを輸入に頼っております。米などの代替品でも構わないでしょうか?」


「構わない。だが、可能であれば根本的な雨不足の解消を優先してくれ。」


「承知いたしました。」


短く一礼し、シンは指示を遂行すべく執務室をあとにした。



◇◆◇



『シン華の家』へと戻ったシンは、一華、レオナルド、アーリンの三人のもとへ歩み寄り、ハオからの厳命をそのまま伝えた。


「雨不足かぁ……。魔界でも、天候は自然次第なんだね。」


(今まで天候不良で困った事はなかったのかなぁ???)


一華は、かつて人間界で経験した米不足の記憶をぼんやりと反芻していた。


「天気を制す者、世界を制す。かつて一華が口にしていた言葉だな。」


「ふふっ、覚えてたんだ。理系を選択する前だっけ。あの頃は雨不足を人工的にどうこうする知識なんてなかったけど……強大な魔力を使えば、どこかで降っている雨をそっくりそのままテレポートさせて、ここに降らせるくらいはできそうだよね。」


「そうだ。実体のある降雨そのものを切り取ればテレポートは可能だろう。だが……土壌が十分に湿り、根から水分を吸い上げられるだけの量をまかなうとなれば、雨は降り続けなければ意味がない。」


「そっか、ただ降雨そのものを切り取ってテレポートさせるだけじゃ、ほんの一瞬で終わっちゃうんだ。」


腕を組み、うーんと唸り込む一華。その横で、レオナルドが静かに別の可能性を口にした。


「雨雲を丸ごとテレポートさせるのは、どうでしょうか?」


レオナルドの提案に、一華が丁寧に原理を説明した。


「雨雲の原理はね、上昇気流で暖められた空気が上空で冷やされ、目に見えない水蒸気が細かな水滴や氷の粒に変わることで成り立っているの。」


その上で、レオナルドの提案を考えてみた。


「それを、上昇気流すらない乾燥した雨不足の地域へそのまま持ち込んだとして……一時的な降雨くらいは確認できても、果たして降り続いてくれる? それとも、地表に落ちる前に霧散してしまわない?」


雨そのものをテレポートさせるよりは理にかなっていると感じつつも、気象のメカニズムを考慮すれば、それはその場しのぎの対症療法でしかなかった。常に誰かが雨雲を探し出し、テレポートを繰り返さなければ、根本的な解決にはならない。


これ以上考えても名案が浮かばないと悟った一華は、手元のスマートフォンを手に取り、検索窓に『小麦 灌水方法』と打ち込んだ。その画面の一角で、一華の手がピタリと止まる。


「ねぇ、スプリンクラーって知ってる?」


「スプリンクラー?」


「うん、人工的に効率よく水やりをするための機械。」


一華は検索結果の画像をシンたちに向けた。


「これなら、たとえ雨が降らなくても、安定して畑に水分を供給できるのか……。」


「『灌水チューブ』の利用であれば、さらに構造がシンプルで扱いやすいみたいだよ。」


「灌水チューブ?」


一華は別の画像も引き合いに出し、無数の小さな穴が開いた特殊なチューブを畑に這わせ、農業用ポンプの圧力で水を押し出す仕組みを熱心に説明した。


「これほど効率的なシステムであれば、必要なのは水そのものをテレポートさせることだけか。」


「本当なら、私の『涙活』で盛大に雨を降らせたいところだけど、広範囲の畑を潤すとなると流石にね……私の涙が先に枯渇しちゃうよ。」


「ふむ。一度、魔界の環境でテストを行いたい。今から現地へ向かえるか?」


「はい、いつでも。」


シンの合図とともに、一行は一瞬にして魔界の河川のほとりへとテレポートした。その場でシンが農業用ポンプや灌水チューブを具現化し、一華がスマートフォンに表示されたマニュアルを見せながら手順を指示していく。


指示に従い、手際よくポンプを組み立て、セッティングを終える。シンの送電の魔力で人間界仕様のポンプに電力を送り込む。


ブーーーーーン、シュルシュルシュル、ゴーーーーッ


プシューッ……!


「おぉ……!」


思わず感嘆の声を上げる一華たちの手に、パチパチと拍手が響く。

イメージ通り、灌水チューブの細かな穴から勢いよく水が噴き出した。


「成功ですね。」


「あぁ。だが、実際の小麦畑の近くに水源があるかどうか、あるいは畑の広さや形状によって必要なチューブの種類も変わってくるだろう。やはり現地へ赴き、個別に計測と検証を行う必要がありそうだ……。」


「我々少人数では、全域を回り切るのに時間がかかりすぎますね。」


「よし。北地域の領主と農民、そして各領地の配送担当者たちを一斉に宮殿へ招集する。……明後日の午前中、宮殿の中庭に全員を集めてデモンストレーションを行う。明後日予定していた買い出しは中止だ、明日のうちに二日分の買い出しを済ませておく。」


「承知いたしました。」


シンたちはポンプ一式を速やかに解体し、『SINQstore(サンクストア)』の空間へと一時保管すると、再びテレポートで人間界の『シン華の家』へと戻ってきた。


戻るやいなや、シンはふと思いついたようにアーリンへ視線を向けた。


「アーリン。配送担当者たちが帰店した際に、現地の状況をスムーズに報告できる専用のシステムを作ってくれ。担当者には一人一台スマートフォンを配布する。各地で撮影した画像もアップロードできるようにしてくれ。」


「既存の発注システムに、拡張機能として組み込む形がよろしいでしょうか?」


「あぁ、そのほうがいい。個人別に権限を切り替えられる仕様にしてくれ。」


「かしこまりました。」


少しふっくらとしたお腹を抱えつつも、アーリンは出産休暇に入るまでデスクワークに専念する予定だ。思考を巡らせ、自席の椅子へと腰を下ろす。


そのやり取りを、龍輝やレイモンドたちも興味深そうに耳を傾けていた。特にレイモンドはアーリンの作業に強い関心を抱いているようで、アーリンの椅子の横にそっと寄り添い、真剣なまなざしでパソコンの画面を覗き込んでいる。


それに気づいた一華がクスリと笑って声をかけた。


「あれ? レイ君はパソコンに興味津々なの?」


「はい。魔力を高める修行よりも、パソコンに興味が出て来たようで、私のパソコン画面を良く覗いています。」


「それなら、レイモンド用の端末も一台用意しておいたほうがよさそうだな!」


シンは即座に、配送担当者用のスマートフォンだけでなく、ノートパソコンまでもその場で具現化して見せた。


(いや、さらっと現物支給しちゃったよ!? 発注せずその場で直に具現化すんのか~い!)


心の中で盛大なツッコミを入れつつも、灌水機械一式を無償で配る気でいるシンのことだと思い直し、一華はぐっと言葉を飲み込んだ。


その場に並べられた二十台近いスマートフォンを、シン、一華、レオナルドの手分け作業で次々とキッティング(初期設定)していく。

ネットに接続できるのは宮殿内のみ。各地で撮影した画像は帰店して報告書に添付するため、魔界全域でのネット接続は不要だ。


アーリンは生成AIを巧みに補助として使いこなしながら、スマートフォンの画面サイズに最適化したレイアウトを構築していく。その隣では、レイモンドが瞬きもせずにコードやウィンドウの動きを追っていた。


カタカタカタ、とリズミカルなタイピング音が部屋に響く。


テスト環境で実際に動かしてみる。画面には、日付、担当者名、配送地域、詳細な報告内容、そして画像添付という、現場に最適化された必要最低限の項目が並んでいる。さらには、文字入力の手間を省くための音声入力機能まで標準装備されていた。


「相変わらず仕事が早いな。さすがだ。」


「ありがとうございます。」


基本設計に大きな修正箇所はなかったが、シンの指示で一覧画面に報告書の「未読・既読」を判別する通知領域が追加される。


カタカタカタ……ッターン!


わずか数分で通知機能の実装までもが完了した。 アーリンの脳の構造とは一体どうなっているのか、あるいは魔界人の優れた処理能力の賜物なのか、一華はただただ感心するばかりだった。


「上出来だ。さっそくアップロードしてくれ。それから、担当者ごとのIDとパスワードの設定も頼む。」


手を動かしながら指示を飛ばすシン。


龍輝は、レイモンドがパソコンに釘付けになっているのを見て、一人で寂しがることもなく、静かに大人たちの作業風景を見つめていた。普段は体を動かして遊ぶ方が好きだが、今はどこかその職人めいた空気感に惹かれているようだった。


「ふぅ」と一華が大きく息を吐き出す。


「こっちのキッティングもこれで全部おしまいっと!」


一華は手元の数台のスマートフォンを片付け、達成感に満ちた笑みを浮かべた。

灌水技術のデモンストレーション開催まで、普段通りの日常を送るだけだ。

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