第72話 日曜日の池袋西探索者ビル
気が付くとパチンコ店の前にいた。
自動ドアの向こうから溢れ出す、耳を打つような爆音と、弾けるような電子音。
――まるで、現実をかき消すための騒音みたいだ。
さっきまで頭にまとわりついていた重苦しい思考が、その音の波に押し流されていく。
道造さんの顔が脳裏に浮かんだ。
……いるかな?
今日は日曜。
デイトレードはないはずだ。
自動ドア越しに、店内をちらりと覗く。
光が乱反射する空間。
人、人、人。
機械に向かって無言で座る大人たちの背中が、ずらりと並んでいる。
だが――
道造さんらしき姿は、見当たらなかった。
今日は競馬かな?
道造さんは競馬も好きだと言っていた。
日曜ならレースのある日。
あの人のことだ、今ごろどこかで新聞片手に盛り上がってるのかもしれない。
いずれにしても、ここにはいない。
俺は、ゆっくりと視線を外した。
パチンコ店の音のおかげで、俺は正気に返れたぜ。
元々今日も、働いて金を稼ぐ予定だったのだ。
借金のことで予定は少し狂ったけど――それでも、予定を変更する必要はない。
俺は、もう一度池袋西探索者ビルに向かうことにした。
池袋西探索者ビル。
中に入ると、ひんやりとした空気が肌を撫でた。
……エアコンが、いい具合に聞いてるな。
外の熱気が嘘みたいに引いていく。
時計を見ると、ちょうど昼時だった。
胃が、ぐうと小さく鳴った。
――そういえば、朝から何も食ってなかったじゃん。
俺は、そのまま三階のパーラーへ向かう。
日曜日ということもあり、パーラーは探索者たちでいっぱいだった。
やっぱり、……専業の探索者以外に、兼業の探索者も相当数いるのだろう。
土曜日と日曜日は、平日よりも探索者が多い気がする。
席が空くのを待っていると、すでに席についていた三人組に手招きされた。
相席しようと誘っているようだ。
この前、パーティに誘われたのだが、俺は特殊探索者に認定されたため、一旦は特殊探索者チームに入らなければならない。
勧誘を断るようになるので、なんだか気まずい。
話がパーティのことに及ばないことを願いながら、三人の席に座る。
梶谷猛、金城守、田畑康太の三人組が、嬉しそうに話しかけてくる。
「最近調子がいいそうじゃないか。スライムを狩りまくってる新人がいるって噂になってるぞ」
リーダー格の梶谷猛が俺の肩をポンポンと叩く。
「そうそう。スライムゼリーを毎日毎日大量に出してるってな」
金城守も笑顔を向ける。
「そんなに噂になってるんですか?」
おちゃらけた様子で田畑康太が答える。
「なってるぞ。スライムスレイヤーとか言われてる」
ぐ……それ、言われたら嫌だなーって思ってたやつだ。
「仕方がないんですよ。俺、第2階層に行くことを禁じられてるんで」
「「「知ってる」」」
三人の声がハモる。
「でも、他のやつらはお前の事情を知らねーからな」
「いいんじゃねーの。スライムスレイヤー」
「二つ名があるなんて、レアなことだぜ」
「もっと強そうな二つ名だったらよかったのになー」
「「あははは、そうだなー」」
「九月になれば、俺も第2階層に行けるんです」
「そうだよなあ。九月になればかー。あと一ヶ月はスライムスレイヤーだなあ」
「くふふふ。違いねー!」
「それにしても、よくそんなにスライムゼリーをゲットできるもんだな。いったいどれだけ倒してるんだい」
田畑康太の追及が厳しい。
「いえ。一日中倒してるんで……それなりには」
スキルのことには触れないでおきたい。
「それにしても、山のようにスライムゼリーを出してるって聞くぜ? 何かいいスキルを持ってるのか?」
……やっぱりそこを追及してくるか。
「俺のスキルはスチールってやつです」
ユニークだということだけは、隠しておきたい。
「スチールって、盗賊が持ってるやつだな。なるほど、おまえの父ちゃん泥棒だもんな」
遠慮ねーな、……そこは触れてほしくないんだけど。
「何回も繰り返してると、だいたい盗むことはできますよ」
「なるほど、それで魔石の数くらいのスライムゼリーを納品しているってわけなんだな」
実際、スチールは一匹につき四回かけている――目的は違うけど。
田畑康太は、納得したように腕を組み、何度も頷いた。
「こりゃーぜひとも俺たちのパーティーに加えたくなったな」
俺を見つめてニヤリと笑う。
おいおい、欲の皮が突っ張ってるぞ。
「そうだな。荷物持ち兼スチール担当ってことで、俺たちのパーティに入ってくれよ」
リーダーの梶谷猛が睨みを利かせながら誘ってくる。
もうこれ、お願いじゃなくって強制だよね。
でも、強制されるのは好きじゃない。
そもそも、「一人で探索をするのに限界を感じたら」ってことだったよね。
「実は俺、協会から特殊探索者チームに入るように言われちゃって……」
「「「特殊探索者チーム?」」」
パーティの話は、できれば触れては欲しくなかったわ。
「はい。なんでも、特殊探索者ってやつに認定されて、指導員付きのチームに入れられて指導されるんだとか……」
嘘は言ってないよ。
「過保護だな」
「中坊だからか?」
「迷惑なことだな」
「なので、当面はパーティには加われません。ごめんなさい」
梶谷猛の口がへの字に曲がる。
田畑康太は、探るような鋭い視線で俺を見る。
「しょうがねーじゃねーか。元々絶対入るって確約をもらってたわけじゃねーんだしな」
金城守が二人をなだめた。
親は人殺しだと言っていたが、本人は物分かりがいいんじゃね。
「指導は三ヶ月から六ヶ月で、その後はそのままパーティを組むことも多いみたいですね」
たぶんあの様子だと、九条綾華は俺とパーティを組みたがるに違いない。
そもそも特殊探索者ってのは、標準より相当強い者が認定されるようだ。
俺はキングスライムを倒したことで認定されたみたいだし、九条綾華の戦闘は、どう見ても普通じゃない才能を感じさせた。
やはり、九条と組んだ方がいいに決まってるよな……。
「そうかー。だが、絶対じゃないんだろう」
ドロップ品が毎回手に入れば、稼ぎは数倍になるだろうから、田畑康太は、あきらめきれないのだろう。
――ちょっとしつこいぞ。
……確かに絶対じゃないんだけどね。
とはいえ、協会も九条もそういうつもりだと思う。
協会の思惑は、強い者同士を組ませて育て上げ、特殊な任務を担わせるつもりに違いないよね――。
別に嫌いなわけじゃないし――この三人と組むという選択肢は、ないわけではない。
でも、組むくらいなら、一人でやっていた方がいいような気がするし、九条と組んだ方がましなような気がする。
そもそも俺は一人が好きなんだよね。
「まあ、絶対じゃないですけど、協会の意向には逆らえないですからね――成り行き次第ってところですね。でもたぶん、そのままパーティを組む流れだと思います」
一応、予想に伴う断りを入れる。
実際、俺にも先は読めない。
探索自体、一人でやるのがいいのか、一人には限界があるのか、やってみなければ分からないのだ。
その後、無難に話をしながら、俺はさっさと昼ご飯を食べて、ダンジョンに向かった。




