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シン華物語Ⅱ(最強魔王は誰?)  作者: ゆず華


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第19話 保護

ドラゴンの生息地から帰還した偵察隊と別れ、シンとレオナルドだけが、ハオの執務室へと足を踏み入れた。


「ただいま戻りました。」


「ご苦労であった。」


シンとハオは一通りの挨拶を交わすと、自然と視線は、シンが抱えていたドラゴンの赤子へと注がれる。

床へそっと降ろされた赤子は、足元に寄ってきた龍輝を見上げて、か細く鳴き声をあげた。


「キュー、キュー」


まだ歯も生えておらず、炎を吹く気配もない。


「さすがに、人間界で存在しないドラゴンを飼うわけにはいかないよ……。」


一華は頭を抱えながらスマートフォンを取り出し、『ドラゴンの育て方』と検索をかけてみた。しかし、ヒットするのはファンタジー小説やゲームの情報ばかりだ。

実在するはずのない生き物の飼育法など、世界のどこにも存在しなかった。


画面をスクロールする指が止まり、一華は途方に暮れる。


「……当たり前か。ネットに載ってるわけないよね。ねえ、この子、いったい何を食べるんだろ……?」


「小動物とかじゃないか?」


「小動物って……猫? ……もしかして、サンちゃん、食べられちゃう!?」


不安げに見つめる一華の足元で、愛猫のサンが恐る恐る近づいてきて、低い声で鳴いた。


「にゃにゃ……(俺、この子に食われちゃうにゃんか……?)」


「めんめ、サンちゃんはめー!」


龍輝が、「キューキュー」と鳴くドラゴンの赤子に向かって、必死に抗議の声をあげる。


「とりあえず……ふやかしたキャットフードとか、食べるかな?」


一華は戸惑いつつも、サンのご飯皿へとカリカリのキャットフードを取り出し、お湯で柔らかくふやかしてみた。ほんのりと温まったそれをスプーンですくい、不安を拭いきれない表情で赤子の小さな口元へとそっと運んでみる。


自分からガツガツとかぶりつくわけではないが、スプーンの先をちょこんと当ててやると、赤子は物珍しそうにそれを舐め取り、やがて小さな口をパクパクと動かしてゴクンと飲み込んだ。


一華はホッと胸を撫でおろした。

それが、このドラゴン生初めての食餌だった。味を覚えたのか、「キューキュー」と餌を催促するような鳴き声をやめ、一華の次のスプーンを健気に待っている。


「やる!」


待ちきれなくなったように、龍輝が一華の手からスプーンをひったくった。一華のやりようを真似て、赤子の口元へとそっとスプーンを差し出すと、赤子は嬉しそうにそれを平らげていく。


「おい、待て。無事に育てるのはいいが、この先どうする気だ?」


ハオが腕を組んで、深い溜息をついた。


「餌の世話だけで済めばまだいいが、しつけを完璧にせねばならん。万が一、成長してあの冥王にでも操られでもしたら、魔界人はおちおち寝ていられんだろう……。人間界に至っては、一たまりもなくなろうぞ。」


「魔界人の言うことをちゃんと聞くようにしつけられる人……ってなると、やっぱり魔王族の血を引く人、かな?」


「そういうことだな。」


一華はちらりとシンを見つめ、それから足元の龍輝に視線を落とした。


「龍ちゃん、この子をしつけること、できる?」


龍輝は、きっぱりとした強い意志を込めて「うん、うん!」とうなずいてみせた。


「うーん……気持ちはわかるけど、人間界ではドラゴンの姿のままで暮らすのは無理だよ。いまはか細い小動物のような鳴き声だからいいけど、あんな大怪獣みたいな咆哮を家の中で出された日には、ご近所どころか警察が出動しちゃうってば。」


「声の大きさを抑えるための魔力結界を張ることはできるが……成長するにつれて、さすがに狭い屋内での飼育は限界を迎えるだろうな。」


シンと一華は、可哀想という感情に流されて連れ帰ってしまったものの、現実的なその後の問題に頭を抱えていた。

しかし、そんな大人たちの心配をよそに、龍輝は小さなドラゴンを両手でしっかりと抱きしめ、こう告げたのだ。


「ゴンちゃん、いっしょ、かえる!」


「ゴンちゃん?」


一華たちは耳を疑った。誰もそんな名前を教えていない。


「うん、ゴンちゃん!」


「この赤ちゃんドラゴンの名前なの?」


龍輝が誇らしげにうなずく。すでに名前までつけて、家族として迎える気満々だった。


「ドラゴンのゴンちゃんだね。ドラちゃんにしちゃうと、某アニメの猫型ロボットみたいだもんね……ってそういう問題じゃなくて! 龍ちゃん、ドラゴンは人間界にずっといちゃいけないの。魔界でしか生きられないんだよ。毎日お世話するために魔界に通うわけにもいかないでしょ?」


一華が必死に説得を試みるが、龍輝は固く首を横に振るばかりだった。


「困ったな……相手が子猫なら、勝手が分かっていたんだが……。」


シンはわざと大きくため息をついて見せた。その端正な顔の奥底で、瞳がわずかな期待の色を灯している。


――お前なら、どうにかできるはずだ。


言葉にはせずとも、その視線は確実に龍輝の小さな頭へと向けられていた。一華には隠した計算が、シンの表情の端々ににじんでいる。


シンは龍輝の小さな頭をそっと撫で、意味ありげな視線を向けてみせた。

父親からの無言のバトンを受け取ったかのように、龍輝の瞳に強い光が宿る。


ポンッ!


小さな不思議な音が、執務室の空気を揺らした。


「にゃにゃ……?」


サンが間抜けな声をあげる。

なんと、目の前でドラゴンの赤子が眩い光に包まれ、あっという間に真っ白な子猫へと姿を変えていたのだ。肌はほんのりピンク色で、濡れたような鼻も、小さな肉球もすべてが愛らしい子猫のそれに変わっていた。


あまりの急展開に、一華は「へっ……嘘!?」と目を丸くし、しばらく言葉を失う。


「……ドラゴンって変身までできちゃうの!?」


だが、魔王ハオだけは冷徹にピクリと眉を動かし、すぐさま真相を看破した。


「いや……ゴン自身の変化ではない。龍輝の変身の魔力で姿を変えさせたのだ。」


ハオの鋭い視線を受け、一華もはたと気づく。


『人間界で一緒に暮らしたい』という純粋な願いが、他者までも変身させるという魔力を龍輝は覚醒させていたのだ。


幻獣すらも従える二人の魔王族から受け継いだ濃い血の片鱗を目の当たりにし、シンは満足げだ。


(――よし、うまく乗っかってくれたな。)


シンは最初からこうなることを見越していたかのように、やれやれと肩をすくめて苦笑する。ぎりぎりまで手を出さず、息子に魔法を覚醒させるための見事な誘導だった。


「龍ちゃん……これ、本当に自分でやったの?」


龍輝は誇らしげに胸を張り、嬉しそうに「うん、うん!」と何度も縦に首を振る。その瞳には、もう迷いなど一切なかった。


「どうする、シン?」


一華がシンの顔を仰ぎ見る。


「まあ……子猫なら俺たちも育てた経験があるし、サンもいるから寂しくなかろう。それに、ここまで懐かれてしまっては、今さら自然界に戻すこともできん。……なんとかなるだろ。」


シンはドラゴンの赤子を保護したが、その姿のまま人間界で育てることは考えていなかった。悟られないよう仕方がないと言った風に答える。


「だって、良かったね、龍ちゃん!」


一華が満面の笑みを浮かべると、龍輝も誇らしげに胸を張る。


「じゃあ、今日からゴンちゃんのお世話係は龍ちゃんだからね。ちゃんとできる?」


龍輝は「うん!」と力強く自分の胸を叩いてみせた。すべてを任せてほしいと言わばかりの頼もしい表情だ。


ドラゴンの生後日数に合わせたその小さな体は、サンのときよりもさらに小さく、まだ目すら完全には開ききっていない。サンのときはすでに離乳食をねだるサイズだったが、このゴンに関しては、数時間おきのミルクの授乳から排泄の世話まで、手塩にかけて育てる必要があった。


(小さい時はドラゴンで育てた方が簡単だろうなぁ)と、一華は内心で遠い目をする。


一方のサンは、生まれて初めて見る自分よりも『小さな生き物』に興味津々だった。

しかも真っ白い毛に覆われていて地肌はピンク。鼻も口もピンク、肉球までピンク。鼻を近づけてヒクヒクと匂いを嗅いでいる。


「サンちゃん、食べちゃダメだからね。」


「にゃにゃ……(食べにゃいにゃ)」


一華の言葉に、龍輝が口をあんぐりと開けて固まっている。


「龍ちゃん、安心していいよ。食べないって。」


「サンちゃん、めんめ。」


龍輝はサンの方に向き直り、懸命に抗議する。本当に食べられると思ったらしい。


「にゃんにゃ……(龍輝、食べにゃいにゃ。この子、俺のお嫁さんにゃん!)」


「女の子か、まぁ、家ではそれでも構わんが、襲うなよ。」


シンは一応、釘を刺しておくことにした。


「にゃん!」


「義父上、義母上、子猫の寝床の準備がありますので、我々はこれで失礼します。」


シンたちはハオとアズサに一礼し、接続ゲートを通り、人間界の『シン華の家』へと戻っていった。



◇◆◇



シンたちが人間界へ戻った後、魔界の執務室。


「……行ってしまったな。」


静まり返った部屋で、魔王ハオは腕を組みながら、どこかやれやれといった様子で小さく首を横に振った。


「ふふ、無事に人間界へ戻っていきましたね。」


優雅に紅茶を啜りながら微笑むのは、妻のアズサだ。


「しかしハオ様、先ほどはあんなに厳しく『しつけを完璧にせねばならん』などと仰って……シン君も内心ヒヤヒヤしたのではないでしょうか?」


アズサの問いに、ハオは鼻を鳴らしつつも、その表情に険しさはない。


「あれはただの脅しではない。あのドラゴンの赤子が持つ潜在的なリスクを考えれば、周囲に緊張感を持たせるのは当然だ。だがな……」


ハオはふっと表情を緩め、シンの巧みな誘導を思い出し観念したように苦笑した。


「シンのやつ、最初からあの程度の困難、想定の範囲内だったのだろう。わざわざ私に不安を煽らせるようなことを言わせておきながら、すべては龍輝の魔力を自然に引き出すための布石だったのだからな。」


「まぁ、さすがは龍ちゃんの父親ですね。無理やりドラゴンとして人間界で飼うのではなく、『一緒に暮らしたい』という純粋な願いを利用して、見事に子猫へと変身させるなんて。」


アズサが楽しそうに目を細めると、ハオも深く頷いた。


「あぁ。力でねじ伏せるのでも、ただ甘やかすのでもなく、息子自身の成長の糧に変えて見せた。あの状況で、あそこまで鮮やかに解決してみせるとは……。人間界での暮らしで成長したようだな。」


ハオの言葉に、アズサは「本当にそうですわね。」と上品に笑う。


「それにしても、サンちゃんが『この子、お嫁さんにゃん!』と宣言していたのは面白かったですね。」


「魔界の血を引く者同士、将来どうなることやら。」


ハオとアズサは、自分たちの手を離れた子たちの行く末に穏やかな笑みを向け、静かにティーカップを傾けるのだった。




◇◆◇



一方、シンはリビングへと戻るや否や、子猫用のケージとベッドを用意し、ゴンを寝かせるとタオルで包んだ湯たんぽを近くに置き、空間を優しく温めた。


今から2~3時間おきにミルクを飲ませ、おしっこの世話をしなくてはいけない。一華とシンは起きる時間を決め、交代で世話をする怒涛の日々が、こうして幕を開けたのだった。いや、開けたはずだった。

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