第65話 すげーな!
マッチョの指導員さんは、すまなそうに身を縮めた。
そんな様子を見て、綾華がくすっと笑う。
「安心してください、天心君。秘密をばらしたりはしませんよ」
綾華はそう言って、軽く首をかしげた。
小悪魔的な微笑みが、何とも可愛い。
「今日会っていただいて、ありがとうございます。事前に会えて良かったです」
それは、俺もよかったかもしれないと思わなくもない。
本来なら来月頭に会う予定だったのだ。
俺はまだ、十五歳になってないんだからね。
「最初に確認したいんですけど、天心君ってまだ十四歳だから、第二階層には入れないのよね?」
「そうなんですよ」
俺がげんなりした顔で答える。
「じゃあ、スライムとしか戦ったことがないんだー」
……そうなんだよね。
「スライム以外とも戦いたいんじゃない?」
……そりゃそうだわ。
「私と一緒なら、第二階層に入ってもいいと思わない? 私、六月に十五歳になったから、もう入ってもいいのよね」
……え!
それ、ダメなんだよな。
俺は、マッチョの指導員さんの顔を見る。
「それは規則で禁止されています」
「えー。そうなのー? 特別な探索者なのにー?」
「綾華お嬢様だけなら良いのですが、天心君はまだダメなのです」
「そっかー。規則じゃしょうがないわねー」
「ご理解いただけて幸いです」
マッチョの指導員さんが、ほっと胸を撫で下ろす。
――しかし。
「じゃあ、おじいちゃんに電話してみるねー。おじいちゃん、いつも『わしがルールじゃー』って言ってるし、たぶん大丈夫だと思うわよ」
さらっと恐ろしいことを言った後、綾華は携帯電話を取り出し小声で話始めた。
「あのねー、おじいちゃんにお願いがあるんだけど…………だからねー…………おねがーい…………おじいちゃん、だーいすき」
……。
まさか、会長って――孫を溺愛する系のおじいちゃんか?
……最後の一言、絶対ずる過ぎじゃね?
――話し終えたのか、綾華が振り返りにこりと笑って携帯電話をマッチョの指導員さんに差し出した。
「おじいちゃんが、話があるって。えへへ」
マッチョの指導員さんは、差し出された携帯電話を受け取ると話し始めた。
「はい。会長………、――はい。分かりました……はい。お任せください……はい。はい……」
電話を切った指導員さんの顔が、一気にやつれている。
「今日だけ、私が付き添えば、……第二階層までなら入ることを認めてくれるそうです」
……規則って、そんなに緩いんだ。
恐るべし、会長の権力。
「よかった! これで天心君の強さを確認できるわ。じゃあ、早速ダンジョンに入りましょう」
綾華がぱっと顔を輝かせる。
え!
これからダンジョンに入るの?
俺、……今出てきたばっかりなんですけど。
「えっと、あの――俺まだ入るとは言ってないんですけど……」
「えー! 入りましょうよー。天心君」
綾華がズイと身を乗り出す。
「天心君のすごいところ、早く見てみたかったのに―」
……なんか、子犬みたいなキラキラウルウルした目で見られている。
俺は思わず視線を逸らした。
いやいや、だめだろう。
今日はもう遅いし、九時から狩り始めたら、何時に終わるというのだろう。
「今日はちょっと……」
そう言いかけた時、マッチョの指導員さんが、ぼそっと耳うちをした。
「天心君。今日の第二階層探索は……」
そこで、意味ありげに言葉を切る。
「特別報酬が出るそうだ」
……ん?
……そんなことして良いのかよ。
「会長のご判断でな」
……ほう。
さすが会長……ミスタールール。
「第二階層で得た素材は、すべて特別価格で買い取るそうだ」
……ほうほう。
「しかも、買取価格は――」
指導員さんが、小声で言った。
「三倍」
……。
……。
……。
「行きましょう」
俺は即答した。
綾華が、ぱっと笑顔になる。
「さすが天心君!」
いや違う。
違うんだ。
これは決して金に釣られたわけじゃない。
探索者として、強くなるための経験を――
「天心君、お金好きなんだね」
「うぐ……」
やっぱり、そう見えるよねー。
でも、三倍の買い取り価格につられちゃったのは事実だし……。
客観的に見て、俺ってお金が好きなんだな。
自分で、自分が嫌になるわ。
「じゃあ私、探索用の装備に着替えてくるね。天心君も着替えるんでしょ?」
確かに、俺も学生服から運動着に着替える。
……けど、綾華が考えている装備とは全然違うんじゃないだろうか?
「うん。俺も着替えるよ」
「綾華お嬢様。それでは着替えてクロークの前に集合ということで、よろしいですか?」
綾華はマッチョの指導員さんに、にっこりと微笑んで頷いた、
職員たちの部屋を抜け、奥にあるクロークの前に出る扉を通ってロッカールームに向かう。
……受付カウンターとクローク窓口って、一つの大きな部屋の前後ろになってるのか。
俺と綾華は扉をぬけたところで、男子用と女子用の着替え場兼ロッカールームに分かれて向かう。
マッチョの指導員さんは、職員用の着替え場兼ロッカールームが別にあるようだ。
着替えてクロークの前に戻ると、俺が一番乗りだった。
俺が一番乗りのはずだ。
運動着だぜー。
着替えに必要な時間が違うもんな。
しばらくすると、瞬く間にマッチョの指導員さんが現れる。
上下の皮鎧に、盾と片手剣といういかにも探索者らしい装備だ。
その後、綾華がやって来た。
黒いロングブーツにひざ上丈の赤いワンピース。
腰には革製のポーチを巻き、腕にはライフルを抱えている。
防具と勘違いしそうなほど幅広で大きな金色の首飾りには、胸元に大きな青い石――なんだかすんげー高そう。
皮鎧とか着てないんだ――防御力、弱くね?
……回避に自信があるのかな?
それにしても、あらわになった脚と胸元に視線が引っ張られそうになるのを、制御するのに苦労するぜ。
できれば、隠れる服にして欲しかったわ。
抱えた大口径のライフル銃――その銃身はかなり分厚くて重そうだ。
……まるで金棒だな。
これで殴られたら死にそうだ。
綾華が、そのライフルを新体操のバトンのように回して微笑みかける。
ライフルが命を持ったように、肩や首の周りをくるくる回りながら移動する。
……すんげ―! 投げ銭投げたい。
俺は、ぽかんと口を開けて、見惚れてしまった。
「えへへ……、近接戦はお手の物よ」
うん?
……やっぱりこれで殴るのか?
綾華お嬢様の笑顔が逆に怖い。
「あれ? 天心君、武器は? ――あ! スライムバレットか」
綾華がひとりで納得する。
メインの攻撃はスチールですけど、訂正はしないでおこう。
「それでは入りましょうか? 綾華お嬢様」
マッチョの指導員さんが先頭に立つ。
俺と綾華は、その後ろについて歩き出した。




