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シン華物語Ⅱ(最強魔王は誰?)  作者: ゆず華


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第20話 救出

(ペガサスを誘拐した、冥界の王・ハデス。今頃、何を企んでいるというのか……。)


思考の海に沈みながら、シンは眉間を押さえた。


(魔界を乗っ取るのが目的ならば、ドラゴンに憑依して魔王を急襲するのが一番簡単なはずだ。それをしないということは、ドラゴンの肉体がどうしても別の場所で必要ということか?……魔界でないとすると、つまり、人間界で利用するつもりということか?)


(人間界では今まさに戦争が勃発している。どこかの国の最高権力者とでも取引したのか? どこのどいつだ、そんなアホな事を考える輩は……。)


(人間たちは、魔界も冥界も、ましてや幻獣の存在など知りはしない。冥王自らが巧妙に持ちかけたのだと見て間違いないな。悪魔の誘いに乗るような愚か者といえば、……北国(ペーコク)か!?)


(自ら仕掛けた戦争だが、最近になって、戦況はみるみる悪化し、追い詰められていたはずだ。藁にもすがる思いの者にとって、冥王の提案は悪魔の救済に見えたに違いない。)


(どうせ破滅の道をたどるなら、盛大に散ってやろうとでも思ったか? ドラゴン二体を操り、国土を焼き尽くせるなどと本気で信じたのか? だが、人間どもの無人機の餌食になるのが関の山だ。いや、俺たちが目撃する前に、すでに何体ものドラゴンが冥界へ引き摺り込まれているはず……。)


(それだけの数が一斉に襲いかかれば、あるいは戦局を覆せると思ったのか。無理だな。ドラゴンは怪獣ではない。最新のミサイルを撃ち込まれれば、ひとたまりもなく命を落とす……その前に、一刻も早く魔界に連れ戻してやらなければ……。)


そんな焦燥感を抱いていた矢先のことだった。

人間界のSNSに投稿された一本の映像が、瞬く間に世界中へと拡散されていく。そのニュース速報が一華たちの目に飛び込んできた。


『戦地で映画撮影か!? 謎の怪獣・ドラゴン現る』


画面の向こうでは、数体のドラゴンが煙で覆われた大空を痛々しく羽ばたいていた。その口からは炎を吐き、周囲をドローンや無人偵察機が物々しく旋回している。


(人間界において、ドラゴンは実在しない架空の幻獣だ。それを見た人間の取る行動といえば、……どうせ、リモコンなどの作り物と片付けるか、あるいは、未知のUFOと見なして関わり合いを避けるだろう。)


(ドラゴンが吹く炎がどれほど猛威を振るおうと、国土を丸ごと焼き尽くせるほどの威力はない。せいぜい近づいたドローンや無人偵察機を爆発させるのが関の山だ。近寄らなければ実害はない。)


(しかし、戦火の真ん中に降り立つ理由には乏しい。かといって、人間たちが直接襲われているわけでもない……、軍部も迂闊には手を出せずにいるようだな。)


ニュースの映像を見たシンはすぐさま魔王城へとテレポートし、ハオに面会して事態を報告した。


「戦闘部隊を招集する。今すぐドラゴンたちを魔界へ連れ戻してこい。」


ハオは戦闘部隊を集めるよう従者へ命じた。



◇◆◇



シンはすぐさま『シン華の家』へと戻り、緊迫した面持ちで一華たちに現状を伝えた。


アーリンにはレイモンドと共に『合同会社SINQ』業務を任せ、留守番を命じる。一華、龍輝そしてサンは、シン共に人間界へ同行する準備を整えた。


「ゴンちゃんも一緒に行く!」


龍輝がゴンをドラゴンの姿へと戻し一緒に連れて行くと言い出した。手慣れた様子でベビースリングを取り出し、自分の小さな体にしっかりと巻き付けようとしている。


敵の狙いに巻き込まれる危険性を考えれば連れて行くべきではない。しかし、親の心を元に戻さなくてはいけない。最悪、赤子の姿を見れば元の心を取り戻すことに、シンは一か八か賭けてみることにした。


ベビーキャリア越しに龍輝がベビースリングに包まれたゴンを抱え、一華は龍輝とゴンをベビーキャリアで抱きかかえる。準備は整った。



◇◆◇



シンが一華やレオナルドたちを魔王城の広場へとテレポートさせる。

そこにはすでに、魔王が招集した精鋭の戦闘部隊がズラリと控えていた。シンは鋭い視線を向け、手短に作戦を告げた。


「これより人間界へテレポートし、冥王に囚われたドラゴンたちを救出、魔界へと連れ戻す!」


「はっ!」


「まずは一華が浄化の魔力を放ち、正気を取り戻したドラゴンたちを、順次魔界の生息地へテレポートさせる。」


「はっ!」


「ただし、人間どもが攻撃を仕掛けてきた場合は、容赦なく反撃せよ。命を奪うことも許す。最優先すべきは、お前たち自身の命だ!」


「はっ!」


「ドラゴン救出作戦を開始する!」


シンの合図と同時に強力な結界と隠蔽の魔力が解放され、空飛ぶ使いたちを引き連れた部隊は、一斉に人間界の空へとテレポートしていった。


残されたハオとアズサは無事作戦を完遂することを祈った。



◇◆◇



人間の目には決して映ることのない隠密の陣の中で、シンたちが目の当たりにしたのは、虚ろな目をさまよわせ、何かに操られるように飛ぶドラゴンたちの姿だった。


地上の人間たちは無数の偵察機を飛ばし、冷徹に情報収集を続けている。


(冥王の姿は見当たらないな。そもそも魂の深淵に棲む冥王が、実体など持っているはずもないが……。)


――《地上戦に持ち込ませなければ、実質的な被害は出ない。その前に救出するぞ。》


シンからのテレパシーが部隊全体に飛ぶ。


――《一華、浄化の魔力だ。》


シンのテレパシーを受け、一華は懐から月のモチーフがついたステッキを取り出し、空高くかざした。


「ドラゴンたちから、すべての邪悪な魂よ……消え去れ! さぁ、本来の強い心を取り戻して、仲間たちの待つ場所へ帰りましょう!」


一華の透き通る声が響く。


「ピュリファイ、ピュリファイ、ラララララ、フロールナ・パワー!」


キラキラキラキラ・・・


夜空に星屑を散りばめたような光の粒子が溢れ出す。


それに呼応するように、龍輝も自身の純粋な魔力を重ね合わせていた。


広範囲に降り注いだ光の粒が、ドラゴンたちの巨体を包み込んでいく。次の瞬間、ドラゴンたちの口から吐かれていた狂暴な炎がぴたりと収まり、その瞳に鋭く澄んだ眼光が戻ってきた。


ドラゴンたちは首をかしげ、自分がこんな見知らぬ空を飛んでいることに戸惑っている様子だった。


ピキュー?


(邪悪な魂が抜けたのか? ゴンの出番はなかったか。)


――《シン、正気を取り戻したみたい!》


――《よし、テレポート開始!》


シンの号令のもと、部隊全員が一斉に魔力を撃ち込み、ドラゴンたちを魔界の西生息地へとテレポートさせる。


大空を舞う巨体たちがまばゆい光に包まれ、やがてスッと消えていく。眩い残光が収まったとき、人間界の空からドラゴンの姿は完全に消え失せていた。


地上の人間たちは呆然と空を見上げ、モニター越しに戦況を見守っていた各国の権力者たちも絶句していた。


「……いったい、何だったんだ???」

「映画の撮影だったのかぁ?」

「夢でも見ていたのか……?」


その混乱の隙を突き、龍輝がドラゴンたちを取り囲んでいた残りのドローンや無人偵察機を次々と破壊していった。生々しい映像がこれ以上世間に残るのを防ぐためだ。


すべての任務を完遂した部隊は、そのままドラゴンたちの待つ魔界の西生息地へと跳んだ。




結界と隠蔽の魔力を維持したまま魔界のドラゴン生息地上空に降り立ったシンたち。


(どうか、大人しく何事も無かったかのように過ごしてくれればいいが……。)


視線の先には、魔界へと戻ってきたドラゴンたちの姿があった。先日、シンが連れ去られる姿を目撃した親ドラゴン二体もいた。

彼らは産卵していた洞窟を確認するがすでに我が子の姿はない。自身が連れ去られたあたりをぐるぐると旋回し、切なげな鳴き声を上げていた。


その姿があまりにも痛ましく、シンは胸が締め付けられる思いだった。身勝手な冥王の企みさえなければ、こんな悲劇は起きなかったはずなのだ。


シンはそっと、一華に抱かれている龍輝を覗き込んだ。


「龍輝、ゴンを両親の元に返してやらないか?」


龍輝はシンの真剣な顔を見つめた、それから自分の胸元で丸くなっているゴンに視線を落とした。


ゴンは「ピキュー、ピキュー」と愛らしく鳴いている。


「パパとママのところ、帰る?」


「ピキュー!」


それはまるで、小さな返事のようだった。

龍輝はそっと浮遊の魔力を解放し、ゴンを親ドラゴンが舞う上空へと優しく送り出した。


他のドラゴンに見つかれば襲われるかもしれないが、これ以上シンたちが近寄ることは危険だ。他のドラゴンに見つからないようにと一華は祈るばかりだ。


ふわりと空を舞い、親ドラゴンのもとへ近づいていくゴン。


「ピキュー、ピキュー!」


その高い鳴き声に気づき、親ドラゴンがぎょっとしたように振り返った。自分の子供の匂いか、それとも聞き覚えのある声か。


シンはすかさず、親ドラゴンに向けてテレパシーを送る。


――《お前たちが連れ去られた場所で生まれた子だ。俺たちが保護していた。しっかりと育ててやってくれ!》


親ドラゴンは一瞬だけシンたちのほうへ鋭い視線を向けたが、次の瞬間、腕を広げるようにして愛おしそうにゴンをその懐へと抱きしめた。

腕の中で安心したように「ピキュー、ピキュー」と鳴くゴンは、親ドラゴンを見上げている。親ドラゴンは安堵したように大きく息を吐き出す。そして、シンたちへ向けて一度だけ誇らしげに鳴き声を上げると、もう一体のパートナーと共に、新しい安住の地へ向けて大空へと羽ばたいていった。


「ゴンちゃん、行っちゃったね……。」


龍輝が小さく呟いた。


「うん。でも、パパとママとずっと一緒にいられるようになって、本当によかったね。」


「にゃにゃん……(俺のお嫁さん、どっかいっちゃったにゃん……)」


「ふふ、サンちゃんには、また素敵なお嫁さん見つけてあげないとね。」


「そうだな。さぁ、俺たちも帰ろう。」


龍輝の瞳から一筋の涙がこぼれ、ぽつりと頬を伝った。子猫として過ごした時間は短くとも、本当の家族の元へ帰るのが一番の幸せだと、幼い心なりに理解したのだろう。


部隊は魔王城の広場へと帰還し、ハオへの報告を終えたシンたちは、静かに人間界へと戻っていった。



◇◆◇



その日の夕方、ニュースでは『戦地に突如現れ、霧のように消え去った謎の生物』の映像が流れていた。

大人の事情や情報の隠蔽もあり、結局は『本当の戦争に便乗した映画撮影用の特撮だった』という無理のある結論で片付けられていた。


冥王が本当は何を企んでいたのか、その真意は藪の中のままだった。だが、その陰謀が完全に潰えたことで、人間界に破滅的な被害が及ぶことはなかった。


それどころか、一華の放った浄化の魔力のおこぼれを浴びた多くの人々の心からトゲが抜け落ち、思いがけず優しい心を取り戻していた。


いくら巨万の富を積まれようとも、最高権力者の横暴に疑問を抱いた者たちは次々と戦いを放棄し、それぞれの国で平和的な復興へと舵を切り始めたのだ。


戦争を仕立て上げた張本人は厳正な裁判にかけられ、処刑台への道をまっしぐらに進んでいる。冥王の甘い口車に乗ったせいで、自らの寿命を縮めたにすぎなかった。


(何のためだったのか。『憎まれっ子世に憚る』とは言うが、悪事はいつの日か必ず自らを滅ぼすということか?)



◇◆◇



地上の混乱、そしてその裏で繰り広げられた魔界と冥界の攻防。そのすべてを、雲の上の高みから、天上界の神々は、冷徹なまでの静けさで見守っていた。


人間の知らぬところで、魔王族の手によって世界は救われた。だが、神聖な秩序を乱した冥王の罪が許されることはない。


すべてを見届けていた神々の裁きは、音もなく下された。


冥王はその王位を冷酷に剥奪され、その醜い魂は二度と再び生まれ変わることを許されない。神々の手により、世界の理の届かぬ地中深くにまで引きずり下ろされ、この星の脈動と業火渦巻く核の餌食として、永遠の消滅を迎えたのだった。


荒れ狂った時空間の歪みは神たちの手によって手際よく修復され、再び強固なものへと固められていく。ただ一つ、異界をつなぐ例外として、『シン華の家』へと接続されているゲートだけが静かに残された。


――だが、天上で神たちが下した厳粛な裁きを、シンたち魔界人が知る由もなかった。


悪意がまいた種は自らを焼き尽くし、世界の均衡はこうして静かに守られたのである。

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