第88話 新たな決意
結局その日、道造さんは良いところで利確して、12万円ほどの利益を出して一日の取引を終えた。
――で。
今、俺たちは駅前のパチンコ店に来ている。
タバコの匂いと、熱気と、電子音。
チンジャラチンジャラ――
耳にまとわりつくような騒音の中、液晶画面の光がやたらとまぶしい。
「天心よ……」
隣で、道造さんが台を見つめたまま口を開く。
「わしは嬉しいんじゃが、本来お前は、この時間をもっと生産的なことにつかわにゃならんのう」
「そうなんですけど……探索者ができなくなっちゃったんで、何をすればいいのか分からなくて……」
ジャラッ、と隣の台で玉が弾ける音がした。
「そうじゃのう……」
道造さんは腕を組み、うーんと低く唸る。
「いいアドバイスをしてやれればよいのじゃが……」
……道造さんにもいい考えが浮かばないのか。
俺はぼんやりと回り始めた液晶を眺めながら、ふと思い出した。
そういえば、松本先生がサッカー選手になったらいいのにって言っていたな。
サッカー選手って、確かユースってのがあったよね。
あれってどういうものなんだろう。
俺、走るの速いしボールは上手く蹴れないけど練習すればいけるかも?
「道造さん。俺、球技大会でキーパーやったでしょう。そのあとで、保険室の松本先生にサッカー選手になったらいいのにって言われたんです。サッカー選手ってどうでしょうかね?」
道造さんは、ちらりとこちらを見る。
「プロになるってことか? 普通は無理じゃろう。目指している者は、皆、小さいころからやっておる。天心は、学校の体育くらいの経験しかないんじゃろう。リフティングとか何回できる?」
「リフティングは――できません」
数えてみたことがない。
でも今のステータスなら、そこそこできるかもしれない。
スピードあるし。
「何かアピールポイントはあるのか? 足が速いとか」
「足は速いです。たぶん……誰よりも」
「誰よりもって、言ってものう…………」
オリンピック選手より早いと思うんだけど、そんなこと言っても信じられんよなあ。
「ゴールキーパーをやらせたら、かなり上手いらしいんですけど」
「キーパーねえ?」
道造さんは、少し考えるように視線を落とす。
台の演出音が、やたら大きく鳴り響いた。
「ダメもとで受けるだけ受けてみるか?」
道造さんの顔には、無理だろうと書いてあったが、さっきよりいくぶん色気を含んだような気がする。
「受けるって、何をですか?」
「ユースのセレクションじゃ」
ユース!
テレビで聞いたことがある。
「それに合格するのがプロへの近道じゃろうが――――」
ユースのセレクションに合格するのが近道?
「……実績が全くないのでは、普通は相手にされんじゃろうよ」
――普通は、か。
普通は相手にされないだろうが、今の俺は人外のステータス。
可能性は0じゃないはず。
「ユースのセレクションっていつどこでやるんでしょう?」
「そこまではわしも知らんが、高校生から入るなら、中3の時にあるんじゃろうな。ネットで調べてみたらどうじゃ?」
確かにね。
後でサッカーユースのセレクションで調べてみよう。
「それから、もし受けるなら、少しは練習していかんと――何を見られるか分からんが、基礎は確実に見られるじゃろう」
「はい。そうですね」
ステータスだけが頼みじゃ、たぶん通用しないだろう。
必要とされる最低の基礎技術って、どんなレベルだ?
「それは良いとして、ユースに入っても、すぐプロにはなれんじゃろう。生活はどうするつもりじゃ?」
「えっと、プロって何歳からなれるんでしたっけ?」
「日本では16歳からじゃな。久保のように海外で15歳からプロになっとるのもおるが」
「16歳か――」
俺は、高1の9月、ユースには入れて、実力を認められればプロになれる。
物凄く都合のいい想定でも、稼ぎが出るのは来春だろう。
高卒検定は8月で、結果が出るのはやっぱり9月。
そこから就活をしても次の年の春に就職できるかってところだ。
「高卒検定を8月に受けて、結果が出るのはやっぱり9月。高卒として就活できるのは、来春です。条件は、あんまり変わらない……ですかね?」
「まあ、そういうことじゃが――高校生の年齢になれば、バイトくらいはできるじゃろう。なら、セレクションを受けてみて、高卒認定も受けてみて――じゃな」
チンジャラチンジャラと鳴り響く音の中で、俺は覚悟を決めた。
サッカーの基礎練習と、高卒認定の勉強を同時にしていこう!
「師匠! 俺、二つにチャレンジしてみます。こうしちゃいられないので、サッカーボールを買いに行きます」
「そうじゃな。頑張れ!」
俺は椅子から立ち上がると、急いでパチンコ店を出る。
目指すはスポーツ用品店。
以前に運動着を買った、石神中学校近くのあの店だ。
サッカーボールを手に入れたら、石神公園内の広場でドリブルとリフティングの練習をしよう。
校門から少し離れた通り沿いの古びた小さなスポーツ用品店に入り、ショーウィンドウのサッカーボールを指さして、「サッカーボールください」と店主に告げた。
不愛想な中年店主が、無言で頷き、もそもそと奥の棚から箱入りのサッカーボールを取り出した。
「4000円ね」
手早く会計を済ませ、店を出る。
石神公園に向かう俺を、色あせた看板が見送ってくれた。
石神公園は、石神中学校の敷地の20倍以上ある大きな公園で、中央に大きな池があり、池の周りと公園のかなりの部分が林になっているが、子供たちが遊んだり運動をしたりできる広場もとても広い。
公園内に入って、広場を目指す。
林の間の道を抜けると広場が見えてきた。
ここでよく昼寝をしたなあ……なんて思いながら、カップルや子供連れのお母さんの横を抜けていく。
広場に入り空いているスペースに移動。
サッカーボールを取り出し軽く蹴って転がしてみる。
俺のステータスは、
HP 12(+18257)
MP 0 (+17831)
力 12(+300)
防御外皮 12(+4078)
知力 10(+17881)
速さ 12(+4034)
器用さ 16(+15)
力は大人の平均が10だから、312は31倍。
下手をすると蹴った時にボールが破裂しかねない。
器用さも31、並の大人の3倍なので、力加減はなんとかなるんじゃない……かな?
ソフトなタッチでボールを運ぶ。
大丈夫、大丈夫。
初めはゆっくり歩くようにボールを蹴っていたが、少しずつスピードを上げて、小走り程度のスピード。
広場の端まで来てしまったので、折り返す。
まあまあじゃん!
やるぞ、プロサッカー選手への道!




