第95話 奥が深い
町中華で夕食を取り、道造さんはパチンコ店に、俺は道造さんの「ユーチューブを見るんじゃろう」という勧めで自宅に戻った。
風呂に入って汗を流し、布団を引いて寝ころんでタブレットを見る。
ユーチューブを検索すると、サッカーに関する動画がずらりと並んでいた。
技を調べるのもよいが、実際のフィールド内の動きを見るのも大切だろう。
一番分かりやすそうなやつ…………まずはこれを見てみるか?
『サルでも分かるサッカーの基本 世界一わかりやすく解説』という動画を見てみることに。
その動画では、基本的なポジションとその役割や、各ライン(タッチライン、ゴールライン、オフサイドライン)の役割、オフサイド、戻りオフサイドについての解説がされていた。
なんとなくしか知らなかったルールが、形になって頭に入ってくる。
なかでも気になったのは、「最近のゴールキーパーは攻撃参加を求められることも多く足元の技術の高い選手がどんどん増えている状態だ」という一言。
画面の中では、キーパーがペナルティエリアを飛び出し、パス回しに加わっている。
「マジかよ……」
今時キーパーも、守るだけじゃないのね。
ふーん…………本当かね?
ゴールキーパーでも足技はできた方がいいんだ。
ゴールキーパーが攻撃参加して、前に出ていた時のオフサイドラインはこうなるのね。
俺はサルじゃないけど、これはなかなか難しいぞ。
俺は、分かり辛いところをもう一度見直す。
まあ、分かったぞ。
続いて、『サッカーの基本・オフザボールの動きで試合を制するテクニック』という動画を見てみる。
プレーヤーがボールを持っていない時、どう動くか。
……こいつは、役に立ちそうだぜ。
「まずは、いつマークを外すかが大事」とのコメント。
画面の中の選手が、マークを外す。
同じ動画が解説付きで流れる。
同じところを繰り返し再生。
……なかなかに難しい。
動き出すタイミングは、パスを出すプレーヤーがボールを持った瞬間にマークを外すように素早く大きく離れることだ。
…………パスを出すプレーヤーの足元にボールが無いと、瞬時にパスが出せないからね。
タイミングが早すぎると、味方がボールを触れるようになるまでに、外したはずのマークがまた詰められてしまう。
それでは味方がパスを出せない。
それから、マークしている選手を騙すこと……つまりはフェイントだ。
ゆっくり後ろに下がると見せてマークが寄ってきた瞬間、その横をトップスピードですり抜け相手の背後を取ってパスをもらう。
これは理想的な形だな。
これなら高い位置でパスがもらえる。
解説付きで実演される動画を見ながら感心する。
何もしなければ、パスはもらえないんだな。
次々に動画を再生する。
『4-4-2システムの攻撃と守りの動き方』、『4-2-3-1システムの話』、『4-4-2守備に対し4-2-3-1攻撃のプログレッション』、『4-3-3システム完全解説』などなど。
フォーメーションの違い。
役割の違い。
守備と攻撃の連動。
サッカーって個人技だけじゃなく、集団としても分かっていなくちゃいけないんだな…………練習には実践が必要みたい。
タブレットを胸の上に落として天井を見上げた。
遊びでサッカーするのとはだいぶ違うな――個人技は鍛えられても集団戦の実地はできない。
「……これって無理ゲーじゃね?」
俺にはチーム練習の当てがない。
脳内シミュレーションを繰り返すしかなさそうだが、それで大丈夫だろうか。
とにかく試合の動画をたくさん見た方がよさそうだ。
というか、俺にできるのはそこまでだ。
ふー! ……また一歩、サッカー選手が遠のいた気がするわ。
俺は布団をかぶって目を閉じる。
瞼の裏でユーチューブ動画が繰り返される。
明日はまた、デイトレードの実践で、道造さんの家に行く予定。
デイトレードもまだまだだし、何事も奥が深いということか?
とにかく明日に備えて、早く休もう。
羊の数を数えだすと、眠りはすぐにやってきた。
朝目が覚める。
昨日は早めに寝たので頭はすっきりだ。
やることは分かっている。デイトレードの経験を積んで、道造さんのアドバイスなしでもトレードできるようになること。サッカーはとりあえず個人技だけでも極めることだ。
コンビニに寄り、いつものようにおにぎりとお茶を買って道造さんのアパートへ。
3日続けての訪問だ。
「おはようございます」
「おう。入れ」
道造さんは上機嫌だ。
昨日のパチンコで、大勝したのかな?
「昨日は、打ち止めしたんですか?」
「まあな。昨日はすぐ出たからだいぶ儲かったわい」
やっぱりね。
「それにしても、天心があれほどサッカーが上手かったとは知らなかったぞ。本気でプロを目指してもいいかもしれんと思って、セレクションの予定を調べておいたぞ」
「本当ですか。ありがとうございます」
道造さんは得意げに説明を始めた。
「それでじゃな――東京近郊では、SC東京が8月8日にセレクションを行うようじゃ。参加費は3300円、キーパーと両方受ける時は2口じゃと。場所はSC東京練馬運動場、申し込みはインターネットで8月1日まで。『集合時間などは、お申込み・参加チケットの確認後にメールにてお送りする受験の案内をご確認ください』じゃと」
「もうすぐじゃないですか! 8月8日ってあと2週間ちょっと――練習時間も足りなそう」
「練習時間が必要なら、デイトレードはやめてサッカーの練習をしたらどうじゃ?」
「じゃあ、午後はサッカーの練習にして、午前中はデイトレードってのはどうですか?」
顎をなでながら道造さんが答える。
「いいんじゃないか。株価の動きは前場の寄り付きが一番激しいからのう」
「じゃあ、それでお願いします。これ、おにぎりとお茶です」
俺は道造さんに、この前と同じ鮭にぎりと昆布にぎりとお茶を手渡した。
そしてタブレットを立ち上げる。
道造さんのパソコンはすでに立ち上がっており、証券会社のトレード画面、東京三〇銀行の板情報と多機能チャートが開かれていた。
「道造さんは、東京三〇銀行からトレードですか?」
「それでいいかの。天心がこれでやりたければ、わしは別のにするぞ」
「いえ。俺はみず〇銀行にします」
二人は、おにぎりの包装を剥いて頬張りだした。
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