第12話 お披露目
魔界の宮殿では、未来の魔王の生誕一周年を祝うべく、従者たちが慌ただしく動き回っていた。
龍輝が生まれた当時は家族水入らずで過ごしたが、一歳の誕生日は盛大に祝おうというのが魔王ハオの提案だった。
「魔界で過ごすことが少ない龍輝の姿を、従者たちでさえほとんど見たことがない。この機に、人間界と魔界を自由に往来できるようお披露目を兼ねよう。」
そうして迎えた、龍輝の一歳の誕生日当日。
一華は自身の魔力で、魔界でも映える豪華なプリンセスドレスへと衣装をチェンジさせた。
ヘアメイクはシンが魔法を使ってドレスに似合うふんわりとした雰囲気に仕上げてくれた。鏡に映る一華の姿を見て「ママになっても可愛いな。」とシンが微笑んだ。
さらにシンと龍輝も一華の魔力でお揃いの魔界の正装へとチェンジする。
「シンはやっぱり魔界の正装が似合うね。龍ちゃんはシンをちっちゃくした感じで、そっくりだよ! ふふっ」
「一華もすごく似合ってる。ママになんて全然見えない。」
「ふふっ、まだ独身でも通用するかなぁ?」
「なっ……! ひ、人妻にしか見えない……。」
シンが顔を赤らめて強く抗議すると、なぜか龍輝までもが小さな両手をバタつかせて否定する。
「ぶー」
「もう、親子揃って同じ意見とは……。」
和やかな空気が流れる中、レオナルド、アーリン、そしてレイモンドが魔界の護衛用正装に着替え、『シン華の家』へとやってきた。
「「おはようございまーす!」」「まーちゅ」
「「おはよう」」
「わぁ、一華様、とっても可愛いですぅ。」
「龍輝様はシン様そっくりですね。」
「おぅっ、レイモンドも今日から護衛につくのか。頼むぞ。」
シンが声をかけると、レイモンドは引き締まった表情でこくりと頷いた。
「さぁ、行こうか。」
シンが龍輝を軽々と抱き上げ、六人は魔界への接続ゲートへと向かう。
「サンちゃんもいくよ。」
「にゃんにゃん……(俺も行くにゃんか?)」
「そうよ。パパに、サンちゃんも連れてきてって言われてるの。」
一華が抱き上げようとしたが、ドレスの裾が邪魔をしてうまくいかない。すると、手の空いていたアーリンがそっと手を挙げた。
「一華様、私がサン様を抱いてもよろしいですか?」
「いいの? お願い。」
「サン様、いいですか?」
「にゃん……(いいにゃんよ)」
サンは大人しくアーリンに抱かれ、六人と一匹は接続ゲートの扉を開け、『シン華の間』へと足を踏み入れた。
魔王ハオの執務室には、護衛であるレオナルド、アーリン、レイモンドの姿もあった。長椅子には中央に龍輝を挟んで一華とシンが腰掛け、正面の魔王夫妻が温かい眼差しを向けている。
「おぉ、よく来たな。ふむ、シン、そっくりだな。瓜二つだ!」
「ふふっ、ほんと。まるで双子のようね。」
「あーい!」
ハオとアズサの笑顔に、龍輝は両手を上げて元気に応える。
「今日はじぃじから、龍輝にプレゼントがあるんだ。」
ハオがテーブルの上に置いた布をめくると、そこには魔宝石があしらわれた小さなペンダントが二つと、上質な首輪が一つ現れた。
「シン、魔力を込めてくれ。」
シンが促されるままペンダントに魔力を込めると、宝石の輝きはますます深い色合いを帯びていく。
「おいで、龍輝。」
シンが椅子から下ろそうとした瞬間、龍輝はふわりと自身の浮遊魔力を解放し、そのままハオの膝の上へと軽やかに舞い降りた。
「なっ、……まさか、龍輝はまだ歩けないのか?」
「歩くどころか、魔力で走り回れるぐらいだよ。」
答える一華に合わせて、龍輝が両手を上げて応える。
「あーい!」
驚くハオをよそに、龍輝はアズサとの間にちょこんと座り、差し出されたペンダントを首にかけてもらった。
「レイモンドもこちらへ。」
ハオの言葉にレイモンドはレオナルドの顔を見上げたが、レオナルドに促されたレイモンドはトコトコと歩み寄り、同じペンダントを受け取る。
「あ、あの、レイモンドにまでよろしいのでしょうか?」
「レイモンドは龍輝の護衛だろ。龍輝と一緒にいつでも自由に魔界へ遊びにくるといい。」
ハオはさらに、サンを見据えた。
「それから、サンもおいで。」
アーリンから下りたサンが誇らしげに歩いてくると、ハオはその首に首輪をつける。
「サンも龍輝のお守り兼護衛だ。一緒に来るといい。」
「にゃんにゃん……(どこにでも行けるにゃんか?)」
「あぁ、ただし、龍輝を危ない所へ連れていかないようにしてくれよ。」
「にゃん……(わかってるにゃん)」
サンは胸を張って頼もしく答えた。
その傍らでは、執務室の奥に領主たちからの贈り物――『ザ・王子様』向けのおもちゃや武術具の山が積まれている。
「それから、領主たちから数々の贈り物が届いているんだが……持って帰るか?」
ざっと見たところ、人間界の家には似つかわしくないような物ばかりだ。
「おもちゃは、遊びに来た時用にここに置いてちゃダメ?」
「別に構わんが……、あちらの家には場違いのような物ばかりだからな、仕方あるまい。」
その時、コンコンと控えめなノックが響いた。いよいよ、お披露目の時間がやってきた。
宮殿の二階バルコニーへ足を踏み入れた一華とシン、そしてシンに抱かれた龍輝。
眼下には、城下町の民衆だけでなく、各領主たちに連れられた多くの魔界人たちが埋め尽くし、未来の魔王の姿を今か今かと待ちわびていた。
魔王族の姿が現れた瞬間、割れんばかりの大歓声が上がる。シンが片手を軽く上げると、ピタリと静寂が訪れた。
「私と一華の息子、龍輝だ! 今日、一歳の誕生日を迎えた。皆で祝ってやってくれ!」
「龍輝様、おめでとうございまーす。」
歓声に応えるように、龍輝は左手を小さく上げて「あーい」と声を漏らす。
その無邪気な姿に、眼下では「キャー、可愛い♡」「シン様そっくりー!」と黄色い悲鳴が飛び交った。
その下で何が起きているのか見えないサンは、背伸びをしても届かないことに業を煮やし、ピョーンとバルコニーの手すりめがけて跳び乗った。しかし、見事に目測を誤り、バランスを崩してそのまま外へと真っ逆さまに落下してしまった。
「キャーッ!」
民衆から悲鳴が上がる。
だが次の瞬間、サンの体がふわりと柔らかな光に包まれ、宙に浮き上がった。一華とシンが驚いて目を向けた時には、すでに龍輝の無意識の魔力によって、サンは救い上げられていたのだ。
「サン、龍輝に助けられたな。ペガサスにでも変身しろ!」
シンは微動だにせず、冷静に言い放った。
ポンッ!
空中でジタバタともがいていたサンは、その場で真っ白で神々しいペガサスへと姿を変える。
「おぉ~……!」
翼を得たサンは自ら堂々と羽ばたき、民衆たちの上空を誇らしげに一周してから、ふたたびバルコニーへと舞い戻ってきた。
「もうサンちゃん、危なかったよ!」
一華がホッと胸を撫で下ろしつつサンの顔を撫でると、サンは「ヒヒィーン……(あぶにゃかったにゃん……)」と情けなく鳴いた。
「龍ちゃん、助けてくれてありがとうね!」と一華が微笑む。
「あーい」
龍輝が一華に向けて左手を挙げて応えると、群衆からはさらなる感嘆の声が沸き起こった。同時に、共鳴の魔力を解放していた一華の脳内へと、民衆たちの思念が流れ込んでくる。
――『龍輝様は、すでにこれほどの魔力を覚醒させているのか……』
――『魔王族は、飼い猫までも別格なのか……!?』
(うんうん、みんなの反応は普通だね。)
さらに、どこかから別の思念も混ざってくる。
――『うちの娘を妃候補に……』
――『我が息子を側近として育てねば……』
(だ、誰なの? 妃や側近なんて、まだ一歳になったばかりなのに早すぎるってば……!)
戸惑う一華をよそに、お披露目のクライマックスへとプログラムは進む。
「今日は龍輝の誕生日を祝うため、花火を用意した。本来は夜に楽しむものだが、あいにく今は昼だ。少々見えにくいかもしれないが、皆も楽しんでくれ。」
――本格的な花火を魔界でも打ち上げたいとシンたち『合同会社SINQ』のメンバーがネットで色々探ってはみたものの、花火師としての資格があっても花火玉を購入することすらできないことが判明。誰もが購入することができる市販品のなかで探し出した『最大最強』を誇る特大の打ち上げ花火である。数日前からヴォルトン一行が場所を選定し、結界の中で厳重にテストを重ねてきた人間界の打ち上げ花火だ。――
シンが太陽とは反対方向にいるヴォルトンに合図を送る。
「ヒューーー、ドカァァンッ……!! パラパラパラ……」
大輪の花火が、魔界の青空を切り裂くように鮮やかに華開いた。人間界の『最大最強の打ち上げ花火』が放つ轟音と閃光に、今まで祝砲の文化しかなかった魔界の民衆たちは息を呑む。
「おぉ~!」
――シューー、バーン……チリチリチリ
――ヒューー、ドカァァン、シューー、ドカァァン!
次々と青空に打ち上がる色鮮やかな光の芸術に、眼下からは「おぉ……っ!」という割れんばかりの歓声と、どよめきの波が幾重にも押し寄せてきた。
龍輝も小さな手をパチパチと叩いて満面の笑みを浮かべている。
人間界で初めて花火大会を目にした龍輝も最初は驚いたものの、それが安全で楽しいものだと分かると、目を見開いて楽しんでいた。
数分間の華やかな打ち上げ花火が終わりを迎えるも、物足りない感は否めない。
「今のは『打ち上げ花火』というものだ。興味がある者は『SINQstore』まで注文してくれ。」
シンが締めくくると、各領主たちは「ぜひ我が領地でも!」と激しく色めき立っていた。
やがて、お祭り騒ぎの熱気の中、龍輝とレイモンドのまぶたがだんだんと重たそうに垂れ下がってくる。
「龍輝がおねむのようだ。皆、気をつけて帰るように。」
シンの穏やかな声を合図に、魔王族一行は宮殿内へと引き返していった。
ハオとアズサは名残惜しそうに孫を見送り、黒猫に戻ったサンも一華たちの後をついて『シン華の間』から人間界の家へと帰っていった。
人間界の家に戻った一華は、龍輝とレイモンドがお昼寝から起きるのを待つ間に、約束していたプリン作りに取りかかっていた。鍋でイチゴをコトコトと煮詰め、甘酸っぱいピューレを作っていく。
やがて目を覚ました龍輝とレイモンドに、昨日から冷やし固めていたプレーンタイプの米粉プリンを用意し、手作りのイチゴピューレをたっぷりとトッピングして差し出した。
初めて口にする本格的なスイーツの味わいに、龍輝は目を輝かせて夢中で頬張る。
イチゴのピューレ作りがすっかり日常のルーティンになった一華は、その後も龍輝やレイモンドと一緒に、イチゴ味の特製ミルクやアイスクリームを囲みながら、穏やかで幸せな時間を過ごすのだった。




