第55話 パチンコ店の道造さん
駅前通りを自宅のほうに戻ると、すぐにそれは見えてくる。
派手なネオン看板。
赤と金を基調にしたロゴが、昼間でもぎらぎらと主張している。
入口の上には大型モニターが設置され、派手な演出映像が無音で流れていた。
自動ドアが開くたびに、店内の音が一瞬だけ外に漏れる。
ジャラジャラという玉の音。
電子音。
当たり演出らしき派手なメロディ。
それらが混ざり合って、独特の騒音になっている。
入口の横には、のぼり旗が何本も立っていた。
「新台入替」「本日イベント」「高設定示唆」など、やたら景気のいい文字が踊っている。
ガラス越しに中を覗くと、ずらりと並んだ台の光が点滅している。
青、緑、赤。
LEDの光が天井や床に反射して、店内は昼なのに妙に暗く感じる。
中には、背もたれの低い椅子に腰かけた客がびっしり。
スーツ姿のサラリーマン。
作業着の男。
派手なシャツを着た中年。
年配の女性の姿もちらほら見える。
みんな前の台を食い入るように見つめていて、表情は真剣そのものだ。
入口付近には灰皿が並び、タバコの匂いがかすかに漂ってくる。
最近は禁煙エリアも増えたらしいが、独特の空気は消えきっていない。
外の夏の熱気とは別の、むっとした熱がそこにある。
俺は少し立ち止まり、店内を見つめた。
道造さん……いるかな?
いつも打っているあたりに道造さんはいなかった。
一週間も経つとよく出る台も変わるのだろう。
自動ドアが開き、俺は中に入る。
音の圧が、一気に押し寄せてきた。
ジャラジャラと玉が弾く音。
液晶の爆発音。
甲高い当たり演出のメロディ。
空気が震えている。
通路をゆっくり歩きながら、左右の島を覗き込む。
強い光が目に刺さる。
椅子に座る客の背中がずらりと並ぶ。
いない。
もう一列、奥へ。
そのとき、見覚えのある後ろ姿が視界に入った。
少し丸まった背中。
無精ひげ。
色あせたポロシャツ。
台の前に前のめりになり、じっと液晶を睨んでいる。
いたいた! 道造さんじゃん。
俺は後ろから近づき、肩の少し横あたりに立つ。
液晶では、派手なエフェクトが走っていた。
しばらく待つ。
演出が終わり、画面が通常画面に戻る。
そのタイミングで声をかけた。
「道造さん」
道造さんが、びくっと肩を震わせた。
ゆっくり振り向く。
一瞬きょとんとして、すぐに目が細くなる。
「天心か。なんだ、びっくりさせるんじゃないわい」
「すみません」
「まあよい。座れ」
隣の席を顎で指す。
「最近会ってなかったんで、ちょっと顔を見に……」
道造さんの表情が、ほんの少し柔らいだ。
俺は道造さんの隣の台の椅子に座る。
「探索には、いかんでよいのか?」
「駅前の書店で参考書を買う予定だったので」
「買わなかったようじゃの? それともこれからか?」
道造さんは小さく息を吐き、また画面に目を戻す。
俺が手ぶらなので、そう思ったのだろう。
「帰りです」
買ったけど、参考書はスライムの胃袋に収納してある。
細かいことまで、話さないでいいだろう。
「天心が参考書を買いにか……似合わんな。高校受験をする気にでもなったのか?」
「高卒認定を受けようと思ってます」
「まだ中学三年なのに、高卒認定じゃと? そんなに勉強ができるとは、知らんかったのう」
絶対、受からないと思ってるな。
けれど、その口元は少しだけ緩んでいる。
受けることには、賛成らしい。
「受けるのは来年ですけどね」
「受かるとよいのう」
――どうせ無理じゃろうが、という含みが聞こえる。
……ちょっと驚かせてあげようか。
「俺、この前のテスト、学年一位ですよ」
「はは、天心の中学は、よほどレベルが低いのかのう」
「五教科で、500点満点だったんですけど」
「はは、そうかそうか。いい夢を見たのう」
全然信じてくれていない。
確かに、学校サボって昼寝をしている奴が、学年一位だの500点満点だのって言っても、冗談にしか聞こえんよな。
……これ以上、言っても仕方がないか。
「……来い!」
道造さんが小さく呟いた。
その瞬間、液晶が再び騒がしく光り始める。
赤いフラッシュ。
轟音の効果音。
画面いっぱいに走る稲妻。
リーチだ。
ルーレットが高速で回転する。
3-?-3
両端はすでに「3」で止まっている。
真ん中が3なら、フィーバーだ。
「3! 3! 3!」
俺は、祈りながら呟く。
「来い! 来い!」
道造さんもハンドルを握ったまま、液晶を凝視している。
ピコピコピコ!
数字が減速し始める。
8! 7! 6!
「来い!」
5! 4! 3!
おおおお……!
「来い!」
2!
一瞬、止まったように見えた。
「!!」
「来い!」
3!
「よし!」
戻るんかーい!
そうだ、この台は一回外れたように見せてから戻る演出があるんだった。
前にもこの突っ込み入れたっけな。
下方の受け口が、ガコン、と大きく開く。
怒涛の勢いで玉が吸い込まれていく。
チン! ジャラジャラ! チン! ジャラジャラ!
金属音が洪水みたいに響く。
箱の中へ、白銀の玉が次々と流れ込む。
店内の光を反射してきらきらと弾ける。
周囲の客がちらりとこちらを見る。
道造さんは、ゆっくりと背もたれに体重を預け、ふう、と長い息を吐いた。
「まだまだじゃ! ここから何回続くかじゃ!」
ここは打ち止めまで一気に続いて欲しいよね。
液晶では次の演出がすでに始まっている。
キャラクターが派手に動き、祝福の音楽が鳴り響く。
俺は横目で、積み上がっていく玉の山を見る。
道造さん、ほんとに毎回打ち止めまで行ってないか?
今日もきっと、打ち止めまで行くんだろう。
「よし! 連荘じゃ!」
今度は7が揃っている。
派手な光に照らされながら、俺の予想は確信に変わった。
その後もフィーバーは続き、ホールスタッフが打ち止めの札をかけた。
出玉は、大箱四つ半。
いつものように、ホールスタッフがカウンターまで運んでくれた。
本当にこの人、いつの間にか忍者みたいにいるんだよねー。
出玉を換金用の景品にかえ、もう一度パチンコ台に戻る。
さっきいた台は打ち止めで、しばらく打つことはできない。
出そうな台を探して移動。
良い台が空いていたのか、道造さんはすぐに座った。
俺も、道造さんの隣に座る。
「この台は、今日、一回打ち止めになってるんじゃ」
道造さんが俺を見てニヤリと笑った。
なるほど、実績のある台を覚えているんだね。
それが、道造さんのやり方か。
「出た台って、また出るもんなんですか?」
「台には、回収台と普通の台と解放台があるもんじゃ。打つなら解放台に限るぞ」
ふーん。
そういうものなのか。
覚えておこう。
道造さんは、また玉を打ち始めた。




