第14話 特訓開始
シンは龍輝に戦士としての特訓を開始させるため、ネットでチャンバラごっこ用のスポンジ剣と盾、さらにヘルメットと大量の紙風船を買い揃えた。
ヘルメットと両腕に膨らませた紙風船を両面テープで貼り付け、準備は万端だ。
「龍輝、いいか。これは紙風船を叩き割るゲームだ。早く紙風船を割った方の勝ちだ。パパとの対戦では魔力を使ってもよいが、顔面を狙うのは無しだぞ。」
龍輝は声を発せず、目を見開きながらコクコクと頭を縦に振って頷いた。右手にスポンジ剣、左手に盾を構える。一方のシンは、左手にスポンジ剣を持ったものの盾は放棄した。
「はじめ!」
レオナルドの合図で戦闘の火蓋が切って落とされる。
「龍ちゃん、頑張れー!」
一華の声援を背に受け、龍輝はぶんぶんとスポンジ剣を振り回す。しかし、圧倒的な身長差とリーチ差の壁があり、シンの体にかすりもしない。業を煮やした龍輝は浮遊の魔力を解放し、シンと同じ高さまでフワフワと浮き上がった。
(ふっ、可愛いやつめ)
――パン、パン、パン
シンが軽く手を伸ばすと、天使のようにのんびりと浮いていた龍輝の紙風船は、あっけなく潰された。もちろんシンは魔力すら使っていない。
「ぶー」
龍輝が激しく抗議するが、こればっかりは勝負だ。
「パパは何もしていないぞ。龍輝が近づいて来ただけだぞ。」
「ぶ……ぶー」
龍輝は床に降り立つと、悔し紛れに一華の足にしがみつく。
一華はしゃがみ込み、ヘルメットを外しながら優しく頭をなでる。
「龍ちゃん、パパに負けちゃったねー。どうすれば勝てるかなー?」
「……?」
小首をかしげる龍輝の横で、次はレオナルドとレイモンドの親子対決が始まろうとしていた。
いまだ魔力が覚醒していないレイモンドは、圧倒的に不利な状況だ。レオナルドは剣を左手で持ち、右腕は背中に回した上で盾も持たないハンデを背負った。
「はじめ!」
シンの合図とともに、アーリンの応援をうけてレイモンドが突撃する。
「レイモンド、頑張れー!」
しかし、おぼつかない足取りで懸命に剣を振るうも、父の頭には到底届かない。見かねたレオナルドはあろうことかスポンジ剣を手放し、素手で勝負に出た。確かにリーチの差は解消するが、身長の差は残ったままだ。
大人の目にはスローモーションのように映る歩みで逃げ回るレイモンド。
(この状態で潰すのは可哀想だが……これも特訓だからな。)
――パン、パン、パン
結局はレオナルドの手によって紙風船を潰されてしまった。
「あーぁ」
落胆するレイモンドをアーリンが駆け寄り抱きしめる。
レオナルドはシンにだけ聞こえるようにボソッと呟いた。
「レイモンドにはまだ早かったですかねぇ。」
「今日始めたばかりだ。逃げることも特訓だ。」
可愛い息子への思いは皆同じだった。
「あっ、あっ」
その時、龍輝が自分の頭を指さし、シンへと再び対戦を挑んできた。一華に再びヘルメットを装着してもらい、戦闘態勢に入る。
「はじめ」
シンは我が子であっても手加減はしない。より過酷な現実を教え込むためだった。しかし、二度目の勝負で龍輝は一味違っていた。浮遊の魔力を使わず、じーっとシンの顔を見据えたかと思うと、持っていたスポンジ剣の先をながーく伸ばしたのだ。
「ふっ、今度は剣を伸ばしてきたか。」
シンの頭を狙うには十分な長さになったが、今度は剣自体の重みが増し、片手では全く制御できない。龍輝は盾を投げ捨て、剣道の構えのように両手で柄をしっかりと握りしめた。
「おっ、考えたな。」
長くしなりすぎるスポンジ剣は、ぶんぶんと振り回すうちにムチのように大きく曲がり、狙いが全く定まらない。
シンはひょいひょいと避ける。
「龍輝、どうした。当たらないぞ。」
「あー、あー」
イライラを募らせた龍輝は、ついにスポンジ剣を手放し、シンの顔面めがけてテレポートする。しかし、敵の懐へ飛び込みすぎたのが命取りだった。
――パン、パン、パン
シンは素早く手を伸ばし、龍輝の頭と両腕の紙風船を容赦なく三箇所をあっという間に潰した。
「あー、あー」
「龍ちゃん、残念だったねー。」
シンは龍輝を床に降ろし、諭すように告げた。
「龍輝、これでは敵にやられてしまうだろ。自爆だぞ。」
シンに指摘された龍輝は、頬を大きく膨らませて「ぶー」と悔しさをにじませた。
「だが、全く違う戦い方を考えたことは褒めてやる。」
シンは龍輝の頭を撫でてやる。
龍輝はシンに褒められたことが分かったようで、最後には笑みを浮かべて力強くコクコクと頷いた。
「今日はこれまでだ。あとは好きに遊んでいいぞ。」
「ぶー」
「ん? もう一回するのか?」
龍輝はコクコク頷く。
負けず嫌いに火がついたのか、龍輝は再び紙風船をつけ直させるとシンに向き直った。盾も持たず、両手で剣の柄を持って構える。
「はじめ」
レオナルドの合図で三度目の対戦開始だ。
龍輝は小さな頭でふと思いついたのか、キラッと目を輝かせる。魔力を解放し、自分のスポンジ剣の長さを操れるほどの絶妙な長さを調整しつつ伸ばした。
「はっ?」
逆にシンの剣の持ち手部分を親指と人差し指でしかつかめないほど縮小させ、さらに剣の部分を十センチ程度へと縮小させた。
「おいおい、これでは剣の意味がないではないか。」
「きゃはは!」
龍輝はシンのスポンジ剣を見て、声を上げて笑った。
圧倒的な逆リーチ差を作り出した龍輝は、さらにシンと同じ高さまでテレポートして、その場で浮遊し続けた。体格の差を完璧に相殺してみせた。
「なんと……三戦目にして体格の差を解消させてくるとは……。」
レオナルドが龍輝に感心する。
「だが、力の差はどうする。」
シンが挑発する。
「ぶー」
シンの言う通り、力の差までは埋められない。龍輝の放つ一撃はあまりに力が弱く、動作が緩慢だ。
――パン、パン、パン
シンの短いスポンジ剣であっけなく捉えられ、再びすべての風船を割られてしまった。
二本の指でしか持てないほどの持ち手であっても、握力が半端ないシンの手にかかれば、潰せるほどに操れるのだった。
「ぶー」
「あーぁ、負けちゃったねぇ。龍ちゃん、これからはパワーを付けなくちゃね。」
一華でも力不足と分かったくらいだ。今度こそ、龍輝は対戦を挑んでいかなかった。
「体格差は解消できても、パワーの差は埋められなかったな。浮遊していては体幹と足に力が入らない。腕の力だけではその長い剣は操れんぞ。」
「ぶー」
「腕の力は腕立て伏せ、体幹はプランクで鍛えられる。あとはジャンプ力だな。」
「シン、トランポリンを置いてあげたら? こういうの。」
一華が見せたスマートフォンの画像を元に、シンはその場で魔力を解放して実物大の大きなトランポリンを、おもちゃコーナーの一角に出現させた。
「龍輝とレイモンドは、これで特訓だな。」
シンは試しに、ジャンプして見せた。
「お、これ大人でも楽しめるぞ。」
龍輝とレイモンドは大喜びで駆け寄る。
龍輝はシンに「あっあっ」と手を伸ばして上にあげろと催促する。
「お前、こういう時だけは赤ん坊の振りをするんだな。ほら。」
シンはトランポリンから下りて、龍輝を抱え上げトランポリンに乗せる。赤ん坊の振りをされパパとしての役目を遂行する。続いてレイモンドも抱え上げトランポリンへと乗せてあげた。
しかし、二人が同時に乗るとタイミングが合わず、コロコロと転がってばかりでジャンプどころではない。
龍輝とレイモンドは「キャッキャ」と声を上げて笑っている。
「二人とも、静かに立ってみろ。」
二人は笑い声を上げるのを止め、手をつきながら静かに立ち上がる。
シンは微かに魔力を解放し、手すりの高さを子供用にまで下げてやる。
「手すりを持って、二人一緒にジャンプするぞ。一、二の三、はいの『はい』で上にジャンプするんだ。いいな。」
龍輝とレイモンドはコクコクと頷いた。二人は手すりにしっかりと掴まる。
「一、二の三、はい」
シンは『はい』のタイミングで手を叩くと、二人は息を合わせてピョンピョンと飛び始めた。
「すごーい。龍ちゃんとレイ君、もうジャンプできるようになるなんて。」
「ま、手すりがあるからタイミングさえ合わせれば、どうってことないだろ。」
「ぶー」
龍輝はジャンプしながらシンに抗議した。
「少しぐらい褒めろって怒ったのかな?」
「手すりなしで、二人同時にジャンプが続くようになったら褒めてやる。」
「ぶー」
龍輝はなんと手すりからパッと手を離した。レイモンドもそれに触発されて手を離す。シンは冷静に見据えながら呟いた。
「龍輝、魔力を使ったな。」
「きゃはは!」
「えー、ここで魔力は使っちゃダメでしょ……!」
「ぶー」
龍輝は抗議する。魔力を使うなとは言われてなかったからだ。
「俺が魔力禁止とは言ってなかったからな。これからは魔力禁止だ。」
「ぶー」
「体幹とジャンプ力の特訓にならないだろ。」
「ぶ……」
龍輝が魔力を解除した瞬間、二人はバランスを崩して仲良く尻もちをついた。
龍輝は「あっあっ」と手を差し出し、床に下ろせと言っているらしい。シンは龍輝を抱き上げ、床に下ろした。続けてレイモンドも床に下ろした。
龍輝はダダダッと走ったと思ったら、スポンジ剣を拾い上げ、シンを追い回し始めた。どうやら先ほどの仕返しをするつもりのようだ。今はゲームではない。不意打ちだ。シンは咄嗟にひょいひょいと移動する。
「ぶー」
「おいおい。奇襲攻撃か……。」
龍輝はスポンジ剣を振りながらも、逃げるシンを追いかけて行く。
「これは、どういうことなんだろう……。」
「龍輝様が、シン様に怒ったからですかね?」
レイモンドはレオナルドの横へと退避してきた。龍輝はシンを追いかけているが、まったくかすりもしない。
「これって……勝敗はどうやって決めるの?」
一華は隣のアーリンへと問いかけた。
「龍輝様がシン様から一本を取るまでですかね……。」
アーリンが答える。一華はアーリンの顔を見つめる。
「仕方ない。私たちはおやつの時間にしようか。」
「えっ、構わないのですか?」
「大丈夫、大丈夫。私たちがいても、ただ見てるだけだし。邪魔でしょ。」
「まぁ、はい。」
一華とアーリンは、キッチンへと足を向けた。
淹れたての紅茶と珈琲にパウンドケーキ、そして子供たちには手掴みできる干し芋と麦茶がテーブルに並ぶ。
「おやつだよー!」
一華がおもちゃコーナーに向けて声を張った。
それを聞いた龍輝は、手に持っていたスポンジ剣を放り投げ、一目散に一華の元へと駆け寄っていった。
「ふふふ、龍ちゃん勝負は決まったの?」
「ぶー」
龍輝は顔を横に振り否定する。
シンもようやく龍輝から解放されて、龍輝のあとを追った。
シンは龍輝をキッズチェアに座らせると、隣に腰を下ろした。レオナルドとレイモンドも腰を下ろす。
「おやつの時間で助けられたな。」
「でしょ? おやつには勝てないでしょ!」
龍輝は動き過ぎてお腹が空いていたのだろう。干し芋をパクパクと食べている。
「龍ちゃん、喉に詰まらせるから、麦茶も飲んで。」
一華は麦茶のコップを龍輝の手に握らせる。
ごくごくと飲み終わると、すぐに干し芋をぱくつく。
レイモンドはというとゆっくりと食べている。
「龍輝、今日のところは、勝負はお預けだ。」
龍輝はシンの言葉に答えず、おやつに夢中だ。
一方で、おもちゃコーナーでは静かに遊ぶ姿があった。トランポリンにぴょんと飛び乗ったサンが上下する床に驚いている。
ギィギィ、ギィギィ
「にゃにゃ?」
サンは跳ね返りのタイミングを掴むと自身の体をジャンプさせる。ジャンプ力のある猫がトランポリンでジャンプすることでさらに高く飛び上がる。
ギィギィ、ギィギィ
「にゃ」
「にゃ」
「にゃ」
宙で回転したりと遊んでいるサンに気づいた龍輝は、干し芋を口に頬張ったままサンを指さし、シンの方を向いて「あー、あー」と訴えかけた。
「おやつを食べきってからだ。」
龍輝はもぐもぐと口を動かし、麦茶で胃の中へ流し込むと、シンに向けて口の中を見せる。シンは食べきったことを確認すると、キッズチェアから龍輝を下ろした瞬間、龍輝は一目散にトランポリンまで駆け寄っていく。
「あー、あー」と甲高い声を上げながら、龍輝はピョンピョンと両足で跳ねてサンを指さし、シンたちの方へと顔を向けて訴えてきた。自分でテレポートしてトランポリンに飛び乗らないのは、『おもちゃコーナーでの魔力禁止』のルールをちゃんと守り、パパに上げてもらおうという魂胆からだ。
「シン、呼ばれてるよ。」
シンは重い腰を上げ、トランポリンまで近寄った。
「サン、飛び跳ねるのを止めてくれ。
サンがトランポリンの反発力を自身の足で完璧に吸収すると、シンは龍輝を抱き上げてその上に乗せてやった。
みんなの元へと戻ってきたシンは、冷めかけた珈琲を飲みながら呟く。
「階段でも付けなければ、仕事中でも乗せろ降ろせと言いかねないな。」
「ふふっ、シンがおもちゃコーナーでは魔力を禁止にしたからじゃない? 解放できるのはシンとの対決の時だけでしょ?」
「そういうことか。甘えて赤ん坊の振りをしているのかと思っていたのだが……。」
「龍輝様は一度言われたことを理解し、約束を守ることまで徹底しているのですね。」
感心したようにレオナルドが口にする。
「性格は私似かと思ってたけど、性格までシン似とは……。」
シンにそっくりなのは顔だけかと思いきや、頑固でストイックな内面まで完全に遺伝していることに気づき、一華は将来の学校生活に密かな頭痛を覚えるのだった。
シンはおやつ時間が終わると、早々に魔力を解放し、衝撃を吸収するタイプのドッグ用ステップを具現化させた。
トランポリンの傍へと設置すると衝撃で離れないようトランポリンとステップをしっかりと固定させていった。
一華から子供たちだけで自由に使用させるなら、転んだ時に怪我をしないように、金属部分を厚手のクッション素材で保護するように言い渡されてしまったシンは、TPE素材の厚手マットでばねの上など金属部分をぐるっと囲み、手すり部分も持ち手以外も含めて完璧に保護していった。
さらにいつでも腕立て伏せやプランク、自由に寝転んで遊べるよう厚手のマットを中央に敷き詰めた。
おもちゃコーナーでは子供だけでなく大人でも鍛錬ができるコーナーへと徐々に姿を変えていった。




