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シン華物語Ⅱ(最強魔王は誰?)  作者: ゆず華


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第18話 偵察

魔王の執務室は、重苦しい静寂に包まれていた。

シンはただ一人、魔王ハオに呼び出されている。ハオの低い呟きが、さらにピリついた空気を引き締める。


「西の領主から訴えがきている。西側が騒がしいと。」


シンは頭の中で、魔界の西側に広がる雄大な地域を思い浮かべた。


「西側ですか……騒ぎとは、いったいどういうことでしょうか?」


「うむ……それが、あちらが言っていることはさっぱり要領を得ん。偵察部隊を連れ、次の休日にでも様子を見てきてくれぬか?」


「……承知いたしました。」



◇◆◇



『合同会社SINQ』の休日である人間界では土曜日。シンはレオナルドをはじめとする精鋭の偵察部隊を率いて、馬に乗りテレポートで西領地へと向かった。


西領地手前にテレポートしてきた偵察部隊は境界の門をくぐり、西領地を統べる領主に出迎えられる。道案内をしながら、領主は切実な表情で現状を語った。


魔界という世界は、魔人たちが暮らす地域を囲むように、東西南北の各方角に幻獣たちが棲み分けている。

東側には『和の国』で言うところの『龍』が棲み、西側では人間界の西洋でいう『ドラゴン』と呼ばれる巨大な幻獣の領域だった。南北の地にはペガサスやユニコーン、グリフォンなどといった他の幻獣たちもそれぞれの縄張りを守って暮らしている。


問題が起きているのは、その『ドラゴン』の生息地周辺だった。


「私どもの領地の西側に境界地を設け、その先の西側一帯に『ドラゴン』が生息しています。」


巨大恐竜を思わせる頑強な体躯に、大きな翼を持ち、口から猛烈な炎を吐き出す強大な幻獣。普段は厳重な境界地に阻まれ、魔界人に危害を加えることのない彼らの領域から、異様な気配が漏れ聞こえているという。



◇◆◇



魔王ハオは、魔王城を留守にできない。さらに、身重のアーリンに配慮し、今回はハオ、アズサ、一華、龍輝、レイモンドそしてサンが執務室でお留守番となっている。


そのため、シンの遠視と遠聴の魔力を使い、現地の状況を執務室の空間へとリアルタイムでホログラフを浮かび上がらせる。これで、一華たちも現地の状況が手に取るように把握することができる。


「ドラゴンって……あの、アニメとか昔話に出てくる、いわゆるドラゴン?」


一華が丸い目をパチクリさせながら、ハオの脇からホログラフを覗き込む。ハオは腕を組み、淡々と説明した。


「和の国で言うところの『龍』や『ドラゴン』といえば、古くからの神話に登場する蛇の如き長い胴体を持つが、魔界ではそれらを厳しく区別している。西洋で語り継がれる、あの大きな翼と炎を持つ恐竜のような姿のものが、ここでいう『ドラゴン』じゃ。ちなみに『龍』は東の地域に生息している。」


「へえ……! 魔界には、本当にそんな幻獣たちがいるんだ。」


「幻獣か……、人間界ではいつしか『幻』の存在として語り継がれるのみとなったようだな。だが、かつて魔界と人間界が分かたれた際、魔人たちと共にこの世界へと送られ、無用な争いを避けるために棲み分けがなされた。その結果、今でも絶えることなく一定数が生息しておる。」


「そんな炎を吹く危ないドラゴンたちの所に、シンたちが行っても大丈夫なの?」


一華の心配そうな問いに、ハオは首を横に振った。


「魔界人とドラゴンの生息域の間には、厳重な境界地が設けられている。その不可侵のルールさえ守っておれば、向こうから襲ってくることはない。……もっとも、その境界地は普段誰も足を踏み入れぬゆえ、今や小動物たちの格好の安息地となっておるがのぅ。たまに魔界の猟師が獲物を求めて立ち入ることもあるようだがね。」


「今まで、ドラゴンに襲われたりしたことはなかったの?」


「あぁ、動物に襲われることはあっても、ドラゴンに襲われた者はおらん。何せ境界地は木々が生い茂る深い森だ。あのような巨大な図体では、そうそう容易く降り立つこともできんからな。」


「なるほどね……。」


「だがな。」


ハオはさらに眉間に皺を寄せる。


「最近になって、その森に入った者たちが『動物たちの気配が完全に消え、猟ができなくなった』と言い出したのだ。それだけではない。森の奥から、ドラゴンたちの異様な咆哮が響くようになったと言い出した。」


「咆哮?」


「凄まじい叫び声だ。巨大な怪獣の低く地響きのような唸り声だ。……だが、中には小動物の鳴き声のような、キューキューとか細い声も混じっているらしい。」



◇◆◇



その頃、シンを筆頭とする偵察隊は、まさにその境界の森へと足を踏み入れていた。 鳥のさえずりすらない静まり返った木々の間を、シンは慎重に進む。


周囲に気配を悟られないよう、発声はできない。シンは魔力を研ぎ澄まし、執務室の留守番組へとテレパシーを飛ばした。


――《南北どちらかへ逃げたのでしょうか?》


シンの声は、魔王城の執務室で見守っていたハオや一華たちの脳内にも響き渡る。ハオは腕を組み、即座に返答した。


「恐らくそうだろうな。ドラゴンのただならぬ咆哮に気圧されて、逃げ出したのだろう。」


執務室でのその声は、同時にシンの脳内へと返される。シンは一瞬うなずき、再び森へと意識を戻した。


シンは目を凝らし、薄暗い森の隅々まで注意深く見渡しながら歩を進める。しかし、この鬱蒼とした木々の下では、異変の決定的な原因を掴むことはできなかった。一行はさらに足を進め、やがて視界が開けた森の端へとたどり着く。


――《この先が、ドラゴンたちの生息地です。》


シンはドラゴンたちに見つからないよう身を隠しながら、生息地のその先へ遠視の魔力を強める。

地表には緩やかな草原や小さな木立が点在し、山肌には巨大な洞穴がいくつも口を開けている。そこには豊かな自然の環境が保たれていた。


シンは最初、ドラゴンが数えきれないほど増えすぎたことで餌が枯渇し、共食いが始まったためにあのような咆哮が聞こえているのではないかと疑っていた。だが、視界に映る大地に、それらしい無残な亡骸は見当たらない。狩りをして生きるドラゴンにとって、無駄に大声で咆哮することは獲物を逃す致命的な悪手であるはずだ。


となれば、ドラゴンたちは『狩り』ではなく、まったく別の『強敵』と対峙していることになる。


――《義父上、ドラゴンの天敵となり得る存在は何でしょうか?》


執務室のホログラフ越しに、ハオが即座に応じた。


「東の龍とは違い、ドラゴンに明確な天敵はいない。強いて言うならば……魔界人じゃないかのぅ。」


――《であれば、何者かがドラゴンを襲っているということでしょうか?》


「いや、並大抵の強者では、戦う前にあの巨体に捕食されるのがオチだ。」



シンはさらに遠視の魔力を遠くへと伸ばし、同時に微細な音をも拾う遠聴の魔力を重ね合わせた。同行している他の偵察隊員たちも、地平線の彼方へと全神経を集中させている。


――《ん……? 聞こえましたか?》


シンの耳に、遠くから地を揺るがすようなドラゴンの咆哮が飛び込んできた。


「あぁ、戦っているな。」


シンは聞こえてきた方角へと一気に魔力を集中させる。響き渡る咆哮は一体や二体ではない。複数のドラゴンが、それぞれ『目に見えない何か』と必死に戦っている気配があった。


「いったい、何と戦っているんだ……?」


シンは周囲の空間を凝視するが、敵の姿がどうしても捉えられない。いや、ドラゴンたちは何者かと対戦しているわけではない。まるで、得体の知れない強大な力に『翻弄されている』ように見える。


ふと、シンの視線がさらに上方、曇天の空へと引き寄せられた。そこには、巨大な黒い雲が不気味な渦を巻いていた。しかし、地表から巻き上がっているわけではない。竜巻の類ではなく、まるでこの空間そのものにぽっかりと穴が開いているかのような――。そう『空間の裂け目』だった。


暴れる二体のドラゴンが、翼を必死に羽ばたかせて地を踏みしめるが、その巨大な巨体が上空の穴から放たれる引力に逆らいきれず、次々と吸い込まれていく。二体のドラゴンを飲み込んだ黒い雲は、何事もなかったかのように嘘のように霧散し、空にはただ冷たい風だけが残された。


――《な、なんということだ……。》


「あのようなことができるのは……冥界の王の仕業だな。」


ホログラフの前で、ハオが苦々しく歯噛みした。


冥界とは、死者の魂が集う場所だ。冥界の魂は次の生まれ変わりの体へと入り込み、人間界又は魔界へと送られる。その場所へ魂ではなくドラゴンの肉体そのものを引き込んだところで何ができるというのか・・・。


――《冥王が、何のためにドラゴンを捕らえるのでしょうか?》


「他の幻獣たちとは厳重に隔離され、天敵もなく、魔界人ですら容易には手出しできぬ力を持つドラゴンを、自らの陣営に引き入れるとしたら……その強大な力を使い、魔界……いや人間界を乗っ取るつもりか……っ!」


「えっ……それって、人間界が狙われてるってこと!?」


一華が青ざめた顔でハオを見上げる。ハオは重々しくうなずいた。


――《どこかに冥界との入口ができているということでしょうか?》


「そうだな。冥王がどうやって力をつけたのか、わからないが、魔界の空間に歪みが発生しているということか、はたまた、誘い入れた者がいるのか……。」


「何のために誘い入れるの?」


「人間界を乗っ取ったあとに、魔王にさせてやるとでも甘い言葉に乗ったのではないか?」


――《この地を、どういたしましょうか?》


ハオは、目前で連れ去られたドラゴンを救い出すことができない歯痒さに唇を噛み締めながらも、冷徹な決断を下した。


「これ以上の時空間の接続を許すな。先ほどの場所の歪みを、今すぐ魔力で正せ。」


――《承知いたしました!》


シンは天空に向かって、時空間の歪みを修復するための魔力を一気に解放した。

その意思に呼応するように、魔王城の執務室からシンのホログラフを通じて魔力を重ね合わせる者の気配があった。幼い龍輝だった。驚くべきことに、龍輝はいつの間にか魔力の流れを完璧にコントロールし、父の力に自らの力を乗せていたのだ。


万全とは言えないまでも、いま確認できた歪みをここで完全に断ち切らなければならない。シンと龍輝、そしてハオの魔力が一つに重なり、空間の裂け目を力強く押し潰していく。


やがて、異様な気圧が和らぎ、空間の歪みが綺麗に消え去った。


シンは再び周囲を探るため、他の場所からドラゴンの声が聞こえないかと遠視と遠聴の魔力を張り巡らせた。


「ピキュー、ピキュー。」


か細い、鳥の雛のような鳴き声が、風に乗って微かに届いた。 シンはその声の主へと意識を集中させる。そこにあったのは、洞窟のなかで、割れたばかりの殻から這い出そうとしている一匹のドラゴンの赤子だった。

周囲をいくら見回しても、親の姿は見当たらない。先ほど空間の裂け目へと連れ去られた二体のドラゴンが、間違いなくこの赤子の親なのだろう。


両親を失ったこの小さな赤子が、この先、たった一匹で生き延びる道などない。このまま放置すれば、寒さと飢えで命を落とすのは確実だった。


「……」


シンは無意識のうちに、その小さな命へ向けてテレポートの魔力を発動させていた。


遠視と遠聴の魔力を解いたシンが、ふと自分の手元に視線を落とす。そこには、手のひらにすっぽりと収まるほど小さな恐竜のようでありながらどこか神秘的な鱗を持つ、ドラゴンの赤子がぽつんと抱かれていた。


「キャッキャッ!」


それを見た龍輝が、両手をパチパチと叩いて無邪気に大喜びする。


「ドラゴンの赤ちゃんって……育てられるの?」


一華は猫を育てたことはあるが、ドラゴンの育て方は知らない。ハオの顔を見つめるが、頭を左右に振っている。


――《だが、見捨てられない。》


「キュー、キュー」


手の中のドラゴンの赤子はシンを親と認めたのか、鳴き方が親を探すような感じではなく、お腹が空いたと訴える鳴き方に変わった気がした一華。


「とりあえず、早く帰って来て。お腹空いてるみたいだから。」


――《承知した。》


シンたち偵察隊は領主と分かれ、テレポートで宮殿へと戻ってきた。

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