第84話 信用取引?
「お昼、どうします?」
またコンビニ弁当かな?
窓の外を見ると、昼前の光がアパートの向かいの壁を白く照らしていた。
「後場の寄り付きにこだわる必要はなかろう。どこかに食いに行くか?」
道造さんは椅子の背にもたれながら、軽く肩を回す。
「そうですか。後場は参戦しないんですか?」
「してもいいのじゃが、現物取引のチャンスは少ない。やるなら信用売りになるじゃろう。危険だからあまりやりたくないし、天心の参考にはならん。一度現物取引を見せられたから、今日はこれでよしとしよう」
道造さんは信用取引がとても嫌なのだろう。
信用取引をしたくないと言うのは、これで本日2度目だ。
「なら、外食にしましょうか。でも、俺の参考にならないって、どうしてですか?」
道造さんは、信用取引について詳しく語りだした。
「下げ相場は現物取引には不向きでのう。持ってない株を売るんじゃから信用取引ということになる。信用取引は、3倍のレバレッジが効くから、同じ資金なら3倍の取引ができるんじゃ」
3倍のレバレッジ?
3倍の金を貸してくれるってことかな?
すげえ……
もし朝の4万円の利益が三倍なら――12万円。
いやいや、そんなに単純じゃない。
第一、三倍の株数を売り抜けるには、三倍の取引ボリュームが必要だ。
一気に売っても、自分の売りで、値が下がってしまうため、売れる値段は平均されて下がってしまうということになる。
利益が出る範囲に、売り数が無ければ捌けない。
下手したらプラマイゼロ?
銘柄によって、適正な取引ボリュームってものがあると思う。
さっきの銘柄だと、道造さんは1000万くらいで売り買いしていたけど、3000万も売り買いするとなるとボリュームが足りないのは明らかだった。
道造さんのやり方ならば……だけどね。
壁を作るやり方だと、…………話は違ってくるのだろうけど。
――奥が深いな。
「じゃがその分、危険度も難易度も高い」
…………!!
道造さんの声は、さっきまでより低かった。
「それで、俺に禁止したわけですか?」
「そうじゃ。初心者がやるものではない。玄人でも、やらん方がいいがのう」
「でも、道造さんがやるのを見て…………あ、道造さんもやらない方がいいんですもんね」
俺が慌てて言い直すと、道造さんはククッと小さく笑った。
借金をするということは、金利もつくし、その分多く儲けなければ利益が出ないもんなあ。
普通なら1円抜けばいいところを2円抜かなくては利益が出なくなるとかね。
その分難易度が高くなる。
何より――トレードに参入する心理的自由度は、大きく損なわれるだろう。
「わしは、やらんこともないが、控えてはおる」
道造さんは、一旦パソコンの画面を閉じながら眉間に皺をよせた。
「確実にそう動くと確信しておっても予想は外れることがあるからのう。デイトレードは借金をしてまでやるものではないんじゃ」
何度も痛い目を見てきたのかな?
「ですよねえ」
「一番の危険は、追証が発生することと、追証を入れられないと強制決済されてしまうことじゃ。要するに借金の取り立てじゃな」
「追証?」
「追証っていうのは、株取引で評価損が発生した時、追加で金を入れろと言われるんじゃ。担保が足りなくなるからの」
「評価損ということは、売り買いしていなくても…………」
「そうじゃ。計算上の損ということじゃ」
つまり、まだ損を確定したわけじゃない。
時間が経てばプラスになることだって十分にある。
でも、現状損状態だから金を入れろ、と言われる。
なんか理不尽だ。
「強制決済は、分かるかの」
「持ってる株を勝手に売られちゃうんですよね。売ると損しちゃうにもかかわらず」
「そういうことじゃ」
勝手に損してる値段で売られちゃう――それは嫌だわ。
「例えば極端な話、50万の保証金で150万の取引をしていたとすれば、計算上株価が0なら100万の借金が残っちまうということじゃ」
計算が合っているかは分からないが、強制決済は損確定。
現物取引なら上がるまで待っていればよいが、それができないとなると厳しすぎる。
確かに、ビギナーはやらない方がいいかもしれない。
「1円でも評価損が出ると強制決済ってわけじゃないんですよね?」
「わしも詳しくは知らんが、証券会社によって強制決済になる基準は違うらしい。保証金率が20パーセントを割ると、というところが多いみたいじゃがのう。――50万の保証金で、3倍のレバレッジで150万の取引をしていたとすれば、含み損が20万発生したら強制決済ということじゃな」
150万が130万まで下がったら強制決済か!
そんなのすぐに起きるじゃん! ………強制決済って、けっこうありそう。
「計算が合っているかは、よく分からんぞ。保証金率が20パーセントを割ったらじゃから、150万の20パーセントは、30万。50万の保証金が30万に減るということは20万の損が発生したらってことじゃろう」
たぶん合ってると思う。
始めは少しだけ魅力的に見えていた信用取引だが、今はまるで、底の見えない穴の上に渡された細い板みたいに思えた。
道造さんが、俺にやるなというわけだ。
「信用取引は、ちょっと難しそうですね。経験を重ねても、俺には無理な気がします」
「分かったか。では、飯を食いに出かけようか」
道造さんが立ち上がり、玄関のほうに向かった。
俺は道造さんに付いて行く。
「この辺は住宅街じゃから、近くで食える店はいくつもないのう。駅の方に行ってみようか」
「お任せします。絶対道造さんのほうが、店を知ってますし」
俺って、外食経験少ないんだよね……全然ない訳じゃないけど、以前、親に連れられて行ったのは小学生の時かな?
もちろん一人で行った店はパーラー以外はないし。
「わしがよくいく店でいいかのう?」
「はい。それでいいですよ」
この前町中華に連れて行ってもらったことを思い出す。
あそこの高菜チャーハンは美味しかったな。
「この前行った中華店はどうじゃ?」
よく行く店ってやっぱりあそこか。
「いいですね。あそこの高菜チャーハン美味しかったです」
「そうじゃろう。わし、あればっかり食べておる」
行きつけの店って、お気に入りのメニューばかり頼んじゃうよね。
お気に入りのメニューがあるから、お気に入りの店になるのか?
俺も、パーラーじゃ、半分くらい和風ハンバーグ定食を頼んでるわ。
パーラーは、施設内の店だからというのが店に入る理由だから、お気に入りの店っていうのとは微妙に違うけど、行きつけの店ではある。
俺たちは、この前行った、町中華に向かった。
道すがら、俺は探索者を失職になったことを相談しなくちゃと考えていた。




