第90話 初めてのデイトレード
夜遅くまでユーチューブを見ていた俺は、いつもより少しだけ遅く目が覚めた。
やばいやばい。
布団を跳ね飛ばして飛び起きる。
急いで行かなきゃ8時半に間に合わん。
Tシャツとジーンズに着替え、急いで歯を磨く。
靴をつっかけて外へ飛び出すと、朝の空気が一気に肺に流れ込んだ。
冷たい――一気に目が覚める。
コンビニまでダッシュ。
昨日と同じおにぎりとペットボトルのお茶を2本買い、袋を掴んでそのまま店を飛び出すと、道造さんの家に向かった。
「おはようございます」
「おはよう、天心。急いで準備を整えろ」
すでにパソコンの前に座っていた道造さんが、画面から目を離さずに言った。
俺は、畳に座って携帯とタブレットをタップした。
証券会社のサイトが開く。
二重認証でログインって、けっこう面倒くさいのね。
インターネットの株取引って、大金が動くだけあって、ハッカーたちに狙われてるんだって。
被害総額は半年間で5千億円を超えるとか超えないとか?
口座を乗っ取られる被害が多発してセキュリティーが厳しくなったらしい。
5千億円って、どんだけ?
「準備オッケーっす。はい、これコンビニのおにぎり」
俺は畳の上におにぎりを広げた。
「昨日と同じので良いですか?」
「すまぬのう」
道造さんが畳に胡坐をかいて鮭握りの包装を開ける。
俺もタブレットを睨みながら、おかか握りを手に取った。
「天心、今日は株を買ってみたいんじゃったのう」
「出来れば」
「わしが思うに、今日の寄り付きは上げるのが多そうじゃぞ」
おにぎりから視線を外さず、とぼけた口調。
「成り行きで注文を出せば、初値で約定できる。上がったところで売り抜ければ利益は出るのう」
「本当ですか?」
……思わず身を乗り出しちゃったぜ。
「分からんが、わしの読みではな――」
道造さんの読みは確度が高い。
のらせてもらおう。
買うとなると…………
俺は、昨日調べた銘柄のどれにしようか悩んでいた。
俺の表情から迷いを見抜いて、道造さんが今度はまじめな顔で言った。
「初めは、メガバンクにしておいたらどうじゃ」
道造さんの片眉が上がる。
メガバンク?
そういえば、昨日道造さんもメガバンクで、デイトレードしてたっけな。
「値動きも早いが早すぎず、出来高も多いからボリュームが大きくても取引がすぐ約定しやすい。売買代金が大きいということは、誰か一人の思惑で株価操作をしづらいということでもある」
株価操作?
売買代金が小さいと、誰かの思惑で株価が自由に動かされてしまうってこと?
「何より配当も比較的多く、いざとなれば国が助けに入るので、つぶれる心配も少ない。長期に保有するのに向いている」
「資金の焦げ付きは良くないんですよね?」
「そうじゃが、しくじっても定期預金をしたと思って株価の上昇を安心して待っておれるのはセーフティーネットとして有効なのじゃ」
道造さんが、少しだけ口元を緩める。
「取引に絶対はないからな。戦場としては、そういう銘柄を選べ」
なるほど、損してでも売って取引資金をキープするか、焦げついた状態で株価の上昇を待つか、選択ができるって思えばいいのかな?
待っている間でも、定期預金の何十倍の配当がもらえるので定期預金をしているより実入りは良い。
「道造さんも、昨日メガバンクの取引をしていましたよね。同じ銘柄の取引になりますけどいいんですか?」
「メガバンクは3つある。別のメガバンクを選べばよかろう」
みず〇銀行、三井〇友銀行、東京三〇銀行――確かに、メガバンクは3つあったわ。
しかもその3つとも、出来高上位ランキングと売買代金上位ランキングに入っている。
「東京三〇銀行が、一番動きが激しいから、わしが東京三〇にしよう。天心は残りのどちらかにするといい」
「じゃあ、みず〇銀行で」
みず〇銀行は、昨日の終値が6140円だったのに、寄り付きではかなり上の値段が付きそうだ。
俺と道造さんは、寄り付きに間に合うように、成り行き注文を入れる。
………あれ?
買付余力が不足しています、の表示。
板を見ると、今の買値は6600円だから700株で462万円。
500万円以内だから買えるはず。
「買えないんですけど、師匠!」
俺は慌てて叫ぶ。
「成り行き注文は、ストップ高の値段で買えるだけの買付余力が必要じゃぞ! ストップ高はみず〇銀行の場合6千円台じゃから、プラス千円じゃ」
7600円を想定して注文するってことらしい。
あ、そういえば、前にそう教わったわ。
7600円を700株だと532万円――確かに買付余力が足りてない。
「初めから、目いっぱい買わずに100株で練習したらどうじゃ!」
確かに、考えが足りなかったわ。
俺は売買単位最少の、100株を買うことにする。
簡単に言うと100株1口で売り買いされている銘柄を、1口買おうということ。
寄り付きの時間(9:00)が迫っている......急がなければ。
タブレットの反応が遅くてイライラする。
パスワードを入力。
注文確認ページに切り替わり、下にスクロールすると注文確定ボタン。
タップ。
注文が通る。
ふー、間に合ったぜ。
「天心、次は売りじゃ。寄り付いたら100株成り売りじゃ。場合によっては、時間との勝負じゃぞ」
「約定したら売り注文の準備っすね」
「その通り」
「!! 寄り付いた」
寄り付いた瞬間に株価がググぐと上がった。
次の瞬間ドスンと下がる。
え! さがるかよ!
「天心、売りの準備はできたのか!」
道造さんは画面から目を離さず、マウスをクリックし続けている。
売り注文を入れているのだ。
「まだです!」
「はよやれ!」
でも、寄り付きより下がってんだよ……て!
株価がぐんぐん上がりだし、さっきの高値を一気に超える。
一瞬の乱高下。
俺はあわてて、成り売り注文の準備にかかる。
タップ、タップ、パスワードの入力。
早く次のページ、出ろ!
注文確認ページが表示される。
確認ボタンをタップ
注文確定ボタン、早く出てくれ!
表示される。
このボタンをタップした瞬間に注文が通るのだ――今いくらだ?
道造さんが、マウスに指をかけパソコン画面を注視していた。
俺も板の動きを見つめる。
1分足のローソク足の3本目がグググと上がる。
6673、6675、6678――
「今じゃ!」
道造さんの大きな声。
俺は、その瞬間注文確定ボタンをタップした。
株価は6680、6686と動いた後一気に下がり始める。
「どうじゃ、売り抜けられたかの?」
「今確認します」
本日約定一覧のページを開く。
6600円100株買い。
6680円100株売り。
うん……寄り付きで買え、今いい値段で売ることができてる。
80円抜くことができたから、100株で8000円の利益が出たみたい。
「師匠! 8000円の儲けです!」
「まあまあじゃのう」
俺の初めてのトレードは、道造さんの手ほどきで、見事に利益を出すことができたのだった。




