第96話 水曜日・デイトレード3日目
今日で3日連続、道造さんの部屋でデイトレードを教わっている。
昨日初めて俺の口座で売り買いした。
やったるぜー!
目指せ、伝説のデイトレーダー。
おにぎりを食べ終わり、俺はみず〇銀行の板を見る。
昨日の終値は6550円、今の板は売り6548円32800株、買い6547円30500株だ。
昨日の終値より2~3円安く始まりそう。
「今日は寄り付き下げてはじまるんですかね……値が付いたらさらに下がるんですか?」
「たぶんそうじゃろうな。買いは下がり切ってからということになりそうじゃ」
「寄り付き前の板って、けっこう重要な情報が含まれてるんですね」
「そうじゃな。じゃが、寄り付きの瞬間大きな注文が入るから、今の情報は当てにならん。初値も9時ぴったりにつくことばかりではないからのう」
「9時から取引が始まるんじゃないんですか?」
「9時から始まる。じゃが9時に注文が多量に入ると、その処理に時間がかかり、値が決まるのに5分も10分もかかることがある」
「へー。じゃあ、今日の場合、例えば6555円で始まるなんてこともあるんですか?」
「もちろんある」
「じゃあ、今の板情報って、全然当てにならないじゃないですか?」
「寄り付きの値段を示しているかという点では、あてにはならんな」
「じゃあ…………」
見ている意味がねーんじゃないか?
「今、板が動いたぞ」
さっきの板は、売り6548円32800株、買い6547円30500株だった。
今の板は、売り6547円32300株、買い6546円32200株だ。
一枚上、6548円の売り板が1100株になっている。
売買の注文が入って移動したのだろうが、さっき6546円の買い板は1700株だったから30500株が1700株にのってきたのが分かる。
売り注文が増えたため、拮抗する値段・板が1枚下がったのだろう。
その後も板の横の株数は増え続け、時には減った。
板の上下動も時々起きる。
注文が取り消されると板の横の株数が減る。
板の動きを見て注文しなおしたのが分かる。
それは、ネットの向こうのトレーダーたちの迷いなのか、――あるいは仕掛けているのか?
ここでは既に心理戦が始まっているのか?
寄り付き。
みず〇銀行の株価は9時に値がついた。
6545円、5円安。
値がついて1秒の間に上に動く。
6546円。
6547円。
6548円。
そして、見る間に下がりだす。
6547円。
6546円。
6545円。
6544円の買い板は5000株以上。
削られるのに時間がかかる。
4800株。
4300株。
3200株。
6545円の売り板は増減を繰り返す。
300株。
700株。
200株。
1200株。
2500株。
6544円と6545円で約定された株数が板情報の下に表示されているタイムラインに流れていく。
板を見れば分かる――買い板が減り、売り板が増えていく。
6544円の買い板が食いつくされたら6443円の買い板は800株、6442円の買い板は500株と薄い。
比較的厚い6437円の買い板12000株まで一気に落ちる可能性があるんじゃないか。
ボリンジャーバンドもMACDは下向きになるのは間違いない――まだ1分目なので点でしか書かれていないが。
ローソク足は6545円を起点に6537円までの青線に成ったり、6545円の点に戻ったり――
2分目に入って1分目の線が固定される。
6537円を起点に6538円までの短い赤の線。
二本目のローソク足も赤線になったり黒線に戻ったりだ。
6537円の買い板が食いつくされた瞬間、ローソク足が下に伸びる。
6537円を起点に6530円。
6429円。
6428円で一旦青いローソク足の伸びは止まる。
6428円の買い板で下げ止まるのか、それとも……。
!!
瞬間、6428円の板が増えた。
6428円10200株――食い破られる寸前で10000株の買いが入った。
6428円1万株は資金にして6428万円。
個人にしては大きな金額だ。
「機関投資家かのう?」
道造さんが呟いた。
機関投資家――それは、保険会社証券会社、年金基金、銀行、投資信託会社など、顧客や企業から預かった巨額の資本を運用する法人投資家の総称だ。
証券会社の自己売買部門のディーラーや、ファンドマネージャーの判断で数億、数十億、時には数百億の資金が一瞬で投入されることもある。
資金の規模が全然違う。
個人が数十万から数千万だとすると、機関投資家は数百億から数十兆円の資金を動かす。
株価の上昇・下降を決定づけるのはこいつらのことが多い。
というよりこいつらの戦場に、個人はお邪魔しているだけなのだ――お客様として。
食い破られ続けていた買い板が一気に反転攻勢。
食いあがる。
食いあがる。
6529円。
6530円。
6531円。
「道造さん、遅れちゃいましたけど、ここで買いですかね?」
自分で判断しなくてはいけないのは分かっているのに、意見を求めてしまった。
「あせるな、あせるな、参入機会はいくらでもある。一度逃したくらい、気にするでない」
今すぐに参入するのは悪手らしい。
気づけば俺は、買いの準備一つできてはいなかった。
昨日はポチッとたたけば注文が約定できるように、体制を整えて待っていたじゃないか……。
まだまだ……だな。
まだ、はじめて3日目。
出来なくて、当たり前だ。
昨日のは、道造さんのトレードだったんだ。
分かっていたつもりだったのに、本当の意味では分かっていなかったらしい。
儲けが出たからって、浮かれてたんだわ。
俺は眉根を寄せてタブレットを見続ける。
正解は一つじゃないんだ。
次のチャンスを見つければいい。
まだ始まって3分、今日はこれからだ。
株価は6531円の厚い売り板を一気に食いつくす。
6532円。
6533円。
6534円。
昨日の終値は6550円。
あと16円でプラマイ0だ。
6535円の売り板は16200株、もうすでに食われだした。
速い。
だが、ここで跳ね返されそうだ。
ここを削りきるには1億以上の資金が必要。
追加される売り注文も含めれば2億の資金が必要かもしれない。
6550円の板を削っていたが6548円まで時々落ちる。
完全に6550円で蓋をされている。
ボリンジャーバンドを見ると、5本目のローソク足が、僅かに下を向く移動平均線を、下から上に突き抜けたところだ。
ここからはじき返されれば、-1σを目指すだろう。
「拮抗しとるのう。ここはまだ待っとった方が良かろう」
………拮抗してる?
売り方と買い方がこの板で、このラインで激戦を繰り返している。
機関投資家・ディーラーたちの、巨額な資本と情報力と社運と気力と出世と命を懸けた戦いだ。
この戦場で、勝った方が株価の上昇・下降を決定づける。
俺はその方向に追従するだけ。
勝ってくれれば買い参入、負ければ参入できない。
売りで参入するには空売り、禁じられた信用取引をすることになる。
どうすれば? 買い参入か? 様子見か?
そうだMACDは?
MACD線は右肩下がりの傾きが僅かに緩くなっているだけ。
ここからV字に上向くことなどいくらでもある。
そうなるような気がする。
く――、全然わかんねー!




