第15話 浄化
トゥルルルル♪ トゥルルルル♪
一華のスマートフォンから着信音が鳴り響いた。
「ん?」
一華は自身のスマートフォンを覗き込む。そこに表示されたのは「+(プラス)」から始まる電話番号だった。
「うわっ」
「一華、どうした?」
「……国際電話……詐欺電話だよ、これ。」
「俺が代わりに出てもいいか?」
「うん……ビデオ通話だけは気をつけてね。」
「承知した。静かにしていてくれ。」
そう言うと、大人たちだけでなく、おもちゃコーナーで遊んでいた子供たちとサンまでもがその場で静かになった。
シンは一華のスマートフォンを手に取り、スピーカーにして通話をタップした。
「……」
シンは声を発せず、魔力を解放すると通信経路を辿っていく。
『+(プラス)』から始まる不審な国際電話の向こうで、警察官を名乗る男は冷酷な台本を淡々と読み上げた。
『……あなたの個人情報が洩れていて、マネーロンダリングの容疑者として名前が挙がっていますが、我々は特殊詐欺に巻き込まれたものと考えています。身の潔白を証明するために、あなたの口座の資産を調査する必要があります。今から言う指定口座へ、一度すべての現金を移してください。調査が終わればすぐにお返しします。これは国家機密の捜査なので……』
マネーロンダリングの容疑を盾に、全財産の指定口座への移動を要求する古典的かつ悪質な特殊詐欺。だが、電話の相手が選んだ標的はあまりにも悪かった。
シンは通信経路を辿った先に向けて、魔力を最大限に解放した。
その瞬間、スマートフォンから聞こえてきたのは「ボン!」という爆発音のあと、「ツー、ツー、ツー」という不通の電子音だった。
「えっ? もしかして爆発させたの?」
「あぁ」
シンは何食わぬ顔で一華にスマートフォンを戻すと、パソコンへと向かう。
マップアプリに特定した場所の印を付け印刷した。
「詐欺の拠点だ。」
印が付けられていた場所は『南国』の国境を南下した国だった。印を眺めながら、シンと一華は悪の根絶に向けた議論を交わす。
「これ、どうするの?」
「さて、どうしてやるか……拠点を焦土化させた方が今後の犯罪がなくなるのだが……。」
龍輝がシンの元まで駆け寄ると「キャッキャ」と手を叩いて喜ぶ。
「ちょ、それはダメ。警察、ううん、総理大臣に教えて対処してもらおう。」
「ぶー」
「龍輝が反対だとさ。」
龍輝がコクコクと頷く。一華は龍輝に向けて諭す。
「ダメ。何もかも燃えてしまうと、被害額が回収できないよ。少しでも手元に戻してあげなくちゃ。」
「だが、逮捕しても出所すれば同じ犯罪に手を染めるのだろ? であれば、ここで根絶させておいた方が後々のためだぞ。」
「そうかもしれないけど……。何か、いい方法ないかなぁ……。」
逮捕されても出所すれば同じ犯罪に手を染めるというシンの正論と、誘拐されてきた被害者の救済や現実的な資金回収を訴える一華の意見。どちらが正しいとも言い切れない平行線の議論のなか、レオナルドが提案する。
「であれば、捕虜として肉体労働させるというのはどうでしょうか?」
「どこで?」
「魔界ならば監視できるのですが、流石に人間を魔界へ送り込むことはできません。人間界となれば……それ専用の場所を確保する必要がありそうですね……。」
「普通の刑務所だと反省しないから、刑期を終えるとまた元に戻ると思うよ。」
一華が現状を憂慮する。
「魔界に連れ去ると俺たちは誘拐犯だ……。そもそも、犯罪後の対処では一向に無くならないだろう。発生させない社会にしなくては、いつまでもいたちごっこだろうな。」
「どうするの?」
「犯罪者を消し去ることが手っ取り早いが……、まずは通信手段を断つ。次に不法に入手した個人情報を消し去る。最後は視力と聴力を奪い、手足を拘束する。」
一華は思わず鼻で笑ってしまう。
「ふっ、最後は逮捕されるより地獄じゃない?」
「だが、命だけは残してやる。あいつらがやってきたことよりも軽い。」
「でも、誘拐されてきた人たちもいるんじゃないの? 可哀想だよ。」
今度はシンに鼻で笑われてしまった。
「ふっ、犯罪に手を染める人間たちは根底に自分で種をまいている。自業自得だ。闇バイトへの応募はするな、非行に走るなと大人たちは言い聞かせたはずだ。警察だって十分とは言えないが発信している。まっとうな暮らしはいくらでもできるこのご時世に、好んで犯罪の世界へと足を踏み入れたのはあいつらだ。情状酌量の余地はない。可哀想なのは金を奪われ、傷を負い、命まで取られた被害者だけだ。」
「……そうだね。」
一華はシンの正論にこれ以上言葉にすることが出来なかった。
シンは本当に怒っている。止めることはできないだろうと思う一華。
「龍ちゃんはどう思う?」
一華に抱き上げられた龍輝は、不思議そうに首を傾げる。
「わかんないか?」
龍輝は頭を横に振り、一華とシン、それぞれに顔を向けて手を叩いた。
「えっ? どういうこと?」
「両方とも正しいと言っているのか?」
龍輝はシンの問いかけにコクコクと頷いた。
「でも、どうすれば……。」
一華は考える。
「私の共鳴の魔力で被害者たちを助け出して、反省していない人たちはシンの方法で処分するってこと?」
龍輝はコクコクと頷いた。
「それでも、心底反省する人たちだっているだろうし……。」
「ぶー」
「一華が言ったんだぞ。逮捕されても出所すれば同じ犯罪に手を染めると。」
「それでも、視力と聴力を奪われればコミュニケーションが取れなくなるし、手足が拘束されれば介護される側になるわけで……介護者が不足しているのに、どうするの?」
「ん? 可哀想なのはそっちか?」
「犯罪者の親が介護するなら責任としてアリだけど、いない人は? それに、障がい者になったら税金も投入することになるわけで……。」
「お金が必要なら、魔界で雇うのはできないの? もちろん、誘拐じゃなく本人には無理やり了承させた上でだけど。」
「魔力のない人間が働く隙間は魔界にはない。」
「うーん……、じゃぁ、総理大臣に全員を逮捕させて、一か所に集めてもらったところで浄化する。その後、刑務に服してもらうってのは?」
「それなら、出来なくもないが……。」
「これなら、出所しても犯罪には手を染めなくなるでしょ? 出所すれば終わりじゃなくて、仕事も住まいも用意してあげれば人材不足も少しは解消してくるんじゃない?」
「まぁ、そうだな。提案してみるか。」
「龍ちゃんもそれでいい?」
一華の問いかけに龍輝はコクコクと頷いた。一華は膝の上から龍輝を床に下ろすと、龍輝はおもちゃコーナーへとトコトコと歩いて行った。
◇◆◇
その日の深夜。
陽の国が寝静まった頃、シンは総理大臣の脳内へとテレパシーを送り込んだ。
――《話がある》
深い眠りから引き離されるように、冷徹で低い声が総理大臣の脳裏に響いてきた。身を起こした総理大臣は慎重に口を開いた。
「どのようなことですか?」
――《詐欺グループのアジトを突き止めた。さっさと連中を逮捕してくれ。逮捕したあと、全員を一か所に集めてくれ。》
「その場所はどこですか?」
シンは印をつけた一枚の地図を天井から総理大臣に向けて落としていく。
――《その印がアジトだ。》
「承知しました。逮捕して準備ができたら連絡します。」
――《承知した。》
シンは通信を断った。
総理大臣は深いため息をつき、再びベッドへと体を沈めた。
◇◆◇
翌朝。外務大臣を総理執務室へと呼び出した。
シンが突き止めたアジトは海外だったため、まずは外務省を通じて現地警察に逮捕を依頼するためだ。
南国の国境を南下した場所をアジトにしていたのは、南国の詐欺グループだった。
カモにされた陽の国の人たちは、口車に乗せられて犯罪に手を染めただけだった。
「南国がある限り、陽の国での犯罪はなくならないではないか……。」
総理大臣は思わず本音を吐露した。
数日後、外務省を経由した異例の迅速な捜査により、詐欺グループのメンバーが陽の国の領空内で次々と身柄を拘束された。
◇◆◇
数日後。
『合同会社SINQ』の巨大倉庫にトレーラーで牽引されてきたコンテナ内に、びっしりと詰め込まれた商品のパッケージラベルを、シンとレオナルドは魔界文字へと書き換えると、配送先ごとに振り分け魔界の『SINQstore』へと転送していった。
一行はリビングへと戻ってきた。
自席に座ったシンは支払いのため、封筒から請求書を引き抜いた。そこには請求書のほか、手紙が同封されていた。そこに書かれていたのは、総理大臣からの連絡だった。
『全員逮捕した。いつ、どこに集めればいい。』
「それって手紙? どうしたの?」
隣に座った一華が尋ねる。
「総理大臣からだ。犯罪グループが全員逮捕されたらしい。いつ、どこで浄化するかだが……。」
「外がいいよね。月夜。できれば満月がいいけど……浄化される側からしたら新月の夜がいいのかな?」
「一華の力を最大限に引き出すなら満月だな。次の満月の夜、時間は夜の十時、場所はそうだな……拘置所の広場にするか。」
一華はスマートフォンを操作して次の満月の日を調べた。
「となると……明後日だね。」
「承知した。」
◇◆◇
シンはその日の深夜、再び、総理大臣の脳内へとテレパシーを送り込んだ。
――《明日、満月の夜十時、場所は拘置所の広場に全員を集めてくれ》
総理大臣はベッドに横たわっていたが、身を起こし天に向かって尋ねた。
「夜遅くですか?」
――《あぁ、そうだ。それから、奴らが刑期を終え出所する際、仕事と住まいを確保し、二度と犯罪に手を染めることができない環境を構築しろ》
「出所後は支援制度を利用できるようになっている。」
――《犯罪者が能動的に動かなければ、再び犯罪に手を染めることになる。犯罪者は出所したら無罪放免という社会がまた犯罪を生むんだ。流れ作業でも何でもいい。監視付きの誰でもできる仕事にでも無理やり就かせろ》
――《人材不足で困っている会社……犯罪者特区とでもいうのか、島流しの要領で下働きさせるんだ。刑期中の食費や衣服費、住居費、逮捕や裁判中にかけられた税金を回収しろ。回収し終わったら、心底反省した者だけを独り立ちできるように支援すればいい》
「だが、刑期を終えた者を拘束することはできない。」
――《刑期という使い方がおかしい。人間が心を入れ替えるのに他人が期間を指定することはできない。反省せずに刑期を終えることだけを目論んでいる受刑者ばかりではないか。一段階目は厳しい規則に従わせ、二段階目で生活基盤を整えさせ税金を回収する。それでもだめなら三段階目を設ければいい》
「なるほど。それも一理ありますな。」
――《更生させる必要がなければ一生刑務所暮らしだ。更生させるのであれば、罪を償わせるためにも人の嫌がることをさせよ》
「受刑者は仕事を選べないということか?」
――《ふっ、それが罪を犯した罰だろ。犯罪者に自由は不要だ。自由が欲しければまともに生きるべきだ》
「だが、人権が……」
――《人を殺しておいて何が人権だ。被害者の人権を守れず、犯罪者の片棒を担ぐのか?》
「……わ、わかった検討する。明日の夜十時、拘置所の広場で待っている。」
総理大臣はこれ以上、シンとの会話を続けることができなかった。シンの提案は正論だが、今の陽の国の法律では、実現することは難しい。だが、変えなければ犯罪は無くならないとも思うようになっていた。
シンもこれ以上の会話は無駄と思い、通信を断った。
(陽の国は面倒臭いな……魔界なら直ちに修正できるのになぁ……)
シンは主寝室のベッドに横たわり、意識を手放した。
◇◆◇
満月の夜、十時前。
一華は龍輝をベビーキャリアで抱っこする。シンはサンを抱き上げ、主寝室へと上がってきた。
「サン、ペガサスに変身してくれ。」
サンは神々しく光り輝く真っ白なペガサスへと変身した。一華とシン、そして龍輝を乗せた神々しい白きペガサス・サンは上空へと舞い上がった。シンが同時に隠蔽とテレポートの魔力を解放して、拘置所の広場の上空で静かに滞空する。
夜空には満月が皓々と輝いている。広場には厳戒態勢が敷かれ、数十人の犯罪者たちが集められていた。
夜中に集められた犯罪者たちからは汚い言葉が、刑務官たちからは犯罪者たちを鎮めようとする恫喝の言葉が、一華の脳内に響いてくる。
一華は背筋が震えた。龍輝は起きているが怖がっている風もなく、キャッキャと笑顔で満月を眺めていた。
「一華、始められるか?」
「うん」
一華は久しぶりに手にした三日月のステッキを夜空に向けて高く掲げた。
「罪を反省し、二度と犯罪に手を染めない心を取り戻して! ピュリファイ、ピュリファイ、ラララララ、フロールナ・パワー!」
一華の呪文と共に、目に見えない光の粒が広場を埋め尽くす犯罪者たちへと降り注ぐ。
直前まで汚い罵声を上げていた受刑者たちの瞳から怒気が消え失せていく。
――「俺はなんてことをしたんだ……。」
――「軽い気持ちで応募したばかりに……。」
――「……うっ、……うっ」
胸を締め付けるような激しい後悔と涙の懺悔が次々と漏れ出していった。
刑務官たちからは「何があったんだ?」「急にどうしたんだ?」と不思議がる。
一華の脳内に犯罪者たちの後悔の念が響き渡ってくる。人間の心を根底から書き換える圧倒的な浄化の奇跡が眼下では巻き起こっていた。
「犯人たちが後悔しだしたみたい。」
「一華、上手くいったようだ。サン、帰ろう。」
「にゃん」
サンはシンの言葉で旋回する。シンがテレポートの魔力を重ねて『シン華の家』の主寝室へと戻ってきた。
サンは黒猫へと戻ると、シンに猫缶を開けてもらった。サンは食べ終わると水を飲み、自分のベッドで丸くなり目を閉じた。
一華は龍輝をベビーベッドへと下ろすと「龍ちゃん、サポートありがとうね。」と声をかけると、コクコクと頷いたあと、龍輝は深い眠りへと落ちていった。
シンは食器を片づけ、一華とシンはベッドに横たわった。
◇◆◇
翌朝。
一華とシン、そして龍輝はいつもの時間に起きてきた。
やはり、龍輝はまだ眠いのか、朝食を食べながら船を漕いでいる。
「龍ちゃん、もう少し寝ようか。」
龍輝はコクコクと頷いたまま、安心したように眠ってしまった。一華は抱き上げて、ベビーベッドへと横たわらせた。
一時間ほどで龍輝が起きてきた。朝食が少なかったため、米粉プリンをおやつ代わりに食べさせると、おもちゃコーナーで元気に遊び始めた。いつのまにか、一華が昨夜使った三日月のステッキを手に持っている。
龍輝が寝ている間に、レオナルドとアーリンもレイモンドを伴って出勤してきていた。龍輝はレイモンドに向けて「アアアアアア、アー」と口にしながら、ステッキを無邪気に振り回している。
「あーぁ、龍ちゃんのおもちゃになっちゃったね。」
◇◆◇
その日の深夜。
シンは静かに意識を集中させ、総理大臣の脳内へと直接テレパシーを送り込んだ。
――《犯罪者たちは後悔しているだろ》
総理大臣は脳内に響いた低い声に飛び起き、ベッドの上で姿勢を正した。
「あぁ、拘置所の犯罪者たちが奇妙なほど素直に反省と後悔を口にし始めているそうだ。何をしたんだ?」
――《成功だな》
「主犯なんだが、南国人だそうだ。これでは。いくら陽の国人を逮捕して更生させても、犯罪が無くならない……。」
――《ふっ、南国人か。やっぱり性根が腐ってるな。アジトを焦土化すべきだったか……》
「そ、それは流石に……」
――《個人情報のリストは押収したのか?》
「可能な限り押収はしているが……完全とは言えず、安全になったとも言えない。」
――《やっぱり焼き払った方が良かったか》
「アジトのデータを焼き払ったとしても、すでに複製・転売されている可能性がある。主犯格である南国人が捜査に協力しなければどこかに残ったままだろう……。」
――《……そうか。いつまでも終わらんな》
「あ、あの、昨夜、容疑者たちにやったことを、主犯格である外国籍の組織や、すでに全国の刑務所で服役している他の受刑者たちにも、やってもらえないか?」
――《新たな依頼ということか?》
「それでいい。やってもらえるのだろうか?」
――《主犯の南国人は南国の警察が連れ帰ったのだろう? 外に連れ出せるのなら、満月の夜のみ引き受けてやる。ただし雨天中止だ》
「次の満月までに場所を連絡します。」
――《承知した》
シンの冷徹な了承とともに通信は断った。
一華の隣に横たわり深い眠りについた。




