第5節:別離の海
本日3本目です、
翌朝。
濃い朝霧が晴れていくと、水平線の向こうに扶桑国の海岸線――水戸の陸地が見えてきた。
助さんが手配した(おそらく忍びの通信網を使ったのだろう)隠密の小舟が、迎えのために近づいてくる。
別れの時だ。
光圀、助さん、格さんの三人が、小舟へと乗り移る。
「世話になったな、アミーゴたち!」
光圀が船員たちに手を振ると、荒くれ者たちは涙ぐみながら帽子を振って応えた。
「達者でな、坊ちゃん!」
「助のアニキ! 勝負の続きは、いつかまた!」
「格さん、酒の飲みすぎには注意しろよ!」
そして、マリア。
彼女は甲板のへりに立ち、船長としての威厳を保ったまま、光圀を見下ろしていた。
涙は見せない。
それが彼女の意地だった。
「行け、ミツ。自分の信じた道を」
マリアは力強く告げた。
「……だが、海を見るたびに私を思い出せ。お前は、私から逃げたただ一人の男なのだからな」
「忘れるかよ。海賊王の淹れた、泥水みたいに苦いコーヒーの味をな」
光圀はニヤリと笑う。
小舟が離れ始める。
距離が開いていく中、光圀が船首に向き直ろうとした、その時だった。
マリアが、身を乗り出して叫んだ。
「ミツ!!」
光圀が振り返る。
「あとね、どうやら私――!!」
彼女が何かを叫んだ瞬間。
ザパァァァンッ!!
巨大な波が船縁に砕け散り、同時に頭上を海鳥の群れが甲高い鳴き声を上げて通り過ぎた。
「え?」
光圀は耳を澄ませたが、マリアの言葉は波音と鳥の声にかき消され、彼に届くことはなかった。
「おい、なんて言ったんだ!?」
光圀が問い返すが、マリアはそれ以上何も言わず、ただ顔を真っ赤にして口元を押さえ、そっぽを向いてしまった。
「なんだよ、気になるじゃねぇか……」
光圀は苦笑しながら、再び振り返ることはしなかった。
彼は右手を高く上げ、そのまま陸地へと向かっていく。
背後で遠ざかる『黒き聖母号』。
波の音だけが、彼らの間に残されていた。
こうして、水戸の暴れ龍の、短くも途方もなく壮大な航海は終わりを告げた。
だが、これは彼がのちに『大日本史』を編纂し、名君・水戸黄門として世に知られるための、長き旅の始まりに過ぎなかった。
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