第97話 勘
どうする、どうする、…………とりあえずワンタップで成行買いが発動する体制。
6本目のローソク足が短く赤い実線を刻んで固定する。
7本目のローソク足が赤く点滅する。
ローソク足は始まりと終わりの値段を比較し、値上がりの時は赤い実線、値下がりの時は青い実線になる。始値と終値の外側の値段は髭と呼ばれる細い線で描かれる。
7本目が6540円で始まり、6550円の時は1円の太さの赤線、6540円の時は色の無い黒い細線。
その二つが交互に繰り返されることによって、赤い点滅に見えるのだ。
6550円の売り板、16200株あった売り注文が徐々に削られ、6549円の買い板が少しずつ増えていく。
1000株
1500株
3000株
4500株
下値を支える買い板が厚みを増し、防御の壁が出来上がりつつある。
ここは――買いか!
6550円の売り板が10000株を割り込んだ。
今、成り買いを発動すれば、まだ6550円で買えるはず。6550円の売り板が食いつくされれば一気に上に飛ぶ…………んじゃないか?
俺の指が僅かに震える。
タップするべきか……?
「待て!」
道造さんの声が飛ぶ。
その瞬間――6549円の買い板がぱっと消えて板が一段下がっていた。
そして左側、6550円の売り板の下に新たな6549円の売り板5500株が現れる。
すぐさま買い方はその板を削っていく。
5100株
4900株
4400株
4700株
4500株
戦場が、一段下に落ちたのか?
買い方が、一段押し下げられたのか?
今度は6549円の売り板が消え、買い板に変わった。
右に現れた6549円の売り板5200株。
買い方の反撃――買い方も10000株の買いで応戦したのかな?
まだ、勝敗は決まっていない。
どっちに動くか分からない。
『分からない』…………それが正しい答え、今この瞬間では――と俺は考えた。
だが、道造さんの考えは違っていたようだ。
「こりゃ、売り方のほうが強そうじゃな」
ぼそりと呟く。
…………強そう。
6550円の売り板への攻撃は続いている。
だが6549円の売り板がある間に6550円の売り板は、15000株を回復していた。
買いが続き今は14200株ではあるが、確かに見ようによっては6550円での売りを誘っているようにも見えないことはない。
8本目のローソク足、依然6550円を超えられず。
10000株を割り込むと2000株、3000株と売り物が入って戦線の厚みを取り戻している。
売り方の守りは硬いのか?
まだ売り方の攻撃は始まってはいない。
攻めているのは買い方のほうに見える。
だが、まとまった注文は売り方のほうが目立つ気がする。
もし、売り方が攻めに回ったら――。
ここで買うのはやばいかもしれない…………これは予感ってやつか?
だから、道造さんが、待てと言ったのか?
8本目のローソク足が確定し、9本目のローソク足に移る。
拮抗した時間は、すでに4分が経過していた。
買い方の勢いが心なしか落ちてきたような?
その瞬間、板が一段落ちる。
6549円に売り10000株――大口の売り爆弾。
6548円の買い板も、ガリガリと削られはじめる。
食われる。
一段落ちる。
6547円
6545円
6541円
右肩下がりのMACD線は、一旦横を向きそうな気配を見せていたが、ここにきて再び急角度に落ち込んでいた。
この局面は、売り方の勝利だ。
ではどこまで落ちるのか?
どこで反転するのだろうか?
そのタイミングで、買い参入し、上がったところで売り抜けるのがデイトレードの手口というもの。
まずは、道造さんの一言で、『騙し上げ』に引っかからずに済んだことを感謝しよう。
――さすがは師匠だ。
MACD線とシグナル線がどんどん離れていく。
ボリンジャーバンドでは、-1σ、-2σを超えていく。
「-3σで反転するか? -3σに沿って下がり続けるか? さーて、いったいどうなるかのう」
「とりあえず、買いの準備を整えないと……」
「今、-3σは、6530円じゃから、そのあたりに厚い板が見えたらその2枚上で指したらどうじゃ? たぶんそのあたりで反転するじゃろう」
道造さんの予言…………今日も当たるかな。
6525円に14700株の買い板が見える。
俺は、道造さんの予言にのって6527円500株の指値注文を準備する。
発動は、その時の動きを見てからだ。
ろうそく足が下髭を伸ばすように-2σと-3σの間で揺れ動きながら下がっていく。
-3σ自体も株価に連動して6530円から6528、6525と下がり続ける。
6525円の厚い買い板が削られ出し、もうすぐ食い破られそうだ。
「思ったより下げ圧力が強いようじゃの」
……確かに。
道造さんも迷っている。
今回の見立ては修正が必要か?
今のは、さっきの予言のキャンセルか?
とはいえ、6527円で指していようと、それ以下の値段なら瞬時に確定することに変わりはない。
問題は時間だけだ。
あまり時間が経ってしまうと準備していた注文が執行前にキャンセルされてしまう。
注文の発動は、俺の気持ち次第――道造さんの合図が先か?
……それとも。
6525円の厚い買い板が削られた瞬間、大きく下にはねるはず。
そして必ず瞬時にリバウンドの上げが来る。
問題は、その後リバウンドを境に上げに転じるのか、下げ続けるのか?
確かに下げの勢いはまだ強い。
壁はガリガリ削られている。
だが、俺はその後に起こるリバウンドの強さを感じていた――いや信じていた。
ただ信じたかっただけかもしれない。
……根拠のないただの山勘だ。
でも俺は、自分の感性に殉じることに決めた。
それが初めての、本当の意味での俺のトレードだから。
6525円の厚い買い板が削りきられる。
株価が大きく下にはねる。
タップ! 買い発動。
リバウンドの上げ。
ローソク足の下髭は、すでに-3σにタッチしている。
リバウンドは6520円(-3σ)から6525円に――そして一瞬の膠着。
上か? 下か?
6526円の売り板が現れては消え現れては消える。
ろうそく足1本分その戦いが続いて――
そして――
株価が上に動き始める。
2円分の短い陽線。
だが次の一分で、6円上昇――。
利確か?
いや、上昇はこれからだ。
ローソク足は-1σを抜けている。
このまま移動平均線まで行ってくれ!
勢いはある。
「途転買いじゃな。大きくとれるやもしれん」
途転買い?
「売り方が、買い方にまわったんじゃよ」
……てことは、売り方に裏切り者が出たようなものか?
裏切り者っていうのは変か。
売った後は買い戻すし、買った後は売り抜けるのが当たり前なんだから。
ただ、大口の一人が売りから、買い戻しに走った確率は高い。
あるいは別の大口が買い参入したのかだ。
この上げが、それを物語っている。
次のローソク足で移動平均線にぶち当たった。
7円の上昇――勢いはある。
このまま一気に突き破れるか?




